腫瘍マーカー正常値に戻りました

昨日、半年ぶりに受けた血液検査での腫瘍マーカーの結果が出ました。

私の場合、治療をしないという選択をしているので、どこのお医者さんからも定期的な血液検査を断られます。治療を前提にしないなら検査も必要ないでしょうと5件に断られました(T ^ T)。(私の友人も同じらしいので、これは医療制度やお医者さんたちの意識がまだ予防医学に向いていないことに因るのだと思います)

CEA(胃がん、大腸ガン、乳がん、卵巣がん、子宮頚がん)、CA19ー9(消化器系がん)、CA125(卵巣がん、子宮体がん、子宮内膜症)、CA15ー3(乳がん)を、一回で検査できる自宅キットはなく、キットでの自己採血に加えて健康診断センターでの健康診断のオプション検査で定期観測してきました。

今回は、銀座にできた血液検査ラボというところの検査キットだと全部が網羅されているので(保険対象外)とても便利!ということで、先日受けてきました。

そして、届いた結果は

CEAが若干高いものの、それ以外の数値は驚くほど低く、正常値でした☆

とくに定期観測してきたCA15ー3は今回は初の10台で17.5。
CEAも一時期は80近くあったのですが、異常値ではあるものの12.0で落ち着いています。

これまでの推移は
◎CEA(5以下が基準値)
2016.3:21.9
2016.5:46.8
2016.7:79.1
2017.1 :46
2017.7 :3.5
2018.3: 12

◎CA15-3 (23.5以下が基準値)
2016.5 : 25.6
2017.1 : 60.1
2018.3:17.5

(それ以外のマーカーは今までずっと正常値です)

6センチ大だったシコリんは、少しずつ縮小してきていて、3センチ強(というのも、つぼみのしこりんは凸凹で横長なのです)、横を向くとバセットハウンドの鼻面のようなお胸だったのが、今はぶつけた後のコブ状になっています。半年前のCTでは、転移なし。

これって(๑˃̵ᴗ˂̵)ワイン一杯くらい飲んでお祝いしてもいいのかしらん♪

と喜ぶ私に、家族はこれこれ、ここからですがな、ここが粘りどき!と慎重ですが(笑)、今朝の目覚めはとても爽やかでした。

これからも食事による身体ケアと温熱は続けて行きますが、それはその方法が私の体調にいいいから。

それに加えてこれからはもう少し、身体を強くして行く方法を取り入れて行きたいなと思っています。

そして、何よりこの3年間にシコリンが私に教えてくれたALOHAな生き方を忘れずに、いのちの源 おいのちさんと繋がりながら、身軽に、大切に、こだわらずに生きていきたいなと思います。

それを教えるためにつぼみのところに舞い降りたメッセンジャー、シコリんに感謝です。

おいのちさんが生かすと決めたこのいのちを、自分自身に、そして社会に投げ出していく生き方を模索して行きます。

3年前抗がん剤と化学療法を一切しないという選択をし、以来一人で黙々と食事療法と自宅での温熱を続ける娘、半年前チャンスだから全摘してリンパもとりましょうというお医者さんの提案を頑として受け入れなかった娘を、内心はらはらしながら見守ってくれてきた両親の忍耐力と寛容さと信頼には本当に感謝しかありません。

歴代のお医者さまに、このままじゃ死ぬよ、自然療法をしたら死ぬよ、今切らないと死ぬよ、手遅れになって死ぬ前に戻って来ないでね、と何度も何度も呪文のように言われてきたにもかかわらず自分の道を貫く娘の選択を、どんな気持ちで見守ってきたのでしょう。

