母と しばし 役割交代♪

IMG_8851先週から、母の介助のため、実家に はなを連れて里帰りしています。

考古学になる と宣言して大学に行き、相談もなくいきなり保育士になった娘。

理想の保育や子育てを追求して、転職を繰り返す娘。

自分に向いているのは保育園での保育ではなく、個人のサポートだといきなりマッサージの道に入った娘。

相変わらず相談もなく、離婚したのでごめんなさい、これからもよろしくと 或る日突然一人で決めて 出戻った娘。

ハワイ、沖縄、千葉と放浪する娘。

そして、三年前も、突然 乳がんと分かったから家を出て 一人で養生する と告げる娘。

そんな娘に目を白黒させながらも、常識の塊のような父を説得し、応援し続けてくれた母が、私の検査結果が分かって安心したかのように、起き上がれなくなりました。

診断名は、脊椎管狭窄症。

海外での子育て、弱視の子のためのこんを詰めたボランティア、暴れん坊の娘の気苦労…過労と疲労が祟り、電動ベットの上で痛みと挌闘しながら横になっています。

折しも血液検査の結果も良く、私とシコリんの旅が一段落しようと言う時の、母の不調。

私って、どこまでラッキーなんだろう!と思いました。

神様、仏様、宇宙は、ちゃんと 私に 感謝のエネルギーを母に返すチャンスをくれたんだなと思います。

脳や内臓は問題なし。

ならば、またあのハッスルおばさんの母が思うように動ける日まで、伴走つかまつりまする♪

歩けるようになったら、二人で久高島にお礼参りに行くんだからね。

合言葉は、ごめんね、ではなく、ありがとうに。

お互い、釈徹宗さんの提唱されている「お世話され上手」を目指そうと決めました。

もうしばらく母に伴走しながら、ゆっくり、ゆっくり春を迎えます。

Himself he cooksなるつぼみ キッチン

0763C225-4F39-4530-B8A0-75B3ED8BE3C4Himself he cooks.
それは2年以上前に観た、インドの黄金寺院の無料食堂の壮大なドキュメンタリー映画で出会った 言葉であり、世界観です。

検査結果がとても良かったことを受けてこれからの食事をどうするかを考える中で、また食のことを考えさせられる出来事が重なったので、改めて自分にとって食、料理、食べること、いただくことってなんだろうと考えています。

そして、冷蔵庫に2年前に貼ったHimself he cooks.という言葉と世界観を、改めて想っています。

日本名で《聖者たちの食卓》と題されたドキュメンタリー映画は、一日に何万人と訪れる人々にお腹いっぱい食べてもらうために、一日10万食を用意する無料食堂の一日を追ったもので、何百人のボランティアの人々、それを統括するマネージャーが一丸となって、運ぶ、刻む、丸める、焼く、煮る、盛る、清掃する、洗う、洗う、洗う…そして、訪れた人々は階級を越えて老若男女が隣り合い、食す、食す、食す。

それは、もう、ハリウッドのアクション映画などを軽く越えた、ど迫力のドキュメンタリーで、全ての概念を覆されるものでした(笑)。

その入り口にかけられている言葉が Himself he cooks.

神である植物を 神として料理し 神である人々に供する。そして、神としていただく。

なんて、アメージングな世界観とその実践!
衝撃的でした。

以来、ずっとその概念が頭を離れず、そうか、そうなのか、と呟きながら毎食毎食を 植物という神を、自分という神が 自分という神のために料理して、神としていただく…そんなイメージで2年間狭い台所で作り続けて来ました。373A52B3-31D6-4682-9F12-AC58EFE11909

だから、人に食べ物をお出しする時も、Himself he cooks.

