環になって

IMG_7451この世界はいのちのダンスパーティーなんだなと感覚的にリアルに感じることがあります。

とくに最近は、それが1日のうちに何回も感覚としてやってきます。

全てが大きな大きな環になって
目の前のダンスパートナーと
壮大なロンドにのって
その時々の精一杯のダンスを踊っています。

踊り終わったら
次の人とまた違うダンスを踊る番。

新しく、でも、少しずつ上手に、自分らしいステップを身につけながら
繰り返し 繰り返し 踊ります。

そんないのちの饗宴、ダンスパーティーに参加しているような感覚です。

この人、このご縁、この関係も
いつか必ず時が来れば
終わってしまうことが
分かっているからこそ

最後のひとステップまで
愛おしく 優雅に 胸を張って
自分らしいステップで
踊り切りたい。

最後の余韻まで味わいながら、大切に、大切に。でも、出来れば軽やかに。

それは人と人の関係だけではなく
動物も、植物も、関係性も、場も
同じです。

一瞬一瞬を
愛おしんで慈しんで
でも 執着する心を手放して
ダンスが終わったら手を振りながら
また会う日までご機嫌よう。

そんな感覚を感じながら目を閉じると
時間が止まったような感覚になり
そこにあるのは
ロンドの音楽だけになっていきます。

不思議な浮遊感
愉快な夢を生きている感覚に襲われます。

映画「死ぬまでにしたい10のこと」で、余命を宣告された主人公がスーパーに入ると、普通に買い物している人たちがダンスをしているように見える素敵なシーンがありますが、そのペアダンス版、という感じでしょうか。

今日も、そんなダンスを踊るために、大きく深呼吸して大きく伸びをして、カーテンを開けて1日を始めます。

 

どこまでも 自由

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夕暮れの風の中で突然感じました。

私は 誰からも 何からも 私自身からも 自由な  風であることを。

この瞬間に 私は宇宙の全てで

宇宙の全てが いま この私の中にあることを感じながら

身体も心も 一陣の風のように 空に吸い込まれて行きました。

きっと やるべきことのすべてを終えて 還るときは

こんな感覚。こんな至福感。こんな爽快感。

 

ああ、私は宇宙なんだ。

 

そして、そんな夕暮れの風に漂う 夕餉の支度の匂い

子供達の笑い声、虫の音に

今生きてること

地球という場所に生まれたことを

心から喜びに感じて帰途についた夕暮れでした。

喜びの朝

嗚呼!ついに、ついに、憧れのこの日が来た。この新しい門の前に立つことが出来た(๑˃̵ᴗ˂̵)

そんな喜びでいっぱいの朝です。

それは、更年期が始まったと身体が教えてくれたこと(笑)
嗚呼、嬉しい!
嗚呼、なんて素敵!

思えば、私の自己内省の旅、自分の女性エネルギーとしての女神のエネルギーと向き合う旅のきっかけは、12歳の時から毎月毎月やってきた月経の波でした。

保育士をしていた20代半ばに、その波にとても意識的になりました。
昨日は「いいよ、いいよ、こぼしても。先生がちゃんと拭いてあげるからね」なんて、菩薩のような保育士だったかと思うと「なんでこんなにこぼして食べているんですか!!」と歯ぎしりしてしまう私とが交錯する月末…これは一体どういうこと??

母親としてではなく、プロの保育士として自らを客観視して子供たちの育ちの見守りをするとコミットしていた私には、当時それはとても興味を引くテーマで、もともと今は亡き三木成夫先生の生命論に深く共鳴していただけに、自分の月経そのものが私を自分自身へと、そして「命とはなんなのか」という私の中の終生のテーマへと導く定期水先案内人となりました。

IMG_0207現代の言葉で言うとPMS、ネイティブアメリカンで言うところのムーンサイクル、イナンナの冥界下り、そして、野口整体の創始者の野口晴哉のいうところの 「おんなである時期」の性の高低の波は、私の心身を翻弄し、乗りこなすのは至難の技!

