温活この頃

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前回に引き続き、身体と心、私自身を大切に、私といういのちがピカピカになる生き方、暮らし方のご紹介の第2弾は、【温活】。

特に【このところ実践していて身体がとても調子がいい、ご機嫌なもの】を書いてみたいと思います。

36.5度以上が免疫が働く程度な体温であること、そしてがん細胞は熱に弱いことから、温活が大切と言われます。

そもそも、癌になる人は冷え性の人が殆どで、私もその1人でした。子供の頃から氷のような手足をしていました。

ガンとわかってから今まで色々試し、一年目から毎日深部温度37℃、腋窩が36.5℃をキープしてます。

気楽に続けていることは

○週に2.3回程度の42〜3度温浴

熱めのお風呂に浸かり、深部温度が(舌下)38度以上になるまで入浴し、その後もバスローブや靴下で冷えないようにもう一汗。
体温が上がるのと、デトックスになるので、免疫力が上がります。
(続けて行くと、身体が温まりやすくなるので10分弱で深部が39℃以上に上がることも(笑)ガン細胞もそりゃあびっくり)

 

○冷やさない→冷えたら温める

最初の頃は、冷やさないよう、冷やさないように、かなり神経質になっていました。でも、生き物ですし、春夏秋冬のある日本、冷えることがあるのは当たり前♪と気づきました。
なので、朝の足湯、そして、帰宅後の足湯などで、冷えたら温めることを続けています。

食べ物も、あまり神経質にならず、アイスとかは食べませんが、夏場にナスや果物、生野菜を食べても、その後しっかり温めます。

 

湯たんぽ健康法

ソフト湯たんぽを、お腹→前腿→膝裏→腿裏→お尻→腎臓 の順番で温めるのを、寝る前に夏でもほぼ毎日。
病みつきの気持ちよさで、身体ぽっかぽかです。

○週に1回程度、温泉に行き炭酸泉で温まる

炭酸泉のじわーーーーっと温まる感覚がたまりません。お水を時々飲みながら中からポカポカ、スッキリデトックスの感覚が味わえます。

 

ハーブサウナ
家に婦人系ケアのためのハーブサウナがあるので、冬やクーラーで冷やしてしまった時に入ります。生姜やウコン系のハーブなので、これまたポカポカデトックス!!

というわけで、温活は、結構こまめに、できることから、気持ちよく、続けて来ています。

次回は 心の持ち方、考え方です(^ ^)

感受性に寄り添えなかった話

IMG_0295先週、先々週と、2年半ぶりに医療機関に行って、血液検査やCTなどの検査結果を聞いてきたりしていました。

父の友人でありその病院の大型出資者である方の紹介だったこと、また私をみて「自然療法に傾倒している、とても気難しい人らしい」と踏んだであろうお医者様は、本当に懇切丁寧に言葉を選びながら、穏やかに一回40分以上かけて説明をしてくれました。(日本のお医者様ではとってもレアなこと!)

そして、その丁寧な説明の趣旨をシンプルに要約すると

「食事療法は意味がやってもありません。医療機関以外が出している自然療法の情報は信用してはいけません。勇気を出して切りましょう。」

でした。

最後は頭を下げて「どうか勇気を出して生きる選択をしてほしい、手術を受けてほしい」とお願いする先生に、私も「ご丁寧にありがとうございました」と頭を下げて帰ってきましたが、その後じわじわと弱っていき、ついには自律神経を病んでしまいました。

ここが私のトロいところで、「その場」で自分の感情を把握したりはっきり感じるのが苦手です。強いショックを受けるとまず固まってしまいます。

まして、これまで医療機関でとても嫌な思いをしてきたので、今回もきっと私のバイヤス、私のレイヤーのせいで冷静な判断ができないかもしれないからと、出来るだけ感情を抑えて赴いただけに、その日は普通に帰ってこれたものの、じわーーーーっと後から傷が広がり、今週は自立神経のバランスを崩してしまいました。