作っている時も、みんなが食べいる姿を観ている時も、自分が命の循環のパイプになっているような、とても妙なる気持ちになります。

そして、それは、食べ物だけにとどまらない概念なんだなと思います。

例えば、わたしの仕事である ハーブを使った産後ケアのユーファイ。

タイの山奥のオーガニックの畑で作られたハーブ(神)を 神として 神である産後のお母さんを マッサージします。そして、お母さんも神としてゆったりとそれを享受しています。その横で、生まれたてピカピカの神である赤ちゃんが寝息をたてています…そんなしあわせな 時空を越えた空間が出来上がっているのです。

生活の全てがそんな循環であることを意識できれば、それはとてもスピリチュアルな生き方なのかもしれませんが、そこまでは聖人ではないのでなかなかできません。

7B292E38-7E8D-44CA-8B09-07B465E3B516でも、してあげる人としてもらう人、差し出す人と受け取る人 という二項を超えた概念で 食事を作り、仕事をすることは、わたしの心身をとても健康に保ち、高めてくれることは確かです。

Himself he cooks. で今日もユーファイに向かいます。

 

腫瘍マーカー正常値に戻りました

昨日、半年ぶりに受けた血液検査での腫瘍マーカーの結果が出ました。

私の場合、治療をしないという選択をしているので、どこのお医者さんからも定期的な血液検査を断られます。治療を前提にしないなら検査も必要ないでしょうと5件に断られました(T ^ T)。(私の友人も同じらしいので、これは医療制度やお医者さんたちの意識がまだ予防医学に向いていないことに因るのだと思います)

CEA(胃がん、大腸ガン、乳がん、卵巣がん、子宮頚がん)、CA19ー9(消化器系がん)、CA125(卵巣がん、子宮体がん、子宮内膜症)、CA15ー3(乳がん)を、一回で検査できる自宅キットはなく、キットでの自己採血に加えて健康診断センターでの健康診断のオプション検査で定期観測してきました。

今回は、銀座にできた血液検査ラボというところの検査キットだと全部が網羅されているので(保険対象外)とても便利!ということで、先日受けてきました。

そして、届いた結果は

CEAが若干高いものの、それ以外の数値は驚くほど低く、正常値でした☆

とくに定期観測してきたCA15ー3は今回は初の10台で17.5。
CEAも一時期は80近くあったのですが、異常値ではあるものの12.0で落ち着いています。

これまでの推移は
◎CEA(5以下が基準値)
2016.3:21.9
2016.5:46.8
2016.7:79.1
2017.1 :46
2017.7 :3.5
2018.3: 12

◎CA15-3 (23.5以下が基準値)
2016.5 : 25.6
2017.1 : 60.1
2018.3:17.5

(それ以外のマーカーは今までずっと正常値です)

6センチ大だったシコリんは、少しずつ縮小してきていて、3センチ強(というのも、つぼみのしこりんは凸凹で横長なのです)、横を向くとバセットハウンドの鼻面のようなお胸だったのが、今はぶつけた後のコブ状になっています。半年前のCTでは、転移なし。

これって(๑˃̵ᴗ˂̵)ワイン一杯くらい飲んでお祝いしてもいいのかしらん♪

と喜ぶ私に、家族はこれこれ、ここからですがな、ここが粘りどき!と慎重ですが(笑)、今朝の目覚めはとても爽やかでした。

これからも食事による身体ケアと温熱は続けて行きますが、それはその方法が私の体調にいいいから。

それに加えてこれからはもう少し、身体を強くして行く方法を取り入れて行きたいなと思っています。

そして、何よりこの3年間にシコリンが私に教えてくれたALOHAな生き方を忘れずに、いのちの源 おいのちさんと繋がりながら、身軽に、大切に、こだわらずに生きていきたいなと思います。

それを教えるためにつぼみのところに舞い降りたメッセンジャー、シコリんに感謝です。

おいのちさんが生かすと決めたこのいのちを、自分自身に、そして社会に投げ出していく生き方を模索して行きます。

3年前抗がん剤と化学療法を一切しないという選択をし、以来一人で黙々と食事療法と自宅での温熱を続ける娘、半年前チャンスだから全摘してリンパもとりましょうというお医者さんの提案を頑として受け入れなかった娘を、内心はらはらしながら見守ってくれてきた両親の忍耐力と寛容さと信頼には本当に感謝しかありません。

