感受性に寄り添えなかった話

IMG_0295先週、先々週と、2年半ぶりに医療機関に行って、血液検査やCTなどの検査結果を聞いてきたりしていました。

父の友人でありその病院の大型出資者である方の紹介だったこと、また私をみて「自然療法に傾倒している、とても気難しい人らしい」と踏んだであろうお医者様は、本当に懇切丁寧に言葉を選びながら、穏やかに一回40分以上かけて説明をしてくれました。(日本のお医者様ではとってもレアなこと!)

そして、その丁寧な説明の趣旨をシンプルに要約すると

「食事療法は意味がやってもありません。医療機関以外が出している自然療法の情報は信用してはいけません。勇気を出して切りましょう。」

でした。

最後は頭を下げて「どうか勇気を出して生きる選択をしてほしい、手術を受けてほしい」とお願いする先生に、私も「ご丁寧にありがとうございました」と頭を下げて帰ってきましたが、その後じわじわと弱っていき、ついには自律神経を病んでしまいました。

ここが私のトロいところで、「その場」で自分の感情を把握したりはっきり感じるのが苦手です。強いショックを受けるとまず固まってしまいます。

まして、これまで医療機関でとても嫌な思いをしてきたので、今回もきっと私のバイヤス、私のレイヤーのせいで冷静な判断ができないかもしれないからと、出来るだけ感情を抑えて赴いただけに、その日は普通に帰ってこれたものの、じわーーーーっと後から傷が広がり、今週は自立神経のバランスを崩してしまいました。

日本のお医者様にしてはびっくりするほど腰を低くされた姿勢で、言葉を丁寧に選んで話をして下さったことには心から感謝なのですが、言っている内容は私の2年半の全否定と私を勇気がないために医療的処置を受けられない人というレッテル、医学以外を信頼するなと言うメッセージ、そして、身体を全体としてみるのではなく部分として捉えた上でリスクは切除してしまえばいい、というメッセージ。

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それに私の感受性は過緊張して、そして、深く傷ついていたんだなとようやく気づきました。

ごめんね、気がつくのが遅くて。

ごめんね、護ってあげられなくて。

自分の身体、感受性になんども謝って、お風呂に入ってガチガチの身体を緩めて、はなと寄り添って眠って、ようやく人心地つきました。

きっと、お医者様はお医者様で、例え私の身体観の話、おいのちさんの話をしても、チンプンカンプンで、何を言っているのかわからない人だとおっしゃることでしょう。

こればかりは立場や見地、経験や、感受性、全てが違う世界に生きているので仕方のないこと。お医者様は彼の立場でできることを精一杯の誠意でしてくれていました。

だからこそ、全く噛み合わない、ちょっと悲しく可笑しい、コミカルな時間だったなと今は思えます。

問題は、私がその場で、または少なくとも帰ってから、がちがちになってしまった身体と感受性にもっと寄り添わなくてはいけないのに、どこか混乱したまま仕事に戻り、頭で考えたまま日常を送り、しっかり立ち止まってケアをしなかったこと。

少し人よりも繊細な感受性を持って生まれたのは仕方のないことなのだから、柔らかい新芽をつけた花のように、柔らかい真っ直ぐな瞳の赤ちゃんのように、世話をして、気をつけてあげなくてはいけません。そしてその感受性を生かした生き方、選択ををしていかなくてはいけません。

IMG_0296細胞検査をするのか、手術を受けるのか受けないかを考えるは、その次の段階でよかったのに。

本当にごめんね。

もう一人にしないからね。

この週末は身体を緩めて、滋養を与えて、ゆったりと過ごしたいと思います。

 

 

 

 

 

生きることへの情熱

IMG_7045久しぶりに「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」と言うドキュメンタリーを見ました。

往年のアルゼンチンタンゴの演奏者や歌手のマエストロ達のインタビューを交えながら、黄金時代のタンゴの歴史的なコンサートに向けた練習風景と演奏の収録の様子を追うドキュメンタリーです。

