バランス感→脱力→リラックスマイル♡

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みんなと同じで みんないい 

わたくしというものが

他の全ての人以下でも それ以上でもないこと。

他の全ての人と同じくらい

特別なものでもなく

同時に びっくるするくらい稀有な存在だということ。

その 絶妙なバランス感の上にいると

こんなに大きな 安心感と安定感を 生きられるんだなあ。

身体の深いところから どんどん脱力して

寒い冬に温かいお風呂に入って

暖かいミルクティーを飲んだ時のように

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ほっ

ほわーっと、はあーーっとリラックス。

とても簡単なことなのに

本当の意味で気づくのに

45年もかかってしまった。

でも

気づけたことで

もっとシンプルに

もっと日常をゴージャスに味わいながら

生きられそうです。

ありがとう、シコリん。今日も、mahalo♡

 

 

♩新しい春が来た 希望の春だ(ラジオ体操風に)

IMG_0177この4月で、乳がんだと診断されてから丸2年になります。
化学治療なしで食事療法と生き方を改善することをメインに手探りで取り組んできた2年間でした。

その総括はまたそのうちやることにしまして(やはりやるんだ、という声がきこえてきそうですが(笑))、この春は、大きく何かが変わりつつあります。そして、次のステージへの大きな一歩を踏み出しつつあります♩

その頼もしいお供、三種の神器は、
1.シコリんこと乳がんの新しい名前「神経肥大」(笑)
2.内向型人間(HSPとほぼ同義)の私の取扱説明書「内向型を強みにする」(マーティ.o.レイニー 著 パンローリング株式会社)
3.絶対の信頼感と無条件の愛で結ばれたバディはなちゃん

です。

名前やレッテルの持つ力は本当に恐ろしいもので、昨日まで普通に過ごしていた人が「あなたは癌です」や「あなたは鬱病です」と言われた途端に、まるで昨日と別人になったかのような気がしてしまいます。
そして、そのお札はコールタールのようにべっとりと張り付き、片時も離れることはないことは同じような境遇を体験した人は誰もが実感していると思います。
私ももちろん例外ではなく、自分自身がガンであることに「こだわって囚われて」きた2年間でした。

そんな私を見兼ねてか、私の背骨や体の歪み、内臓の状態を観てくれているスーパートレーナーのBAL先生が言いました。
「つぼみさんの左胸のはね、言うなれば【神経肥大】自律神経の乱れのおばけになってしまったようなものなんだよ」。
IMG_0179♫キンコンカンコンキンコンカンコン

 

 

 

 

その言葉に、例のど自慢大会の鐘が高らかに鳴り響き、「先生、なんだかそれ微妙な名前(ㆀ˘・з・˘)」と言いながらも大笑い♩

その笑いとともに乳がんという「お札」がふわっと外れて、「神経肥大につき、自律神経修復中 」の札が新たにかかったのを感じたのでした。

それなら、やれること、やるべきことがたくさん見えてきます。どうやって自分のこの死後硬直のような緊張しきった心と身体を調整したらいいのかしらと、色々探していた矢先に天啓が(笑)!

アマゾン先生が、2.の「内向型を強みにする」の本を勧めてくれたのでした 。

人の何倍も刺激に対して感じやすいHighly Sensitive Person であることは20代後半から気づいていましたが、この本はベストタイミングで私の中に全てはいってきました。
IMG_6040この本は外からの刺激をエネルギーにして活動できる75%の外向型の人のことも、外からの刺激には疲弊してしまい内的思考や静けさや引きこもることからエネルギーを得る内向型の25%の人間のこともどちらも否定することなく、その違いを脳科学やホルモン代謝の観点も交えて説明している、言わば内向型人間がこの世の中で生きていくための「自分の取扱説明書」のような本です。

高校時代に、なるべき人がいなくてたまたま生徒会長になってしまった時は人生最大の試練でしたが、全校集会のスピーチの後は必ず胃痛や貧血で保健室で倒れていたことは保健の先生と私の秘密でしたので、多くの同級生は私のことを外向型だと思っていたことと思います。

卒業式の時に総代で、3カ年皆勤賞をもらう頃には、激ヤセして39キロを切り、生理も止まっていたことに気づいていたのは、もちろん私だけでした。

そんなことの連続が私の44年間の人生で、その結果がこの神経肥大だったのだと思うと…もういますぐそんなことはやめていいよ( ;  ; )、あったかい毛布で包んで、温かいハチミツレモンを作ってあげるから、いますぐ温かくして、心地よいパジャマを着て、お気に入りのぬいぐるみを一緒にお布団をかぶっておやすみなさい。

