私の 「がん考」

乳がんであることをオープンにしているため、友人の友人の、または友人の家族のがんの相談に乗ることがよくあります。

ご本人の場合は、化学療法を受けるのか受けないのか、手術をするのかしないのか、温存するのかしないのか、自然療法とどうバランスをとるのか、といった具体的な話がメインです。

ご家族の場合は、本人の意思をどう見守り、どこまで介入していいのか、今やっていること以外にどんな選択肢があるのか、そして、それを勧めるべきなのかといった、見守る方のメンタル面でのご相談が多い気がします。

私自身はご存知のように、5センチ以上の、進行性だけれども進行が比較的遅い乳がんが左胸にあります。

痩せ型でアレルギー体質で排毒が苦手な体質なのと、子供の頃から膀胱炎や腎盂腎炎をくりかえす度に飲んできた大量の抗生物質、アレルギー鼻炎と喘息のための強めの吸入などをしてきたので、これ以上身体に薬をいれたくないと感じて、食事療法と温熱療法、そして野口整体による体質改善、生き方改善をして行く道を自然に選びました。

よく言われるのは、「自然療法と一本という選択肢をよく選べましたね」「不安ではなかったのですか」「切除するだけ切除するという選択肢はなかったのですか」「どうしてそんなにストイックにできるのですか」。

2年前の春に、「乳がんです、抗がん剤全クールやって小さくなってから全摘しないとだめです。自然療法なんてやったら、あなた死にますよ」とお医者様に言われた日は、本当によく晴れた日でした。

帰りがけに野口整体の先生に相談して深呼吸。その後は一人で考えようと横浜のホテルをとりました。

チェックインして一寝入りして、目覚めてシャワーを浴びた時には、自然療法一本で行くこと、生き方をもっと自然なものに戻していくこと、その中で治るものなら治るし、治らなかったとしても生きているうちにいのちのことを学ぼう、と心には迷いはありませんでした。

「正しいことが誰一人分からない」のが、現在のガン事情です。

誰にも分からない正解のないことに、自分の力で一つ一つ自分に合うかどうかを確認しながら選択し、それに自分を賭けていくしかありません。私たちの遠い祖先がそうやってサバンナや様々な過酷な環境下で生き延びてきたように。

私と同じ頃に乳がんが見つかり、同じように自然療法一本で 乳がんと向き合っていたりんりんは、昨年7月に天国に帰って行きました。三朝温泉で知り合い、以来電話やメールで励ましあって来たTさんは、化学療法とありとあらゆる自然療法を駆使して闘病して6年目の、昨年5月に天国に帰って行きました。

私も、今は免疫力がじわじわ上がり、体温を三十七度にキープして左胸のシコリんと共存していますが、それが正解かどうかは誰にもわかりません。

なので、化学療法を肯定も否定もしていないし、食事療法などの自然療法が万人に効果を発揮するかも分かりません。

アドバイスというものはないし、出来ないと言った方が正しいのだと思います。

私が今生かされているのは、自然療法のおかげではなく、おいのちさん、と私が呼んでいる大きないのちの流れ(もののけ姫にでてくるシシガミ様のようなもの)が、私を生かすと決めているからかもしれません。

そんな私が、同じ病気の方にたった一つだけエールを送れるとしたらimg_0159

「たくさんの、あり溢れるほどの情報の中で、自分がいいと思うものを見つけて、身体のOKを感じて選択したなら、あとはできるだけ疑わず、できるだけリラックスしてそれをありがたく受けること。3ヶ月単位で続けてみて身体と相談して進めること」

ということだけです。

21世紀のこれだけ科学が進んでいる中で、アトピーやがん、難病のシステムや療法が解明できないことはとても不思議です。

でも、私には、これは「命というものの仕組みは、紋切り型の見方や数値やデータでは理解できない」ことを伝えている、遺伝子からの人類へのメッセージのような気がしてなりません。

