術中にハマる

imageみなさまにご心配いただきました過呼吸も無事に経過でき、逆に身体が解れて以前より楽になりつつあります。

過呼吸であろうが何かの発作・症状であろうが、身体とおいのちさんが適応する方向、回復する方向、バランスを取り直す方向へと進もうとしていることを感じ、前よりもまた深く身体とおいのちさんを信頼できるようになった気がします。

サポートしてくれた皆さんに本当に感謝です。心からありがとう(o^^o)

今日も、しかし…まだまだ雨。明日から少し晴れるも来週後半からまた雨の予報。またまた激しい気圧の変化の波が来ることが予期されます。いつまで続くのやら…f^_^;

でも、めげていても仕方ないので、これは美味しいものを作って気分を盛り上げるか♪…と、今日はエスニックカフェをイメージして1人家カフェしました。

紫芋とそば粉のロティ、小松菜と厚揚げのカレー、人参とプルーンのラペ、キャベツとパプリカのサラダ、ひよこ豆とキャベツのカレーコロッケ。

う!な、なんだこれは〜(o^^o)、美味しい〜〜〜〜\(^o^)/、まいうーT^T、天才かも( ̄O ̄;)と、目論見通り盛り上がってしまいました(笑)。

自分の術中に見事自分でハマる自分の単純さにびっくり(笑)。

夜は、塩をフライパンで炒めて布にくるみ、仙骨に乗せて緩める「焼き塩療法」で神経と骨盤を弛めて、この気圧の波をサーフィンできる身体に整えていこうと思います。

元気、復活してきました☆

mahalo nui loa です。

羽化したばかり

image先週の満月で、まるで生まれ変わったかのような新鮮な体験をして一週間。

その次の日から、毎日過呼吸の発作が続きました。

若い頃から時々出ていた過呼吸なので、対処は慣れていて、来たらとりあえ落ち着くまでソファーに1人でうずくまり、あーーーーー、とか、うーーーーーなどと長く声を出すことを繰り返すことで、1時間くらいかけて徐々に落ち着きを取り戻して行きます。

けれど、今回はなかなか手ごわくて、身体の痺れで起き上がれなくなるレベルの過呼吸が数日続きました。

この夏の気候、秋の長雨、台風による気圧の変動で、呼吸器、骨盤と頸椎と腰椎4番にきてるなーと思っていたので、過呼吸がでて、ああ、やはり溜めてしまったなーと反省です。

顎関節が合わなくなってくることと、頭蓋骨ががちがちになり枕を痛く感じること、目の瞬きが頻繁になってくることがサインで、そろそろ危ないなと気づいていたのに…ごめんね、身体(´・_・`)

今回は、友人や家族にオープンにしてヘルプをお願いし(つぼみ史上あまりないこと!!成長してます☆)、力を借りながら、自分でも出来ることをしながら、乗り切っています。

まずは

◎身体からのアプローチ

呼吸器を緩めるために…

骨盤と腰椎4番を緩める整体をする

骨盤に焼き塩療法

鎖骨と肘を温める

腿の裏を伸ばす

長湯は避ける

◎心(自律神経)へのアプローチ

リラックスを促すための活動を1つずつリストアップしてやりたいものからやってみる

(散歩、料理、美味しいお茶、お灸、静かなで落ち着くカフェに行く、気持ちを書き出す、心が温まる本を読む、草花に触れる、など)

◎認知(前頭葉)へのアプローチ

神経質で完璧主義の認知を書き出して、ゆるい、自分に優しいものに地道に書き換えていく

例:

・完成した形でないと始めてはいけない

→途中のものでもその時の精一杯で十分素敵

・誰かの役に立たないといけない

→誰かの役に立つために生まれたんじゃないし、もう充分だから大丈夫

・どんな時も前を向かなくてはいけない

→後ろ向きの時があってもいいんだよ、後ろ向きではなく、「今」を 立ち止まって感じて、見直してる時かもしれないよ

などなど。

そして、今回特に強く意識しているのは…

今の自分の過敏になっている状態を、そのまま、ノージャッジで受け入れること。

「過敏」ではなく、羽化したばかりの蝶々、生まれたてのひな鳥、目が見え始めたばかりの赤ちゃんの 「初々しいさ」「瑞々しさ」「感度の高さ」だと思って、丁重に、大切に、慈愛を込めて見守ること。