歴代のお医者さまに、このままじゃ死ぬよ、自然療法をしたら死ぬよ、今切らないと死ぬよ、手遅れになって死ぬ前に戻って来ないでね、と何度も何度も呪文のように言われてきたにもかかわらず自分の道を貫く娘の選択を、どんな気持ちで見守ってきたのでしょう。

私が親だったらこんな風にサポートして見守れたかなと思うと、本当に両親に感謝です。

本当にありがとう。

私に愛をたくさん注いでくれるOhana達に、心からの愛と感謝を。

私より一足先に旅立ち、むこうから私を見守ってくれているりんりん、まちさん、kさん、ありがとう。

いつもご心配いただいたり、お祈りや励ましをいただいている皆さん、本当にありがとうございます。

これからも、ぼちぼちと、歩いていきたいと思っています。

0FA2A050-4674-449A-96B4-358001E93D94

ないない違い&ケ・セラ・セラ

交流分析と言う心理学的アプローチに、禁止令 と言うものがあります。

幼い頃から身につけた、自分を縛り、不自由にする自分自身への禁止令。

私の中にはそれこそ星の数ほど禁止令があり、毎瞬間無意識に呪文のように脳内でループさせていたことと思います。

 

迷惑をかけない
流されない
間違わない
失敗しない
落ち込まない
体調を崩さない
怠けない
嘘をつかない
ワガママを言わない
甘えない

エトセトラ エトセトラ…

それはそれは、毎日しんどいわけでした(笑)ε-(´∀`; )

 

同じ「ない」ですが、このところずっと、脳だけでなく身体中をループしているのは、この4つの言葉たち。

こだわらない

とらわれない

つかまない

せきとめない

同じ「ない」ですが、禁止令とは逆に、心身がどんどん解放され、開放されていくのがわかります。

前者が 禁止令なら、後者は 解放(開放)令とでも言いましょうか。

この4つの言葉たちが爽やかに 穏やかに 私の中を駆け抜ける時の BGMは、なぜかドリス・デイの陽気な「ケ・セラ・セラ」。

Que sera, sera
ケ・セラ・セラ
Whatever will be, will be
なるようになるわ

今日も

ケ・セラ・セラwith the magical four words な1日です。

IMG_8643

 

 

 

自立志向から 自由になった話

IMG_0660人は「自立する」ことを志向しなくてはならない…

長い長い間、そう思って生きてきました。

女性であっても一人の人間として自分の足でしっかり立って、自分の考えをきちんと持って、自分らしく、自分の人生を全うする。

 

「精神的自立と経済的自立の両輪の確立を目指すのが21世紀の女性」。「女性の権利、人間が生来持っている権利を擁護、行使してこそ…」そう習ったのは、フェミニズム教育に力を入れていた女子高に通っていた頃。

茨木のり子さんの「倚りかからず」の詩に痺れ、打たれた20代。

そこから、自立の道、自己の確立を模索して、模索して、模索して…

時には自分の足で立てているかのような妄想を生き

時には「自分」という幻の深い底なし沼のある霧の森で迷子になって彷徨い

自立できない自分の原因を四六時中分析し、心理学を読み漁り、欠点を探し

変えるべきところがあるはずだとあちこちをほじくり回し、果てしなく飽くなき自己批判を繰り返し

くたびれ果て、答えが見つからない無力感に打ちのめされ…

 

けれど

ようやく

ここに来て

その幻から解放され

自分と言う幻想そのものから

自由になりつつあります。

 

自分というものは、インディペンデントではなく、様々なご縁や様々な要素の集合体で、時事刻々と変化しながら、たまたま、今、ここに、存在しているもの。

その世界の中には、自立や自己と言うものは成り立ちません。
主張するべき権利も、達成すべき、実現すべき何かも、存在しません。

そのことに気づいて、自立や自己と言うものを探すのをやめた時の、平安と安心の気持ちは、とても言葉で言い表わすことが出来ません。

私も含め、誰もが、ご縁で成り立ち、ご縁で生かされて、ご縁に導かれて、そこ ここ に いる。

この、シコリんこと 乳がんさえ ご縁の賜物で、ご縁様(笑)。

そう思うと、世の中は、自力ではなく、他力と、他力の中に生かされている人々のほんの些細な努力で、善悪を越えた完全な万華鏡として存在し、形にならない 確かなもので 満たされている。