読み進めるにつれて、物分かりのいい賢人の大叔母さんにハグされて暖炉に当たっているような、なんとも言えない安心感と自己受容感を与えてくれたこの本は、これからは自分を外向型の人や社会に合わせるべく常に駆り立てることも、些細な刺激に疲労を感じずに物事に当たれない自分を責めることももう二度としなくていい、自分の感受性を守り育てることでこの世の中に貢献することはできるのだからと教えてくれ、私の人生に初めて本当の意味での希望を与えてくれました。

ご本人も内向型の女性である著者の数々の具体的な提案は、ありのままの私を肯定しながら上手に世話をして、花を咲かせる方法がたくさん書かれていて、これならできそう!と思うものばかり。IMG_0178

人生が修行の場から、喜びの場へ、幸せを見つける場へ、変わるような予感でいっぱいです。

そんなつぼみの新しい、そして、本当の意味での自発的なチャレンジ…レシーバーではなく、人生に私なりにアタックする…に取り組むのを、毎日側で見守っていてくれるのは、お互いを無条件で信頼し合ったバディのはなちゃん♡

なんという、希望に満ちた春を迎えられたことでしょう♩

そんな私の成長を、いつも見守ってくれているOhana達に心から感謝しながらこの物心ついて初めての「希望」に満ちた春を、胸いっぱい、心いっぱい、身体いっぱいに味わいたいと思います。

生を 柔らかく抱きしめて 生きてみよう

昨日アップしたアニメーションを、何度も何度も繰り返し観ています。

そして、気づいたことがあります。

5歳の時に人体図鑑を見ていて、いつか人は必ず死を迎えることを直感的に理解して以来、私の人生の大きな潜在的なテーマは、死を受け入れ、それを柔らかく抱きしめることでした。

感受性が強すぎる私には、音楽、看板、もの、人、光、全てが大きな刺激になるため、本当に生きているだけでも息切れをしていました。腎臓や免疫系も今ひとつ強くなかったことも相まって、気力と努力だけで生きている、そんな日々の繰り返しでした。そこに優等生気質も加わってどこかで自分に完璧を課すため、常に体が緊張していて、整体の師匠に身体を観てもらって言われた初めての言葉は「もう長いことずっと、眠れていないでしょう」でした。

ですので、乳がんと言われても多くの人が感じるよりはずっと楽に、いつか来る終わりを受け入れることができたことは何度か書いてきた通りです。

私にとって、死を受け入れ、柔らかく抱きしめること以上に難しかったのは、生を受け入れ、柔らかく抱きしめることだったんだ…IMG_0174.JPG

アニメーションの中の鹿の優しい、柔らかい、そして気高い眼差しを観て、深い気づきになりました。

タイトルも「The life of death」なので、死を受け入れることや抱きしめることに焦点があたっていますが、私には、鹿のその眼差しが死だけではなく、生きること、周りの全てに向けられていることが印象的で、ハッとさせられました。

死を受け入れ、抱きしめることができたのだから、それと同じ柔らかさで生きて、生を抱きしめて生きてみよう。

新しい春を迎えられそうな予感です。

人生に おはよう

img_5151おはよう

アイラブユー☆

今日も楽しい1日にしようね♪

 

どこのダーリンに囁いているかと言えば、先日愛を誓ったダーリン、私の人生に囁いている朝の愛の言葉です٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

もの心ついた時からいつもいつも、今日やるべきこと、今日こなすべきこと、今日食べるもののこと、段取り、いつ休憩を入れるか、その時のマイブーム哲学などなど…脳と言うパソコンが立ち上がるなり高速回転を始めて、朝から脳内疲労を起こしていた気がします。

ここ2日は朝はまず人生にご挨拶。そして、美味しいお水かお白湯を一杯。

顔を洗ってご機嫌にお化粧してから、その日の段取りを考え始めて…いい感じで朝を迎えて、そのまま落ち着いて1日が始まります。

もしかしたら、これは普通のことなのかも知れないけれど、小さい時から過敏体質で何かに怯えて、何かが不安で、身の置き場を探して来た私には、こんな朝は初めてで新鮮な嬉しい朝なのです。