御歳70歳〜80歳(以上の方も!)のマエストロ達の、何十年も演奏して来た節ばった指が奏でる神業の演奏や、人生の悲喜こもごもを見事に歌い上げる歌声。

その素晴らしさはもとより、タンゴへの情熱や、歴史や人生を語るマエストロ達の姿勢に、改めて打たれました。

そこにあるのは

「生きることへの情熱」。

それは「死なないために生きる」でも「何かを達成するために生きる」でも、「生に執着する」でもなく、生きていることへの情熱と、人生への礼賛です。

「死なないために生きる」

「何かを達成するために生きる」

「生に執着して生きる」

そして

「生きることへの情熱を持って生きる」

どの生き方にも優劣や正解はないけれど、それぞれ全く似て非なるもの。

平坦とは程遠い壮絶であったはずの人生を、茶目っ気たっぷりに、なんでもないことのように笑顔で話すマエストロ達の目には、しかし、未だ燃え盛る情熱の灯が宿っています。

そんなマエストロ達が奏でて来た音楽でリズムで、情熱のエネルギーだからこそ、こんなに惹かれるのかと、改めて実感。

IMG_7046そして、胸の奥から後から後から溢れてくるような、強い憧れを抱きました。

彼らの演奏を聴きながら、生きることそのものへの情熱を持って、一日一日を、味わい深く生きて生きたいと心から思いました。

緑を育てるように

IMG_6803私が大好きな作業で、呼吸が楽になる、ALOHAに戻れる、欠かすことのできないことがあります。

 

それは、植物を育てること。

華やかなお花が咲く花というよりはどちらかというと緑が多い、「雑草」と言われてしまうような草花や観葉植物を育てるのが大好きです。
亡くなった大好きな祖母も、母も大の花好き。

若い頃はそこまでハマると正直思っていませんでしたが、20代からぼちぼち植木を育て始め、今はないと落ち着かないくらい好きな作業です。

小さくてもいいから、ちょっとしたハーブや野菜を植えられる自分の地植えのガーデンを持てたら、と言うのが夢です。

グリーンフィンガーと呼ばれるほどとっても上手ではないけれど、室内外の植物に触れることは、料理、ロミロミの仕事、動物や赤ちゃんに触れるのと同じくらいの喜びです。IMG_6800

最近、気づいたことがあります。
それは、大きな抜本的な変化よりも、ほんのちょっとの工夫が、実は大切だったりするということ。

例えば、弱ってきているなと思ったとき、肥料を入れたり、土を変えたり、植木鉢を変えたりしてしまいがち。若い頃はそんな風にして、劇的に生き返らせることもあれば、逆に枯らしてしまうこともありました。

けれど、
ほんの少しだけ 日陰にしてみる
逆に日の当たる場所にしてみる
ほんの少し 風が通るように鉢と鉢を離す
ほんの少しだけ 支えを添える
ほんの少しだけ 土を足す
ほんの少しだけ 上の方の枝を切ってみる。
時にはほんの少しむきをかえたりするだけでも元気になることがあり、驚きます。

その方が逆に、確実に着実に蘇ったり、また花を咲かせたりしてくれます。

IMG_6802鉢を変える、土を劇的に変える、などの大手術/大改革は草花にとってもとてもストレスなので、それは元気な時にやってあげるのが理想。人間と同じです。

そんなことを考えながら植木いじりをしていて、自分にもこんな風に接して、自分も夢も育ててあげたいなと思いました。

自分にないものをなんとか持ってこようとしたり
足したり削ぎ落とそうとしたり、
考え方やくらしを大きく変えようとしたりするのではなく

ほんの少し 風通しを良くする
ほんの少し 人の手を借りてみる
ほんの少し 自分にALOHAを注いでみる
ほんの少し 手綱を緩めてみる
ほんの少し できることから、くらしに何かを足してみる / 引いてみる

草花をあつかうような繊細さと根気強さと優しさで
自分と夢を ALOHAの心を
死ぬ直前まで育て続けて向こうにできるだけピカピカのまま持っていきたいなと思う今日この頃です。