私が親だったらこんな風にサポートして見守れたかなと思うと、本当に両親に感謝です。

本当にありがとう。

私に愛をたくさん注いでくれるOhana達に、心からの愛と感謝を。

私より一足先に旅立ち、むこうから私を見守ってくれているりんりん、まちさん、kさん、ありがとう。

いつもご心配いただいたり、お祈りや励ましをいただいている皆さん、本当にありがとうございます。

これからも、ぼちぼちと、歩いていきたいと思っています。

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ホッとする話

最近、乳がんになった要因を再びいろいろな角度から検証する機会がありました。

今のところ言われているのは、

○食生活の欧米化IMG_0197

○経口、経皮の添加物(農薬、抗生物質、ホルモン剤、保存料や着色料など)

○飲酒

○出産経験の有無や回数

○遺伝

○冷えや瘀血

○ストレスによる自律神経の乱れ

○肥満 または 痩せすぎ

○副腎疲労体質をはじめとする個体の体質

○ジオパシックストレス

などなどです。

出産経験に関しては、ある資料によると、戦前の女性の平均的な月経の回数は50回前後とも!初潮が来て少しするとお嫁入りして子供を産み、栄養状態の良くない中での授乳により、月経が再開するのは乳離れした2歳過ぎ。そして、再開したらまた次の妊娠と産み続けます。そこに平均寿命の短さが加わり、生涯50回程度の月経となり、エストロゲンホルモンによって受ける影響が今とは比べものにならなかったと考えられています。(ちなみに11歳から月経があり、出産経験がなく、毎月正確に来ていた私の場合は400回を超えています。。。ひょーーー、びっくり!)

IMG_0195また、アルコールに関しては、女性の方が肝臓が小さく、アルコールによる身体へのダメージは男性の2倍以上とも言われます。乳がんと飲酒の相関関係は「お酒に含まれているエタノールが分解されてできるアセトアルデヒドがもつ発がん性、アセトアルデヒドによるDNA合成・修復に必要とされている葉酸の破壊、また、アルコールによる乳がんリスク要因である女性ホルモンなどへ影響」が挙げられるとされています。(国立がんセンター調べ)http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/373.html

男女雇用機会均等法に象徴される女性の「社会進出」の過渡期に当たる私たちの世代は、女性も社会の中で男性と同じように昼夜のリズムや月のリズムも関係なく動き続け、仕事に趣味に旅行に勤しみ、お酒もグルメも欧米スタイルのファッションを謳歌してきたバブル世代を見て育ち、バブルが崩壊したその後もその生き方を無意識に踏襲して来た気がします。IMG_0193

私もその一人で、社会における自己実現を追いかけ、昼夜を問わずに働き、遊び、海外を飛び回り、ファッションを楽しみ、ダイビングに勤しみ、お酒を浴びるほど楽しみ、グルメが大好きな20代30代を送ってきました。

それが自分の中の自然に、どんな影響を与えているかも全く考えずに…

そして、こうして乳がんを授かって上記のリスクを冷静にまじまじと見つめていると、妙な安心感を覚えるのが不思議です。

以前整体の師匠が「こういう生き方をしていたらこうなるよね、という身体の働き(各種症状やゆがみ)に出逢うと、身体の裡には自然が残っているのだと思って安心する気持ちもどこかで生じる」と言っていましたが、私も同じことを今自分の乳がんに感じます。

男女が全く同じことをする権利を主張し、その地位を獲得するという快挙を体を張って成し遂げてくれた諸先輩たち。そして、その生き方を楽しみのレベルまで昇華してきたバブル世代の先輩たち。バブルが崩壊し、諸先輩たちの生き様に「?」を感じて育った私たちは、気づけば様々な心身の不調や病気に囲まれています。

生理不順、不妊症、乳ガン、子宮ガン、子宮筋腫、子宮内膜症、ホルモン異常による鬱などなど…特に婦人系は大きな悲鳴を挙げているように感じます。

全てを手に入れ、笑顔でニコニコ働いて、家庭でも綺麗でいて子どもともゆったり仲良し、週末は公園で遊び、空き時間にヨガをして、時に飲み会に行って、心も身体も元気いっぱい!