紋切り型の見方や理解では太刀打ちできず、可哀想な動物たちの身体や細胞を切り刻んで実験しても見えて来ない、いのちの世界の深淵な仕組みがあるならば、今の時点では、私たちが知性と感覚を総動員して、自分がYESと思えるものを選択するしかないこと、そして、その力が私たちに備わっていることを、遺伝子が教えてくれている気がします。

お一人お一人が、ご自分にとって一番いいと思える選択ができますように。

そして、その選択を信じて、いのちの力が湧いてくるようなイメージをしてがんと向き合っていけますように。心から願っています。

 

 

 

久々の 食べ物 食べ方考

imageベジタリアン食、ほぼ玄米菜食を実践して一年間と2カ月が経ちます。

乳がんの診断を受けてからの食事の変遷を軽く大雑把に振り返ると、ゲルソン療法2カ月、完全に塩抜きで人参ジュース、野菜生活→自然調味料に戻しての玄米菜食を1日3食→1日2食にして月に数回身体が欲した時にお魚やささみを少し…でいただいてきました。

感覚的には、昨年の秋冬まではとにかく人参ジュースが美味しくて、生野菜が食べたくて、1日2回から3回人参ジュースを飲み、生野菜を腹ペコ青虫のように食べて周囲を驚かせました。マクロビ的には生野菜を冬に食べるなんて!でしょうが、とにかく身体が欲していました。

年明けくらいからは食べる量そのものが落ち着き、1日1食から2食、今までの量の7割くらいで充分満足するようになり、生野菜や人参ジュースをあまり身体が欲しがらなくなりました。

何かがリセットされ、バランスが取れてきたのを感じました。また体重も減り止まり、逆に増え始めていきました。

そして同時に、身体が本当に食べたいものが分かるようになって来ました。その多くはやはり旬のもので、気がすむまで食べると自然と欲しくなくなるのでした。

そして、旬のもの以外の基準は、手に取った時に胃の入り口がふわっと開くような感覚がするもの。それが基準の全てでした。

この春から夏までの間は、玄米と納豆がとてもとても食べたくなり、玄米と納豆がいつも冷蔵庫と冷凍庫にストックしてありました。そして、鶏肉を月に数回ほんの少し食べるととても調子が上がりました。image

そして、夏には玄米よりも雑穀米と蕎麦が食べたくなり、玄米と雑穀米と蕎麦をローテーションしたりしていました。魚は月に数回、食べすぎない程度に口にすると元気がみなぎりました。(夏バテしてふらふらだった時にサービスエリアでいただいた鮎の塩焼きで生き返ったことが忘れられません!鮎さま、ありがとう)

そして、秋に入った今は、炭水化物や魚などをあまり欲しない身体になっています。リンゴとブルーベリー、レモンや柚子などの柑橘類と、ちょっと火を通した野菜・豆がパーフェクト!それ以外のものを食べるととてもだるくなり、頭が働かずやる気が起きないのです。

と、こんな風な身体の変化を見ると、西洋的な栄養学はもちろん、○○式食事法、××療法、△△主義、陰陽五行と言った様々な療法、考え方に「則った」食べ方に?が付きます。

研究者肌なので、ありとあらゆる情報を集め、吟味しましたが(笑)、それぞれの人がそれぞれの学説、主義主張を展開し、その何パーセントかは完全にビジネスの流れとリンクしていたりします。

そのどれもが正しいように思えますし、理論的には納得がいきます。

けれど、やはり、理論よりも、個々の身体が中心、身体の感覚が何より正解を知っているような気がします。理論は、きっとその感覚の後付け程度のものなのかもしれません。

私達が身体にできることは、理論に合わせて食べるのではなく、感覚を研ぎ澄ませていくこと、感覚を信じる心の筋トレ、そしてトライアンドエラーをしながらも、身体と脳と舌のコミュニケーションを密にしていくネットワーク作りなのかもしれません。