日本のお医者様にしてはびっくりするほど腰を低くされた姿勢で、言葉を丁寧に選んで話をして下さったことには心から感謝なのですが、言っている内容は私の2年半の全否定と私を勇気がないために医療的処置を受けられない人というレッテル、医学以外を信頼するなと言うメッセージ、そして、身体を全体としてみるのではなく部分として捉えた上でリスクは切除してしまえばいい、というメッセージ。

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それに私の感受性は過緊張して、そして、深く傷ついていたんだなとようやく気づきました。

ごめんね、気がつくのが遅くて。

ごめんね、護ってあげられなくて。

自分の身体、感受性になんども謝って、お風呂に入ってガチガチの身体を緩めて、はなと寄り添って眠って、ようやく人心地つきました。

きっと、お医者様はお医者様で、例え私の身体観の話、おいのちさんの話をしても、チンプンカンプンで、何を言っているのかわからない人だとおっしゃることでしょう。

こればかりは立場や見地、経験や、感受性、全てが違う世界に生きているので仕方のないこと。お医者様は彼の立場でできることを精一杯の誠意でしてくれていました。

だからこそ、全く噛み合わない、ちょっと悲しく可笑しい、コミカルな時間だったなと今は思えます。

問題は、私がその場で、または少なくとも帰ってから、がちがちになってしまった身体と感受性にもっと寄り添わなくてはいけないのに、どこか混乱したまま仕事に戻り、頭で考えたまま日常を送り、しっかり立ち止まってケアをしなかったこと。

少し人よりも繊細な感受性を持って生まれたのは仕方のないことなのだから、柔らかい新芽をつけた花のように、柔らかい真っ直ぐな瞳の赤ちゃんのように、世話をして、気をつけてあげなくてはいけません。そしてその感受性を生かした生き方、選択ををしていかなくてはいけません。

IMG_0296細胞検査をするのか、手術を受けるのか受けないかを考えるは、その次の段階でよかったのに。

本当にごめんね。

もう一人にしないからね。

この週末は身体を緩めて、滋養を与えて、ゆったりと過ごしたいと思います。

 

 

 

 

 

祈り

IMG_6953私のインスタの拙い料理を見て九州から訪ねてきてくれ、以来仲良くなった同病のMさんの体調が、山場を迎えています。

ウィークリーマンションを借りて東京で代替医療を受けているMさんは、20代で乳がんと分かり、一通りの医療を全部受け、8年経ちもう大丈夫だと思った矢先に再発。

医学的には末期の診断を受けていますが、食事や代替医療などできる全てに、持ち前の明るさで取り組み、今、正念場です。

お見舞いに通う中で観るMさんの身体は、脈拍は早いけれどしっかり一息四脈。
腎臓の腫れは徐々に取れて、肝臓がフル稼働で頑張っています。
硬結も出ていないし、背骨も気が通ります。

 

痛みと怠さから気力が負けそうになるのを堪え堪え、毎日頑張っています。

Mさんの身体は生きる方向に向かっています。

Mさんも生きたい、生きようとしています。

あとはMさんのおいのちさんの流れを全幅で信頼する。

私に出来ることは、Mさんの身体の声に耳を澄ませて愉気すること。

痛みと怠さに埋もれながらも、命がけで生きようとしているMさんが伸ばした手を、alohaを込めてそっと握り返すこと。

それ以上でも、それ以下でもなく、静かにalohaに寄り添う時間。

Mさんは、もう一人の私。

今夜も静かに祈ります。

 

検査結果とおいのちさんと

IMG_0075病院での検査や治療などを受けずに、自分の感覚を頼りに身体と向き合うこの2年半でしたが、この方向で合っているかどうかの客観的指標だけはもってね、というオハナとの約束で、半年に一度くらいのペースで自宅でできる血液検査や健康診断センターのオプションなどを使って、腫瘍マーカーで定点観測してきています。

これまでの経過は下記の通りです。

◎CEA
(大腸がん、肺がん、乳がん、肝臓がん、甲状腺がん
子宮がん、卵巣がんなど。5以下が基準値。2倍異常だとがんの可能性、4倍以上だと転移がんが疑われる)