ハワイのジンジャーヒルリトリートセンターで目覚めた朝も、沖縄のリゾートホテルで目覚めた朝も、トルコの港町で目覚めた朝も、森の中で爽やかに目覚めた朝も…こんなにalohaで平和な朝を迎えることはできませんでした。

それは私が人生を愛すると決めていなかったから。人生から私を勝手に締め出していたから。

シコリんが出来て、ようやく私は私自身と人生を愛することを学んでいます。

愛するのに値するから愛するのではなく、愛するとまず自分が決めること。

初めて自分と、世界と、きちんと繋がれた気がします。

おはよう 私の朝。

おはよう 私の人生。

今日も1日よろしくお願いします。

 

 

 

 

いのちに努力と解決志向は要らなかったんだなぁ(*´꒳`*)

IMG_4352.JPG黒木さん と言う友人がいます(実名でごめんなさい(笑)でも、どうしても書きたかった(笑))

絵描きさんで、子ども達に表現の楽しさを教えている表現者で、高千穂に惹かれて昨年引っ越した黒木さんに、久しぶりに会えました。

元々独自の、飄々とした空気感を持っている、なんともオリジナルな個性の友人なのですが、久しぶりにお会いした彼女は、ますます自然に、天然素材に戻っていて、都会のカフェなのに彼女が座っている場所だけ、コダマがちょこんと木の切り株に腰掛けている風情でした。

彼女のその佇まいそのものに、また一つ、砂場の棒倒しのように、砂がごっそり取り除かれました。棒を倒さないようにする通常の棒倒しと逆で、私のこだわりと言う棒が倒れるための棒倒しです。

そして、彼女の力の抜けたコダマのような佇まいから伝わってきたメッセージは、「いのちのことに、努力や解決志向は要らない」と言う根本的な、とても大切な、でも多くの人が忘れてしまっている根源的なこと。

世の中で生きて行くための見えないルール、特に経済活動を中心とする都会のルールの中では、解決志向、目的達成、デザイン思考、それに向けた努力と行動が尊ばれ、それが正しいあるべき在り方だと、日々全てのソースから囁かれます。

その努力する姿や何かを達成する姿に人々は感動し、自分を激励して達成感を味わい、脳内モルヒネの川で気持ちよく泳ぎ、また明日頑張るためのモチベーションをそこに見いだします。

それが美しい姿とされます。

もちろん、優等生気質で努力命の私もそのど真ん中狙い(笑)(笑)!!でした。

でも、一年半シコリんと向き合ってきて、努力し続けてきて、おいのちさんと出会ってもなお自力自力で頑張ってきて(笑)…

でもなかなか結果が追いつかないことに途方にくれてジタバタ&しょんぼりしている今日この頃の私に、彼女の存在感からのメッセージは、肩の力を抜かせる鮮烈かつ生きたメッセージとなりました。

日常を流れる時間、直線時間、男性脳、理性の脳が日々要求し続ける「解決志向」「努力」「成長」「学び」…私が高校生の時壁に貼っていた「克己」。

「緩める」とか、「手放す」「治ることを目指さない」とか、そんなレベルではなく、これらは、おいのちさんには、いのちの世界には 「要らなかった」んだなぁ…。

はぁ(*´꒳`*)

………………(*´꒳`*)。

今日はこれ以後、思考停止で過ごします☆

 

 

 

 

褌をゆるめていこう

もう一度

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

おいのちさんと同じ顔(^_^)をして

歩いていこう。

シコリんのことも

生きることも

夢も

全部全部…

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

一つ戻って やり直そう*

 

ほーら

幸運が ニコニコとドアをノックしに

やってきました。

怒りの解放とゆるしと

img_4840このところ、長年自分の中に溜めてきた怒りと向き合って解放するきっかけが色々やってきて、解放が進んでます。

不思議なもので、いえ、もしかして当然のことかもしれませんが、抑えてきた怒りをきちんと意識に上げて、時にシリアスに、時にユーモアと茶目っ気ならぬ魔女っ気たっぷりに解放する作業が進むほどに、本当のゆるしの気持ちが同時発生的に湧き上がってきます。

不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす
不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす…

インフィニティの8の字を描くように繰り返していくうちに、心と体もゆるんで気持ち良くまどろんできます。

この作業が一通り終わる頃には、ガチガチに硬い背中も腎臓も、緩んでくるのでしょうか。

逆に緩み始めたから解放が起きているのでしょうか。

いずれにしても、とても心身が安心し、バランスがとれて力強い私になっていくのはとても愉快です。

しばらくはこの解放の日々を味わいたいと思います。

 

