久しぶりの 食生活紹介

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さて(おもむろに)

今日からまた始まる私のいのち元気元気生活ですが、

【このところ実践していて身体がとても調子がいい、ご機嫌なもの】

【この先取り入れてみたらもっと体が喜びそうなこと】

を書いてみたいと思います。

なんといっても医食同源なのと、私が食べること、そして野菜料理が大好きなので、食がどうしてもメインになるため、まず食から^ ^。

【このところ実践していて身体がとても調子がいい、ご機嫌なもの】

このところの食生活はとても安定してきていて、こんな風にしています。

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□朝一番でうがいした後、お白湯コップ1杯を、2、3口ずつすする

□朝 豆乳×手作り甘酒スプーン1×青汁×季節の果物×オリゴ糖ほんの少し をミキサーしたものを1杯

※これがびっくりするほど美味しく、身体も喜ぶんですわ。

□昼夜兼用で1食、もしくはお腹の状態次第で昼と夜に軽めに1食ずつ。

※18時前にはできるだけ食べ終わります。それ以降になってしまったら、思い切って抜くか、豆乳ミルクティにナッツをかじっておしまいにします。その時の朝の楽なこと!!

□旬のお野菜を人工調味料を使わずに美味しく調理したものがメインディッシュで9割。

□手作り麹生活、育菌生活

※すっかりハマっていて、手前味噌、ひしおを 火を止めた後に足すのがブーム。吉祥寺にある老舗のSOYBEANFARM はお手本です。

□炭水化物は10%以下くらい

※それ以上食べると眠くなってソファで寝てしまうくらいだるくなるし、朝起きるのがしんどいので、それくらいが今のつぼみには適量。

あんなに炭水化物帝王だったのに、人は変われるのだなあと我ながらびっくり。

□お茶は 枇杷茶、ラフマ茶、よもぎ茶、三年番茶などをローテーションして。

※大好きな紅茶も時々いただきます。

□その時々で身体が食べたい!と思うものを。

※それが一番体には必要だったりするのですが、今は海藻を身体がご所望。ワカメとアオサをもしゃもしゃ食べています。夏はローストパプリカ、昨年の今頃は里芋だった気がします。

□週末1日だけは友人と外食を楽しむ

※その時は、サラダを中心にして、腫瘍を小さくするという牡蠣フライを食べたり、白味魚を美味しくいただいたりします。今はどこに行っても(丼屋さん以外ならおそらく)ライス抜きで頼んでも変な顔をされないのがありがたいです。

□あんなに食べたかった小麦粉お菓子、おやつはほとんどなし

※先日試しに外食したときパンケーキを注文してみましたが、身体がギョギョギョーっとなって、ギュルギュルーーっとなって…(笑)。そしてあまり美味しく感じなかったので、「そうか、目は食べたいけど、身体はもう要らないんだねー」と実感しました。

………………………….

食生活で一番変わってきたこと、最大のポイントは

☆☆☆お腹が空いているタイミングで食べることと 腹八分目以下☆☆☆

あの大食らいだった私ですが、これがようやくできるようになってきました(涙)。
これが何よりの成果です。いやー、ここまで来るのが長かった(笑)。

「いつも、すこーし小腹が空いている状態の心地よさ♪」

これに慣れると、お腹がいっぱいだとまさに消化管が閉塞して窒息しているように感じます。

逆に、腹八分目以下だと風通し(実際は通っていないのかもしれないけど)が良くなったような感じで、なんとも清々しいのです。

これがこの2年半の食生活改善の大成果です。

精神的に満たされてきたことと、2年半かけてマイクロバイオータ、いわゆる腸内細菌叢がそんなバランスになってきたことの2点が鍵だと感じます。

おそらく同年代の平均よりも半分以下の量とカロリーのこの食生活ですが、朝のお通じは驚くほどてんこ盛りです^^;