時にハワイのビッグウェーブのような波は、腰が引けていたら命取りですらありました。

落とされるのではなく降りていくのだ、そう決めるまでは、毎月やってくるその闇は恐怖でもありました。
また、自分の中の闇に降りていく作業は、常に光を求めて生きて生きたい傾向の強い私には本当にしんどいものでした。

けれど、小田まゆみさんをはじめとする素晴しい女性たちとの出会いによって、女神のコンセプトやネイティブアメリカンのムーンサイクルの考えに比較的早くに導いてもらっていたため、この作業は女性の持つ真のいのちの力や賢さ、智慧に近づくための、避けては通れない通過儀礼だと自分に言い聞かせて、15年近く向き合ってくることとなったのでした。

そこへ、シコリんこと乳がんの降臨。

ますます、内なる女神との対話は、生命とはなんなのかという根源的な問いに向かって深く深く降りていくこととなりました。

時に打ちひしがれ、時に光のステージに躍り出て…の七転八倒のダンスの模様は、このblogにお恥ずかしながら綴ってきた通りです。

そして、この春、あれだけ毎月正確にやってきた月経の乱れと小停止、動機や息切れ、さらには先日から始まったホットフラッシュをもって、私の身体はムーンサイクルの最後の相に入ったよというウィンクを送ってくれました。

幸いなことに2年前から食事や生活の仕方、考え方、暮らし方を女性の身体にとっての「快」の方向に大きくベクトルを変えてきていたこともあってか、精神的な波はむしろ以前より穏やかで凪いでいます。

そして、女性ホルモンの波に翻弄される前の少女の時期にように、受信は私の感受性のアンテナのみ限定され、その精度は増してきています。IMG_0208

これからは、自分の月のサイクルを精神的に内包したまま、次世代の女性のサイクルを厳然と見守ることのできる「聖なる老女」の域に向かう扉の前に立つことができた気がして、嬉しくて小躍りしています(笑)。

達成感、安堵感、解放感、開放感…そして、次なる旅がはじまる静かな興奮でいっぱいです。

ありがとう、私のムーンサイクルと、その最後のステージの到来。
心から、喜びを持って、熱烈歓迎!です♪

閉経という、ムーンサイクルの最後の相をここから楽しんでいきたいと思います。

おいのちさんの 物語

昨年のある夏の日に、私の手にふわりと降りて来た物語。私と、シコリんと、いのちの物語です。

同じ病気の人やそのご家族、娘さんのいるお父さんやお母さん、いのちの現場にいる人の心に、おいのちさんの優しい声が届きますように…(^人^)

………………

おいのちさん

おいのちさんはお母さんのお腹の中にいる時から、もしかしたら、そのきっとずっと前から 女の子と一緒にいました。

おいのちさんは 女の子のお乳に吸い付く力 寝返りする力、はいはいする力 立つ力を助け ひとつひとつ真っ赤な顔をして
がんばる女の子をニコニコ見ていました。

ある日女の子は「わたし」にであいました。

いたずらをして怒られたり、手に取りたいものを見つけたり、だれかのよろこぶ顔や 悲しむ顔を見るたびに「わたし」はどんどん成長していきました。

「わたし」は冒険好きでちょっぴり欲張り。
時々臆病で、うまくいかないとすぐにしょげたり泣いたり。
でもうまくいくと手を叩いて大喜び。そんな「わたし」の成長をおいのちさんはいつもニコニコみていました。

ある日「わたし」は、とてもとても大きくふくらみました。

だれかにぴかぴかのバッチをもらったり、バッテン印をもらったりするたびに、お友達や他のひとと比べるたびに、新しい世界や人々にであうたびに、カエルのお腹のように、ぐんぐん大きくなっていきました。
もう少し大きくなり、少し女の子らしくおすましになってくる頃には、「わたし」のいきおいは絶好調!冒険や失敗、男の子たちとのけんかや女の子との遊びを通して、「わたし」は世界に船出していきました。