いつも いつでも おいのちさんに身を預けて…

img_4954関東地方は予報通り雪になりましたね。

2時過ぎに止んだ雪の上にかかる夕陽がなんとも幻想的です。

そんな中、昨日のタンゴレッスンでの先生の言葉を一日中反芻していました(笑)

足の動きも、ステップもだいぶ覚えてきて形にはなってきましたが、どうしてもパートナーへの体重の預け方や手の預け方が苦手です。

そんな私に向けた、先生の踊りながらの指導。

「グラシエラ(私のスペイン名(笑))は、もっともっと、いつもいつも男性に寄りかかって体重をかけて踊ってください。

必要な時にだけ遠慮がちに体重をかける、ではなくて、いつもいつも寄りかかっていい、何故なら、それによって相手も支えられてるんだから、そんな意識をもっと持って欲しい。

だって女性が身を預けなかったら男性も預けられないんだから。img_4957

いつも寄りかかりあっていい、いつも預けあっていい。

その中で、いつかお互い心地いい圧やバランスを、少しずつ学んでいくんです」

むーーーー( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )…深い

そしてこれはタンゴや男女のことだけでなく、人生のスタンス、おいのちさんとのダンスにも、全く当てはまりそうです。

頼るのが苦手。できるだけ一人で。甘えることは恥ずかしいこと。

元々独立心が強いこともありますが、体重を預けたのに外されて傷を負う…そんな体験を繰り返す中で、気付けばピンと一人で立つことや、なんでも一人で頑張る方が得意になっていて、まだまだその傾向は強いです。

でも、それではおいのちさんともダンスを踊れません。

img_4956人間は、素晴らしい希望を抱き、どこまでも深い優しさを持ち、創造的で美しい心を育むことができる利他的な面を持つ判明、自分勝手で、人のことなど心配したり構ってなどいられず、自分の利益を追い求める利己的な面も併せ持っています。

でも、私を生かし、大きな力で守り、常に最善に私を置いてくれているおいのちさんなのだから、おいのちさんには、もっともっと身を預けていいはずです。

もっともっと、自分のおいのちさんとのダンスが上手くなる中で、きっと他の人とも、「意識の部分」ではなく、「その人のおいのちさん」と手と手を取り合って、もっと身を預け合い、お互い綺麗に踊れるダンスができるはず(^-^)

先生の何気ない一言から、私の中でここまで話が広がっているとは先生も夢にも思っていないと思いますが(笑)、いいヒントをいただきました。

おいのちさんにいつもいつでも身を預けるダンス。

今日からまたshall we dance? で参ります!

スーパームーンin沖縄で

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今回のスーパームーンは私の宝島沖縄で、大好きなオハナ達と一緒に迎えました。

沖縄のハーブやぬちぐすいを使って、ガンがある人もそうでない人も、おいのちさんと繋がって元気に生きたい人みんなが、美味しくピカピカになる食のプロジェクト、そして、産前産後ケアユーファイin沖縄プロジェクト。

その種まきとお知恵を借りに行った今回の沖縄では、最強の運の持ち主の親友のおかげか、あり得ないほど素敵な出会いをいただき、ご縁をいただき、流れをいただきました。

感謝でいっぱいです。

そんな中で手放すと決めたことは…

おいのちさんの大きな流れを塞きとめる 自分の中の小さな心達です。

心配、不安、自己不信、見栄、恥ずかしがり、謙遜、自己批判…などなど。img_4884

そんな小さい子達を、笹舟に乗せてお月様の光の川に次々に流すイメージで手を振りました。

スーパームーンの近くにぐぐっと近づいた飛行機の中で、どこからともなく聴こえたメッセージは

「計らいごとをせず、ただただ身も心も朗らかに美しくおいのちさんと踊ってるだけで大丈夫。そうすれば全てが羽包まれ、花が咲き、実りとなり、いつか自らも花として光に還る日を迎えられるから。」

安心して進みます。

 

追記

一緒に行った友人がこんなblogを書いてくれていました。もうすぐ彼女のblogはリニューアルするので、ここに転記させてもらいました(๑>◡<๑)本当にありがとう!

