生きることへの情熱

IMG_7045久しぶりに「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」と言うドキュメンタリーを見ました。

往年のアルゼンチンタンゴの演奏者や歌手のマエストロ達のインタビューを交えながら、黄金時代のタンゴの歴史的なコンサートに向けた練習風景と演奏の収録の様子を追うドキュメンタリーです。

御歳70歳〜80歳(以上の方も!)のマエストロ達の、何十年も演奏して来た節ばった指が奏でる神業の演奏や、人生の悲喜こもごもを見事に歌い上げる歌声。

その素晴らしさはもとより、タンゴへの情熱や、歴史や人生を語るマエストロ達の姿勢に、改めて打たれました。

そこにあるのは

「生きることへの情熱」。

それは「死なないために生きる」でも「何かを達成するために生きる」でも、「生に執着する」でもなく、生きていることへの情熱と、人生への礼賛です。

「死なないために生きる」

「何かを達成するために生きる」

「生に執着して生きる」

そして

「生きることへの情熱を持って生きる」

どの生き方にも優劣や正解はないけれど、それぞれ全く似て非なるもの。

平坦とは程遠い壮絶であったはずの人生を、茶目っ気たっぷりに、なんでもないことのように笑顔で話すマエストロ達の目には、しかし、未だ燃え盛る情熱の灯が宿っています。

そんなマエストロ達が奏でて来た音楽でリズムで、情熱のエネルギーだからこそ、こんなに惹かれるのかと、改めて実感。

IMG_7046そして、胸の奥から後から後から溢れてくるような、強い憧れを抱きました。

彼らの演奏を聴きながら、生きることそのものへの情熱を持って、一日一日を、味わい深く生きて生きたいと心から思いました。

努力しないで精一杯

image

「努力しないであなたの歩幅で精一杯」

私の習っているタンゴレアルアカデミーの先生、フアン先生の口癖です。

前後左右に進む時も、回る時も、どんなステップも、自分の肩幅程度の一定の歩幅を守り続けることがステップの基本で、それが出来て初めての人と綺麗に踊れます。

努力しないで、とは、無理しないで、のニュアンスに近いのですが、この「努力しないで精一杯の歩幅」がやってみると本当に難しいのです。(相手が始めたばかりの緊張した男性だったりすると、ついつい相手が恥ずかしくないように歩幅を合わせてしまうのが日本人女性の特徴だとか(笑)。奥ゆかしいですなぁ(*^^*))

身体の使い方や動かし方は、その人の生き方や生きる姿勢、人との接し方に全部繋がっているので、先生方からの注意には、ハッとさせられるもの、考えさせられるものが多いです。

生来の御節介でお世話好きの私は、ついついなんでもtoo muchになってしまうことが多々あり、特に相手が苦しんでいたり、助けを求められると、毎回自分でも苦笑するほど同じパターンでtoo muchに前のめって努力してしまいます(笑)。そして自分がバテバテになってから気づくという事がよくあり、これは保育士をしていた20代の頃からの課題です。

その私には「努力(できる以上のこと)をしないで、でも自分の精一杯の歩幅」を守って踊り続けると言うイメージは、とてもいいヒントになりそうです。

私が住んでいる国分寺には、カフェスローと言う、老舗の環境や平和の情報発信カフェがあります。その仕掛け人の一人、辻信一さんか紹介する、アンデスの民話のハチドリの物語があります。

「森火事に一滴ずつ水を運ぶハチドリに対して、森から逃げた動物たちは「そんなことして何になるのだ」と笑います。ハチドリは「私は、私にできることをしているだけ」と答えました……。」

環境系の活動や平和活動をしている人たちの間で合言葉のように使われるお話なのですが、実は身近で大切なohanaたちとの関係、ohanaが困っている時に何が出来るかを考える際にも、そんなシーンでこそ、実はとても参考にしたいお話なのだなあと思います。

心にハチドリを、そして、身体はアルゼンチンタンゴの歩幅練習を重ねて、ohana達にalohaで出来ることをしよう。そんな風に思う今日この頃です(*^^*)

チェ、タンゴ(ねえ、タンゴ)

imageタンゴを始めたきっかけは、友人から借りた小松亮太さんのCDでした。

タンゴ界の革命児アストラ・ピアソラの曲から、伝統的なタンゴ、モダンなタンゴを織り混ぜた魅力溢れるオモチャ箱のようなアルバム「ラ・トランペーラ(噓つき女)」にノックアウトされてしまい、以来タンゴに魅せられ続けています。

コンサートやライブにも度々足を運んでいるのですが、昨日催された江古田にあるライブハウスでの小松亮太さんとギターのレオナルドブラーボさん、コントラバスの田中伸司さん、近藤久美子さんのバイオリンによるコラボは、それぞれの演奏も、皆さんの息の合いっぷりも抜群に素晴らしく、すっかりハートを持っていかれてしまいました(笑)。

image
小松さんとブラーボさん

タンゴを聴いていると様々な情景がその時の情熱や想いと共に、鮮やかに切なく湧き上がってきます。

今までの人生の軌跡、出会った風景やたくさんの人々、様々な出来事、出会いと別れ、胸がうち震えるくらいの喜びも、身悶えするほどの苦しみや悲しみの日々も、目がくらむようなビビッドな色彩をもって走馬灯のように浮かんでは消えていきます。