何が好きで、何が嫌で、何を悲しんで、何に喜ぶのか…

心地よいやり方、人との距離感、出来ることと出来ないこと、ちょっと背伸びしてやってみたいこと…

自分に一から聴いてあげるチャンスだと捉えよう。

そう思って、今日も呼吸を穏やかに、柔らかくしながら過ごしています。

生まれたての朝

昨晩の満月の夜は、感情が高ぶったのか骨盤が緊張したのか、珍しく寝付けずにいました。

買ったばかりの綺麗なボルドー色のバラの手帳に、もう卒業したいもの、手放したいと心から思うものを、改めて全部書き出してからお布団に入りました。

半分眠りに落ちながら、脳の中にある今日までの過去の全てのエネルギーをかき集めて、全部ひとまとめにしてぎゅっと抱きしめ、て結晶のようなものにして胸に大切にしまうようなイメージをしたり…

脳の中の必要のない回路が消えていくようなイメージをしたりして…

ありがとう、もう全て宇宙に、おいのちさんに委ねますと夢うつつにつぶやきながら眠りに落ちました。

小一時間ほど眠って、4時くらいに目がぱっちり覚めました。

image生まれ変わったような、生まれたてのような、とても不思議な感覚。

そのまま、お風呂を沸かして海の塩をたっぷり入れて…

まるで産湯につかるように、頭まで全身とっぷりと浸かり、塩で頭をマッサージして浴室からでて、美味しいお水をごくごくと飲みました。

私は誰?

何が大切で、どんなことが好きな人?

どんなことを考えて、どんな風に生きていきたい人なのかしら。

まるで本当に生まれ変わったような、別人になったような、まっさらな朝。

そんな感覚は生まれた時以来、きっと初めてです。

このまま、お気に入りの紅茶を淹れて、まるで初めて飲むかのように味わいながら、しばらくは昨晩咲いたバラと雨上がりの街を、まるで初めて見るかのように眺めて、新しい1日を始めようと思います。

 

久々の 食べ物 食べ方考

imageベジタリアン食、ほぼ玄米菜食を実践して一年間と2カ月が経ちます。

乳がんの診断を受けてからの食事の変遷を軽く大雑把に振り返ると、ゲルソン療法2カ月、完全に塩抜きで人参ジュース、野菜生活→自然調味料に戻しての玄米菜食を1日3食→1日2食にして月に数回身体が欲した時にお魚やささみを少し…でいただいてきました。

感覚的には、昨年の秋冬まではとにかく人参ジュースが美味しくて、生野菜が食べたくて、1日2回から3回人参ジュースを飲み、生野菜を腹ペコ青虫のように食べて周囲を驚かせました。マクロビ的には生野菜を冬に食べるなんて!でしょうが、とにかく身体が欲していました。

年明けくらいからは食べる量そのものが落ち着き、1日1食から2食、今までの量の7割くらいで充分満足するようになり、生野菜や人参ジュースをあまり身体が欲しがらなくなりました。

何かがリセットされ、バランスが取れてきたのを感じました。また体重も減り止まり、逆に増え始めていきました。

そして同時に、身体が本当に食べたいものが分かるようになって来ました。その多くはやはり旬のもので、気がすむまで食べると自然と欲しくなくなるのでした。

そして、旬のもの以外の基準は、手に取った時に胃の入り口がふわっと開くような感覚がするもの。それが基準の全てでした。

この春から夏までの間は、玄米と納豆がとてもとても食べたくなり、玄米と納豆がいつも冷蔵庫と冷凍庫にストックしてありました。そして、鶏肉を月に数回ほんの少し食べるととても調子が上がりました。image

そして、夏には玄米よりも雑穀米と蕎麦が食べたくなり、玄米と雑穀米と蕎麦をローテーションしたりしていました。魚は月に数回、食べすぎない程度に口にすると元気がみなぎりました。(夏バテしてふらふらだった時にサービスエリアでいただいた鮎の塩焼きで生き返ったことが忘れられません!鮎さま、ありがとう)

そして、秋に入った今は、炭水化物や魚などをあまり欲しない身体になっています。リンゴとブルーベリー、レモンや柚子などの柑橘類と、ちょっと火を通した野菜・豆がパーフェクト!それ以外のものを食べるととてもだるくなり、頭が働かずやる気が起きないのです。

