やはり 総括(笑)3年目の朝です

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2年前の今日、乳がんの検査を受けました。空が真っ青な、そして入道雲まで出ていた暖かい日でした。

国分寺のレディースクリニックで見てくれた先生がいますぐにここに行きなさいと紹介状書いてくれ、ブレストクリニックでその場で乳がんだという診断を受けてました。5センチで進行性、血管もできていて立派な癌です、と言われました。そして、痩せ型なこと、小さい頃から排毒が苦手だったことから、一晩一人で考えて自然療法で体質改善していくことを、直感で迷いなく選んだことは、繰り返し書いてきた通りです。

そして、今、2年前よりも身体全体が元気になってきている私がいます。10年くらいかけて徐々に育ってきたシコリんだったので進行が遅く、免疫を上げる時間をもらえたことが幸いしたのだと思っています。

肌のしみはとても薄くなり、あれほど辛かった朝起きるのが嘘のように楽です。身長は162センチの44キロ。歩いていて疲れない、そして、駅の階段を上り下りするのに息が切れないちょうどいい体重です。血液検査の結果は肝臓の数値も、腎臓の数値も以前よりよく、また免疫もかなり上がってきていました。

シコリ自体は、生理の周期に合わせて膨れたり小さくなったり。でも総じて大きくはなっておらず、シコリの部分の色があざの治りかけのような紫茶色に変わってきています。

このまま上手に共存しながら、心身の免疫を高めて幸せに生きているうちに、シコリんという天からのお預かりものをお返しできるかもしれないな、と感じ始めています。

漢方、ゲルソン療法、星野式、鍼灸、温熱療法、温泉療法(主に炭酸泉)、野口整体、プチ断食、三宿夢鍼灸院(半年通いました)、むらたガン療術院(半年通いました)…この2年間様々に試しましたが、効果を実感できたもの、自分に合っていると感じて続けてこられたことは下記です。

IMG_6035○玄米菜食中心の、オーガニックで化学調味料不使用の手作りの食事を1日1から2食。低GI、抗酸化作用のある食べ方、そしてドクダミ茶やびわ茶などの排毒のお茶を飲みます。夕飯から13時間くらい胃腸を休ませたいので、朝は豆乳ミルクティーとお腹が空いたらリンゴをかじります。(先日みつけたこの本の作者の辿り着いた食事とほぼ同じでした!万人に合う食事療法はないけれど、ベースの黄金律はありそうです)

そして、週に一度ちょっとだけ気を抜いてOhanaと同じものを食べる日を作ります。ちょっとくらい下痢をしても、そこは潔く出て言って良かった、と笑い流します。

○朝起きてすぐのお白湯

○週三回のタンゴ教室で身体も頭も気持ち良く動かし、仲間と笑う

○43度くらいのお風呂に15分、一汗かいたら出てバスローブでもう一汗。そして、寝る時は湯たんぽをお腹から前腿、後ろ腿、お尻、腎臓と温めて眠り、体温は出来る限り37度前後をキープ。

○一日に数回、強めの爪もみと、顎と鼻の下のツボ刺激(自律神経の調整)

IMG_0181○自己受容して、自分にストレスをあたえる思い込みや癖を手放す作業を進める

○自分の中の邪気を払うための祈りと瞑想

○最近始めた下半身のチューブ体操と腹式呼吸

○パーソナルトレーナーの先生による歪み直しのトレーニングとエネルギー調整(終わった後立位体前屈がマイナス30から0になります(笑))

○毎週の炭酸泉

○嫌なことや苦手なことには、アロハを込めつつもちゃんとNOを言う練習をして、自然にやりたいと思うことを優先する

○ベストバディはなちゃんと幸せなまったり時間を過ごす

です。

これじゃあ、健康にならない訳はありません(笑)。

今は、自分の内向型の性格をそのまんま受け入れて、上手にマネジメントしながら、仕事をしていけるように準備中です。こんなに穏やかで健やかで、爽やかな3年目の朝を迎えられるとは思っていませんでした。

IMG_0182経済面を始め様々にサポートしてくれている両親はじめ、私の決断を受け入れて、ずっとサポートしていくれている大切なOhanaに心からの感謝をしながら、今日1日を過ごしたいと思います。

心から ありがとう。

 