そして、同時に胸の奥にしまってあるはずの何かが、ふつふつと再び動き出します。

もっと自分の中に眠る何かを解き放って、目指した世界・夢見た世界で激しく生きたはずの人生…

もっと色々なところや見知らぬ国に旅をして、様々な風景や人びとに胸を震わせていたはずの人生…

ここではないどこかで、誰にも縛られずに、もっと自由闊達に風のように生きているはずの人生…

もう一つのあの道を選んだ私
あの角を曲がった私は
今どこで何をしているんだろう。

 

甘く切なく、情熱的なバンドネオンの音色とタンゴ独特の旋律が、どこかでこぼれ落ちた願望や叶わなかった夢のかけらを呼び起こし、それらが胸を痛いくらい鷲掴みにします。

でも…
それでも…
今、この私で、ここにいるのは、この街が、人々の小さな毎日の営みが、大切な人々の悲喜こもごもが、どうしようもなく愛おしいからです。

人生の終わりといつもどこかで鬼ごっこ、かくれんぼ、にらめっこをしながら、人々とのしがらみの中で矛盾だらけの毎日を、この街の季節の中で生きることが愛おしいからです。

でも、チエ、タンゴ(ねえ、タンゴ)。
今はもう少しだけ、1秒でも長く、この甘く切なくほろ苦い夢のかけらとダンスをさせて欲しい。彼らが踊りながらどこかの、誰かの夢になって自分の前から消えてしまうまで。
でも、想い出やほんの少しの未練だけは残しておいて欲しい。また生まれてきた時にこの続きができるように。(チエタンゴの陽気な音色はコチラ)

そんな郷愁と哀愁を、どこか陽気に、そしてすまし顔で包み込んでしまうタンゴの音色にそれぞれの想いを抱えながら、会場は静かに、そして熱く盛り上がっていました。

ワインも飲んでないのにすっかり酔いが回ってしまう、幸せライブでした。

人生タンゴを踊りたーい♪

image
ご年配ほど素敵になっていきます

これをしなきゃ死ねないリストにずっと入っていたアルゼンチンタンゴレッスン。そのアルゼンチンタンゴを習い始めてから、丸一年が過ぎました。

以前もご紹介しましたが、アルゼンチンタンゴの世界は本当に深くて、男女とも自分の在り方がそのまま表現されるダンスだなと思います。

男性のステップは、女性のエスコートを一番に考えながら、方向・ステップなどを即興で決めて、曲に合わせてリードすること。女性の歩幅を守り、女性が一番美しく見えるようにリードすることが要になります。

女性のステップは、手と背中から伝わる男性のリードを感じて、自分の歩幅を守りながら、一歩一歩美しく踊ること。男性のリードがわかりにくかったら動かない、リードがないときは足を揃えて次のリードまで止まって待つ、そのレジリアントさ、余裕が美しく踊るコツです。

やってみると、とてもとてもとても難しいのです(涙.涙)

特に、日本人女性は相手の要求を先読みしてあげるのが得意で文化的に美徳でもあるので、リードが来たら直ぐに反応して動こうとしたり、男性のリードがわかりにくくても察してフォローしてあげようとしてしまいます。

相手のリードを察するより、自分の歩幅を守る。待つ。
時には遊び心として飾りを入れながら、鷹揚に構えていることが女性のステップを美しく見せます。

西洋の様々なダンスと南米の文化を反映しているアルゼンチンタンゴは、成熟した大人のダンスだなあとつくづく感じます。

今週も順調に先生にからの指導が入るつぼみ。

特に指導されるのは、手にいつもいつも力が入っていること。

ペアダンスのため、上半身は相手に常に向き合って動かさず、組んだ手の抵抗力、反発力で下半身が動く・回ると言うのがセオリーなのですが、「上半身を動かさない」のと「力を入れて固めること」は違うと先生は言います。

常に力を入れて「待ち構える」のではなく、相手からのリード=押す、引くなどの力が加わるまでは「柔らかく待つ」、相手の力が加わったらその力を作用として利用して動くことを体得する。

image
日本人には出せない色気

そのために、どんなリードが来てもいいように、ステップを身体に覚えさせるための自主練をたくさんたくさんする…。

ごもっとも(u_u)

武術やどんなスポーツでも、きっとこのセオリーは通じるものがあると思いますが、自分の思い通りに動くのではなく、相手とのペアで踊るコツは、そのまま人生と踊るコツだなと、またまた改めて実感するのであります。

カチカチに力で固めるのではなく
柔らかく形を保つ

待ち構えるのではなく
自分のペースを保ちつつゆったり待つ

その余裕を生むために出来ることをコツコツ積み重ねる
先生達の華麗なる踊りを観ながら、人生とも華麗なるタンゴを踊れる日を夢見てとりあえず自主練に励みむつぼみです。