そして
「わたし」は恋をしました。ふくらむ一方、大きくなる一方だった「わたし」は、時にしぼんだり、硬くなったり、ふんわか柔らかくなったり、生き物のように形や色を変えました。
そんな「わたし」を おいのちさんは目を細めながら 満足そうにニコニコとみつめていました。

そんな「わたし」にも、人生はさまざまな波を用意していました。大小の波に翻弄され、時に傷つき、苦しみの中で ある日「わたし」はふとしたことから「あきらめ」という花の種を手に入れました。

この種は、悲しみやさみしさ、「わたし」の思いとおりにならないことにであうたびに、「わたし」と「おいのちさん」の間に、静かにひたひたと広がり、気づかぬうちに一面に花を咲かせていきました。

とうとう、おいのちさんと「わたし」はすっかり覆いつくされてしまいました。

おいのちさんは「わたし」に一生懸命呼びかけました。

「ここですよ」「ここにいますよ」

けれど「あきらめ」の花にうもれてしまった「わたし」の耳に、その静かで穏やかな声はとどきません。

「わたし」が口を開こうとしても花が口に中に入ってきて、声がでません。
最後の力をふりしぼって女の子は叫びました。「おいのちさん、たすけて」。

おいのちさんは考えました。

生まれる前からずっとずっと見守ってきた女の子。愛くるしい赤ちゃんの時からずっと一緒にいた女の子と手をつなぐにはどうしたらいいのでしょう。
おいのちさんは ののさまにお願いしました。

すると、ある晩、おいのちさんの願いにこたえて、ののさまは「わたし」のハートの上に おいのちさんの声の入ったしゃぼんだまの粒をそっとおさめました。

「わたし」がその粒に気づいて触れるたびに、しゃぼんだまがはじけておいのちさんの声がきこえる ののさま特製のしゃぼんだまです。

「わたし」が一つ一つ、しゃぼんだまに優しく触れると「ここですよ」「ここですよ」とおいのちさんの声が聞こえました。その声を一生懸命辿って「わたし」が歩みを進めていくと、不思議なことに次々に花たちが消えていきました。
まるで誰かが優しい手でふれているかのように、静かに、一つ、また一つ、花たちは消えていったのです。

ついに、おいのちさんと「わたし」は広い野原で であうことができました。

「おいのちさん はじめまして。ようやく出会えました」

ぽろぽろ涙をながす「わたし」を、おいのちさんも心からほっとした笑顔でにこにこみつめています。

ふたりが手をとりあって 周りを見渡すと たくさんのおいのちさんたちが
まるで銀河の天の川ように そこここに あちこちに 光り輝いているのが見えました。

これからも、おいのちさんと「わたし」はずっといっしょ。
今までより もっと寄り添って 次も その次も 星のかなたまで旅をしながら・・・。

返却期限

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両親が本好きだったのと5歳違いの姉がいたため、生まれた時からたくさん本があった影響か、本が大好きな子でした。

幼稚園から中学校まで海外にいたので本屋さんが近くになかったので、教科書を新年度に貰うと、あ、新しい読み物が来た!とその日のうちに読んでしまうのが恒例なくらいでした。

伝記、童話、動物記、歴史、図鑑ものなどの家にある本を繰り返し繰り返し読んでついに飽きた頃、図書館という存在に気付きました。宝物の館をみつけた気持ちでした。

けれど、図書館とは仲良くお付き合いできませんでした。

なぜなら、返却期間中に返却するのが私にはとてもとても難しかったからです。何度も何度も読み返したい。もう少し長く、あそこをもう少し深く…気づくと必ず期限の2週間を過ぎていて、図書室から電話がかかって来たり、担任の先生から怒られたり。そうこうしている間に、怖い司書のお姉さんのブラックリストに載ってしまい、貸してもらえないようになってしまった苦い過去があります。(何故か期間を延長するという作業も必ず忘れてしまうのでした)

