小骨が抜けた

IMG_6528あの時、どうしてあの人はあんなことを口にしたのだろう。

あの人の言ったあの言葉の意味は一体何だったのか。

人は時々、今を生きることよりも、喉の奥に引っかかった小さな小骨のような言葉や態度に囚われて、今を生きるよりも過去を生きてしまったり、その言葉を貰った場所から動けなくなってしまうことがあります。

先日ふと耳にした言葉

「きっと、当人にも分からないのかもしれないね。そして、生きてる間には分からないことがあるのも、なかなかいいもんだよ」

鳴呼…とハッとして
その後、フゥッと深呼吸。

そうかそうか。

分からないままでも生きていけるし、分からないことからこそ面白い。

そんな風に肩の力を抜いたその日に、人づたいの風の便りで、小骨が抜けた梅雨の日の午後でした。

「傷ついた女神」の時代の終わり

IMG_6230この連休は、私の 「傷ついている少女の時代」「闘ってきた女神の時間」が 終わった…そんな連休でした。

些細なことをきっかけに思考停止した一時間ほどの間に、いつも忙しく働く理性や思考の隙間を縫うように、至高の体験が流れ込んできて私を包みこみました。

それは

誰かに依存したり 頑なに突っ張ったりするのでもない ニュートラルなバランスで しなやかに立っている感覚。

誰かを、何かを評価したり 自分を評価したりすることもない 解き放たれた軽やかな感覚。

過去に蓄積した全てからも 未来への期待や不安からも全く自由な 「今」にだけ存在していて、その「今」に微笑んでいる感覚。

待つ のでも 進む のでもなく この場所に自分で「在る」だけで、全てが流れていく感覚。

この感覚についていけばもう大丈夫。

ユング心理学で言うところの

「母の娘」として、庇護してくれる他者に依存して 生きる女神ペルセポネーの混乱も不安定さも

「父(社会)の娘」として 理性を優先して感情を抑圧してきた女神アテナの頑なさも

自然や女性子供のために 張り詰めて戦ってきた女神アルテミスの傷も

ただひたすら養い与えることに存在意義を見出してきた 女神デメテルの疲労も

何もかもがフワーッと光に溶けて、どこかに還っていきました。

そして、すっくと、顔を上げて柔らかく立っている私がいました。

シコリんこと乳がんに導かれたこの旅は、こんなところに私を導いてきてくれました。こんなニュートラルなバランスに、自己受容と尊厳を体感できる世界に、シコリんこと乳がんが私を連れてきてくれるとは、誰が想像できたでしょう。

シコリんも、死も、生きることも、未来も、この感覚のまま ここに立っていれば怖くない。恐れる必要も全くない。

なんて自由な風景!

なんて爽やかな風!

なんてニュートラルな気持ち!

この風景を細胞ひとつひとつに覚えこませるように、その一時間を五月の夜風と共に味わい尽くしていました。

ありがとう、シコリん。

ありがとう、今日までの全て。

明日から、私のまま生きていく感覚やコツを、また一つ身につけられた気がします。