生を 柔らかく抱きしめて 生きてみよう

昨日アップしたアニメーションを、何度も何度も繰り返し観ています。

そして、気づいたことがあります。

5歳の時に人体図鑑を見ていて、いつか人は必ず死を迎えることを直感的に理解して以来、私の人生の大きな潜在的なテーマは、死を受け入れ、それを柔らかく抱きしめることでした。

感受性が強すぎる私には、音楽、看板、もの、人、光、全てが大きな刺激になるため、本当に生きているだけでも息切れをしていました。腎臓や免疫系も今ひとつ強くなかったことも相まって、気力と努力だけで生きている、そんな日々の繰り返しでした。そこに優等生気質も加わってどこかで自分に完璧を課すため、常に体が緊張していて、整体の師匠に身体を観てもらって言われた初めての言葉は「もう長いことずっと、眠れていないでしょう」でした。

ですので、乳がんと言われても多くの人が感じるよりはずっと楽に、いつか来る終わりを受け入れることができたことは何度か書いてきた通りです。

私にとって、死を受け入れ、柔らかく抱きしめること以上に難しかったのは、生を受け入れ、柔らかく抱きしめることだったんだ…IMG_0174.JPG

アニメーションの中の鹿の優しい、柔らかい、そして気高い眼差しを観て、深い気づきになりました。

タイトルも「The life of death」なので、死を受け入れることや抱きしめることに焦点があたっていますが、私には、鹿のその眼差しが死だけではなく、生きること、周りの全てに向けられていることが印象的で、ハッとさせられました。

死を受け入れ、抱きしめることができたのだから、それと同じ柔らかさで生きて、生を抱きしめて生きてみよう。

新しい春を迎えられそうな予感です。

人生に おはよう

img_5151おはよう

アイラブユー☆

今日も楽しい1日にしようね♪

 

どこのダーリンに囁いているかと言えば、先日愛を誓ったダーリン、私の人生に囁いている朝の愛の言葉です٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

もの心ついた時からいつもいつも、今日やるべきこと、今日こなすべきこと、今日食べるもののこと、段取り、いつ休憩を入れるか、その時のマイブーム哲学などなど…脳と言うパソコンが立ち上がるなり高速回転を始めて、朝から脳内疲労を起こしていた気がします。

ここ2日は朝はまず人生にご挨拶。そして、美味しいお水かお白湯を一杯。

顔を洗ってご機嫌にお化粧してから、その日の段取りを考え始めて…いい感じで朝を迎えて、そのまま落ち着いて1日が始まります。

もしかしたら、これは普通のことなのかも知れないけれど、小さい時から過敏体質で何かに怯えて、何かが不安で、身の置き場を探して来た私には、こんな朝は初めてで新鮮な嬉しい朝なのです。

ハワイのジンジャーヒルリトリートセンターで目覚めた朝も、沖縄のリゾートホテルで目覚めた朝も、トルコの港町で目覚めた朝も、森の中で爽やかに目覚めた朝も…こんなにalohaで平和な朝を迎えることはできませんでした。

それは私が人生を愛すると決めていなかったから。人生から私を勝手に締め出していたから。

シコリんが出来て、ようやく私は私自身と人生を愛することを学んでいます。

愛するのに値するから愛するのではなく、愛するとまず自分が決めること。

初めて自分と、世界と、きちんと繋がれた気がします。

おはよう 私の朝。

おはよう 私の人生。

今日も1日よろしくお願いします。

 

 

 

 

褌をゆるめていこう

もう一度

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

おいのちさんと同じ顔(^_^)をして

歩いていこう。

シコリんのことも

生きることも

夢も

全部全部…

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

一つ戻って やり直そう*

 