腸内細菌たちが元気に活動なさってご昇天されたものたちが朝一番で出てまいります。これが腸内細菌が元気であること、そして健康であることの一つのバロメーターとのこと。

結構、朝、感動します、こほん∩^ω^∩

体温深部37度、腋窩36.7 度。身長162センチ42キロ。髪、爪ツヤツヤ、化学物質以外のアレルギーなし、タンゴを4時間踊れる体力あり。上々です。

 

【この先取り入れた身体が喜びそうなもの 身体がご所望のもの】

□冬野菜の自家製漬け物三昧(糠は苦手なので甘酒とひしおで漬けてみよう)

□モロッコ料理
※中東料理は実はスパイスと塩味、レモンたっぷりの無水シンプル料理が多くてヘルシーです。日本の旬の野菜を使い、そこにひしおとか味噌を隠し味にいれたら、オリジナルモロッコベジ料理になるのでは、とニヤニヤ。

□時々 お肉
※サナダ虫を飼い続けて有名な研究者の先生の説では、善玉菌だけでなく、悪玉菌もある程度いることが身体のバランス、マイクロバイオータが充実して私たちを元気にしてくれるとか。そのために、お肉もほんの少し、時々いただく方がいいそうです。たしかに悪玉コレステロールが異常に低い私。善だけではだめで、全部含めて愛してあげなくてはいけないのですねー(笑)。

そんなこんなな食生活ですが、ポイントはやはり、いいなと思ったら三ヶ月から半年、身体に聴きながら続けて、その状態でマイクロバイオータ、腸内細菌叢のバランスが育つまで根気強く待つことかと思います。
完全に体質を変えるにはやはり2、3年はかかるのだなと思いました。

あとはもう少し、生まれつき弱めの腎臓を強くして、血虚の体質を改善していけたらなと思っていて、そこは試行錯誤中です。

食生活以外のこと、続きはまた次回、おつきあいくださいませ。

 

 

 

自然治癒の道を再び

441BA5FB-AB30-49B5-92FE-747639938E5Bみなさまにたくさん愛と応援のメッセージをいただいた、私のシコリんとの一つの旅の曲がり角、一つの心の旅の円の終焉は、手術をしないという選択肢をもって迎えることになりました。

メッセージやアドバイスをくださった皆様、本当にありがとうございました。

暖かい沈黙で見守ってくれていた皆様にも、心から感謝です。

 

今回の決断の物理的な理由は

なんといっても転移がないこと。
免疫力ほか血液検査の結果がパーフェクトに良かったこと。
体感として以前よりも元気で、体内が整っていること。
そして、なにより、身体からのメッセージが手術をせずにこのまま共存、自然治癒の方向を示していたことです。

今回はたくさんの学びになりました。
そして、今回の選択を決断できたことで、自分自身への尊厳を取り戻すことができたことが、言葉にならないほどの喜びでした。

すると、不思議なくらいお腹の底から力がこんこんと湧いてきました。

今回迷いに迷った理由の一つは、恐れつつも、そこから外れることも恐れである「権威」と「その下にいることで得られる庇護」からはずれることでした。(もともとかなり外れいている一匹狼なのですがそんな私にもそんな恐れがあったのですね(笑))

被っていれば不自由感を感じる代わりに社会の庇護と安心感を得ることのできる、アフガニスタン女性のブルカのように、被っている間、社会のセントラルドグマに自分の力を委ねている間は得ることのできない自由と自尊感情。

ブルカを脱いで自分自身を唯一のオーソリティにして生きていく決断をすることができたことが、ここまで自分自身への尊敬を取り戻し、今までの傷を洗い流す体験になろうとは思っていませんでした。

父をはじめ大切なOHANAの多くも、できれば手術をしてこの旅をもっと楽に終わらせてほしい、統計的にガンが広がる可能性が低くなると医者が言う方向に決めてほしい、そんな思いを抱いていることがひしひしと伝わってきました。