そんなつぼみの過去を知って知らずか、オハナのoさんが先日言いました。

「図書館で借りた本は、返さなきゃいけないでしょ。だから、乳がん、やはり治さなきゃだめですよ」

子供の頃からどこか厭世的で、感受性が過敏のHSPの傾向が強いため生きることそのものがとても疲れる私は、気をぬくと「このままシコリんと共生して、おいのちさんが決めた分だけ生きればいいや」と達観とも前のめり感ゼロとも言える境地に、ほっこり&まったりと座ってしまうところがあります。

そんな私ともとても似たところがある(私以上かも!)物静かなOさんに「お預かりした本(乳がん)からのメッセージ、もうもらったでしょ。だったら、返さないとね」と言われるとなんだか妙な説得力があり、また図書館の例えも苦い過去と合間って、しっくり来ました。

もうおさげの小学生ではないので、シコリんこと乳がんからのメッセージを読み終わったらきちんと返却期間までにお返ししなくてはいけませんね。IMG_0168

いのちは自分のものではなく、仏様からお預かりしているもの。そして、そこに乳がんというメッセンジャーまで特別オプションでお預かりした今回の人生です。

そのメッセージには、おいのちさんに生かされている人生を、「ただ安楽椅子に座って全うする」だけではなく、おいのちさんに纏っている私という個性や感受性のアンテナをしっかり立てて、人生をALOHAの花で満たして生きるように、小さな喜びをフルに見つけて生きていくようにと、書いてある気がします。

そして、きっと小学校の時の図書館司書のお姉さんよりも厳しい宇宙の図書館司書様から催促が来ないうちにお返ししよう。

そんな風に思うことができた、もうすく乳がん3年目の春です。

 

私の 「がん考」

乳がんであることをオープンにしているため、友人の友人の、または友人の家族のがんの相談に乗ることがよくあります。

ご本人の場合は、化学療法を受けるのか受けないのか、手術をするのかしないのか、温存するのかしないのか、自然療法とどうバランスをとるのか、といった具体的な話がメインです。

ご家族の場合は、本人の意思をどう見守り、どこまで介入していいのか、今やっていること以外にどんな選択肢があるのか、そして、それを勧めるべきなのかといった、見守る方のメンタル面でのご相談が多い気がします。

私自身はご存知のように、5センチ以上の、進行性だけれども進行が比較的遅い乳がんが左胸にあります。

痩せ型でアレルギー体質で排毒が苦手な体質なのと、子供の頃から膀胱炎や腎盂腎炎をくりかえす度に飲んできた大量の抗生物質、アレルギー鼻炎と喘息のための強めの吸入などをしてきたので、これ以上身体に薬をいれたくないと感じて、食事療法と温熱療法、そして野口整体による体質改善、生き方改善をして行く道を自然に選びました。

よく言われるのは、「自然療法と一本という選択肢をよく選べましたね」「不安ではなかったのですか」「切除するだけ切除するという選択肢はなかったのですか」「どうしてそんなにストイックにできるのですか」。

2年前の春に、「乳がんです、抗がん剤全クールやって小さくなってから全摘しないとだめです。自然療法なんてやったら、あなた死にますよ」とお医者様に言われた日は、本当によく晴れた日でした。

帰りがけに野口整体の先生に相談して深呼吸。その後は一人で考えようと横浜のホテルをとりました。

チェックインして一寝入りして、目覚めてシャワーを浴びた時には、自然療法一本で行くこと、生き方をもっと自然なものに戻していくこと、その中で治るものなら治るし、治らなかったとしても生きているうちにいのちのことを学ぼう、と心には迷いはありませんでした。

