褌をゆるめていこう

もう一度

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

おいのちさんと同じ顔(^_^)をして

歩いていこう。

シコリんのことも

生きることも

夢も

全部全部…

褌をゆるめて

眉間をゆるめて

一つ戻って やり直そう*

 

ほーら

幸運が ニコニコとドアをノックしに

やってきました。

怒りの解放とゆるしと

img_4840このところ、長年自分の中に溜めてきた怒りと向き合って解放するきっかけが色々やってきて、解放が進んでます。

不思議なもので、いえ、もしかして当然のことかもしれませんが、抑えてきた怒りをきちんと意識に上げて、時にシリアスに、時にユーモアと茶目っ気ならぬ魔女っ気たっぷりに解放する作業が進むほどに、本当のゆるしの気持ちが同時発生的に湧き上がってきます。

不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす
不完全な自分自身をゆるす
不完全な他者をゆるす…

インフィニティの8の字を描くように繰り返していくうちに、心と体もゆるんで気持ち良くまどろんできます。

この作業が一通り終わる頃には、ガチガチに硬い背中も腎臓も、緩んでくるのでしょうか。

逆に緩み始めたから解放が起きているのでしょうか。

いずれにしても、とても心身が安心し、バランスがとれて力強い私になっていくのはとても愉快です。

しばらくはこの解放の日々を味わいたいと思います。

 

いつも いつでも おいのちさんに身を預けて…

img_4954関東地方は予報通り雪になりましたね。

2時過ぎに止んだ雪の上にかかる夕陽がなんとも幻想的です。

そんな中、昨日のタンゴレッスンでの先生の言葉を一日中反芻していました(笑)

足の動きも、ステップもだいぶ覚えてきて形にはなってきましたが、どうしてもパートナーへの体重の預け方や手の預け方が苦手です。

そんな私に向けた、先生の踊りながらの指導。

「グラシエラ(私のスペイン名(笑))は、もっともっと、いつもいつも男性に寄りかかって体重をかけて踊ってください。

必要な時にだけ遠慮がちに体重をかける、ではなくて、いつもいつも寄りかかっていい、何故なら、それによって相手も支えられてるんだから、そんな意識をもっと持って欲しい。

だって女性が身を預けなかったら男性も預けられないんだから。img_4957

いつも寄りかかりあっていい、いつも預けあっていい。

その中で、いつかお互い心地いい圧やバランスを、少しずつ学んでいくんです」

むーーーー( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )( ˘ω˘ )…深い

そしてこれはタンゴや男女のことだけでなく、人生のスタンス、おいのちさんとのダンスにも、全く当てはまりそうです。

頼るのが苦手。できるだけ一人で。甘えることは恥ずかしいこと。

元々独立心が強いこともありますが、体重を預けたのに外されて傷を負う…そんな体験を繰り返す中で、気付けばピンと一人で立つことや、なんでも一人で頑張る方が得意になっていて、まだまだその傾向は強いです。

でも、それではおいのちさんともダンスを踊れません。

img_4956人間は、素晴らしい希望を抱き、どこまでも深い優しさを持ち、創造的で美しい心を育むことができる利他的な面を持つ判明、自分勝手で、人のことなど心配したり構ってなどいられず、自分の利益を追い求める利己的な面も併せ持っています。

でも、私を生かし、大きな力で守り、常に最善に私を置いてくれているおいのちさんなのだから、おいのちさんには、もっともっと身を預けていいはずです。

もっともっと、自分のおいのちさんとのダンスが上手くなる中で、きっと他の人とも、「意識の部分」ではなく、「その人のおいのちさん」と手と手を取り合って、もっと身を預け合い、お互い綺麗に踊れるダンスができるはず(^-^)

先生の何気ない一言から、私の中でここまで話が広がっているとは先生も夢にも思っていないと思いますが(笑)、いいヒントをいただきました。

おいのちさんにいつもいつでも身を預けるダンス。

今日からまたshall we dance? で参ります!

スーパームーンin沖縄で

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今回のスーパームーンは私の宝島沖縄で、大好きなオハナ達と一緒に迎えました。

沖縄のハーブやぬちぐすいを使って、ガンがある人もそうでない人も、おいのちさんと繋がって元気に生きたい人みんなが、美味しくピカピカになる食のプロジェクト、そして、産前産後ケアユーファイin沖縄プロジェクト。

その種まきとお知恵を借りに行った今回の沖縄では、最強の運の持ち主の親友のおかげか、あり得ないほど素敵な出会いをいただき、ご縁をいただき、流れをいただきました。

感謝でいっぱいです。

そんな中で手放すと決めたことは…

おいのちさんの大きな流れを塞きとめる 自分の中の小さな心達です。

心配、不安、自己不信、見栄、恥ずかしがり、謙遜、自己批判…などなど。img_4884

そんな小さい子達を、笹舟に乗せてお月様の光の川に次々に流すイメージで手を振りました。

スーパームーンの近くにぐぐっと近づいた飛行機の中で、どこからともなく聴こえたメッセージは

「計らいごとをせず、ただただ身も心も朗らかに美しくおいのちさんと踊ってるだけで大丈夫。そうすれば全てが羽包まれ、花が咲き、実りとなり、いつか自らも花として光に還る日を迎えられるから。」

安心して進みます。

 

追記

一緒に行った友人がこんなblogを書いてくれていました。もうすぐ彼女のblogはリニューアルするので、ここに転記させてもらいました(๑>◡<๑)本当にありがとう!