そんなことをつらつら思う、乳がん2年目の秋です。

寿命をいきる シンプルにいきる

img_399274になる父が「お前を最後まできちんと見届けるまで、あと10年はがんばらなくちゃな」。

んまあ!父よ。私がそんなに短いと思っているのか、それとも父は(私が平均寿命まで生きるとして)どれだけ自分を長寿だと思っているのか.いずれにしてもおめでたい、いや、ありがたいお心ですぞ☆、と思わず内心笑いながら、ふと気づいたことがあります。

それはおいのちさんと出会って1ヶ月以上たったこの頃は、自分の寿命を考えなくなっていることです。

以前は5年生きられたらいいなと思っていました。

5センチ以上の乳がんで、がん細胞が血管も作っている進行性、痛みも浸出液も出ていて…お医者さんには行っていないため余命宣告を受けたわけではないのですが、心のどこかでなんとなく5年生きられたらいいな、10年生きられたらもうけもの!でもとにかく1日1日を大切に生きよう、毎食を自分へのご褒美だと思って作ろう、我が人生に食い残しなし(笑)で生きよう。そんなつもりで生きていました。

けれど、おいのちさんと出会ったこの至福の夏を越えて、この頃はあとどれくらい生きられるのかを全く考えずにいる自分に今日改めて気づき驚きました。

慣れてしまったからとか、鈍化したということではなさそうです。

一度がんが進行を始めたらあっという間にその勢いが増していくことを、間近で見続けてきたからです。来年はもしかしたらないかもしれない、その気持ちと覚悟は静かにいつも当たり前のものとして心にあります。

でも、もう一つの当たり前の、おいのちさんのあり方も自然にすっと心に落ちてきました。

それは、来年の今頃のことがわからないのは、がんがある私だけではなく、きっと誰もが平等に同じだということ。

来年の今頃、同じように同じメンバーで笑い合えている保証はないのは誰もが同じなのですが、それをちょっとだけリアルに意識して生きることができるマインドを、シコリんにプレゼントしてもらったなと心から思います。

そのほかにも、いのちについて悲観することもなく過度に期待をすることもなく、同じペースで丁寧に毎日を生きること、目の前の人を大切に生きること、自分自身をありのままに愛して生きること、不安やコントロールできないことはおいのちさんに任せて深呼吸して生きること、そして、楽しくてうっとりすることを空想して生きること。

生きるって、本当にただそれでいい、とてもシンプルなものなんあだなあ、亦嬉しいからずやと虫の音に思う夜です。

「知命」

imageシコリん仲間であり、親友であり、同志であり、ohanaのりんりんの新盆。りんりんのご実家にお邪魔してきました。

初めてお会いするご家族とお話させていただき、初めて知るりんりんの想い。そして、みんなのりんりんへの想い。

ぽっかり空いた穴の大きさと、りんりんを支えたいと言う想いに支えられていた私を思い知りました。

茨木のり子さんの「知命」と言う詩が心に浮かびました。

………………………

「知命 」茨木のり子

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏(はさみ)で切れいと進言するが
肯(がえん)じない
仕方なく手伝う もそもそと
生きているよしみに
こういうのが生きているってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が 添えられたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気がつかせぬほどのさりげなさで