「正しいことが誰一人分からない」のが、現在のガン事情です。

誰にも分からない正解のないことに、自分の力で一つ一つ自分に合うかどうかを確認しながら選択し、それに自分を賭けていくしかありません。私たちの遠い祖先がそうやってサバンナや様々な過酷な環境下で生き延びてきたように。

私と同じ頃に乳がんが見つかり、同じように自然療法一本で 乳がんと向き合っていたりんりんは、昨年7月に天国に帰って行きました。三朝温泉で知り合い、以来電話やメールで励ましあって来たTさんは、化学療法とありとあらゆる自然療法を駆使して闘病して6年目の、昨年5月に天国に帰って行きました。

私も、今は免疫力がじわじわ上がり、体温を三十七度にキープして左胸のシコリんと共存していますが、それが正解かどうかは誰にもわかりません。

なので、化学療法を肯定も否定もしていないし、食事療法などの自然療法が万人に効果を発揮するかも分かりません。

アドバイスというものはないし、出来ないと言った方が正しいのだと思います。

私が今生かされているのは、自然療法のおかげではなく、おいのちさん、と私が呼んでいる大きないのちの流れ(もののけ姫にでてくるシシガミ様のようなもの)が、私を生かすと決めているからかもしれません。

そんな私が、同じ病気の方にたった一つだけエールを送れるとしたらimg_0159

「たくさんの、あり溢れるほどの情報の中で、自分がいいと思うものを見つけて、身体のOKを感じて選択したなら、あとはできるだけ疑わず、できるだけリラックスしてそれをありがたく受けること。3ヶ月単位で続けてみて身体と相談して進めること」

ということだけです。

21世紀のこれだけ科学が進んでいる中で、アトピーやがん、難病のシステムや療法が解明できないことはとても不思議です。

でも、私には、これは「命というものの仕組みは、紋切り型の見方や数値やデータでは理解できない」ことを伝えている、遺伝子からの人類へのメッセージのような気がしてなりません。

紋切り型の見方や理解では太刀打ちできず、可哀想な動物たちの身体や細胞を切り刻んで実験しても見えて来ない、いのちの世界の深淵な仕組みがあるならば、今の時点では、私たちが知性と感覚を総動員して、自分がYESと思えるものを選択するしかないこと、そして、その力が私たちに備わっていることを、遺伝子が教えてくれている気がします。

お一人お一人が、ご自分にとって一番いいと思える選択ができますように。

そして、その選択を信じて、いのちの力が湧いてくるようなイメージをしてがんと向き合っていけますように。心から願っています。

 

 

 

新人類?的 人生観?

img_5571今の時代は、新しい人類の時代を迎えていると言えるそうです。

自然の摂理の中では生まれることがなかった命が、遺伝子工学や様々な科学の力でこの世に生まれることができる…それは、生物の長い歴史の中でおそらく初めてで、私達が考えている以上にもの凄いことなのだといいます。

遺伝子工学ほどの大きなことではないけれど、私も、なんども辛い流産を繰り返して、それでももう1人産みたいと願ってくれた母に、お医者さんが流産止めとして処方した黄体ホルモンのおかげで(世界では多くが使用禁止になっているけれど、日本では当時はそれが最先端でした)、ようやくこの世に生を受けました。

そのことを昨年母に聞いて、心がとても落ち着きました。母はそのせいで私が病弱で乳がんになるきっかけにつながってしまったのではないかと思い患っていたようですが、私の反応は「なかったはずの生、なかったはずの人生を体験してるってことだな、これはすごいことかも(o^^o)。私も謂わば、新しい人類なんだ」でした(笑)。

と、同時に「スーパー原点」に立てた気がしました。

多くの人は、もの心ついたらいつの間にか生まれていて、その生を自分のものとして、当然の権利のように感じて生きているのがデフォルトだと思います。

だからこそ、病気になったりするとその当然の権利が奪われたように感じて怒りや悲しみが湧いて来たりします。また、自分自身や人生に、生きていること以上の大いなる期待をかけては失望してを繰り返し、常に常に走り続けることになるのかもしれません。

でも、科学の力を借りて、生まれるはずがなかったところを生まれてきて、この世を体験しに来てる…と思ったら、それ以上の期待がなくなり本当に気楽になります。

そのまんまの私で世の中を面白がって体験出来る私でさえあれば、おいのちさんも大満足!