45年間生きて来て、こんなに 平安な気持ちになったのは初めてです。

もう、自分探しをしなくていい
もう特別な何かをしようとしなくていい
自分らしさを探さなくていい

自分と言うご縁さまを
おいのちさんが生かしてくれている間
大切に 自然に 流れるまま

迷惑をかけあい、許容しあいながら
普通に ただ 今を 生きていい。

しばらくは、この平安をそのまま感じてみたいと思います。

ん?と言うことは…

おいのちさん は ご縁さま。

私は 数えられない ご縁の 集合体として 元素を纏い ここに たまたまいる存在(維摩経的理解)

ん?と言うことは…

はっ
私は…ご縁さま?!

え、そうなると

私(自己、自我)なんて
ないも同然じゃないですかーーー٩( ‘ω’ )و

 

聞いてないよー!(いえ、お釈迦さまは何千年も前からそう仰ってますよね(笑))

今迄、なんのために自己表現やら、自分探しやら、自他の境界を引くやらといった苦手分野に、それが必須条件かのごとく各方面から吹き込まれ、自分をムチ打ってここまで来たのか(笑)。

もっと早く、せめて、あの感受性が豊かで、全てと繋がっていた小学校くらいで知っていたならば(笑)。

私自身がご縁様なら(綺麗な網の目の糸がちょっと盛り上がった集合体のようなイメージ)

そのご縁の糸が連れていってくれるところに、無心に、ありがたいなーありがたいなーとお任せてしておけばいいと言うことですね。

と言うかそれ以外はあり得なくて、ジタバタやはかりごとは、労力の無駄だと言うことですね。

うーむ(๑˃̵ᴗ˂̵)

魚くん風に言うと、ギョ縁様に、ありがとうギョざいます。

なんだか
物心ついた時からの
肩の力が抜けた午後でギョざいます╰(*´︶`*)╯

 

何度でも 腹をくくり直して

10年前くらいから成長して来たと思われる シコリんが、乳がんだとわかってから2年と十ヶ月になろうとしています。

シコリんは身体という叡智からのメッセージだと受け止めて、生活、くらし、食べ物、考え方などの舵を大きく切ってここまでやって来たことは、拙い文章でここまで綴って来ました。

両親始め、さまざまな人たちにサポートしてもらいながら、自然療法で身体の声に耳をすませながら、自分で整体をしながら、考え方や生き方を自分の生命力が元気になる方向を模索しながら、よちよちと歩いて来ました。

2018年1月現在は、まだ左胸に3ー5センチ大のシコリがあり、時々溜まったリンパや血液を排出しながらも(排出すると少し小さくなります)、おかげさまで転移がなく、共存できています。

昨年、手術をして取るという選択をしないことを決めてからは(詳しくはコチラ)、徐々に私の中で 乳がんをもった人 と言うセルフイメージがなくなり、乳がんを機に 人生を作り変えているチャレンジャーというイメージに変わりつつあります。

乳がんがあろうとなかろうと、今現在は進行してなくて、転移していないのであれば、生きることだけにフォーカスして、この先どうやって生きていくかを考えていく方にシフトしていかなくてはいけません。

ただ生き続けるのではなく、この2年半のメッセージを受け止めて、自分の本質を生かしながら、自分らしくいのちの花を咲かせ、実りになっていきたい。そうすることで、きっとこのシコリんも、メッセンジャーとしての役割とウォッチドッグとしての役割を全うできるはずです。

けれど現実は…
サラリーマン家庭で専業主婦の母に育てられ、理想主義で世間知らずのおっとりセラピスト、45歳バツイチ独身で一人暮らし。貯蓄なし、固定収入なし(・∀・)。幸せにしてあげたいバディはなちゃんもいます。

さてはて、この先どうやって暮らし、どうやって自活していこうかしらん。
しかも、また今までのように自己犠牲したりがむしゃらに生きるのではなく、自分の本質を生かしながら、いのちの花を咲かせながら…