そんなイメージはマスコミの作ったプロパガンダだと気づき始めた女性たちも多いのではないでしょうか。

そんな矛盾の中に、これだけ婦人系の不調が蔓延しているところに、これから21世紀を生きていく後輩たちへのメッセージが隠されていると言えるのかもしれません。IMG_0196

ビバ♪ 私の「自然の理」がきちんと流れている身体。

その自然の理をその流れに戻すこと、そして、真に豊かな女性としての生き方を模索していくこと。

そんな宿題を改めてもらったような気がしている三年目です。

育て 育て 希望の芽

IMG_0187この春は、3月11日を境に、未だかつてない心身のデトックスが続いていました。

腎臓が動かなくなってしまったり、自律神経が乱れに乱れて自分でないような感覚に襲われたり、急に感情が爆発して自滅したり。

3日で終わるはずのイナンナの冥界下りが、長引いてしまったような時間でした。

そんな大嵐もようやく凪いできて、新芽の季節の訪れと共に小さな小さな芽がちょこんと顔を出しています。

その芽の名前は

「live with 一緒に 生きていこう☆」

です。IMG_0185

物心ついた4歳くらいの時から、人の力になりたい、助けたい、癒したい、と言う気持ちがなぜかいつも、どこかにありました。

誕生数秘も名前数秘も9のためか、蟹座の性質ドストライクのためか、慣れない海外生活で家族が絶えず緊張していたためか、海外の日本人学校という閉鎖された場所で、年頃の女子達から2回も仲間はずれやシカトのゲームの標的になった経験からか、はたまた過去からのカルマなのか…

「癒したい、助けになりたい、力になりたい」は私の人生のメインテーマになり、保育士や環境系のNPO法人の仕事、母子の心身のケアの仕事をしてきた20年近くの間に、いつしかその想いと私自身が一体化して、過大に育っていきました。

そして、この春、そんな私にべったりこびりついたアイデンティティが剥がれ落ちていこうとしています。まるで、「千と千尋の神隠し」の白竜が自分の本当の名前を取り戻したときの鱗が剥がれ落ちて行くシーンのように、パラパラと音を立てて消えていきます。

その代わりに芽を出しはじめたのは、小さな、可愛い、そして生命力にあふれた芽、「一緒に 生きていこう」の芽でした。

いいことばかりではない世の中でも

思い描いたものとも理想ともかけ離れた現実でも

時に深い深いため息をつきたくなる煩雑な毎日でも

朝からご機嫌な一日でなくても

一緒に 生きていこう。

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その中に隠れている些細な幸せや楽しい時間を見つけて、味わっていこう。

目立たなくてもそここにキラキラと溢れる人間のグッドネス、仏性を見る目を育てて、いい話が聴こえてくる聞き耳頭巾を被って、今日1日を過ごしていこう。

今日が終わったら、1日、また1日。

そんな新しい意識をもって生きていく毎日や活動は、今までとやることは同じでも、似て非なるもの、全く新しいものになるような気がして、芽吹いたこの芽を大切に育てていこうと思います。

育て、育て、新しい芽。希望の芽。

そしていつか大きな木に育つように。

私の、44年目の、新芽の季節です。

道元さん ひろさちやさん おいのちさん ありがとう

「100分de名著と言うNHKの番組があります。

テレビを見ることはほとんどないのですが、この番組だけは録り貯めていて、時々観ることがあります。

この「100分de名著 」で、ある一冊をある人が解説している、その100分が、私の人生を大きく変えてくれました。

それは、道元禅師の書かれた「正法眼蔵」を仏教研究家の ひろ さちや さんが解説しておられる番組でした。

もともと私は仏教の考え、中でも禅の教えに深く傾倒していたところがあり、坐禅会などにもよく顔を出したりしていました。

講和を聴きに行ったり、講座を受けたり、様々な仏教の書物も読みました。

けれど、どれも頭の中だけでの理解の域を超えることはなく、本当の意味で「腑に落ちた」ことはなかった気がします。

これまでの流れ、迷いの道の中で、私のタイミングが整っていたのでしょうか。

正法眼蔵の一つ一つの解説、ユーモラスで素敵な漫画、そして、ひろ さちや さんと伊集院光さんのナビゲーションの掛け合いも面白く、ハッと、ハラリと、何かが溶け(解け)ました。