…………………………

たくさんのおいのちさんと繋がり、たくさんのやさしい手を添えられて生きてきたこと、生きていることをじわじわと、かみしめています。

ボーナスポイント&有給休暇

image何百人ものガンを見て、治してきた施術家の先生に言われました。

確かにがん反応やがんの作っている血管の脈動はあるけれど、いわゆるがんらしい手ごたえはなくて、凄い勢いがあるわけではないけれど良性でもない。面白いがんですね。

自分で感じていた通りだったので、先生の感覚や見立てに納得しながら帰宅しました。

そして、その日の夜、不思議な夢を見ました。

おいのちさん なのか、宇宙なのかわかりませんが、誰か、大らかな存在が、私に穏やかで優しい声が語りかける夢でした。

つぼみは、真正面から一生懸命ひたすら課題に取り組んできたので、予定よりも早く今生で学ぶと決めた分量の学びはクリアしました。

今の時間、ここからの時間は、ボーナスポイントで有給休暇。

まだ地球でやりたいこと、楽しいことがあれば残ってやってもいいし、早くあちらでやりたいことやお楽しみを始めてもいいし、つぼみが選んでいいんですよ。

そう、温かい眼差しで語りかけられる夢でした。

まあ!ボーナスポイントで、有給休暇なんて素敵!しかも自分の自由意思で選べるなんて、なんてありがたいこと♪

目覚めてほくほく、ルンルンでした。

ボーナスポイントの人生♪

今生の有給休暇♪

何に使うか、にやにやしながら考えている今日この頃です。

 

 

インドの叡智 恐るべし

image最近、アーユルベーダにぐぐぐくーーーーっっっと電子顕微鏡並みに、寄りすぎな位フォーカスしています(p_-)。

理由は、一つにはこの一年シコリんこと乳がんを通して身体のこと、食のこと、様々な療法や考え方を自分なりに、身体一本で体感しながら深めてきた結果、ようやくその恐るべきインドの智慧、リシ達の叡智の世界観が分かるようになってきたこと。

そして、もう一つはアーユルベーダと言うと、油をたくさん使い、額に油を垂らし、目にギーを入れ、ヘナを頭にもりもり載せて、スパイス料理〜。何より日本のアーユルベーダのサロンや治療は高し〜なイメージが強かったのですが、手に入る文献を読み読み読み読みしているうちに、ん?待てよ?うちで出来るじゃありませんか、と気付いたからです(笑)

まず、良質なセサミオイルあり。オイルマッサージのセラピストあり(私)。オイルマッサージの後のハーブサウナあり。ヨガは元々教室に行くのが苦手なので自分の身体に合うアーサナをすれば良し。料理人あり(私)。image.jpeg

どんだけ自前⁉︎どんだけ自力⁉︎(;^_^A と突っ込みたくなりますが、自分の身体の運転席に座るのは自分と決めたからには、とことん いのちの流れ、勢いを体感、体得してみせようホトトギス。そして、この驚くべき身体ワンダーランド、いのち曼荼羅に、感動していたいのです。

(オタクだ、限りなく…(;´Д`A)

てなわけで…

まず早起きして

分からないながらも文献を見ながらひたすら感じる脈診

→セサミオイルでセルフマッサージ(アビアンガ)

→ハーブサウナを煮立てている間に解毒の為のヨガ

→ハーブサウナ

→シャワー→至福のシバッサナー(b_d)

あやうくこのまま寝てしまいそうなほどです。

そして、食べたい食材をお腹に聞きながらHe himself cooks(神として神である食材を調理して神としていただく) のイメージでアーユルベーダ料理をいただく。

その効果は驚くべきもの!何せ足が軽い、身体が軽い、朝一で驚くべきお通じ(*^_^*)。アーサナ毎に身体の各部位から解毒の匂いがして、慌てて窓を開けることも。

シコリんとバイバイするためと言うより、身体が喜ぶので、気持ちいいので、思わずやってしまうと言った方が正しいかもしれません。

夜寝る前は野口整体の活元をして、その後は爆睡。

どこまで行くんだ、私の身体実験(^^;;7月にはまたプチ断食を入れるので、こりゃこりゃ、驚くほど健康になってしまうなぁ(笑)