………………
この旅は
30年来の親友の新しいスタートに同行した旅でした
親友の新しいスタート
それは
彼女がガンであるという人生を
彼女の表現で
彼女のステップで
たくさんの素晴らしい愛の人たちと
素敵なダンスを踊りながら
生きていくこと
私はその準備の旅に一緒に行きたい!
シンプルにそう感じ、同行したのでした
でも、気がつけば私も新しいスタートに☆

親友のおかげさまで
新しい人
新しい景色
そして
新しい私に出会いました
インスピレーションあり、出会いあり
再会あり、共感あり
疑問あり、感動あり
大合唱あり(笑)
この旅が私にくれたものは
計り知れないけれど
一番の宝ものは
「ここでなら治る!」
と言った親友の一言

うん!私もそう思う!!
それを実感できた

素晴らしい旅でした♫
どうもありがとうね!
さあ、もう新たなステージは始まってるわよ〜!
アクションッ♫

3をとばして 次の問題へ

img_4646小学生の時、算数で10点台を取ったことがあります。もちろん100点満点中で。

理由はただ1つ。

3問目が解けなかったから(。-_-。)

そこで色々疑問が生じてしまい、そこでフリーズして考え始めてしまい、気づいたらタイムアウト。

そこを飛ばして先に行く、など考えられない子でした。

それ以来先生に何度も何度も、わからない問題は飛ばして、わかるところから解いて、最後までとにかく解く、それから戻るんだぞと言われ続けましたが、その癖は未だに治っていないことに最近気づかされてます。

分からないことがあるとずーーーーーっと考え続けています。追求します。それが当たり前で癖で、どこか趣味ですらあります(。-_-。)

けれど、それでは解けないこともたくさんたくさんあることに、ようやく気付き始めた今日この頃。

特に何かを生み出す、創る、デザインする、目に見えるものの陰にある真実を見る時には、探し続け、追求するマインドは必要なものの、1から3を繰り返しやり直すことや3を考え続けることは非生産的で、流れや閃きを塞きとめる大きな石になることがありす。

直ぐに軽く飛ばして4へ。10から解く。もしくはいきなり36から。目に飛び込んできた問題から。時には違う科目に手を出して、また戻ってみたり。

朝起きてからいつも繰り返される思考のルーティン…1から考え、積み上げ、練り上げる思考のシステムを書き変えてみる必要がありそうです。

小学生の算数の躓きに さようならするぞ!

ようやく(何年越し?汗)、先に進みます。

関係性を デザインしていいって知ってました?

IMG_4275.JPG長い長い間、デザインはいわゆるプロダクトデザイナーや設計に携わる人など、ものづくりに携わる特別な人のものだと思っていました。

流行りの「デザイン思考」と言う思考体系となると、どこかの企業の開発担当者やコンサルタントなどが製品をより売れるようにするためのテクニカルなものだと思っていました。

けれど最近、デザインとは私たち一人一人が、個々人の生きた日常を(ひいてはそこから波紋が広がり社会全体を)心地よく豊かに営むためにこそ使うものだと気づいて、私の中で大フィーバーしてます(笑)。

「人に振り回されずに自分の尺度で生きる」とか、「人との適切な距離感を取ると楽に生きられる」とか、「人との境界線を自分でしっかり決める」など、人との関係性や周りの事象との付き合い方についての心理学や社会学などの本の文言や人から様々なアドバイスをいただいたりしていました。

けれど、残念なことにしっくりくるものもやり方も見つからず、女性特有なのか私の癖なのかわかりませんが、内外から次々に「やってくる」ものに、コンマ何秒か遅れて「反応」する、レシーブする、対処する、やり過ごすというやり方しか私の回路にはなかった気がします。

シコリんこと乳がんに関しても、自分が作ったものと自覚して受け入れて「対処」はしているものの、やはりそれはやってきたものに対しての「反応」でしかなかったように思います。

ここに来て、自分自身の手で、周りの人やもの・こと・現象に対して、その「関係性をデザインしていい」こと、そして刻々と変わるその関係性を、いつでも何度でもその変化を観ながらデザインし直していいことを知り

「なんですと(//∇//)!?それならそうと早く言ってくださいよーo(・x・)/!!!」

小躍りしたり、何かにひとしきりブーイングを入れてみたりしています。

関係性をデザインするには、様々な角度から「観る」ことが必要のようです。

今をときめく国際的に活動しているデザイナー佐藤オオキさんの言うように、真正面からだけではなく、裏側から、視点のフォーカスをあえて緩めてぼんやりと、時には真逆から、そして敢えて点のみを観てみたり。

また、時には、天才的星読みの石井ゆかりさんによる今月の蟹座の占いにあるように、なんでも自己フィードバックするような主観的な姿勢から、対象物をありのままに無評価で観ることで生まれる、「本当の対峙姿勢」をとって。

観る、観る、観る、ちょっと休んで、視点を変えて、ぼやかして、フォーカスして、ひっくり返してまた観る…

そこに、自分の好みや味つけ、工夫が加わり、その対象物との関係性をデザインしていくと言う機会が、封建制度・身分制度がなく、法律で一人一人の権利が守られ、世界的に見たら余裕のある国であるこの21世紀の日本では私たち一人一人の目の前に置かれているようです。

ならば!デザインしてみよう ホトトギス♪

と言うか、しない手はありません。

そして、ちょっと飛躍しすぎに感じられるかもしれませんが、つぼみ的には、シコリんこと乳がんとの関係性すら、実はデザインしていいものだと感じています。

西洋医学、東洋医学、スピリチュアル的な見方、シコリんのメッセージに耳を傾けるところからまず一歩進んで、今日は私がシコリんそのものになって、つぼみという人を観てみることから始めたいと思います。