2016.3:21.9
2016.5:46.8
2016.7:79.1
2017.1 :46

◎CA15-3
(乳がん、子宮がん、卵巣がん、すい臓がんなど。27以下が基準値)
2016.5 : 25.6
2017.1 : 60.1

まあまあ高い数値でしたが、合わせて白血球や肝臓の数値も見てきてこちらは驚くほどいい数値になってきていたので、総合的に、このままでオーケーだと判断していました。

そして、先週届いたCEAの結果は  3.5。

あまりの低さに、私の結果ではないのでは?と思ってしまうほどで、このところは治る治らないをあまり意識しないで生きていたので、えーーー、嘘ーーーーっと戸惑ってしまいました(笑)。

体重は相変わらずの162センチ42キロ、体力が有り余る方ではないけれど、体内が綺麗に整って来ているのを感じていたので、一人で歩いて来た森の中で「こちらの方向でいいよ」と、矢印の標識に出会ったような気持ちでした。

結果を受けてオハナと話をして、これを機に一度CTスキャンだけでも受けてみようかということになり、最初は自費で検査だけを受けるつもりでしたが、父の友人経由でなぜか今回はとんとんと話が進み、マンモグラフィーや細胞診なし、手術や化学治療をしないという条件を飲んでくださり、CTとCA15ー3の血液検査、エコーだけしてくれる病院とお医者様が見つかりました。

あんなに、検査をして一緒に見てくださる先生を探すのに苦労していたのが嘘ようなトントン拍子ぶりでした(笑)。近いうちに受診して来ます。

そして、びっくりの検査結果から1週間経って色々な感情や気持ちの揺れがおさまり、気持ちもとっても落ち着いてきました。

もちろん、数値が改善したり、がんが縮小している可能性が出て来たり、自分が想定しているよりも地上での時間が長いかもしれない=もっとやれることがあるかもしれないということは、感情的には嬉しいこと。

けれど、実は数値やこのしこりががんであるかどうかは、おいのちさんの前では全く関係ない、意味を持たないことだということ。

今まで通り、おいのちさんが微笑む くらしや生き方、考え方を1つ1つ地道に選択しながら、1日1日をいきていくことには全く変わりはないこと。

それが整理できて、なんだかとても、ホッとしたところに座ることができました。

数値や目に見えることにフォーカスしている時には、ざわざわしてしまったりソワソワしてしまう気持ちも、そうと分かると、なんだかとても安心して、おいのちさんと一緒にふかふかの座布団の上で温かいお茶を飲んでいる心持ちになるのがとても不思議です。

意識の世界や目に見える世界では前に向かって、もしくはどこかに向かって一歩一歩旅をしているのだけれど、おいのちさんの前には、時間も出来事も、喜怒哀楽もふーっと静かに消え去って、ただそこにいるおいのちさんに、にっこりalohaに微笑み返すだけ…

 

この感覚に戻ると、どうしてこんなにゆったりと、にっこりと落ち着くんでしょう。

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おいのちさんの物語の 素敵なイラスト

おりしも、様々な方の無償のご協力により、おいのちさんのWEB絵本や、手作り絵本の製作がもう少しで完成するタイミング。

おいのちさんの物語が手に降りて来て1年。

私が生まれる前から、きっとずっと一緒にいて、そしてこれからも、星の彼方まで旅を一緒にしていくおいのちさんと 微笑みながら一緒にいる今を 味わいながら、大切にしながら、毎日を楽しく、面白がって生きていけたらなと改めて思う夏です。

緑を育てるように

IMG_6803私が大好きな作業で、呼吸が楽になる、ALOHAに戻れる、欠かすことのできないことがあります。

 

それは、植物を育てること。

華やかなお花が咲く花というよりはどちらかというと緑が多い、「雑草」と言われてしまうような草花や観葉植物を育てるのが大好きです。
亡くなった大好きな祖母も、母も大の花好き。