そんなことを考え続けて来た数ヶ月、時には悶々とし、時には自分のこれまでの様々な選択を疑ったり、時にはこんなチャレンジは無理なのではないかしらんと絶望的になったり。

けれど、それでも、自分の乳がんのことに囚われ、そのことを常にどこか頭の隅で意識せずにいられなかったこの2年間に比べて、なんて幸せで恵まれた悩みだろうと思うのです♪

そして、この状況をまるごと全肯定して、一つ一つのことを mustやshouldではなくwillに変えて、自分の選択、自分の自由意志でこうしたのだと胸を張って言える人生を、自分でコツコツと作り上げていくしかないのだと腹をくくろう。

そう思うと、誰かや何かに期待する心やそれに伴う不安が静まって、しんとした心に自分の呼吸だけが聞こえて来る静かな時間が訪れます。

今の自分に、そして、自分として生きることに、何度でも腹をくくり直して、「うーむ、こんなはずではなかった気がする」という思考回路をその都度ブチブチと切りながら(笑)、時に落ち込む自分も抱擁しながら、一歩一歩歩いて生きたいと思うのです。

DF86B067-6E7A-4B3E-95FA-F113DB288D36

「変わらない願い→実現済み」=「新しい願い→やっぱり実現♪」

IMG_8343
はなも つぼみと一緒に寝正月

晦日から元日にかけて、バタンと心身がダウンしていたため、あまり出かけず家にいました。

その間、この10年ほど前からの手帳やメモ、新年の抱負などを読み返していました。

驚いたのは、10年前から、文言や言い回しは進化しているものの、望みや願いが同じであること(笑)!

そのほとんどが、内面の成長や世界平和、自然と人間の共存について何かできる人間になれるように願ったり、誓いを立てたりしているもので、思い返すと、小学生の頃から全く変わっていないことを実感。IMG_8344

良いのか悪いのか…(^_^;)。うーむ。

そして、もう一つ驚いたのは、世界や社会の動きは別としても、個人的なことに関してはほとんどが叶って達成されていること!

中には20代後半に書いていたこんな文言や…

「いのちの神秘を体験し、一人いのち研究所/ラボを立ち上げる」

(確かに、この2年と9カ月は、いのちの1人ラボだった…(・・;))

 

また、乳がんとわかる10年以上前に書いた、こんな文言も。
これには、心底びっくりしました。

↓↓↓

「もしもわたしが、家族や多くの人が怯え恐れているガンになったら、上手に向き合って、ガンが怖くないことを家族や友人に伝える」

いやはや…

本当に、全てが、自分が心底願った通りになることを実感し、驚いた新年でした。
(それにしても、ここまで身体を張って実現せんでも…と、自分の泥臭さに驚き呆れます(^_^;))

世の中ではこれを「引き寄せの法則」と呼んだりするのでしょうが、いずれにしても、自分が心の奥底で願ったことは、忘れた頃にきちんと、100%実現するということを身をもって実感しました。

 

最後に一つ驚いたのは、自分自身の経済的な安定や社会での成功などが全く書かれていないこと!(笑)(@_@)

清貧こそ美しいと信じ込んでいた少女時代のままの私に愕然(笑)。

理想100%の、もののけ姫のようなエネルギーで書き綴られたメモ達に、愛しさと苦笑が込み上げてきて、そんなアルテミスような自分をぎゅーっと抱きしめました。

幼くも、純粋で、一直線で、愚直だった今迄の人生。その人生に、優しく幕を下ろして、次のステージに向かう時を迎えています。

ガンになってわかったことの1つは、いのちのことだけではなく、多くの人にとって、病気をした時の悩みの一つは経済面です。

わたしは治療しない選択をしたので、治療費の代わりに食事療法や仕事を減らしての養生に入りました。
その間、独身バツイチでセラピストのわたしを、経済的に支えてくれたのは70を過ぎてもなおボランティアや仕事を続けている精力的な、幾つになっても大木のような父。

