怒りの解放とゆるしと

img_4840このところ、長年自分の中に溜めてきた怒りと向き合って解放するきっかけが色々やってきて、解放が進んでます。

不思議なもので、いえ、もしかして当然のことかもしれませんが、抑えてきた怒りをきちんと意識に上げて、時にシリアスに、時にユーモアと茶目っ気ならぬ魔女っ気たっぷりに解放する作業が進むほどに、本当のゆるしの気持ちが同時発生的に湧き上がってきます。

不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす
不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす…

インフィニティの8の字を描くように繰り返していくうちに、心と体もゆるんで気持ち良くまどろんできます。

この作業が一通り終わる頃には、ガチガチに硬い背中も腎臓も、緩んでくるのでしょうか。

逆に緩み始めたから解放が起きているのでしょうか。

いずれにしても、とても心身が安心し、バランスがとれて力強い私になっていくのはとても愉快です。

しばらくはこの解放の日々を味わいたいと思います。

 

3をとばして 次の問題へ

img_4646小学生の時、算数で10点台を取ったことがあります。もちろん100点満点中で。

理由はただ1つ。

3問目が解けなかったから(。-_-。)

そこで色々疑問が生じてしまい、そこでフリーズして考え始めてしまい、気づいたらタイムアウト。

そこを飛ばして先に行く、など考えられない子でした。

それ以来先生に何度も何度も、わからない問題は飛ばして、わかるところから解いて、最後までとにかく解く、それから戻るんだぞと言われ続けましたが、その癖は未だに治っていないことに最近気づかされてます。

分からないことがあるとずーーーーーっと考え続けています。追求します。それが当たり前で癖で、どこか趣味ですらあります(。-_-。)

けれど、それでは解けないこともたくさんたくさんあることに、ようやく気付き始めた今日この頃。

特に何かを生み出す、創る、デザインする、目に見えるものの陰にある真実を見る時には、探し続け、追求するマインドは必要なものの、1から3を繰り返しやり直すことや3を考え続けることは非生産的で、流れや閃きを塞きとめる大きな石になることがありす。

直ぐに軽く飛ばして4へ。10から解く。もしくはいきなり36から。目に飛び込んできた問題から。時には違う科目に手を出して、また戻ってみたり。

朝起きてからいつも繰り返される思考のルーティン…1から考え、積み上げ、練り上げる思考のシステムを書き変えてみる必要がありそうです。

小学生の算数の躓きに さようならするぞ!

ようやく(何年越し?汗)、先に進みます。