若い頃はそこまでハマると正直思っていませんでしたが、20代からぼちぼち植木を育て始め、今はないと落ち着かないくらい好きな作業です。

小さくてもいいから、ちょっとしたハーブや野菜を植えられる自分の地植えのガーデンを持てたら、と言うのが夢です。

グリーンフィンガーと呼ばれるほどとっても上手ではないけれど、室内外の植物に触れることは、料理、ロミロミの仕事、動物や赤ちゃんに触れるのと同じくらいの喜びです。IMG_6800

最近、気づいたことがあります。
それは、大きな抜本的な変化よりも、ほんのちょっとの工夫が、実は大切だったりするということ。

例えば、弱ってきているなと思ったとき、肥料を入れたり、土を変えたり、植木鉢を変えたりしてしまいがち。若い頃はそんな風にして、劇的に生き返らせることもあれば、逆に枯らしてしまうこともありました。

けれど、
ほんの少しだけ 日陰にしてみる
逆に日の当たる場所にしてみる
ほんの少し 風が通るように鉢と鉢を離す
ほんの少しだけ 支えを添える
ほんの少しだけ 土を足す
ほんの少しだけ 上の方の枝を切ってみる。
時にはほんの少しむきをかえたりするだけでも元気になることがあり、驚きます。

その方が逆に、確実に着実に蘇ったり、また花を咲かせたりしてくれます。

IMG_6802鉢を変える、土を劇的に変える、などの大手術/大改革は草花にとってもとてもストレスなので、それは元気な時にやってあげるのが理想。人間と同じです。

そんなことを考えながら植木いじりをしていて、自分にもこんな風に接して、自分も夢も育ててあげたいなと思いました。

自分にないものをなんとか持ってこようとしたり
足したり削ぎ落とそうとしたり、
考え方やくらしを大きく変えようとしたりするのではなく

ほんの少し 風通しを良くする
ほんの少し 人の手を借りてみる
ほんの少し 自分にALOHAを注いでみる
ほんの少し 手綱を緩めてみる
ほんの少し できることから、くらしに何かを足してみる / 引いてみる

草花をあつかうような繊細さと根気強さと優しさで
自分と夢を ALOHAの心を
死ぬ直前まで育て続けて向こうにできるだけピカピカのまま持っていきたいなと思う今日この頃です。

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食べ物考 食べ方考

IMG_6506久しぶりの食べ物考 食べ方考です。

相変わらずの野菜中心生活ですが、少し変わったことがあります。

一つは、乳がんと分かってから頑なに守って来た毎日玄米生活から、雑穀米に変えたこと。

理由は、もうそろそろ腸もきれいになって来たなぁと感じたのと、玄米の消化疲れでどうしても体重が増えないことです。

元々、虚の体質の私は玄米を食べるといつも下痢をしてしまっていました。それでも炊き方などを色々工夫して玄米生活を続けて来ましたが、このところ「もういいよー」のサインを感じ取り、雑穀米にしています。

消化疲れが劇的に減りました。そして、玄米をやめても相変わらず快適なお通じぶりです。玄米は、腸のクリーニングに必要な時に時々いただきます。

そして、もう一つの変化は腹八分目で満足できるようになったこと。

心の隙間を埋めるかのように、またストレスをここで解消とばかりに、若い頃から周りに驚かれるほどの大食漢でした。

野菜中心に変えてからも、やはりもりもりと野菜を食べ、腹ペコ青虫のようでした。

けれどこの数ヶ月は、1日1.5食から2食の腹八分目で充分満足できるようになってきています。

平日は午前11時前後にランチで、18時前後に夕食。

ランチで満足した日の夜は、果物や豆乳ミルクティーだけということもあります。それでも満たされます。

飲み物は血圧を調整してくれるラフマ茶と言うお茶が大のお気に入り。小田原のオハナのAさんに頂いてから、すっかりハマってしまい、食事の間はお白湯と交互に飲んでいます。

寝る前は胃の消化が大分落ち着き、軽く小腹が空いている状態で寝ます。すると朝がとても楽で、日中も身体がとても軽いのです^_^

以前のように疲れて顔が黒くなったり青くなったりすることも少なくなりました。

おやつが食べたいなぁと思う時は、ナッツやプルーンを少々、はみはみ。

週末はオハナと外食を楽しむときもありますが、基本は家ごはんの毎日です。

生物学的には、私たち動物の遠い遠い祖先は元々は一本の消化管が備わっているだけでそれがデフォルトだったのが、いつしか随所をぐにゃっと曲げて様々な「ため込む」場所=臓器を発達させてきました。