と、こんな風な身体の変化を見ると、西洋的な栄養学はもちろん、○○式食事法、××療法、△△主義、陰陽五行と言った様々な療法、考え方に「則った」食べ方に?が付きます。

研究者肌なので、ありとあらゆる情報を集め、吟味しましたが(笑)、それぞれの人がそれぞれの学説、主義主張を展開し、その何パーセントかは完全にビジネスの流れとリンクしていたりします。

そのどれもが正しいように思えますし、理論的には納得がいきます。

けれど、やはり、理論よりも、個々の身体が中心、身体の感覚が何より正解を知っているような気がします。理論は、きっとその感覚の後付け程度のものなのかもしれません。

私達が身体にできることは、理論に合わせて食べるのではなく、感覚を研ぎ澄ませていくこと、感覚を信じる心の筋トレ、そしてトライアンドエラーをしながらも、身体と脳と舌のコミュニケーションを密にしていくネットワーク作りなのかもしれません。

そんなことをつらつら思う、乳がん2年目の秋です。

秋の長雨の乗り切り方

imageこの夏は、気温の変動が大きく、残暑のないまま あっと言う間に秋に入ってしまったため、体調を崩している人が多い今日この頃です。私はロミロミと言うマッサージのサロンをしているのですが、お客様の駆け込みが増えてきました。

しっかり汗をかけなかったためと、腎臓や胃腸を冷やしてしまっているためと思われます。

かく言う私もやはりその類でありまして、長雨のせいもあり若干鬱々の今日この頃。

おいのちさんに話しかけても、おいのちさんったら鼻提灯を出して微笑みながらグースカ寝ております(笑)。

そう、本当はこんな時は思い切っておいのちさんと添い寝して寝てしまうと良いのでしょうが、なかなかそうもいかないのが人間でございます。

足湯をしたり、湯たんぽで腎臓と胃を温めて緩めたり、少食にしたり、お灸で三陰交や足三里、関元を温めたり…。

そして、気持ちもメンテナンスしたいところです。

冷えたり胃腸の調子が狂うと、自律神経が乱れて、不安感が募ります。すると、延髄や大脳辺縁系あたりがザワザワして、くよくよしたり、過敏になったりして保守的になります。そしてセロトニンまで乱れて鬱々してきたり。

そんな時は、そうそう、やはり、これこれ(*^^*)

もうすでに持っているものをリストアップ♪作戦(^-^)/

暖かい快適な家があること。

大切なohanaが元気でいてくれること。

冷蔵庫に作り置きした美味しいもの達があること(笑)。

戸棚の中に大好きな本達、レシピ本達が整列していること。

クローゼットの中でで秋冬のお洋服が秋の訪れを楽しみにしていること。

街も人も 今日もガヤガヤと賑やかに動いていること。

ベランダのバラが咲いたこと。

美味しい枇杷茶でほっこりできる時間。

いつも見守り励ましてくれる大切な友人達。

大好きな観葉植物達が今日も生き生き緑に輝いてること。

姪の誕生日が近いこと。

ブログにいただいたとても嬉しいメッセージ。

近所の森の木々たちが雨にうっとり喜んでいること。

雨の合間を縫うように虫達が賑やかに音色を奏でてくれること。

長年の念願だった私の運転で、母と畑に行って毎週自然との時間を楽しめること。

大好きな丸井でのウインドーショッピング。

そして、何より

シコリんがあっても 今日も元気に笑顔で過ごせていること☆

今ないもの、手に入らなかったもの、未来にあるものばかりに目を向けていると、不安や焦りが加速して、腎臓くんも脾臓くんもどんどん不安顔になっていきます。

でも、今もう持ってるもの、今手の中にあるものに目を向けて、1つ1つ確認して噛みしめると、胃のあたり、眉間が少しずつ緩んで胃腸もぐるぐる動き出すのがわかります。

皆様も是非お試しくださいませ。

そして、秋の長雨を元気に乗り切って参りましょう(*^^*)

時空を超えて自分を癒す

imageちょっと不思議な話です。

今話題の「君の名は」のアニメ映画を観て、最近自分に起きている不思議な体験とリンクするところがあり、ちょっと不思議な人と思われるなぁと思いつつ、思い切って書いてみます(*^^*)