迷惑をかけ合いながら 許され合いながら

IMG_0175私が言われてフリーズしてしまい、動けなくなってしまう言葉の一つが「迷惑をかけないように」です。

以前、大好きな沖縄で、生命力溢れる沖縄の薬草を使って癌のある人も、そうでない人も、元気で生き生きと生きられる食のプロジェクトを興したい…と沖縄の知人や友人を頼りに出かけていったことは、以前ブログに書きました。

現地ではトントン拍子に進んだかに見えたプロジェクト。それは今は止まっています。

数秘術的に時期が良くなかったとか、方位学的にその時期は沖縄が最悪だったからとか、私が癌の人に向けた活動をするのはまだ心身に負担だからとか、そもそもビジネスに向いていないからこれで良かったんだよ、と多方面から励ましやアドバイスをもらいました。

でも私を固まらせたのは、実は知人の方からいただいたメールの中の「ご紹介した人に迷惑をなるべくかけないでください」というたったの一文に囚われた私の心だったのです。

沖縄でビジネスを始めるに当たってビジネスの大先輩として檄を飛ばしてくれた内容に含まれた、たったの一文だったのですが、私はそこに文字どおり囚われて氷の女王に息を吹きかけられて万年雪に閉じ込められてしまったように動けなくなってしまったのでした。

「よそ様に迷惑をかけないように。」

「人の迷惑にならないように。」

日本人なら100万回は聴いて育つ言葉で、それに異論を唱えるのすら難しい、当たり前の黄金律として成り立っているこの言葉。

でも、その言葉はそれに真面目で誠実であろうとすればするほど見えない糸でがんじがらめに縛られ、「迷惑をかけないで生きる」ことが人生の優先事項になり、その反動で迷惑をかけていると思われる人やその予備軍を心の中で糾弾する心理状態を生み出させる言葉にもなる…だからこそネット炎上などが起きるのではないかしらと密かに思っていました。

そして、先日、ひろさちやさんが紹介しているインド古来の考え方を知りました。

ひろさんは、よくその著作の中で、日本では教育者が「迷惑をかけるな」と教えると言うと、インド人の方がとてもびっくりしたという話を紹介しています。彼らの言い分は、人間として集団で生きている以上迷惑をかけ合いながら生きているのは当たり前で、ならば「お互いに迷惑をかけ合って、許し合いながら生かされているのだ」と言うことがわかることこそ、それを教えるとことこそ、真の教育だと彼らは思っているからだと言うのです。IMG_0176

仏教国タイでも、滅多なことがないと謝らないと言います。きっと同じ考えに基づく行動なのだと思います。(大学の時のアダ名は「ごめんなさい」のつぼみ、今タンゴ教室の先生から出されている課題はステップを間違えても「ごめんなさい」を言わないこと(苦笑))

深いところで「ああ」と納得し、大きなものに許されたような気がして、身体中がホッと緩みました。

日本でも江戸時代は、道などでぶつかっても謝るのではなく「あいに、お互い」(お互い様よ)という言葉を使っていたと杉浦日向子さんも書いていましたっけ。

沖縄を訪れた12月には、まだ乳がんを持っている私が何かをやろうとすることにはやはりリスクを伴うこともあるだろうし、迷惑をかけることもあるのでは、と心のどこかで思っていたのだと思います。

それでも、やりたい!ぜひ実現したい!とビジネスや交渉が苦手な自分を駆り立てて沖縄に行き、全てがうまくいくように思えた時にいただいた「迷惑をかけないでください」の一言は、そんな私に一歩もでられない魔法陣のように作用し、料理そのものへの情熱もその時に凍ってしまったのでした。

迷惑をかけられるのは愉快なことでなく、巻き込まれ、平安を乱されます。時に自分の人間関係や利害関係も壊れる元となります。殺人や犯罪などは究極の迷惑で、それも許すのかという極端思考の声も聞こえてきそうです。

けれど、もう少し身の回りの日常のことに置き換えてみると、確かに自分が迷惑をかけられると困るけれど、自分もまた見えないところ、知らないところで必ず迷惑をかけていて、それを許されて生きているのだという事実を自覚するところから、本当の人としての生き方が始まるのではないかしら。そして、人を糾弾するのではなく、不完全な自分を許して生かしてくれていることへの自然な感謝が生まれるのではないかしら…IMG_0489

そんな風に思えて、身も心も軽くなりました。

沖縄での冒険も、チャレンジしようとしたこともいい思い出に変わり、また料理への情熱も蘇ってきそうな今日この頃です。