私を守る風のような音楽

人間界を生きている以上、自分が働きかけなくても、さまざまなことに巻き込まれたり、びっくりするようなことが起きたり、人の感情を受け止めなくてはいけなかったりします。

そんな中で一つのフレーズが音楽のように、身体を風のように吹き抜け、私のエネルギーの周りを、まるで私を守るように取り巻いてくれています。

No body is perfect.
But everything is perfect.

自分も含めて完璧な人はいないけれど、起こること、取り巻く環境は、最善で、宇宙の完璧な采配。

不完全なままで、完璧。

一つの状況から何かを学び、自分のALOHAの花を咲かせるための学びにする選択をするかどうかが、そこにあるだけ。

この風が身体中を吹き抜け、私のエネルギーにティンカーベルの魔法の粉のように振りまかれているので、何が起きても大丈夫で、何があっても、私のままでいられる。

そんな不思議な感覚の今日この頃です。

IMG_7197

パラレルワールドの 私を癒す旅

IMG_0189柏葉幸子さんという子ども向けの作家がいます。千と千尋、の原案にもなった「霧の向こうの不思議な町」という話には、子ども時代に夢中になり、空で暗記できるのではないかと思うほど繰り返し読みました。

その柏葉さんが書いている、パラレルワールドを題材にした「地下室からの不思議な旅」というお話があります。あの時、あそこを曲がっていたら、あの選択ではないもう一つの選択をしていたら…そんなもう一つの世界に主人公のカスミが変わり者のチイおばさんと入り込んでいく話です。

以来パラレルワールドは私の中に概念としてこびりつき、大人になってから世界的に著名な天才科学者のリサ=ランドール博士はじめ多くの学者が、パラレルワールドについての科学的に証明に励んでいると知った時は、飛び上がって喜んだものです。

そして、そんな私のパラレルワールドを癒す旅を、いま心の中で続けています。

あの時あの道を曲がらなかったら、あの道を選んでいたら、あの選択をしなかったら…自分はどんな風な人生を送っていただろう。人は誰しも、どこかにそんな思いを抱きながら生きていることと思います。

意外と波乱万丈な人生を200%のエネルギーで無骨なほど真剣に生きていた私は、その一つ一つの選択に際して、身体を壊したり心を病んだりするまで、とことん悩みながら、涙が枯れるまで泣きながら、もう一つの道を行く自分と手を振って今の道を歩んできました。

ですから、もう一つの、選ばなかった道を選べなかった自分を責め、そしてそちらを選んだ自分をどこかで深く羨んでいるところがあったことに、先日ある神職をされている方と話していて気づきました。

そんな私のうじうじして執念深い(笑)性格は、きっとパラレルワールドにいる私にも同じように残っていて、あの選択をしてしまった私は、あの時あちらに曲がった私は、と同じように今の私を羨んでいるような気がしたのです。

「あの時、あの選択をした私と、あの選択をせずにあのまま行った私の、どちらも認めます。そして、お互いに送りあっているプラスではない想いを癒し、代わりに温かい励ましを送ります」と言葉にして、あちらにいる私に「こっちもほら、こんな風にやってるよ。そっちの私のことも、応援してるよ」そんな風に笑顔で手を振るイメージをすると、身体の深い深いところにある滞ったところが解れて、軽く、暖かくなるのを感じます。

そして、その時の分岐点に立っている私に「どちらの選択も、 また 佳し なんだよ。大丈夫、そんなに泣かないで大丈夫よ」と言ってあげると、涙でぐちゃぐちゃな顔をしている私も、ほっとした顔で涙を拭くのが見えるような気がするのです。IMG_0096

そんなイメージをしながら、一つ、また一つと、自分を癒し、生命力を堰き止めているものを取り除く作業をしている私を、はなちゃんが隣で睫毛の奥の優しい瞳で見守ってくれています。

 

 

これも また 佳し

このところ、私の身体も心も柔らかく穏やかにしてくれ、風通しを良くしている口癖があります。

「これも また 佳し」

こだわりが強く、完璧主義なところや潔癖な傾向があり、30代以降はそれを人に見せたくない気持ちも潔癖に強くなったため(笑)、水面下で文字通り必死に漕ぎ続ける瀕死の白鳥のようなところがありました。