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食べ物考 食べ方考

IMG_6506久しぶりの食べ物考 食べ方考です。

相変わらずの野菜中心生活ですが、少し変わったことがあります。

一つは、乳がんと分かってから頑なに守って来た毎日玄米生活から、雑穀米に変えたこと。

理由は、もうそろそろ腸もきれいになって来たなぁと感じたのと、玄米の消化疲れでどうしても体重が増えないことです。

元々、虚の体質の私は玄米を食べるといつも下痢をしてしまっていました。それでも炊き方などを色々工夫して玄米生活を続けて来ましたが、このところ「もういいよー」のサインを感じ取り、雑穀米にしています。

消化疲れが劇的に減りました。そして、玄米をやめても相変わらず快適なお通じぶりです。玄米は、腸のクリーニングに必要な時に時々いただきます。

そして、もう一つの変化は腹八分目で満足できるようになったこと。

心の隙間を埋めるかのように、またストレスをここで解消とばかりに、若い頃から周りに驚かれるほどの大食漢でした。

野菜中心に変えてからも、やはりもりもりと野菜を食べ、腹ペコ青虫のようでした。

けれどこの数ヶ月は、1日1.5食から2食の腹八分目で充分満足できるようになってきています。

平日は午前11時前後にランチで、18時前後に夕食。

ランチで満足した日の夜は、果物や豆乳ミルクティーだけということもあります。それでも満たされます。

飲み物は血圧を調整してくれるラフマ茶と言うお茶が大のお気に入り。小田原のオハナのAさんに頂いてから、すっかりハマってしまい、食事の間はお白湯と交互に飲んでいます。

寝る前は胃の消化が大分落ち着き、軽く小腹が空いている状態で寝ます。すると朝がとても楽で、日中も身体がとても軽いのです^_^

以前のように疲れて顔が黒くなったり青くなったりすることも少なくなりました。

おやつが食べたいなぁと思う時は、ナッツやプルーンを少々、はみはみ。

週末はオハナと外食を楽しむときもありますが、基本は家ごはんの毎日です。

生物学的には、私たち動物の遠い遠い祖先は元々は一本の消化管が備わっているだけでそれがデフォルトだったのが、いつしか随所をぐにゃっと曲げて様々な「ため込む」場所=臓器を発達させてきました。

私の大尊敬する心の師匠、解剖学者の故三木茂夫先生の本には、その過程が生き生きとダイナミックに綴られています。(次回はこの話を詳しく(๑˃̵ᴗ˂̵))

溜める場所に、必要以上に「溜め込む」ことで様々な不具合や病気を生じると先生は言いますが、全く同感です。

そこには溜め込まずにいられない心理、気持ちが必ずあります。

IMG_6508.JPG自分の中のその心理と向き合い、内省し、手放してきたこの2年間でしたが、溜め込まずにいられる食べ方ができるようになったのは、その成果かなと感じています。

オーガニックの野菜中心、時々お魚(白身か青み。一物全体のジャコがメイン)をいただき、海藻やキノコを美味しく、雑穀で、自然食(化学調味料不使用)で、1日1.5から2食、軽い空腹感で眠る。

そんな毎日を過ごしています。

そして、とても 快調です♪

♩新しい春が来た 希望の春だ(ラジオ体操風に)

IMG_0177この4月で、乳がんだと診断されてから丸2年になります。
化学治療なしで食事療法と生き方を改善することをメインに手探りで取り組んできた2年間でした。

その総括はまたそのうちやることにしまして(やはりやるんだ、という声がきこえてきそうですが(笑))、この春は、大きく何かが変わりつつあります。そして、次のステージへの大きな一歩を踏み出しつつあります♩

その頼もしいお供、三種の神器は、
1.シコリんこと乳がんの新しい名前「神経肥大」(笑)
2.内向型人間(HSPとほぼ同義)の私の取扱説明書「内向型を強みにする」(マーティ.o.レイニー 著 パンローリング株式会社)
3.絶対の信頼感と無条件の愛で結ばれたバディはなちゃん