いくつか腑に落ちたのですが、中でも一番私を楽にしてくれ、未だ体験したことがなかった安心の境地に連れて行ってくれたのは、「仏性」についての道元さんの解釈そのもの…と言うよりは、それを図にしたもの、とひろさちやさんの解説(笑)。

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NHK 100分de名著 より

仏性とは生きとし生けるものの中にある仏さまの心の種のようなもので、それに気づき、拡げ、深め、育てていくことが悟りへの道であり、仏に近づく道。

どこかで私達はそう思いがちなのではないでしょうか。私はどこかでずっとその考えにとらわれてきました。

だからこそ、そこに「向かって」努力しなくてはいけない、明日は今より良い自分を創造しなくてはいけない、なぜなら仏性を大きくすることが人生の目的なのだから…そんな風に思って生きてきていた気がします。

そして、そんな「まだまだの私」から「今より少しでもより良い私」にならなくてはならないと言う思いが、自分へのジャッジ、人へのジャッジ、そして何かと比較したり、無意味に落ち込んだり…と言うスパイラルに陥らせ、苦しんだりしてきた気がします。

がんだと分かってからも、その考えは抜けず、常に常に努力してきたのは、この七転八倒のblogを読んでいただいてきてお分かりの通りです(笑)。

でも、道元禅師は、仏性は「この宇宙そのもの」で、私達は仏性の海の中に泳いでいるようなもの、と説きます。

つまり、悟りはゴールでも目的でも結果でもなく、到達するものではない。

なぜなら
もう既に仏性と言う海の中にいるのだから。

その中で精一杯悩めばいいし、迷えばいい。
迷いと悟りはコインの裏表で、私達が迷おうが悟ろうが、そんなことはお構いなく仏性はいつも、そこ、ここ、今ある全てを満たしているから、安心して悩目ばいいんです、迷えばいいんです!
貧乏なら貧乏を、病気なら病気を、老人なら老人を、今を精一杯やればいいんです!

ひろ さちや先生の、にかーっと歯をだして笑われるそのご尊顔も、その解説や言葉にあまりにぴったりで(笑)、全身の力みが抜けていくのがわかりました。同時に力が湧いてきました。

 

そうか、やはりそうだったんだ(o^^o)

これは、シコリんこと乳がんを道しるべに、私がようやく出会えたおいのちさんのことなんだなぁ…と思いました。

おいのちさんに安心して寄りかかること、おいのちさんの中に安心して生きることが、ようやく、また一つ、わかった気がしました。

今日も、今この瞬間も、私は仏性に、おいのちさんにどっぷり包まれていきている…なんて安心感なんでしょう。

在家の私が努力する(身に修める)のは、そのことを信じきる心を育てることだけ。

私を取り囲む仏性、おいのちさんが喜ぶことを心がけて生きるだけ。

他の人に必要以上にお節介しなくても、みんなみんながこのいのちの海、最強でポカポカのセーフティーネットに包まれているのだから、それを信じて見守っていてあげればそれで大丈夫。

Epiphany!(ああ!そうだったのか)…

はあ…この日があって良かった。

生きてきて良かった。

ひと安心、ひと安心(^ν^)

img_5171これからはもっともっと、安心して迷い、安心して悩み、努力(仏性やおいのちさんを信じきる力を磨く)をして、ほっこり生きていけそうです。

いのちに努力と解決志向は要らなかったんだなぁ(*´꒳`*)

IMG_4352.JPG黒木さん と言う友人がいます(実名でごめんなさい(笑)でも、どうしても書きたかった(笑))