ご興味のある方は、是非!!ご一緒に研究して参りましょう*\(^o^)/*

ある女の子とお医者様の物語

imageある青い美しい星に、一人のちょっと風変わりな、ガンコでつむじまがりの女の子が暮らしていました。

ある日女の子は、その星ではとても恐れられている病にかかっていることがわかりました。

お医者様のところにいくと、お医者様は優しい言葉をかけることもなく、女の子の目を覗き込むこともなく言いました。「こんなになるまで、今まで何をしてきたんですか。」

そして、女の子が食べるものを変えたり薬草などを使って治したいとおずおずと伝えると一言言いました。

「そんなことしたら、あなた死にますよ。一刻も早くわたしたちの勧める治療を受けなさい」

女の子は自分の身体に聞いてみましたが、どうしてもそのお医者様の勧める治療は気が進みません。仕方なく、心と身体が綺麗になる食べ物や食べ方、身体が元気になる方法を一人で探し始めました。

友達に相談しに行くと、たいがいの友達は慰め、抱きしめ、励ましてくれましたが、何人かの友人はこう言いいました。

「早く余命を聞いたほうがいいよ」
「そんな恐ろしい状態、私なら生きた心地しないわー。よく耐えられるね」
「そんな食事するくらいなら、私なら死んだほうがマシだな」

女の子は眉間にしわを寄せながら憮然として家に帰りました。image

ある日、中国と言う国の薬を処方してくれるお医者様のところに行きました。お医者様は高い薬を出しながら言いました。「あなたがやっている玄米菜食という食事をしていたら死にますよ。この高い漢方が効きます。地獄の沙汰も金次第なんですよ」

女の子は眉間にしわを寄せて一生懸命かんがえましたが、やはり自分の身体の声に耳を傾けて、自分なりに身体に合うやり方がいい気がして、その方法を探して探して、美味しく作って食べていきました。そして、いつしかその薬もやめました。

ある日ゲルソン療法と言う有名な食事法の、権威のあるお医者様のHPにこう書いてあるのを見ました。

「私の提唱するやり方を正しく実践せず、自己流にやっている人は決して治りません。確実に死にます」

女の子はさらに眉間のしわを深くして悩みましたが、今まで以上に注意深く自分の身体に耳を傾けて、これらがわたしの力になります、ちちんぷいぷいありがとう!とおまじないしながら、いのちが元気になると感じたものを作り続けました。

ある時、免疫と言うものを検査して食事指導してくれるお医者様に出逢いました。

お医者様は言いました。
「玄米なんか食べてたら死ぬよ。肉と魚、そして白米をたくさん食べなさい。」

また、別の食べ物で身体を治す名医と名高いお医者様に会いました。この人こそ、何か教えてくれるかもしれない。

お医者様は言いました。

「肉魚、白米を食べたら、あなたの病気はどんどん悪くなります。ここの食べ物以外を食べている限り、あなたの手に入れた、あなたが自己流で作っている食事を食べれば食べるほどあなたの病気はどんどん悪くなります。」

ついに女の子は三匹の子豚の家を吹き飛ばしてしまうくらい大きくため息をつき、地面に首がくっつついてしまうくらい首をかしげて考え込みました。

この星は一体全体どうなってるのかしら?!

毎日毎日考えて、考えて、考えて、ついに女の子は叫びました。

「ちょっと待って!みんな、死ぬ死ぬって、呪いじゃあるまいし!それに、あたし、まだこんなにピンピンしててこんなに生き生き生きてるじゃないの!今まで出会ってきたお医者様の誰よりも健康だったわよ。これ以上の証拠ってあるかしら。

まあ!そうだわ!私のお医者様は、最初から私の中にいてくれたんだわ!」

imageそして、可笑しくて可笑しくて、ゲラゲラと笑いだしました。ゲラゲラゲラゲラ、嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらなくなりました。

すると、眉間のシワがどんどんなくなり、身体中からお医者様達から投げられた言葉達が、まるで、犬が身体をブルブルっとふるって水を飛ばすように、どこかに飛んでいくのが見えました。

もう、先生方の貴重なお言葉たちは必要ありません。ごきげんよう、さようなら!

女の子は、胸を張って、元気よく歩き始めました。

どこに?そう、明日に、生命の国に、です☆