自然治癒の道を再び

441BA5FB-AB30-49B5-92FE-747639938E5Bみなさまにたくさん愛と応援のメッセージをいただいた、私のシコリんとの一つの旅の曲がり角、一つの心の旅の円の終焉は、手術をしないという選択肢をもって迎えることになりました。

メッセージやアドバイスをくださった皆様、本当にありがとうございました。

暖かい沈黙で見守ってくれていた皆様にも、心から感謝です。

 

今回の決断の物理的な理由は

なんといっても転移がないこと。
免疫力ほか血液検査の結果がパーフェクトに良かったこと。
体感として以前よりも元気で、体内が整っていること。
そして、なにより、身体からのメッセージが手術をせずにこのまま共存、自然治癒の方向を示していたことです。

今回はたくさんの学びになりました。
そして、今回の選択を決断できたことで、自分自身への尊厳を取り戻すことができたことが、言葉にならないほどの喜びでした。

すると、不思議なくらいお腹の底から力がこんこんと湧いてきました。

今回迷いに迷った理由の一つは、恐れつつも、そこから外れることも恐れである「権威」と「その下にいることで得られる庇護」からはずれることでした。(もともとかなり外れいている一匹狼なのですがそんな私にもそんな恐れがあったのですね(笑))

被っていれば不自由感を感じる代わりに社会の庇護と安心感を得ることのできる、アフガニスタン女性のブルカのように、被っている間、社会のセントラルドグマに自分の力を委ねている間は得ることのできない自由と自尊感情。

ブルカを脱いで自分自身を唯一のオーソリティにして生きていく決断をすることができたことが、ここまで自分自身への尊敬を取り戻し、今までの傷を洗い流す体験になろうとは思っていませんでした。

父をはじめ大切なOHANAの多くも、できれば手術をしてこの旅をもっと楽に終わらせてほしい、統計的にガンが広がる可能性が低くなると医者が言う方向に決めてほしい、そんな思いを抱いていることがひしひしと伝わってきました。

大好きな人たちがこれ以上心を痛めないためにも、この旅をそうした形で終わらせてあげたほうがいいのでは、と何度も思いました。

そして、オーソリティに従う決断をすると、ベルトコンベアー式にスムーズにことが流れ、手厚く庇護され共感され、暖かい同情も得られる楽な道を歩むことができることを、医療機関のシステムというものに触れて、実感しました。

正直少々疲れてきてもいた、この旅の終盤。それでも、自分自身の感じること、身体の声を信頼して、この先も一人かもしれない道を、孤高の道を、自分の感覚だけを道しるべに進んでいけるのだろうか。その強さが私にあるだろうか。

小・中学生の時のいじめの記憶も出てきました。保育園の職場でのいじめも思い出しました。理由は全部同じ。私が中途半端に孤高だからです(笑)。
手術のことだけでなく、プライベートでもさまざまな波が押し寄せ、私に宇宙が新しい旅を自らの意志で続けるのかどうかを問いかけているのがわかりました。

この誘いを断れば、この通過儀礼を通過しなくては、私はいつまでも心の底からの自信を持てず、どこか人の顔色を見て、先読みして、自分自身を生きることができないままで生きることになる。それでもいいのか。

何度も何度も自問自答した末に、最後はやはり身体に問いかけました。そして、ただただ、感じました。

そしてその答えは、手術をしないでこのまま身体の力、自分自身を信頼する選択をすることでした。

その決断は、正直大病院のお医者さんを不快にさせました。残念なことに脅しとも取れる言葉や言霊をたくさんいただきました。女性として不快な行為もされ、傷つきました。それでも、笑顔でお礼をいって手を振り、権威とさようならできた自分がいました。

この決断をしたことで、自分自身への惜しみない尊敬と尊厳を取り戻すことができ、そこからこんこんと湧き出てくるパワーを感じたことは、生き死にを超えた、何ものにも代えられない大切な体験でした。

父の餞の言葉は「本当にこれで全てが自己責任なんだからね」。本当にその通りです。その代わり、その自己 は 今までとは比べ物にならないくらいパワフルで、愛と尊敬にみちたものになりました。

一つの旅を終えて、今日から次の旅が始まりました。

それは、一つ一つ手探りながらも自分の身体にもっと丁寧に耳を傾けて、毎日を生命力溢れる私の人生になるように、選択していく旅です。

そんな私の旅ですが、良かったら今後ともおつきあいくださいませ。

OHANA達に心からの感謝をこめて。

私は大丈夫です!どうぞ、信頼して、そして新しい私に会いに来てください。

 

関係=育てるもの

IMG_0653私の通っているタンゴ教室は今、過渡期で新しいシステムを取り入れようとしています。

 

変化に伴い、講師も生徒も、ドキドキ、ザワザワ、ガヤガヤ。

そんな時に大切なのは、お互いの理想やあるべき姿を押し付けたり、文句を言い合うのではなく、生徒×講師のパートナーシップや関係を、ダンスと同じ要領で「育てて」いくことだなと思ったりしながら、その行方を見守っています。

そして、これは全てに繋がるなぁとふと気付きました。

1番大切な自分、自分の身体との関係においても。

振り返ると、この2年と4か月、乳がんだと言われてから私が取り組み続けて来たことは、私自身との、私の身体との関係を一つ一つ育て直すことだったんだなぁと改めて思います。

小さい時から身につけて来た、かくあるべき理想や、こんな人間であらねばならないと言う堅固で依怙地な「型」のようなものが崩壊して、そこから一つ、一つ、関係を作り、育てて来ました。

睡眠の時間やタイミング、質を高めるコツ。

食事の食べ方、タイミング、量、料理の仕方、材料の選び方。

体温調整の仕方、季節の過ごし方。

仕事の仕方、質、量、休むタイミング。

人間関係だと、距離感、伝え方などのバランス。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

自分自身の感受性を守りながら生きることへの力強い応援歌を詩にしたのは、大好きな詩人の茨木のり子さんでしたっけ。

IMG_0657この世の中に、正解や不正解は何一つなく、また誰にでも当てはまるような黄金律はありせん。

自分自身との関係の絶え間なき試行錯誤。

時にちょっとした改革。

そして、失敗込み込みの実験。

それらを根気強く繰り返しながら、程よい、うまく踊れるバランスを探し続けながら、踊り続けるしかありません。

まるでタンゴのようです。

タンゴには実は振り付けはありません。理想の型もありません。
一歩一歩が即興で、組む人、踊るステップによって、お互いに微調整を繰り返しながら、程よい関係を探りながら踊ります。

そして、曲が終われば消えていく、無形のもの。でも、その時間が身体のリズムに加わり、刻まれ、また次の曲とパートナーとのダンスが始まった時に動き出す、旋律のうねりのようなもの。

そして、私はそこに、たまらない面白みと魅力を感じます。

治す、完治する、と言う目標・ゴールを設定せず、自分自身や身体との関係を作り、育ててきたこの2年4か月の中で、小さいけれどとてもしなやかで強い、自分自身への信頼と深い絆が芽生えつつあります。

そして、それこそが、シコリんこと乳がんを授かったことで手にすることができた、一つの豊かさなんだなぁと実感している今日この頃です。

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