絵描きさんで、子ども達に表現の楽しさを教えている表現者で、高千穂に惹かれて昨年引っ越した黒木さんに、久しぶりに会えました。

元々独自の、飄々とした空気感を持っている、なんともオリジナルな個性の友人なのですが、久しぶりにお会いした彼女は、ますます自然に、天然素材に戻っていて、都会のカフェなのに彼女が座っている場所だけ、コダマがちょこんと木の切り株に腰掛けている風情でした。

彼女のその佇まいそのものに、また一つ、砂場の棒倒しのように、砂がごっそり取り除かれました。棒を倒さないようにする通常の棒倒しと逆で、私のこだわりと言う棒が倒れるための棒倒しです。

そして、彼女の力の抜けたコダマのような佇まいから伝わってきたメッセージは、「いのちのことに、努力や解決志向は要らない」と言う根本的な、とても大切な、でも多くの人が忘れてしまっている根源的なこと。

世の中で生きて行くための見えないルール、特に経済活動を中心とする都会のルールの中では、解決志向、目的達成、デザイン思考、それに向けた努力と行動が尊ばれ、それが正しいあるべき在り方だと、日々全てのソースから囁かれます。

その努力する姿や何かを達成する姿に人々は感動し、自分を激励して達成感を味わい、脳内モルヒネの川で気持ちよく泳ぎ、また明日頑張るためのモチベーションをそこに見いだします。

それが美しい姿とされます。

もちろん、優等生気質で努力命の私もそのど真ん中狙い(笑)(笑)!!でした。

でも、一年半シコリんと向き合ってきて、努力し続けてきて、おいのちさんと出会ってもなお自力自力で頑張ってきて(笑)…

でもなかなか結果が追いつかないことに途方にくれてジタバタ&しょんぼりしている今日この頃の私に、彼女の存在感からのメッセージは、肩の力を抜かせる鮮烈かつ生きたメッセージとなりました。

日常を流れる時間、直線時間、男性脳、理性の脳が日々要求し続ける「解決志向」「努力」「成長」「学び」…私が高校生の時壁に貼っていた「克己」。

「緩める」とか、「手放す」「治ることを目指さない」とか、そんなレベルではなく、これらは、おいのちさんには、いのちの世界には 「要らなかった」んだなぁ…。

はぁ(*´꒳`*)

………………(*´꒳`*)。

今日はこれ以後、思考停止で過ごします☆

 

 

 

 

3をとばして 次の問題へ

img_4646小学生の時、算数で10点台を取ったことがあります。もちろん100点満点中で。

理由はただ1つ。

3問目が解けなかったから(。-_-。)

そこで色々疑問が生じてしまい、そこでフリーズして考え始めてしまい、気づいたらタイムアウト。

そこを飛ばして先に行く、など考えられない子でした。

それ以来先生に何度も何度も、わからない問題は飛ばして、わかるところから解いて、最後までとにかく解く、それから戻るんだぞと言われ続けましたが、その癖は未だに治っていないことに最近気づかされてます。

分からないことがあるとずーーーーーっと考え続けています。追求します。それが当たり前で癖で、どこか趣味ですらあります(。-_-。)

けれど、それでは解けないこともたくさんたくさんあることに、ようやく気付き始めた今日この頃。

特に何かを生み出す、創る、デザインする、目に見えるものの陰にある真実を見る時には、探し続け、追求するマインドは必要なものの、1から3を繰り返しやり直すことや3を考え続けることは非生産的で、流れや閃きを塞きとめる大きな石になることがありす。

直ぐに軽く飛ばして4へ。10から解く。もしくはいきなり36から。目に飛び込んできた問題から。時には違う科目に手を出して、また戻ってみたり。

朝起きてからいつも繰り返される思考のルーティン…1から考え、積み上げ、練り上げる思考のシステムを書き変えてみる必要がありそうです。

小学生の算数の躓きに さようならするぞ!