そんな私の心と身体を、ふわーっと、ホワホワとゆるめてくれるのが、この口癖。

朝から体調やテンションが上がらなくても、「これも また 佳し」。IMG_6158

思いがけない予定変更も「これも また 佳し」。

自分の思い描いた結果にならなくても「これも また 佳し」。

自分と違う価値観を持つ人の話も「それも また 佳し」。

すると、全身の力みが抜けていきます。呼吸が楽になり、お腹の緊張が取れていきます。

すると、閉まりかけた扉がまた開いて、すーっと風が通るだけでなく、他にもたくさんの扉が開けられるのを待っている風景が見えてくるから不思議です。

乳がんにならなければ、出会えなかった柔らかい心、爽やかな風が通る自分、新しい風景。

IMG_6160

これも また 佳き哉。

この先の人生の、佳きお供になってくれそうな口癖のおかげで、今日も心身ともゆったり、ふわっと軽い一日です。

乳がんがなくなるのを 躊躇う心

乳がんなのに、がんがなくなるのを躊躇う心って??!と思われるかもしれませんが、実はつぼみの心の中や無意識の中には躊躇う心があることに気づかされた連休でした。

以前にも書きましたが、乳がんとわかった時、実はどこかでホッとした自分がいたのを覚えています。

IMG_0173

2年前の私は、人生に、生きることそのものにあまりにも疲れ切っていて、前の愛犬が少しずつ天国に近づいていくのを見守りながら、どうかこの仲良しと同じ時に天国に行けますように、この辛い人生を終えられますようにと心の底から願っていました。

ある臨床の先生の研究で左乳がん患者の多くが、乳がんとわかった時にその疲労の原因に必ず思い当たり「ああ、これで休めると思った」と口にするという統計があるそうですが、私も同じでした。(インスタでつながっている多くの乳がん患者が保育士さんだったり、看護師さんだったり、介護職、家庭内でのケアテーカーとだったりするのは偶然ではないような気がします。)

強すぎる感受性や共感能力を、自分の手で守ることも、逆にいい方向に活かすこともできなかった2年前までの自分。

人の苦労話や愚痴に耳を傾けて励ましたり、受け止めたり、マッサージをしたり、保育をしたりすることは、私にとっては慣れ親しんだ自動操縦でできることだったので、いつしかケアテーカーとしてのアイデンティティーの中に安穏と生きるようになり、気づかないうちに内部から疲労していました。

「つぼみさんのことを悪く言う人が1人もいないんだよ、みんな口を揃えていい人だと言うんだよ、そんなの変だよ。少なくとも自然ではないよ」口の悪い整体の師匠の言葉が深く突き刺さったのは、きっとそのアンバランスさやそこに安穏としている生き方に思い当たるところがあったからだと思います。

感受性をそれ以外に活かす道を探るために出た5年に渡る旅にも、肉体労働にも疲れ果て、人の期待に無意識に応えてしまう性質そのものにも辟易し、そこここに溢れる騒々しすぎる刺激も、もっともっとと何かを求め続けて何かを達成するために生きるように鼓舞する風潮も、もうたくさん!もう今世はここまで十分頑張りました、どうかもう勘弁くださいと願っていました。

そんな独りよがりで子供だった私を、仏様は、宇宙は、それでも見捨てませんでした。

もう一度やり直すための、方向変換するためのチャンスをくれました。私はそのチャンスを活かすことを選び、人生の舵を大きく切ったのでした。

衣食住を変え、生活ペースを落とし、自分のことを大切にすることや心地よいと感じる感覚を尊重すること、嫌なことや不誠実な扱いにNOと言うこと、人の援助を受けることを少しずつ学び、自尊心を取り戻していきました。

手に入っていないものではなく、もうすでに目の前にある普通の幸せや喜びを見つけて味わう心の余裕のある生活を、少しずつ、少しずつ心と身体になじませていきました。

それでも、どこかにあったのです。IMG_0170

乳がんがなくなるのを躊躇う心が。

深い深い無意識層に、タールのようにこびりついているそのエネルギーが、私の生きる力を、気力を、希望のエネルギーを堰き止めています。

天災や病気をはじめ、自分の生活を根本から揺るがす大きな変化などに見舞われると、元の生活に戻ろう、元に戻そうとする心が人には備わっているように思います。変化に対応するために心身がアラートを発信し続けると、大脳辺縁系がフル活動して元の慣れ親しんだ安定した状態に戻そうととするためで、それが生き物としての生存本能だからです。

乳がんがなくなったら、また元の私に戻ってしまうのではないか。

乳がんがあるからこそ、人の期待に応え続ける人生にNOと言えて、完璧主義を降ろすことを自分に許せて、優等生的で道徳的な価値観を脱ぎ去ることができているけれど、もしもこれがなくなったら、私はまた自分をあの独りよがりで不自然な習慣の中に戻してしまうのではないか。

そんな恐れがあることに、そして、あれだけうんざりしていた前の自分や習慣に、それでも戻ろうとする心の力学があることに、自分でもびっくりでした。

IMG_0171人も万物も変化し続けているのが自然。

この2年間で身につけたもの、逆に削ぎ落としたものがこれだけあるのだから元に戻ることはありえないんだから大丈夫。

もう図書館に乳がんをお返ししても、メッセージは心に刻まれたから大丈夫。

その先には、新しい私しかいないし、それ以外はありえないんだから、大丈夫。

ノートに書いて、何度も読み上げます。

古い心の習慣や元に戻ろうとする力学に逆らって、それらのエネルギーをヒョイっと躱して、タールのようにこびりついたものを洗い流して、花咲き乱れる春を迎えたいと思います。