シコリんこと乳がんも、仏様からお預かりして生まれた体験学習プログラムの一つ。それがベストタイミングで始動しただけ…そう思っています。

生命倫理、科学の力を借りて生まれるいのちの行く先やその賛否を論じることは私には到底できないけれど、少なくとも私は、その当時のお医者さんの処方も科学の力も、その中で私が生まれたこともまた、仏様の大きな計らいの一つだなと感じています。

その生の中で、何を為すか、ではなくて、逆に気負わず、力まず、計らわずどれだけ大きな安心の中で生きるか。そして、ほんの少しの欲(私の大好きなオハナの口癖で、達観気味の私への素敵な提案です)を楽しみながら生きたら、大合格、な気がします。

今日も、そんな1日が始まりました^_^

 

 

 

「死は大事な仕事」

imageこのところ、ひろさちや さん の言葉や人生観が妙に胸に沁みます。

昨日は「大往生したいなら医療に関わるな」「どうせ死ぬならがんがいい」の著者で、医師の中村仁一先生との対談「死は大事な仕事 しっかり死ぬということ」を読みました。

日本の医療の現状、患者側の思考放棄の現状から、お話は延命について、脳死について、いのちは誰のものか、老化とどう向き合うのかなどに広がり、誰も言いたがらないこと、避けて通りたいことを、ストレート直球で誤魔化さずに語られている対談で、静かに、心の隅々に染み渡りました。

化学治療を受けないなら検査も引き受けませんと断られ続けて来た謎や、日本人独特の医療お任せパック好きの謎、いのちのことは別次元の活動をしている今の医療従事者と本来の医者の役割とのギャップの謎。

溜飲が下ると共に、とてもホッとしました。

そして、それぞれに活動されているご老体に、目を開けて生きろー、しっかりいのちの本来の姿を生きろーと揺り起こされた感じでした。

タイトルは死ぬという事で、語っているのは死についてなのですが、私には「生きるという仕事」の話に読めました^_^

いのちは仏様からのお預かりもの、病気は連れ添うもの、がんなどの完治の難しい病気と分かったら、それはしっかり死ぬ日(までしっかり生きる)ことを始めるための合図、とひろさん。

今の日本の医者は技術者集団だから、いのちのことは自分で考えて、医者はうまく利用するもの。変にいじらなければ痛みなくちゃんと死ねるようにできているから、と自らも腫瘍を持ちながらあっけらかんと語る中村先生。

なんだか、肩の荷がおりました。

久高島でお目にかかったナビィさんの、しっかり生きてない人はしっかり死ぬこともできないから、しっかり死ぬためにしっかり生きないとね、という言葉と笑顔を思い出しました。

このおいのちさん、仏様からの預かりものである私のいのちを、同じく仏様から預かりものであるシコリんと一緒に歩む。

(ひろさんは、病気を、悪妻のおかげで哲学者になれたソクラテスになぞらえて、悪妻だと思って連れ添うように勧めています(笑))

目を開いていのちの本質から目を背けず、笑って生きられたらいいなと、清々しい、ホッとした気持ちでいっぱいになった本でした。

いのちに努力と解決志向は要らなかったんだなぁ(*´꒳`*)

IMG_4352.JPG黒木さん と言う友人がいます(実名でごめんなさい(笑)でも、どうしても書きたかった(笑))