ようやく(何年越し?汗)、先に進みます。

ありがとう🌺

img_4337沖縄に母と行って来ました☆

今回は姉と父からのプレゼント旅。

本当に本当にありがとう(o^^o)

晴れ女の母、島の神様、美味しい野菜達、調理してくれた人達、大好きな友達、みんなみんな、ありがとう^ – ^

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また元気に、そして、新しいつぼみとして、やってまいります☆

 

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女性時間に入れました

このところ、自分の中から湧き出てくるものを形にしたいともがき、混沌の中でジタバタしていることをお恥ずかしながら綴りました。

そして、その混沌から何かを産み出すには、直線時間、目的意識、結論、計画、ゴール、形作る…などの男時間(左脳時間、理性の時間とも言える時間)ではない、もう一つの時間=女時間(右脳時間、集合無意識とも言える時間)、いのち時間に入ることがヒントだと感じている言うことも。

その切り替えは、ある朝、あっけないくらい、台風一過でいきなり晴れ間が広がったように、観劇の幕開けでカーテンがさっと上がったように、突然起こりました。

夜寝る前、私が敬愛してやまない知の巨人、現代の最も優れた語り部、あの世に行ってその講義を受けるのを楽しみにしている、神話学者のジョゼフ=キャンベル先生の生前の動画を観てから眠ったためか、その明け方また不思議な夢を見ました。

キャンベル先生なのか、誰か知らない人なのかすら定かではないのですが、何か高い崇高な雰囲気の人と、時空のない空間で対話をしている夢でした。

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言葉を超えた対話の中で、この世の仕組みは私たちの頭の理解をはるかに超えた、精密で完璧でものあること。宇宙は広大であると同時に過去も未来も全ての次元も、密接に繋がった「一なるもの」であること。

私のしようとしている活動はもうその完璧な宇宙に響き渡っていること。それが実現して形になるかどうかは、私の呼ぶところの「女神達」にただもう預ければいいこと。そのことが「見えて」「わかる」…そんな夢でした。

img_4272目覚めると、この数カ月高速回転していた脳のある部分のスイッチが切れたように、大きな何かの中をゆったり揺蕩う女時間に入っていました。

世の中には、コントロールできることとできないことがあります。(出来ているつもりでも、本当はできないことの方が多いのかもしれません。)

女性は特に、その身体のリズムの特徴故に、コントロール不可能なことを体験しながら育ちます。

そのコントロール不可能なものに、ハンドルや手綱を持参してコントロールしようともがくと、荒くれた川に放り込まれたように振り回され、大きな渦潮の中でばらばらにされるような感覚になることは、多くの女性が体験的に分かっていることだと思います。

けれど、そのコントロールの手綱を手放して、自ら進んでそのコントロール不可能なものに運命を「預けて」行く=「能動的な受け身」の状態で入って行くと、その嵐は止み、荒波の渦潮だと思っていたものはエネルギーに満ちた緩やかな銀河のような渦に変わります。

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そして、無目的に、形作るのでもなく、ただ練り上げては崩し、また練り上げて…陶芸のろくろを回して遊んでいるような、集合離散のリズムを楽しむ感覚になります。

無理矢理「形作る」のでもなく、「形になってくる」のを鷹揚に待てる感覚です。

この時間、このモードが、全てと繋がり、全てを生かし、全てを癒すおいのちさんの時間なのかもしれないなぁと感じます。

ここでは、いのちに目的はないこと、生も死も過去も未来も全部同じエネルギーの海に属していることが、よく分かります。

このおいのちさん時間に身を委ねている時に、本当の癒しや、本当の創造が起こるのかもしれません。

脳科学で言うと、前頭葉の電気信号の波がいい塩梅に弱まり、シータ波の波に揺られて脳神経、脳細胞が休息している…そんなところでしょうか。

と、まあ、分析はここまでにして、しばらくは、ようやく入れたこの女時間、おいのちさん時間に、安心して、ゆったりと漂っていたいと思います。

 

混沌 を 経過中

新月に加えて、この陽気も大いに手伝って、ここまた二日ばかり目が覚めてからしばらくすると過呼吸が出そうになり、コーピング(たくさんの対処法を書き出しておいて一つ一つ実行すること)をして経過しています。

野口整体的にはこれも一つの活元でもあり、また呼吸器と首の問題。

西洋医学的に見ると自律神経の乱れ。

そして、おいのちさん的には?

