腫瘍マーカー正常値に戻りました

昨日、半年ぶりに受けた血液検査での腫瘍マーカーの結果が出ました。

私の場合、治療をしないという選択をしているので、どこのお医者さんからも定期的な血液検査を断られます。治療を前提にしないなら検査も必要ないでしょうと5件に断られました(T ^ T)。(私の友人も同じらしいので、これは医療制度やお医者さんたちの意識がまだ予防医学に向いていないことに因るのだと思います)

CEA(胃がん、大腸ガン、乳がん、卵巣がん、子宮頚がん)、CA19ー9(消化器系がん)、CA125(卵巣がん、子宮体がん、子宮内膜症)、CA15ー3(乳がん)を、一回で検査できる自宅キットはなく、キットでの自己採血に加えて健康診断センターでの健康診断のオプション検査で定期観測してきました。

今回は、銀座にできた血液検査ラボというところの検査キットだと全部が網羅されているので(保険対象外)とても便利!ということで、先日受けてきました。

そして、届いた結果は

CEAが若干高いものの、それ以外の数値は驚くほど低く、正常値でした☆

とくに定期観測してきたCA15ー3は今回は初の10台で17.5。
CEAも一時期は80近くあったのですが、異常値ではあるものの12.0で落ち着いています。

これまでの推移は
◎CEA(5以下が基準値)
2016.3:21.9
2016.5:46.8
2016.7:79.1
2017.1 :46
2017.7 :3.5
2018.3: 12

◎CA15-3 (23.5以下が基準値)
2016.5 : 25.6
2017.1 : 60.1
2018.3:17.5

(それ以外のマーカーは今までずっと正常値です)

6センチ大だったシコリんは、少しずつ縮小してきていて、3センチ強(というのも、つぼみのしこりんは凸凹で横長なのです)、横を向くとバセットハウンドの鼻面のようなお胸だったのが、今はぶつけた後のコブ状になっています。半年前のCTでは、転移なし。

これって(๑˃̵ᴗ˂̵)ワイン一杯くらい飲んでお祝いしてもいいのかしらん♪

と喜ぶ私に、家族はこれこれ、ここからですがな、ここが粘りどき!と慎重ですが(笑)、今朝の目覚めはとても爽やかでした。

これからも食事による身体ケアと温熱は続けて行きますが、それはその方法が私の体調にいいいから。

それに加えてこれからはもう少し、身体を強くして行く方法を取り入れて行きたいなと思っています。

そして、何よりこの3年間にシコリンが私に教えてくれたALOHAな生き方を忘れずに、いのちの源 おいのちさんと繋がりながら、身軽に、大切に、こだわらずに生きていきたいなと思います。

それを教えるためにつぼみのところに舞い降りたメッセンジャー、シコリんに感謝です。

おいのちさんが生かすと決めたこのいのちを、自分自身に、そして社会に投げ出していく生き方を模索して行きます。

3年前抗がん剤と化学療法を一切しないという選択をし、以来一人で黙々と食事療法と自宅での温熱を続ける娘、半年前チャンスだから全摘してリンパもとりましょうというお医者さんの提案を頑として受け入れなかった娘を、内心はらはらしながら見守ってくれてきた両親の忍耐力と寛容さと信頼には本当に感謝しかありません。

歴代のお医者さまに、このままじゃ死ぬよ、自然療法をしたら死ぬよ、今切らないと死ぬよ、手遅れになって死ぬ前に戻って来ないでね、と何度も何度も呪文のように言われてきたにもかかわらず自分の道を貫く娘の選択を、どんな気持ちで見守ってきたのでしょう。

私が親だったらこんな風にサポートして見守れたかなと思うと、本当に両親に感謝です。

本当にありがとう。

私に愛をたくさん注いでくれるOhana達に、心からの愛と感謝を。

私より一足先に旅立ち、むこうから私を見守ってくれているりんりん、まちさん、kさん、ありがとう。

いつもご心配いただいたり、お祈りや励ましをいただいている皆さん、本当にありがとうございます。

これからも、ぼちぼちと、歩いていきたいと思っています。

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胎内感覚

img_4719胎内記憶、というよりも、胎内感覚を味わって解放する日々が続いています。
セラピストについたわけでも、何かのワークをしたわけでもありません。

それは、日曜日に発熱していたため昼過ぎから深く眠り、目覚めたら周囲が真っ暗で、あまりの一人ぼっち感に襲われて涙が次々に溢れ出たことから始まりました。あ、この感覚は赤ちゃんの時のものだな。そこから何かが始まりました。

私は母が三回の流産をした末にやっと授かった子供です。今度はなんとかもたせたいと、ありとあらゆる手を尽くし、基本は絶対安静、熱のある時や張りのある時は椅子のまま何日も眠ったり、栄養をたっぷりつけたり、栃木から叔母と祖母が家事をしにきてくれたりして総動員の末に、7月7日生まれ…だったはずが予定日を大幅に遅れても生まれる気配がないので促進剤を打って19日にやっとのこと出てきたの。みんなが待望していた誕生だったのよ。