小さい頃から感じやすいところがあった私は、あまりに感動しすぎたり強いインパクトのある出来事に遭遇すると、身体から5センチくらい離れたところに意識が漂う感覚に陥ることがよくありました。

この地球で生きていけるのかしら、こんなに刺激的なことに満ち溢れた人生をどうやって生きていこうかしら、生きるってなんだろう、死んでいくってなんだろう、時間ってなんだろう…ああ、もう自分には受け止めきれない…そんな波に翻弄される時、時間枠や現実の枠から外れて意識が浮いているような感覚を覚えていました。

それは大人になってからも続きました。

そして、そういう状態の時に私に会いに来て、語りかける存在がありました。

その存在は私をふわっと包み込み、全てが大丈夫なことを、言葉を超えた言葉で伝えてくれました。

その後はえも言われぬ大きな何かに包まれた大きな安心感の中で眠りに落ちて、目が醒めると驚くほど英気に満ちて、何らかの大きな真実に気づいている私がいました。

その存在を天使なのかしらと思ったり、脳科学に出会ってからは、これはドーパミンやノルアドレナリンが出すぎた後のβエンドルフィンのなせる技なのかしらと思ったりしていました。

そしてここ最近、夜眠る前に、とても不思議なことが起こります。ウトウトし始めた頃にふと「その時」に意識が繋がるのです。

それは、時系列でもなく、意識的にでもなく、ランダムに、ふと起こります。

大好きだった祖母の家で、興奮しきって眠れず、いつまでも時計の音と夜汽車の音を聴きながら人生について考えていた9歳くらいの私だったり…

死について直感的に理解してそれに圧倒されて泣いている5歳の私だったり…

ロンドンに引っ越した後なかなか環境に馴染めず、泣き疲れて力尽きて公園を泣きながら歩く帰り道だったり…

まるでその時の匂いや、音、色まで鮮やかで、その場にいるような感覚です。

そして、私はおいのちさんと繋がりながら心穏やかに、大丈夫大丈夫、ここにいるから、ここで待ってるから…と繰り返しながらその時の私に語りかけています。image.jpeg

そんな夜が続いてふと気付きました。

そうか!あの時私に会いに来て私の全存在を癒してくれていたのは、未来の、つまり今の私だったんだ。

脳科学的に見れば、脳が脳内の伝達物質の化学反応で記憶を書き換えている作業であり、当時の私の至福感は緊張が極まった後の脳内モルヒネ、エンドルフィンの大量放出のなせる技だったのかもしれません。

けれど、この五感の感覚を伴う、時空を超えた深い癒しの感覚は、私にとってはリアルであり真実の体験です。

そして、「その時」に戻りながらの癒しの作業が終わった時、その記憶はどこかで出会ったことのある懐かしい感覚としてだけ残り、鮮明な記憶は優しく溶けるように消えていき、過去も書き換えられていくのだと感じます。

そして、私の記憶には「今」と未来だけが刻まれ始めるのかもしれません。

シコリんから、また新しい贈り物が届いています。

寿命をいきる シンプルにいきる

img_399274になる父が「お前を最後まできちんと見届けるまで、あと10年はがんばらなくちゃな」。

んまあ!父よ。私がそんなに短いと思っているのか、それとも父は(私が平均寿命まで生きるとして)どれだけ自分を長寿だと思っているのか.いずれにしてもおめでたい、いや、ありがたいお心ですぞ☆、と思わず内心笑いながら、ふと気づいたことがあります。

それはおいのちさんと出会って1ヶ月以上たったこの頃は、自分の寿命を考えなくなっていることです。

以前は5年生きられたらいいなと思っていました。

5センチ以上の乳がんで、がん細胞が血管も作っている進行性、痛みも浸出液も出ていて…お医者さんには行っていないため余命宣告を受けたわけではないのですが、心のどこかでなんとなく5年生きられたらいいな、10年生きられたらもうけもの!でもとにかく1日1日を大切に生きよう、毎食を自分へのご褒美だと思って作ろう、我が人生に食い残しなし(笑)で生きよう。そんなつもりで生きていました。

けれど、おいのちさんと出会ったこの至福の夏を越えて、この頃はあとどれくらい生きられるのかを全く考えずにいる自分に今日改めて気づき驚きました。

慣れてしまったからとか、鈍化したということではなさそうです。

一度がんが進行を始めたらあっという間にその勢いが増していくことを、間近で見続けてきたからです。来年はもしかしたらないかもしれない、その気持ちと覚悟は静かにいつも当たり前のものとして心にあります。