ありがたくて、涙が出ます。

そんな父の脛をかじり倒さないためにも、転移がなく、乳がんとの共存の仕方を覚えたからには、今年そのメモ達に書き加えるのは、理想だけではなく、もう一つの大切な車輪、経済的な自立です。

理想がないと死んでしまう人間なので、世界の子供達の教育、自然と人間の共生、人間による自然破壊や殺処分を減らす活動など、支援したい活動は多数。

となると、自立プラスαで経済的なゆとりや、豊かさも、この先の私の人生にはmustです♪

かと言って、生れつき体力がなく、丁寧に暮らさないとシコリンがまた張り切り出す体で、かつ元々ガツガツできない、ビジネスライクになれない人間であることも確か。

ここは、知恵を使いながら、宇宙の智慧と流れに身を委ねきってやっていくしかなさそうです。

そんなわたしには、過去10年間のメモに書いてあったことがほとんど叶ってきたことは、何よりの励ましになりました!

お金をしっかり稼いで、それから精神的ゆとりや豊かさを…という普通の、世間的な流れとは真逆の流れを生きている私ですが(笑)、2018年からは大きく変化していけそうな予感がしています。

2018年も、引き続き、シコリんとつぼみ(と はな)の旅におつきあいくださいませ。

よろしくお願いいたします。

A6AD811E-89F3-4338-ADA3-BD22754ACFA3
What a wonderful world !

 

2018年もよろしくお願いいたします

2018年が始まり、はや7日。

七草がゆの日を迎えています。

おかげさまで、今年も元気に迎えることができ、ありがたく七草がゆを啜っています。

昔はこのシンプルな美味しさ、奥深さが分からない 味覚をしていたなぁとしみじみ思います。

お塩と出汁で作ったシンプルな七草がゆを、昆布と椎茸の煮しめをお供に、今日は白米でいただきます。

年末は心身ともに深海に沈んでいましたが、年が明けてからの心身の穏やかさ、静けさ、そして、静かなのにどこか賑やかで華やいでいる感じを味わっています。

乳がんとわかってからセーブしていたロミロミや整体を解禁にしまして、12月はおかげさまで満員御礼の毎日だったので、食べるものや食べ方がぞんざいになってしまいました(・・;)

それが30、31日に深海(というよりもう、海溝!)に沈んだ原因だなと反省しています。

相変わらずオンかオフしかないところ、そして全力、全開以外のやり方がわからない人間なのだということを改めて実感。

(もう少しスマートにできたらなぁと、ないものねだり(笑)。でも、そんな自分も受け入れないとですね)

自分のために手をかけたマクロビ御節と、七草がゆで、身体がみずみずしく生き返っていくのを実感した年の初めでした^ ^

今年もいのちあるもの・めぐみを、丁寧に、感謝して作り、味わっていただいていこうと思います(๑˃̵ᴗ˂̵)

そして、オン オフしかないのなら、オフの日をきちんと作りながら、バランスをとっていい一年にしていきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします(๑˃̵ᴗ˂̵)

D6678FC2-5EAB-416F-8D3D-BB6DC19BAD12

alohaな歩調に

もう一度 何度でも

心を静かに 静かに

alohaにかえろう。

 

akahai アカハイ

自分にも 大切な人にも

穏やかな優しさで

lokahiロカヒ

心の調和点を探しながら

oluoluオルオル

明るい方向に思いを向けて

haa haa ハアハア

原点に戻って

今あるものに感謝して

ahonui アホヌイ

ありのままの自分を

許して受け入れて…

 

alohaな深呼吸を

繰り返すうちに

ここ数週間の

ふわふわした足がようやく地面について

力んでいた眉間と身体が緩んで

ざわざわした心が凪いで

生命力が満ちてくるのを感じました。

 

ここに戻って初めて

 

見過ごしてしまうような

でもとても大切なことや、

深いところにしまっている

大切な人の大切な想いや気持ち、

純粋な気持ちから自分ができることが

見えてくるのだなぁと改めて実感します。

 

師も走る 師走だけれど

心を落ち着けて

alohaな歩調に戻って

大切なものだけを手にして

新しい年まで歩いて行けそうです。

IMG_8120