ムーンロッジにて

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5年前に出逢った一冊です。

私の女性としてのアイデンティティを揺さぶり、掘り起こしてくれた本で、実際にご自分がネイティブアメリカンの血を引く夫に嫁ぎ、義理母からネイティブアメリカンの癒しについて学んだプリシラ=コーガン博士が書いた「老女の聖なる贈り物」。

頭でっかちに、そして、不器用なまでに生真面目に、心の傷を隠してキャリアを積んで来た女性カウンセラーのメギーが、自分がカウンセリングしていると思っていたインディアンの老女に逆に魂の癒しを受けていくというストーリーなのですが、5年前に出会った時以上に、物語や台詞の一つ一つが深く魂に入って来ます。

新月の始まりの今日はおいのちさんモードというよりは、女性のサイクルの中の闇のサイクルに全身でどっぷり浸かっています。

インディアンの老賢女ウィノナの、こんな台詞が自分の闇に降りていく時のアリアドネの糸です。

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「自分の闇に降りていくことはいいことだよ。それがわかるまであたしもずいぶんかかったものさ」

「女というものはいつも自分の満月に近づいていくか、闇に降りていくかのどちらかなんだ。

…中略…満月のとき女は自分の周囲に全てを与える。周囲を照らして、奉仕する。家族のため、友のため、自分のサークルのために輝く、そのとき彼女の人生は、完全なサークルの中にある。

…だがね、月に一度、月の闇の中に降りていく時がある…これは女が自らの沈黙の中に引きこもる時期で、家族や友のサークルから離れる時だ。

昔の人間はこのことを知っていて、そんな時に女が一人静かになれる場所を用意していた。ムーンロッジと呼ばれるものさ。それは自分独りになる時なんだ。自分の中に新しい月が生まれるのを可能にするのは孤独だけだからね」

 

「もし引きこもらなかったらどうなるの、ウィノナ」

 

「その時はね、メギー、その女はいつも半月なんだよ。周囲のために輝きわたることもなく、自分のために輝くこともない。新しい命も生まれず、死にもしない。季節もない。全てが同じなのさ」

「老女の聖なる贈り物」プリシラ=コーガン  ハーディング祥子 訳 めるまーく より

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自分の中に新しい月が生まれる時。そんなタイミングをひしひしと感じている、年の瀬の新月です。

新月の今夜は 海に行こう

img_0435 新月の夜

珍しく鼻、喉、頭痛そして熱を出して、風邪街道をまっしぐらに進んでます。

このところのバタバタの疲れが、一気に新月と共に出た気がします。

一人で真っ暗な夜に横になっていると、様々な想いが湧いてきます。

人生の様々な曲がり角を、あの時、こちらに曲がった選択は正しかったのかしら。

手放してきたものたちや夢は、いまどこの空間を漂っているのかしら。

あの時のあの選択をしていなかったら開いていただろう、今とは全く別の世界たちが、波のように押し寄せてきます。

そして…

気づけば、今 たった一人静かな部屋で 闇夜の中で伏せっている私がいます。

お供はシコリんとおいのちさん、そして小さい頃からのお気に入りの犬のぬいぐるみのニルソン君だけ。

何も築き上げて来なかった自分、何かを産み出したり残したりして来なかった自分の掌の中には、やはり、何もありません。

それを孤独とみるのか…
限りない自由とみるのか…

私は海が大好きです。

何時間でも、寄せては返す波や水平線を眺めながら海風を正面から浴びていると、大切なことを思い出します。

海を目の前にすると
何一つ持っていない自分が、
なんでも持っていることを思い出し
何一つ持っていない自分の目の前には
未来しかないことを思い起こさせてくれる海。

今日は波の音のBGMを聴きながら、海に魂を解き放ってみようと思います。

素敵な新月の夜を☆