何度となく聞かせてもらった私誕生のストーリーです。

その後も生後2ヶ月で母乳を飲めなくなったり、音や刺激に過敏だったり、四六時中指しゃぶりしていたり、子供のくせに妙に美意識が高かったり、おたふく風邪を経過できず三回もかかって入院騒動になるなどの手のかかる子供だったものの(^-^;、両親や祖父母、叔父叔母に可愛がられて育ったと自分でも記憶しています。

なのに。

いつもどこかこの世の中にいるのがお邪魔虫のような気がしていました。私が生きていることが迷惑なのではないか、誰かの負担なのではないか、役に立つ=期待に応えることなしに生きていてはいけいけないのではないだろうか…。謂れのないそんな焦燥感にいつもどこかでかられていました。

そして先日胎内感覚をまるでVRで体感しているように体感して、胎児の時の私が、母に苦しい思いをさせていることに対する心苦しさ、命懸けで期待に応えなくてはいけないという焦燥感のようなものを体感的に感じていたことを思い出し(厳密には感じ)ました。

周りの複雑な感情や、世の中の事情、人間の入り組んだ感情など全くまだわからない赤ちゃんの私がそんな風に感じてしまったのも当然だよね。

でもね、そうじゃなかったのよ。お母さんが苦しい思いをしながら耐えていたのも、みんながエネルギーを注いでくれたのも私を待ち望んでいたからなんだよ。それは私が迷惑な存在なんじゃなくて、愛からそうしてくれたのよ。そうした聖なる尊い犠牲で命は繋がれていく。それが人間の、生きとし生けるものの命のつなぎ方だから…。

だからもう罪悪感や、迷惑なのではないかとか、期待に応えなくてはとか、そんな感情は全く要らないの。もう安心して生きていて大丈夫なんだよ。

繰り返し繰り返しそう伝えることで、肺がどんどん広がって楽になっていくのが分かります。胃がいつもぎゅっと誰かにつままれているように苦しかったのが楽になっていきます。

「まだもう少し待って、準備ができていないの」といつもいつも思いながら生きているのも、私がグズだからでも、完璧主義ゆえでもなくて、ちょっとスタートが見切り発車で焦った感覚が残っているだけ。

その見切り発車も、当時のお医者さんが私を無事に世の中に送り出すために当時ベストだと考えた末のこと。だからもうそんな風に感じる自分を責めたり、頑張らなきゃとか、このままではいけないとか、追い詰めないでいいの。

まるで自分のお腹にいる自分に、自分でも語りかけているように伝えます。

今朝は鷹揚でゆったりした気持ちのまま朝を迎え、駆り立てられる不安感や焦燥感なく1日を始めることが出来ました。

どんなセラピーでも、カウンセリングでも、癒しのワークでも解放できなかったものが今、解放されています。

二つの想い

image野本篤志さんの「家族のケアでがんは消える 患者を生還に導く48の智恵」を両親にプレゼントしました。

家族にケアしてもらうおねだりのためではなく(笑)、家族ができる事を知ってもらい、気持ちを楽にしてもらうためです。

三朝温泉で知り合ってメル友になり5月に光に帰っていった同病のTさん。そして、7月に光に帰っていったりんりん。

二人のご家族とのメールのやり取りやお話させていただく機会の中で分かったのは、本人の気持ちと家族の想いのすれ違いの大きさです。

そして、それぞれが、それぞれの思い込みで苦しんでいたことが分かり、本当に胸の痛む体験でした。

昨年は、自分の四苦八苦を知らせると辛いだろうと思い、なるべく両親や家族の前では平然と「一人で大丈夫よ」と振る舞うので精一杯の私がいた気がします。それだけ、余裕もゆとりもなかったことが、今は分かります。

けれど、この夏おのちさんと出会い、その大きな大きなつながりの中にいることが体験的にわかってから深呼吸をして、ふと改めて周りを眺めると、そこには私が思っている以上に私の力になりたいと思いながら、一生懸命黙って見守り、待機していてくれるオハナの姿がありました。

そうだったんだ。私が大丈夫といくら言っても、愛する家族のために何かできることを常に探すものだし、それはオハナとして自然なことだよね…涙が出ました。

「ポリネシアでは「自己治癒」という言葉はあり得ません。病気はその人だけの過失ではなく、関係が壊れたために生じたものだからです—」「ハワイアンリラックス」ポール・ピアソール より

私が閉じていたのでは関係の修復はできないし、きっと私のその自立志向、心配をかけないで生きるのだという姿勢こそが、ポリネシア的見方から見たらalohaに欠けていたのかもしれません。

先日は両親と台湾の精進料理を食べに行き、その後お茶をしました。

とても温かいものに包まれている感じで、5歳頃の無邪気な子ども時代に戻ったような感覚…とても幸せな時間でした(*^^*)image

毎週でもいいね、とメールをくれる母。いつになく穏やかでおしゃべりだった父。

たくさんたくさん心配をかけてごめんね。
そして、頑なな私を1年半黙って見守ってくれてありがとう。これからは、色々、また楽しく出かけようね、子どもの頃みたいに。

ガンを抱えている側の想いと、それを見守る家族の側の想いを繋ぐ一冊のおかげで、幸せなaloha修復の機会になりました。

オススメの一冊です。