ほーら

幸運が ニコニコとドアをノックしに

やってきました。

新月の今夜は 海に行こう

img_0435 新月の夜

珍しく鼻、喉、頭痛そして熱を出して、風邪街道をまっしぐらに進んでます。

このところのバタバタの疲れが、一気に新月と共に出た気がします。

一人で真っ暗な夜に横になっていると、様々な想いが湧いてきます。

人生の様々な曲がり角を、あの時、こちらに曲がった選択は正しかったのかしら。

手放してきたものたちや夢は、いまどこの空間を漂っているのかしら。

あの時のあの選択をしていなかったら開いていただろう、今とは全く別の世界たちが、波のように押し寄せてきます。

そして…

気づけば、今 たった一人静かな部屋で 闇夜の中で伏せっている私がいます。

お供はシコリんとおいのちさん、そして小さい頃からのお気に入りの犬のぬいぐるみのニルソン君だけ。

何も築き上げて来なかった自分、何かを産み出したり残したりして来なかった自分の掌の中には、やはり、何もありません。

それを孤独とみるのか…
限りない自由とみるのか…

私は海が大好きです。

何時間でも、寄せては返す波や水平線を眺めながら海風を正面から浴びていると、大切なことを思い出します。

海を目の前にすると
何一つ持っていない自分が、
なんでも持っていることを思い出し
何一つ持っていない自分の目の前には
未来しかないことを思い起こさせてくれる海。

今日は波の音のBGMを聴きながら、海に魂を解き放ってみようと思います。

素敵な新月の夜を☆

怒りの解放とゆるしと

img_4840このところ、長年自分の中に溜めてきた怒りと向き合って解放するきっかけが色々やってきて、解放が進んでます。

不思議なもので、いえ、もしかして当然のことかもしれませんが、抑えてきた怒りをきちんと意識に上げて、時にシリアスに、時にユーモアと茶目っ気ならぬ魔女っ気たっぷりに解放する作業が進むほどに、本当のゆるしの気持ちが同時発生的に湧き上がってきます。

不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす
不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす…

インフィニティの8の字を描くように繰り返していくうちに、心と体もゆるんで気持ち良くまどろんできます。

この作業が一通り終わる頃には、ガチガチに硬い背中も腎臓も、緩んでくるのでしょうか。

逆に緩み始めたから解放が起きているのでしょうか。

いずれにしても、とても心身が安心し、バランスがとれて力強い私になっていくのはとても愉快です。

しばらくはこの解放の日々を味わいたいと思います。

 

いつも いつでも おいのちさんに身を預けて…

img_4954関東地方は予報通り雪になりましたね。

2時過ぎに止んだ雪の上にかかる夕陽がなんとも幻想的です。

そんな中、昨日のタンゴレッスンでの先生の言葉を一日中反芻していました(笑)

足の動きも、ステップもだいぶ覚えてきて形にはなってきましたが、どうしてもパートナーへの体重の預け方や手の預け方が苦手です。

そんな私に向けた、先生の踊りながらの指導。

「グラシエラ(私のスペイン名(笑))は、もっともっと、いつもいつも男性に寄りかかって体重をかけて踊ってください。

必要な時にだけ遠慮がちに体重をかける、ではなくて、いつもいつも寄りかかっていい、何故なら、それによって相手も支えられてるんだから、そんな意識をもっと持って欲しい。

だって女性が身を預けなかったら男性も預けられないんだから。img_4957

いつも寄りかかりあっていい、いつも預けあっていい。

その中で、いつかお互い心地いい圧やバランスを、少しずつ学んでいくんです」

むーーーー( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )…深い

そしてこれはタンゴや男女のことだけでなく、人生のスタンス、おいのちさんとのダンスにも、全く当てはまりそうです。

頼るのが苦手。できるだけ一人で。甘えることは恥ずかしいこと。

元々独立心が強いこともありますが、体重を預けたのに外されて傷を負う…そんな体験を繰り返す中で、気付けばピンと一人で立つことや、なんでも一人で頑張る方が得意になっていて、まだまだその傾向は強いです。

でも、それではおいのちさんともダンスを踊れません。

img_4956人間は、素晴らしい希望を抱き、どこまでも深い優しさを持ち、創造的で美しい心を育むことができる利他的な面を持つ判明、自分勝手で、人のことなど心配したり構ってなどいられず、自分の利益を追い求める利己的な面も併せ持っています。

でも、私を生かし、大きな力で守り、常に最善に私を置いてくれているおいのちさんなのだから、おいのちさんには、もっともっと身を預けていいはずです。

もっともっと、自分のおいのちさんとのダンスが上手くなる中で、きっと他の人とも、「意識の部分」ではなく、「その人のおいのちさん」と手と手を取り合って、もっと身を預け合い、お互い綺麗に踊れるダンスができるはず(^-^)

先生の何気ない一言から、私の中でここまで話が広がっているとは先生も夢にも思っていないと思いますが(笑)、いいヒントをいただきました。

おいのちさんにいつもいつでも身を預けるダンス。

今日からまたshall we dance? で参ります!