大好きな人たちがこれ以上心を痛めないためにも、この旅をそうした形で終わらせてあげたほうがいいのでは、と何度も思いました。

そして、オーソリティに従う決断をすると、ベルトコンベアー式にスムーズにことが流れ、手厚く庇護され共感され、暖かい同情も得られる楽な道を歩むことができることを、医療機関のシステムというものに触れて、実感しました。

正直少々疲れてきてもいた、この旅の終盤。それでも、自分自身の感じること、身体の声を信頼して、この先も一人かもしれない道を、孤高の道を、自分の感覚だけを道しるべに進んでいけるのだろうか。その強さが私にあるだろうか。

小・中学生の時のいじめの記憶も出てきました。保育園の職場でのいじめも思い出しました。理由は全部同じ。私が中途半端に孤高だからです(笑)。
手術のことだけでなく、プライベートでもさまざまな波が押し寄せ、私に宇宙が新しい旅を自らの意志で続けるのかどうかを問いかけているのがわかりました。

この誘いを断れば、この通過儀礼を通過しなくては、私はいつまでも心の底からの自信を持てず、どこか人の顔色を見て、先読みして、自分自身を生きることができないままで生きることになる。それでもいいのか。

何度も何度も自問自答した末に、最後はやはり身体に問いかけました。そして、ただただ、感じました。

そしてその答えは、手術をしないでこのまま身体の力、自分自身を信頼する選択をすることでした。

その決断は、正直大病院のお医者さんを不快にさせました。残念なことに脅しとも取れる言葉や言霊をたくさんいただきました。女性として不快な行為もされ、傷つきました。それでも、笑顔でお礼をいって手を振り、権威とさようならできた自分がいました。

この決断をしたことで、自分自身への惜しみない尊敬と尊厳を取り戻すことができ、そこからこんこんと湧き出てくるパワーを感じたことは、生き死にを超えた、何ものにも代えられない大切な体験でした。

父の餞の言葉は「本当にこれで全てが自己責任なんだからね」。本当にその通りです。その代わり、その自己 は 今までとは比べ物にならないくらいパワフルで、愛と尊敬にみちたものになりました。

一つの旅を終えて、今日から次の旅が始まりました。

それは、一つ一つ手探りながらも自分の身体にもっと丁寧に耳を傾けて、毎日を生命力溢れる私の人生になるように、選択していく旅です。

そんな私の旅ですが、良かったら今後ともおつきあいくださいませ。

OHANA達に心からの感謝をこめて。

私は大丈夫です!どうぞ、信頼して、そして新しい私に会いに来てください。

 

関係=育てるもの

IMG_0653私の通っているタンゴ教室は今、過渡期で新しいシステムを取り入れようとしています。

 

変化に伴い、講師も生徒も、ドキドキ、ザワザワ、ガヤガヤ。

そんな時に大切なのは、お互いの理想やあるべき姿を押し付けたり、文句を言い合うのではなく、生徒×講師のパートナーシップや関係を、ダンスと同じ要領で「育てて」いくことだなと思ったりしながら、その行方を見守っています。

そして、これは全てに繋がるなぁとふと気付きました。

1番大切な自分、自分の身体との関係においても。

振り返ると、この2年と4か月、乳がんだと言われてから私が取り組み続けて来たことは、私自身との、私の身体との関係を一つ一つ育て直すことだったんだなぁと改めて思います。

小さい時から身につけて来た、かくあるべき理想や、こんな人間であらねばならないと言う堅固で依怙地な「型」のようなものが崩壊して、そこから一つ、一つ、関係を作り、育てて来ました。