です。

名前やレッテルの持つ力は本当に恐ろしいもので、昨日まで普通に過ごしていた人が「あなたは癌です」や「あなたは鬱病です」と言われた途端に、まるで昨日と別人になったかのような気がしてしまいます。
そして、そのお札はコールタールのようにべっとりと張り付き、片時も離れることはないことは同じような境遇を体験した人は誰もが実感していると思います。
私ももちろん例外ではなく、自分自身がガンであることに「こだわって囚われて」きた2年間でした。

そんな私を見兼ねてか、私の背骨や体の歪み、内臓の状態を観てくれているスーパートレーナーのBAL先生が言いました。
「つぼみさんの左胸のはね、言うなれば【神経肥大】自律神経の乱れのおばけになってしまったようなものなんだよ」。
IMG_0179♫キンコンカンコンキンコンカンコン

 

 

 

 

その言葉に、例のど自慢大会の鐘が高らかに鳴り響き、「先生、なんだかそれ微妙な名前(ㆀ˘・з・˘)」と言いながらも大笑い♩

その笑いとともに乳がんという「お札」がふわっと外れて、「神経肥大につき、自律神経修復中 」の札が新たにかかったのを感じたのでした。

それなら、やれること、やるべきことがたくさん見えてきます。どうやって自分のこの死後硬直のような緊張しきった心と身体を調整したらいいのかしらと、色々探していた矢先に天啓が(笑)!

アマゾン先生が、2.の「内向型を強みにする」の本を勧めてくれたのでした 。

人の何倍も刺激に対して感じやすいHighly Sensitive Person であることは20代後半から気づいていましたが、この本はベストタイミングで私の中に全てはいってきました。
IMG_6040この本は外からの刺激をエネルギーにして活動できる75%の外向型の人のことも、外からの刺激には疲弊してしまい内的思考や静けさや引きこもることからエネルギーを得る内向型の25%の人間のこともどちらも否定することなく、その違いを脳科学やホルモン代謝の観点も交えて説明している、言わば内向型人間がこの世の中で生きていくための「自分の取扱説明書」のような本です。

高校時代に、なるべき人がいなくてたまたま生徒会長になってしまった時は人生最大の試練でしたが、全校集会のスピーチの後は必ず胃痛や貧血で保健室で倒れていたことは保健の先生と私の秘密でしたので、多くの同級生は私のことを外向型だと思っていたことと思います。

卒業式の時に総代で、3カ年皆勤賞をもらう頃には、激ヤセして39キロを切り、生理も止まっていたことに気づいていたのは、もちろん私だけでした。

そんなことの連続が私の44年間の人生で、その結果がこの神経肥大だったのだと思うと…もういますぐそんなことはやめていいよ( ;  ; )、あったかい毛布で包んで、温かいハチミツレモンを作ってあげるから、いますぐ温かくして、心地よいパジャマを着て、お気に入りのぬいぐるみを一緒にお布団をかぶっておやすみなさい。

読み進めるにつれて、物分かりのいい賢人の大叔母さんにハグされて暖炉に当たっているような、なんとも言えない安心感と自己受容感を与えてくれたこの本は、これからは自分を外向型の人や社会に合わせるべく常に駆り立てることも、些細な刺激に疲労を感じずに物事に当たれない自分を責めることももう二度としなくていい、自分の感受性を守り育てることでこの世の中に貢献することはできるのだからと教えてくれ、私の人生に初めて本当の意味での希望を与えてくれました。

ご本人も内向型の女性である著者の数々の具体的な提案は、ありのままの私を肯定しながら上手に世話をして、花を咲かせる方法がたくさん書かれていて、これならできそう!と思うものばかり。IMG_0178

人生が修行の場から、喜びの場へ、幸せを見つける場へ、変わるような予感でいっぱいです。

そんなつぼみの新しい、そして、本当の意味での自発的なチャレンジ…レシーバーではなく、人生に私なりにアタックする…に取り組むのを、毎日側で見守っていてくれるのは、お互いを無条件で信頼し合ったバディのはなちゃん♡

