生を 柔らかく抱きしめて 生きてみよう

昨日アップしたアニメーションを、何度も何度も繰り返し観ています。

そして、気づいたことがあります。

5歳の時に人体図鑑を見ていて、いつか人は必ず死を迎えることを直感的に理解して以来、私の人生の大きな潜在的なテーマは、死を受け入れ、それを柔らかく抱きしめることでした。

感受性が強すぎる私には、音楽、看板、もの、人、光、全てが大きな刺激になるため、本当に生きているだけでも息切れをしていました。腎臓や免疫系も今ひとつ強くなかったことも相まって、気力と努力だけで生きている、そんな日々の繰り返しでした。そこに優等生気質も加わってどこかで自分に完璧を課すため、常に体が緊張していて、整体の師匠に身体を観てもらって言われた初めての言葉は「もう長いことずっと、眠れていないでしょう」でした。

ですので、乳がんと言われても多くの人が感じるよりはずっと楽に、いつか来る終わりを受け入れることができたことは何度か書いてきた通りです。

私にとって、死を受け入れ、柔らかく抱きしめること以上に難しかったのは、生を受け入れ、柔らかく抱きしめることだったんだ…IMG_0174.JPG

アニメーションの中の鹿の優しい、柔らかい、そして気高い眼差しを観て、深い気づきになりました。

タイトルも「The life of death」なので、死を受け入れることや抱きしめることに焦点があたっていますが、私には、鹿のその眼差しが死だけではなく、生きること、周りの全てに向けられていることが印象的で、ハッとさせられました。

死を受け入れ、抱きしめることができたのだから、それと同じ柔らかさで生きて、生を抱きしめて生きてみよう。

新しい春を迎えられそうな予感です。

返却期限

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両親が本好きだったのと5歳違いの姉がいたため、生まれた時からたくさん本があった影響か、本が大好きな子でした。

幼稚園から中学校まで海外にいたので本屋さんが近くになかったので、教科書を新年度に貰うと、あ、新しい読み物が来た!とその日のうちに読んでしまうのが恒例なくらいでした。

伝記、童話、動物記、歴史、図鑑ものなどの家にある本を繰り返し繰り返し読んでついに飽きた頃、図書館という存在に気付きました。宝物の館をみつけた気持ちでした。

けれど、図書館とは仲良くお付き合いできませんでした。

なぜなら、返却期間中に返却するのが私にはとてもとても難しかったからです。何度も何度も読み返したい。もう少し長く、あそこをもう少し深く…気づくと必ず期限の2週間を過ぎていて、図書室から電話がかかって来たり、担任の先生から怒られたり。そうこうしている間に、怖い司書のお姉さんのブラックリストに載ってしまい、貸してもらえないようになってしまった苦い過去があります。(何故か期間を延長するという作業も必ず忘れてしまうのでした)

そんなつぼみの過去を知って知らずか、オハナのoさんが先日言いました。

「図書館で借りた本は、返さなきゃいけないでしょ。だから、乳がん、やはり治さなきゃだめですよ」

子供の頃からどこか厭世的で、感受性が過敏のHSPの傾向が強いため生きることそのものがとても疲れる私は、気をぬくと「このままシコリんと共生して、おいのちさんが決めた分だけ生きればいいや」と達観とも前のめり感ゼロとも言える境地に、ほっこり&まったりと座ってしまうところがあります。

そんな私ともとても似たところがある(私以上かも!)物静かなOさんに「お預かりした本(乳がん)からのメッセージ、もうもらったでしょ。だったら、返さないとね」と言われるとなんだか妙な説得力があり、また図書館の例えも苦い過去と合間って、しっくり来ました。

もうおさげの小学生ではないので、シコリんこと乳がんからのメッセージを読み終わったらきちんと返却期間までにお返ししなくてはいけませんね。IMG_0168

いのちは自分のものではなく、仏様からお預かりしているもの。そして、そこに乳がんというメッセンジャーまで特別オプションでお預かりした今回の人生です。

そのメッセージには、おいのちさんに生かされている人生を、「ただ安楽椅子に座って全うする」だけではなく、おいのちさんに纏っている私という個性や感受性のアンテナをしっかり立てて、人生をALOHAの花で満たして生きるように、小さな喜びをフルに見つけて生きていくようにと、書いてある気がします。