睡眠の時間やタイミング、質を高めるコツ。

食事の食べ方、タイミング、量、料理の仕方、材料の選び方。

体温調整の仕方、季節の過ごし方。

仕事の仕方、質、量、休むタイミング。

人間関係だと、距離感、伝え方などのバランス。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

自分自身の感受性を守りながら生きることへの力強い応援歌を詩にしたのは、大好きな詩人の茨木のり子さんでしたっけ。

IMG_0657この世の中に、正解や不正解は何一つなく、また誰にでも当てはまるような黄金律はありせん。

自分自身との関係の絶え間なき試行錯誤。

時にちょっとした改革。

そして、失敗込み込みの実験。

それらを根気強く繰り返しながら、程よい、うまく踊れるバランスを探し続けながら、踊り続けるしかありません。

まるでタンゴのようです。

タンゴには実は振り付けはありません。理想の型もありません。
一歩一歩が即興で、組む人、踊るステップによって、お互いに微調整を繰り返しながら、程よい関係を探りながら踊ります。

そして、曲が終われば消えていく、無形のもの。でも、その時間が身体のリズムに加わり、刻まれ、また次の曲とパートナーとのダンスが始まった時に動き出す、旋律のうねりのようなもの。

そして、私はそこに、たまらない面白みと魅力を感じます。

治す、完治する、と言う目標・ゴールを設定せず、自分自身や身体との関係を作り、育ててきたこの2年4か月の中で、小さいけれどとてもしなやかで強い、自分自身への信頼と深い絆が芽生えつつあります。

そして、それこそが、シコリんこと乳がんを授かったことで手にすることができた、一つの豊かさなんだなぁと実感している今日この頃です。

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身体の精密センサー 匂いで選ぶ

img_4728シコリんこと乳がんとわかり食事療法を始めて一年半。

だいぶ失敗が減ってきて、身体に従って食べる食べ方が本当の意味でわかってきた気がします。

何を持って失敗と呼ぶか。それは、頭で食べてしまった時。そして、消化のプロセスが 快 ではない時。

何を持って良しとするか。それは身体に正直かつ忠実に食べられた時、消化のプロセスが 快 な時です。

以前は、かなり厳格に発芽玄米菜食&自然調味料での自宅自然食道場でした(笑)。

一日2食、昼ごはんは11時から12時の時の間、夜は18時から19時には食べ終わり、12時間あけて、がんに効くと言われる野菜を中心に、発芽玄米をせっせと食べて…と言う日常を心がけていました。

今も基本的には発芽玄米菜食には変わりないのだけど、身体が「今、これが食べたいよー」と言う声に忠実に食べていっても、その結果が身体にいい形で反映されることが多くなってきました。img_2077

例えば、がんに玄米はいいのかはたまた悪いのか、果物の果糖はどうなのか、糖質制限はいいのか悪いのか…と言った類の議論は数えきれず、それぞれ全く決着はついていないのだけど、このところはそんな理論やセオリーはそっちのけ。季節や体調によって、玄米がとても食べたくなったり、逆に全く要らなかったりと、身体が自動操縦で決めてくれるようになってきました。

じゃがいもやサツマイモなどの芋類は、昨年馬鹿の一つ覚えのように食べたくて食べたくて、だったのに今年は一気に胃腸からの人気ガタ落ち(笑)。それらの栄養素が満ち足りてる感じです。

豆類は定期的に猫にマタタビ状態で食べたくなるかと思えば、全く欲しないこともあります。

無性にウサギのように生野菜が欲しくなる時とimg_3990生臭くて見たくもない時。

そして、どうも、その基準は「匂い」のようだと気付き始めました。

元々鼻が効く方で微妙に鼻づまりながらも、保育士をしていた時分は子供の忘れ物の匂いを嗅いで、あ、これ誰々ちゃんのシャツと言い当てられると言う特技がありました。

食べ物も、このところはどうやらイメージではなく「匂い」で、その時身体に必要かどうかを決めているらしいのです。

実際の素材の匂いだけではなく、化学調味料を使わないこの一年半の間に鼻が覚えた「素材を手にした時のイメージに付属されてくるその素材そのものの匂い」にも反応しているようなのです。