なんという、希望に満ちた春を迎えられたことでしょう♩

そんな私の成長を、いつも見守ってくれているOhana達に心から感謝しながらこの物心ついて初めての「希望」に満ちた春を、胸いっぱい、心いっぱい、身体いっぱいに味わいたいと思います。

春分の日まで もうちょっともうちょっと

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春は自律神経が乱れる季節。

寒暖の差の一番大きな季節で、1月くらいから頭部肩部と開いてきた身体が、いよいよ骨盤部を緩めていいのかな、と季節とせめぎあっている季節です。

そんな乱気流が、骨盤も鉄板のように固く、腎がもともと弱い私にはなかなか厳しい季節です。
めまい、吐き気、動悸息切れ、低血圧に、体温調整不能、不眠に悪夢、疲労感に絶望感!(笑)

春分の日の毎年の感想は「はあ、なんとか生き延びられた」(笑)。そのくらい心身ともに影響を受ける季節です。

昨年のこの時期に受けた免疫検査は、愛犬メイを看取ったばかりだったこともあり、60代くらいの免疫しかなく、とてもがっかりしたのを覚えています。今年もきっと低いんだろうなぁと感じます。

シコリんと一緒に生きていく人生を、女独り身でこの先も自立して生きていくことの限界を感じる日もあるし、仕事のこと、将来のこと、やり残している夢、行ってみたかった場所、落としてきてしまった何か…過去や未来を考え始めると、心拍数はいよいよ乱気流!(笑)

ネガティブなことを考え始めた時は、ふううううーーーっと大きな息を吐いて思考をストップ☆

自律神経を整えるツボを押しお灸をして、骨盤に焼き塩を乗せたり…
サウナで汗をかいて、ストレッチをしているようには見えないと定評のあるストレッチ(身体が硬すぎて)をしたり…
腹式呼吸を心がけたり、活元をしたり…
青竹踏みをしながら「100分で名著」をみたり…
ハーブティーに、暖かいスープ 小田原のOhanaのAさんがくれた指輪を身につけたり…
何よりはなちゃんとのスキンシップ♩
そして、メタ認知を働かせるべくこんな風にブログで吐き出させていただいたりもして(笑)。

ひとりきり努力した後は
やはりこれですね。

南無そのまんま
そのまんま

南無そのまんま
そのまんま

おいのちさんの力にお委ねして、力を抜いて

季節の変わり目に翻弄されてしまう私もまるごとOK。
じたばた努力してしまう私もまるごとOK。
顔色の悪いさえない、ぱっとしない私もまるごとOK。

免疫が低い時だってあるし高い時もある。
元気なときもあるし、思い切り低迷しているときもあるのがいのち。それも女性の魅力(?と思いたい)

仏様からお預かりした おいのちを 全うするために、ぼちぼち、ぼちぼち、なんとか、なんとか、あと10日、春分の日まで!(笑)

はなちゃんと 「サピエンス全史」を読みながら(はなは暢気に足元でいびきをかいているけど)花咲く季節を待ちたいと思います。

励ましのお便り、優しさ、労わり、エンパワー、大歓迎です(笑)

みなさまも、春分の日まで、どうぞご自愛くださいませ。

私の 「がん考」

乳がんであることをオープンにしているため、友人の友人の、または友人の家族のがんの相談に乗ることがよくあります。

ご本人の場合は、化学療法を受けるのか受けないのか、手術をするのかしないのか、温存するのかしないのか、自然療法とどうバランスをとるのか、といった具体的な話がメインです。

ご家族の場合は、本人の意思をどう見守り、どこまで介入していいのか、今やっていること以外にどんな選択肢があるのか、そして、それを勧めるべきなのかといった、見守る方のメンタル面でのご相談が多い気がします。