そして、きっと小学校の時の図書館司書のお姉さんよりも厳しい宇宙の図書館司書様から催促が来ないうちにお返ししよう。

そんな風に思うことができた、もうすく乳がん3年目の春です。

 

aloha(感受性+得意なこと+社会)=♪✴︎?∞

IMG_1576シコリんからのメッセージを受け取るようになってから8カ月。シコリんはまだ左胸にいるけれど、大きくなったり進行はしていません。

「治す」「治る」ことだけにベクトルを向けるのではなく、alohaを中心に生き方、いのちの活かし方をもう一度見つめる旅。

食養や温熱、なにより体の声の聴き方を自分なりになんとなく分かってきて、身体に合うもの、身体からのサインやペースが掴めてきた今日この頃は、少し落ち着いてこれからもう一度社会と自分をどう繋げ治していくかを考えるようになりました。
今までの在り方や働き方をしていたら同じことになってしまいます。今度は、その輪の中に自分を含めたalohaな在り方、無理はせず、でも自分の特質や持っているもの、渡されたたくさんの宝物を、惜しみなくペイフォワードする生き方にシフトしていくことがいずれシコリんと手を振って別れるためのmust事項です。

そんなことを考えて、美味しいお茶を飲みながら、1日かけて自分の特質、出来ること、したい事、興味のある事、新しく取り入れたいことなどを書き出して整理していました。IMG_1810

その中でHSP=Highly sensitive person としての特質を、今度はきちんと自分で守りながら、でもその良さをきちんと社会に活かせる在り方をしたいと強く感じていました。

HSPとは、人間だけではなく、殆どの生き物の種の中の10~15%の割合で、感受性が他の個体よりも鋭く、感じやすい・高ぶりやすい特質を持った個体がいて、その個性は種や群れ全体の危機に際して警鐘を鳴らしたり、時に洞察力を持って種の向かうべき方向性を示したりと、種全体の保存と発展に役立つために存在している…と言う、自身もHSPであるアーロン博士の長年の研究に基づく概念・理論で、日本では「ささいなことでもすぐに「動揺」してしまうあなたへ」と言うタイトルで出版され、話題を呼びました。IMG_1557

私自身で言えば、強い刺激(光・音・食べ物・画像・言葉・物語など)にすぐに・長く・深く動揺または感動する、人の気持ちの些細な変化や本心・ノンバーバルなサインに気づく、お腹が空くと五感がとてつもなく過敏になる、センスオブワンダーが全開なため、自然科学や世界平和や子どもたちの新しい教育について、いつもいつもいつも(笑)考え続けていると言う形で出ます。

そして、そのためか感受性が敏感な子どもたちの気持ちや状況が手に取るようにわかるため保育に役立ちましたし、今でもそうしたお子さんを持つママ達とご縁があり、よく相談を受けます。

そんなママ達に私がアドバイスしてきた言葉そのものが、今の私に当てはまるんだなあと、ちょっと苦笑い。

その豊かな感受性を、社会的な適応力がない、変わっている、理解しにくく扱い辛い、治してあげたい、などネガティヴなものとして捉えずに、社会の矛盾や綻びに気づいて発展する方向に起動修正するチャンスをくれる、独創的なアイディアを持つ、その子が何に高ぶり何があれば落ち着くかさえ分かれば逆に育てやすくどこまでも伸びる、治すのではなく、それを言い訳にすることもなく、そのアンテナを胸を張って社会で活かせるようにサポートしてあげて欲しい…

IMG_1018私の中の小さな感受性の強い女の子、ちっちがそうやって扱われたかったように、私が保育で関わった子どもたちにそうして来たように、ママ達に言い続けたように、今度は43歳の大人の私自身にそうしてあげることが必要な時です。

「自分の感受性くらい自分で守れ ばかものよ 」の茨城のり子さんほど厳しくなくても(笑)、感受性を守りつつ活かしながら、今度は人の力も借りて、社会ともっとコミットして、全生で、ユーモアを忘れず♩

奇しくも、HSPのドキュメンタリーが日本でも12月15日に販売開始です。

シコリんとちっちと私の3人4脚の旅は、今とてもエキサイティングで、チャレンジングな第2章の、最初の山場に来ています♩