絵描きさんで、子ども達に表現の楽しさを教えている表現者で、高千穂に惹かれて昨年引っ越した黒木さんに、久しぶりに会えました。

元々独自の、飄々とした空気感を持っている、なんともオリジナルな個性の友人なのですが、久しぶりにお会いした彼女は、ますます自然に、天然素材に戻っていて、都会のカフェなのに彼女が座っている場所だけ、コダマがちょこんと木の切り株に腰掛けている風情でした。

彼女のその佇まいそのものに、また一つ、砂場の棒倒しのように、砂がごっそり取り除かれました。棒を倒さないようにする通常の棒倒しと逆で、私のこだわりと言う棒が倒れるための棒倒しです。

そして、彼女の力の抜けたコダマのような佇まいから伝わってきたメッセージは、「いのちのことに、努力や解決志向は要らない」と言う根本的な、とても大切な、でも多くの人が忘れてしまっている根源的なこと。

世の中で生きて行くための見えないルール、特に経済活動を中心とする都会のルールの中では、解決志向、目的達成、デザイン思考、それに向けた努力と行動が尊ばれ、それが正しいあるべき在り方だと、日々全てのソースから囁かれます。

その努力する姿や何かを達成する姿に人々は感動し、自分を激励して達成感を味わい、脳内モルヒネの川で気持ちよく泳ぎ、また明日頑張るためのモチベーションをそこに見いだします。

それが美しい姿とされます。

もちろん、優等生気質で努力命の私もそのど真ん中狙い(笑)(笑)!!でした。

でも、一年半シコリんと向き合ってきて、努力し続けてきて、おいのちさんと出会ってもなお自力自力で頑張ってきて(笑)…

でもなかなか結果が追いつかないことに途方にくれてジタバタ&しょんぼりしている今日この頃の私に、彼女の存在感からのメッセージは、肩の力を抜かせる鮮烈かつ生きたメッセージとなりました。

日常を流れる時間、直線時間、男性脳、理性の脳が日々要求し続ける「解決志向」「努力」「成長」「学び」…私が高校生の時壁に貼っていた「克己」。

「緩める」とか、「手放す」「治ることを目指さない」とか、そんなレベルではなく、これらは、おいのちさんには、いのちの世界には 「要らなかった」んだなぁ…。

はぁ(*´꒳`*)

………………(*´꒳`*)。

今日はこれ以後、思考停止で過ごします☆

 

 

 

 

野菜育ても 人生も

img_0484育てたいタネを選んで

種を蒔いたら最初はちょっとだけ手をかけて

できるだけ骨太(?茎太)に育てて。

雨風に耐えられるくらいに育ったら

大地に移植して。

あとはできるだけ自然のまま。

幼いうちは

日照りで枯れてきたときだけお水をあげたり

雑草に負けないように雑草をカットしてあげたり 虫達から守ってあげたりはするけれど

できるだけ ごちゃごちゃ足さないで

手をかけすぎないで 季節のまま 自然のまま。

焦っても育たないし、実りの時期は自然が決めてくれてるから。

すると、ちゃんと時期が来ると驚くほど味の濃い、それだけでお腹が満たされるような野菜に育ちます。

野菜や 子ども達には できること。それは野菜や子ども達のおいのちさんを信頼しているから。

なのに、自分のこと、人生のこと、大人に対してとなると話が変わって来てしまいます。

自分のことに関して言えば、シコリんのことも、身体作りも、プロジェクトも、人生も …そんな野菜を育てるようなスタンスで 取り組めたらいいのに!…畑を眺めていて、ちょっとため息。

余計な手出し、口出し(自分に対して)、無駄な計画や計らい、自分の計画に合わせようとするためのジタバタ…

どれも 本当は、本当に要らないもの。

種を選んで植えて、必要な最小限(「最大限」でないところがポイント!)をしているのだから、あとは種の中に内包された時間やタイミングを、腰を据えて待つ。

おいのちさんの流れ、大きな流れを信じきる。

野菜育てをイメージしながら、その感覚を自分に対しても体得できたらいいなぁと思う今日この頃です。