私自身はご存知のように、5センチ以上の、進行性だけれども進行が比較的遅い乳がんが左胸にあります。

痩せ型でアレルギー体質で排毒が苦手な体質なのと、子供の頃から膀胱炎や腎盂腎炎をくりかえす度に飲んできた大量の抗生物質、アレルギー鼻炎と喘息のための強めの吸入などをしてきたので、これ以上身体に薬をいれたくないと感じて、食事療法と温熱療法、そして野口整体による体質改善、生き方改善をして行く道を自然に選びました。

よく言われるのは、「自然療法と一本という選択肢をよく選べましたね」「不安ではなかったのですか」「切除するだけ切除するという選択肢はなかったのですか」「どうしてそんなにストイックにできるのですか」。

2年前の春に、「乳がんです、抗がん剤全クールやって小さくなってから全摘しないとだめです。自然療法なんてやったら、あなた死にますよ」とお医者様に言われた日は、本当によく晴れた日でした。

帰りがけに野口整体の先生に相談して深呼吸。その後は一人で考えようと横浜のホテルをとりました。

チェックインして一寝入りして、目覚めてシャワーを浴びた時には、自然療法一本で行くこと、生き方をもっと自然なものに戻していくこと、その中で治るものなら治るし、治らなかったとしても生きているうちにいのちのことを学ぼう、と心には迷いはありませんでした。

「正しいことが誰一人分からない」のが、現在のガン事情です。

誰にも分からない正解のないことに、自分の力で一つ一つ自分に合うかどうかを確認しながら選択し、それに自分を賭けていくしかありません。私たちの遠い祖先がそうやってサバンナや様々な過酷な環境下で生き延びてきたように。

私と同じ頃に乳がんが見つかり、同じように自然療法一本で 乳がんと向き合っていたりんりんは、昨年7月に天国に帰って行きました。三朝温泉で知り合い、以来電話やメールで励ましあって来たTさんは、化学療法とありとあらゆる自然療法を駆使して闘病して6年目の、昨年5月に天国に帰って行きました。

私も、今は免疫力がじわじわ上がり、体温を三十七度にキープして左胸のシコリんと共存していますが、それが正解かどうかは誰にもわかりません。

なので、化学療法を肯定も否定もしていないし、食事療法などの自然療法が万人に効果を発揮するかも分かりません。

アドバイスというものはないし、出来ないと言った方が正しいのだと思います。

私が今生かされているのは、自然療法のおかげではなく、おいのちさん、と私が呼んでいる大きないのちの流れ(もののけ姫にでてくるシシガミ様のようなもの)が、私を生かすと決めているからかもしれません。

そんな私が、同じ病気の方にたった一つだけエールを送れるとしたらimg_0159

「たくさんの、あり溢れるほどの情報の中で、自分がいいと思うものを見つけて、身体のOKを感じて選択したなら、あとはできるだけ疑わず、できるだけリラックスしてそれをありがたく受けること。3ヶ月単位で続けてみて身体と相談して進めること」

ということだけです。

21世紀のこれだけ科学が進んでいる中で、アトピーやがん、難病のシステムや療法が解明できないことはとても不思議です。

でも、私には、これは「命というものの仕組みは、紋切り型の見方や数値やデータでは理解できない」ことを伝えている、遺伝子からの人類へのメッセージのような気がしてなりません。

紋切り型の見方や理解では太刀打ちできず、可哀想な動物たちの身体や細胞を切り刻んで実験しても見えて来ない、いのちの世界の深淵な仕組みがあるならば、今の時点では、私たちが知性と感覚を総動員して、自分がYESと思えるものを選択するしかないこと、そして、その力が私たちに備わっていることを、遺伝子が教えてくれている気がします。

お一人お一人が、ご自分にとって一番いいと思える選択ができますように。

そして、その選択を信じて、いのちの力が湧いてくるようなイメージをしてがんと向き合っていけますように。心から願っています。

 

 

 

おいのちさんとの対話

ある日の おいのちさんとの対話

………

おいのちさん(*´꒳`*)

はいはい(*´꒳`*)