それに従って食べると、胃もたれもなく、あまり時間に厳格に食べなくてもすんなり消化でき、力が湧き、排泄までがとてもスムーズになります。

例え稀に食べるのが深夜近くになってしまうことがあっても、身体の声にマッチしたものを食べると、本当にあっと言う間に消化していき、そのプロセスが 「快 」なのです。img_1659

お肉大好き、グルメなものも、B級も、なんでもそれなりに美味しい美味しいと食べていた大食漢の私でしたが、身体の声に従って食べられ、それが「快」になるまで、一年半かかりました。

この変化や感受性はどこまで続くのか、広がるのか、研ぎ澄まされるのか、一巡してなんでもまた美味しくいただけるようになるのか…楽しみです^_^

 

久々の 食べ物 食べ方考

imageベジタリアン食、ほぼ玄米菜食を実践して一年間と2カ月が経ちます。

乳がんの診断を受けてからの食事の変遷を軽く大雑把に振り返ると、ゲルソン療法2カ月、完全に塩抜きで人参ジュース、野菜生活→自然調味料に戻しての玄米菜食を1日3食→1日2食にして月に数回身体が欲した時にお魚やささみを少し…でいただいてきました。

感覚的には、昨年の秋冬まではとにかく人参ジュースが美味しくて、生野菜が食べたくて、1日2回から3回人参ジュースを飲み、生野菜を腹ペコ青虫のように食べて周囲を驚かせました。マクロビ的には生野菜を冬に食べるなんて!でしょうが、とにかく身体が欲していました。

年明けくらいからは食べる量そのものが落ち着き、1日1食から2食、今までの量の7割くらいで充分満足するようになり、生野菜や人参ジュースをあまり身体が欲しがらなくなりました。

何かがリセットされ、バランスが取れてきたのを感じました。また体重も減り止まり、逆に増え始めていきました。

そして同時に、身体が本当に食べたいものが分かるようになって来ました。その多くはやはり旬のもので、気がすむまで食べると自然と欲しくなくなるのでした。

そして、旬のもの以外の基準は、手に取った時に胃の入り口がふわっと開くような感覚がするもの。それが基準の全てでした。

この春から夏までの間は、玄米と納豆がとてもとても食べたくなり、玄米と納豆がいつも冷蔵庫と冷凍庫にストックしてありました。そして、鶏肉を月に数回ほんの少し食べるととても調子が上がりました。image

そして、夏には玄米よりも雑穀米と蕎麦が食べたくなり、玄米と雑穀米と蕎麦をローテーションしたりしていました。魚は月に数回、食べすぎない程度に口にすると元気がみなぎりました。(夏バテしてふらふらだった時にサービスエリアでいただいた鮎の塩焼きで生き返ったことが忘れられません!鮎さま、ありがとう)

そして、秋に入った今は、炭水化物や魚などをあまり欲しない身体になっています。リンゴとブルーベリー、レモンや柚子などの柑橘類と、ちょっと火を通した野菜・豆がパーフェクト!それ以外のものを食べるととてもだるくなり、頭が働かずやる気が起きないのです。

と、こんな風な身体の変化を見ると、西洋的な栄養学はもちろん、○○式食事法、××療法、△△主義、陰陽五行と言った様々な療法、考え方に「則った」食べ方に?が付きます。

研究者肌なので、ありとあらゆる情報を集め、吟味しましたが(笑)、それぞれの人がそれぞれの学説、主義主張を展開し、その何パーセントかは完全にビジネスの流れとリンクしていたりします。

そのどれもが正しいように思えますし、理論的には納得がいきます。

けれど、やはり、理論よりも、個々の身体が中心、身体の感覚が何より正解を知っているような気がします。理論は、きっとその感覚の後付け程度のものなのかもしれません。

私達が身体にできることは、理論に合わせて食べるのではなく、感覚を研ぎ澄ませていくこと、感覚を信じる心の筋トレ、そしてトライアンドエラーをしながらも、身体と脳と舌のコミュニケーションを密にしていくネットワーク作りなのかもしれません。

そんなことをつらつら思う、乳がん2年目の秋です。