何のメッセージ?

ずっと感じようとしています。

昨日の発作の中で感じたのは、おいのちさんと出会ってからも、まだなお今までの慣れ親しんだやり方や考え方で生きていることが一つの大きな原因で、さらに自分の中にある創造性が表に出る前の混沌の状態の、言いようもない苦しさだということです。

今私はこれまでずっと温めて来たアイディアと活動を始めようとしようとしています。

それは、これまでの20年の子育てサポートや女性の身体をサポートする仕事を通じて出会った女性達と一緒に体験し学ばせて貰ったことと、この一年半のシコリんからのメッセージを、新しい形や活動にしてスタートし、多くの女性とシェアすることです。

私自身がずっと向き合ってきた女神をはじめとする神話の力と知恵を借りて、21世紀を生きる女性がそのライフサイクルごとに訪れる学びや転機に気づき、その理解を深めて、生き方やコミュニケーションを自分の手でデザインし、豊かに乗り切っていくことをサポートする活動です。

私自身のシコリんこと乳がんも、その女神修行の道程の大切なメッセンジャーだと、深いところでわかります。

そのアイディアや活動、これから出会える素敵な女性=女神達との豊かな出会いと時間をイメージすると、たまらなくドキドキワクワクし、女神や神話の示す普遍的な叡智に胸が震え、それをシェアしていくことの武者震いと喜びを感じます。

けれど!そこまで見えているのに!

そのやり方が、おいのちさんと出会う前の 慣れ親しんだやり方で考えると、てんで、ダメなのです。

私のお得意の周りのニーズを拾ってそれを察して応えるやり方、巷で言われるような男性脳の直線的で目的達成型のやり方、所謂デザイン思考的なやり方など他人の考えたものを着ようとすると、呼吸がどんどん苦しくなります。まして、経営塾的な視点など入れた日には…(O_O)

おいのちさんもどんどん元気がなくなって、小さく小さくなっていきます。

混沌=バラバラ=無秩序=創造=崩壊のカオスに放り込まれたような感じです。産みだす苦しさとまだ産み出させない苦しさのせめぎ合い、悶絶の毎日(@_@)

一つのヒントは、今の世界のスタンダードである男時間、男脳、大脳新皮質の次元から離れて、円環の女性時間、おいのちさん時間に入っていくこと。そして脳の「混沌ステータス」を苦しくても何かが産まれるまで持ちこたえる忍耐力を持つことです。閃いたら従う女性本来の気まぐれさも。

そんな混沌をくぐり抜け、曲がり道を曲がったところ、私の中のゴジラくんを解放した時に、ウルトラCで何かをどかーんと打ち上げた時に、シコリんを解放してあげられる日が来る…そんな気がしながらの破茶滅茶、七転八倒、三歩歩いて散歩下がる、悶絶の今日この頃。

そんな私を相変わらずおいのちさんがニコニコ(*´꒳`*)観ています。

おいのちさんとの対話

ある日の おいのちさんとの対話

………

おいのちさん(*´꒳`*)

はいはい(*´꒳`*)

おいのちさん(*´꒳`*)

はいはい(*´꒳`*)

おいのちさん

はいはい(*´꒳`*)

……おいのちさん(⌒-⌒; )

はいはい(*´꒳`*)

……いますよね(・ω・`)

はいはい(*´꒳`*)

聴いてます?(・ω・`)

はいはい(*´꒳`*)

……(・ω・)

……(*´꒳`*)

 

………おやすみなさいm(__)m

はいはい(*´꒳`*)

また明日

はいはい(*´꒳`*)