おいのちさん(*´꒳`*)

はいはい(*´꒳`*)

おいのちさん

はいはい(*´꒳`*)

……おいのちさん(⌒-⌒; )

はいはい(*´꒳`*)

……いますよね(・ω・`)

はいはい(*´꒳`*)

聴いてます?(・ω・`)

はいはい(*´꒳`*)

……(・ω・)

……(*´꒳`*)

 

………おやすみなさいm(__)m

はいはい(*´꒳`*)

また明日

はいはい(*´꒳`*)

 

忘れるくらい × 忘れないように

朝起きて

今日も乳がんであることを忘れてしまうくらい「生きよう」 と思う。

でも、今日が最後の日でも後悔しないように、大切に alohaに生きることは、忘れないようにしよう と思う。

その二つのバランスをとりながら生きている今日この頃。

脳の回路を、生き方を、デザインし直している乳がん2年目の秋です。

 

羽化したばかり

image先週の満月で、まるで生まれ変わったかのような新鮮な体験をして一週間。

その次の日から、毎日過呼吸の発作が続きました。

若い頃から時々出ていた過呼吸なので、対処は慣れていて、来たらとりあえ落ち着くまでソファーに1人でうずくまり、あーーーーー、とか、うーーーーーなどと長く声を出すことを繰り返すことで、1時間くらいかけて徐々に落ち着きを取り戻して行きます。

けれど、今回はなかなか手ごわくて、身体の痺れで起き上がれなくなるレベルの過呼吸が数日続きました。

この夏の気候、秋の長雨、台風による気圧の変動で、呼吸器、骨盤と頸椎と腰椎4番にきてるなーと思っていたので、過呼吸がでて、ああ、やはり溜めてしまったなーと反省です。

顎関節が合わなくなってくることと、頭蓋骨ががちがちになり枕を痛く感じること、目の瞬きが頻繁になってくることがサインで、そろそろ危ないなと気づいていたのに…ごめんね、身体(´・_・`)

今回は、友人や家族にオープンにしてヘルプをお願いし(つぼみ史上あまりないこと!!成長してます☆)、力を借りながら、自分でも出来ることをしながら、乗り切っています。

まずは

◎身体からのアプローチ

呼吸器を緩めるために…

骨盤と腰椎4番を緩める整体をする

骨盤に焼き塩療法

鎖骨と肘を温める

腿の裏を伸ばす

長湯は避ける

◎心(自律神経)へのアプローチ

リラックスを促すための活動を1つずつリストアップしてやりたいものからやってみる

(散歩、料理、美味しいお茶、お灸、静かなで落ち着くカフェに行く、気持ちを書き出す、心が温まる本を読む、草花に触れる、など)

◎認知(前頭葉)へのアプローチ

神経質で完璧主義の認知を書き出して、ゆるい、自分に優しいものに地道に書き換えていく

例:

・完成した形でないと始めてはいけない

→途中のものでもその時の精一杯で十分素敵

・誰かの役に立たないといけない

→誰かの役に立つために生まれたんじゃないし、もう充分だから大丈夫

・どんな時も前を向かなくてはいけない

→後ろ向きの時があってもいいんだよ、後ろ向きではなく、「今」を 立ち止まって感じて、見直してる時かもしれないよ

などなど。

そして、今回特に強く意識しているのは…

今の自分の過敏になっている状態を、そのまま、ノージャッジで受け入れること。

「過敏」ではなく、羽化したばかりの蝶々、生まれたてのひな鳥、目が見え始めたばかりの赤ちゃんの 「初々しいさ」「瑞々しさ」「感度の高さ」だと思って、丁重に、大切に、慈愛を込めて見守ること。

何が好きで、何が嫌で、何を悲しんで、何に喜ぶのか…

心地よいやり方、人との距離感、出来ることと出来ないこと、ちょっと背伸びしてやってみたいこと…

自分に一から聴いてあげるチャンスだと捉えよう。

そう思って、今日も呼吸を穏やかに、柔らかくしながら過ごしています。