………………
この旅は
30年来の親友の新しいスタートに同行した旅でした
親友の新しいスタート
それは
彼女がガンであるという人生を
彼女の表現で
彼女のステップで
たくさんの素晴らしい愛の人たちと
素敵なダンスを踊りながら
生きていくこと
私はその準備の旅に一緒に行きたい!
シンプルにそう感じ、同行したのでした
でも、気がつけば私も新しいスタートに☆

親友のおかげさまで
新しい人
新しい景色
そして
新しい私に出会いました
インスピレーションあり、出会いあり
再会あり、共感あり
疑問あり、感動あり
大合唱あり(笑)
この旅が私にくれたものは
計り知れないけれど
一番の宝ものは
「ここでなら治る!」
と言った親友の一言

うん!私もそう思う!!
それを実感できた

素晴らしい旅でした♫
どうもありがとうね!
さあ、もう新たなステージは始まってるわよ〜!
アクションッ♫

胎内感覚

img_4719胎内記憶、というよりも、胎内感覚を味わって解放する日々が続いています。
セラピストについたわけでも、何かのワークをしたわけでもありません。

それは、日曜日に発熱していたため昼過ぎから深く眠り、目覚めたら周囲が真っ暗で、あまりの一人ぼっち感に襲われて涙が次々に溢れ出たことから始まりました。あ、この感覚は赤ちゃんの時のものだな。そこから何かが始まりました。

私は母が三回の流産をした末にやっと授かった子供です。今度はなんとかもたせたいと、ありとあらゆる手を尽くし、基本は絶対安静、熱のある時や張りのある時は椅子のまま何日も眠ったり、栄養をたっぷりつけたり、栃木から叔母と祖母が家事をしにきてくれたりして総動員の末に、7月7日生まれ…だったはずが予定日を大幅に遅れても生まれる気配がないので促進剤を打って19日にやっとのこと出てきたの。みんなが待望していた誕生だったのよ。

何度となく聞かせてもらった私誕生のストーリーです。

その後も生後2ヶ月で母乳を飲めなくなったり、音や刺激に過敏だったり、四六時中指しゃぶりしていたり、子供のくせに妙に美意識が高かったり、おたふく風邪を経過できず三回もかかって入院騒動になるなどの手のかかる子供だったものの(^-^;、両親や祖父母、叔父叔母に可愛がられて育ったと自分でも記憶しています。

なのに。

いつもどこかこの世の中にいるのがお邪魔虫のような気がしていました。私が生きていることが迷惑なのではないか、誰かの負担なのではないか、役に立つ=期待に応えることなしに生きていてはいけいけないのではないだろうか…。謂れのないそんな焦燥感にいつもどこかでかられていました。

そして先日胎内感覚をまるでVRで体感しているように体感して、胎児の時の私が、母に苦しい思いをさせていることに対する心苦しさ、命懸けで期待に応えなくてはいけないという焦燥感のようなものを体感的に感じていたことを思い出し(厳密には感じ)ました。

周りの複雑な感情や、世の中の事情、人間の入り組んだ感情など全くまだわからない赤ちゃんの私がそんな風に感じてしまったのも当然だよね。

でもね、そうじゃなかったのよ。お母さんが苦しい思いをしながら耐えていたのも、みんながエネルギーを注いでくれたのも私を待ち望んでいたからなんだよ。それは私が迷惑な存在なんじゃなくて、愛からそうしてくれたのよ。そうした聖なる尊い犠牲で命は繋がれていく。それが人間の、生きとし生けるものの命のつなぎ方だから…。

だからもう罪悪感や、迷惑なのではないかとか、期待に応えなくてはとか、そんな感情は全く要らないの。もう安心して生きていて大丈夫なんだよ。

繰り返し繰り返しそう伝えることで、肺がどんどん広がって楽になっていくのが分かります。胃がいつもぎゅっと誰かにつままれているように苦しかったのが楽になっていきます。

「まだもう少し待って、準備ができていないの」といつもいつも思いながら生きているのも、私がグズだからでも、完璧主義ゆえでもなくて、ちょっとスタートが見切り発車で焦った感覚が残っているだけ。

その見切り発車も、当時のお医者さんが私を無事に世の中に送り出すために当時ベストだと考えた末のこと。だからもうそんな風に感じる自分を責めたり、頑張らなきゃとか、このままではいけないとか、追い詰めないでいいの。

まるで自分のお腹にいる自分に、自分でも語りかけているように伝えます。

今朝は鷹揚でゆったりした気持ちのまま朝を迎え、駆り立てられる不安感や焦燥感なく1日を始めることが出来ました。

どんなセラピーでも、カウンセリングでも、癒しのワークでも解放できなかったものが今、解放されています。