私の大尊敬する心の師匠、解剖学者の故三木茂夫先生の本には、その過程が生き生きとダイナミックに綴られています。(次回はこの話を詳しく(๑˃̵ᴗ˂̵))

溜める場所に、必要以上に「溜め込む」ことで様々な不具合や病気を生じると先生は言いますが、全く同感です。

そこには溜め込まずにいられない心理、気持ちが必ずあります。

IMG_6508.JPG自分の中のその心理と向き合い、内省し、手放してきたこの2年間でしたが、溜め込まずにいられる食べ方ができるようになったのは、その成果かなと感じています。

オーガニックの野菜中心、時々お魚(白身か青み。一物全体のジャコがメイン)をいただき、海藻やキノコを美味しく、雑穀で、自然食(化学調味料不使用)で、1日1.5から2食、軽い空腹感で眠る。

そんな毎日を過ごしています。

そして、とても 快調です♪

生きる力

IMG_6298このところ、様々な出来事が重なり、私の中にいま体験したことのない、いのちの力強さが目覚めつつあります。

それを支えている根本的な確信は

私の身体は、私だけが癒せるもの。その本当の力を湧き上がらせられるのは、私しかいないこと。

いのちのオーソリティーは私だけにあるものだと言うこと、それを誰かに預けたりしてはいけないこと。

自分にない考え方や地図の読み方を教えて貰ったり、励ましやアシストしてもらうことはあっても、自分のいのちのことは自分自身にしかできないこと。

IMG_6300もっと静かに耳を傾けて。

力まず自然に導かれる方へ。

私の中の自然、おいのちさんを、おいのちさんのみを、頼り切ってみよう。

私にも できる。私には できる。

そんな風に、今まで出来ていたようで出来ていなかった覚悟を決めたら、心がしんと鎮まり、身体に静寂なる力強い何かが湧き上がりました。IMG_6299

とても不思議な、今までに感じたことのない力強さです。

私には生きているうちにしたいことができました。

それは

私のこの感受性を翼に、優雅に、alohaのリズムで羽ばたいて、飛行すること。

人生とのタンゴを、うっとりしながら踊り明かすこと。

その日は明日かもしれないし、何十年後かも知れません。

それまでは、道半ばでくたばるわけには参りません^_−☆

♪私たち これから いいところ

朝から、はなちゃん相手にピンクレディを口ずさみながら、自分の中に生まれつつある力強さを、楽しみながら育てている今日この頃です。

 

これも また 佳し

このところ、私の身体も心も柔らかく穏やかにしてくれ、風通しを良くしている口癖があります。

「これも また 佳し」

こだわりが強く、完璧主義なところや潔癖な傾向があり、30代以降はそれを人に見せたくない気持ちも潔癖に強くなったため(笑)、水面下で文字通り必死に漕ぎ続ける瀕死の白鳥のようなところがありました。

そんな私の心と身体を、ふわーっと、ホワホワとゆるめてくれるのが、この口癖。

朝から体調やテンションが上がらなくても、「これも また 佳し」。IMG_6158

思いがけない予定変更も「これも また 佳し」。

自分の思い描いた結果にならなくても「これも また 佳し」。

自分と違う価値観を持つ人の話も「それも また 佳し」。

すると、全身の力みが抜けていきます。呼吸が楽になり、お腹の緊張が取れていきます。

すると、閉まりかけた扉がまた開いて、すーっと風が通るだけでなく、他にもたくさんの扉が開けられるのを待っている風景が見えてくるから不思議です。

乳がんにならなければ、出会えなかった柔らかい心、爽やかな風が通る自分、新しい風景。

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これも また 佳き哉。

この先の人生の、佳きお供になってくれそうな口癖のおかげで、今日も心身ともゆったり、ふわっと軽い一日です。