でも、もう一つの当たり前の、おいのちさんのあり方も自然にすっと心に落ちてきました。

それは、来年の今頃のことがわからないのは、がんがある私だけではなく、きっと誰もが平等に同じだということ。

来年の今頃、同じように同じメンバーで笑い合えている保証はないのは誰もが同じなのですが、それをちょっとだけリアルに意識して生きることができるマインドを、シコリんにプレゼントしてもらったなと心から思います。

そのほかにも、いのちについて悲観することもなく過度に期待をすることもなく、同じペースで丁寧に毎日を生きること、目の前の人を大切に生きること、自分自身をありのままに愛して生きること、不安やコントロールできないことはおいのちさんに任せて深呼吸して生きること、そして、楽しくてうっとりすることを空想して生きること。

生きるって、本当にただそれでいい、とてもシンプルなものなんあだなあ、亦嬉しいからずやと虫の音に思う夜です。

麗しの令嬢

夢の世界に、現実の思考が反映しやすいなの私ですが、今朝はとてもリアルで不思議な夢を見ました。

私は由緒ある、美しい、大きな旧家に向かっています。日本とも西洋もともわからない場所で、おとぎ話に出てくるような古い、でもよく手入れされ磨き抜かれた家の中に案内されます。

私はプールから上がったばかりでゆったりしたバスローブを羽織ったままの姿であることに気づきますが、動揺せずそのまま歩いていきます。

その家の深窓の令嬢、見たものはほとんどいないと言う令嬢のコンパニオンを募集しているというので、私はその面接を受けに向かっているようです。

数々のコンパニオンがクビにされたり逃げ出したりしたと言うミステリアスな令嬢の周りには、意外にも心温かい素敵な乳母やドクター、そして、10人の妹弟達がいて、少し扱いが難しい、けれど彼らにとってはエレガントで気高く麗しい令嬢を、彼等は心から敬い愛しています。
そして、誰もが彼女を蝕んで弱らせていく原因不明の病から救いたいと願っています。

私の経歴、経験、性格や雰囲気、ウィットに富んでいるかなどを、恰幅の良い感じのいいドクターが面接しています。

うんうん、あなたなら、あるいは、いやきっと、令嬢が気に入るはず、そして対等な立場で令嬢の原因不明の病から救うことができるはずです、私たちはそのための協力は惜しまないしあなた自身の病気とのバランスも、全て考慮いたします、これから令嬢にお引き合わせします…

私と令嬢は、チェスのようなものをしながら、話をしています。鳶色の髪をした麗しい令嬢は、終始微笑みながら、駒を進め、チェックメイト!やはり彼女の方が何枚も上手です。
負けてしまったし、きっと失礼もあったことだろうから…と、恭しく頭を下げて立ち去ろうとする私に、令嬢はゆったり鷹揚に、誰もを魅了するような笑顔でこう言います。
「あなたとなら、とても楽しく過ごせそうです。ワガママ盛りの弟たちへの見事な対応も、奥から拝見しておりました。少し理知に富みすぎているところもありますがそれもあなたらしいわ。明日から是非いらしてください」

そこで目が覚めました。

この令嬢は、以前から繰り返し見てきた夢…物々しい堅固な塔の深い深い地下に閉じ込められていた令嬢を探しに行く夢…に出てきた令嬢です。

 

彼女はきっと私の中の大切な女性性であり、柔らかく気高い部分であり、尊敬に値するプレシャスな私自身。
そして、それは全ての人の中にあり、その手で大切にされ敬われるのを待っている、柔らかく気高いいのちの花です。

そんな麗しの令嬢から、この度頼もしいコンパニオンとして、正式に認められました☆

私のウットリ人生が始まりました(*^^*)

そんな私をおいのちさんがニコニコみつめています。

一人で生きられない幸せ

image「一人で生きられない幸せ」

という言葉に出会いました。

女性でも自立して生きることを社会的に期待され、西洋的自我のイメージが流入してくる時代に育った世代の一人として、私も自立志向の最先端を走ってきました。

それが今の私の心の自由さにつながり、年齢があがるにつれてその恩恵も受けているのですが、一方で人は一人では生きられないと言う絶対的な真実もわかってくる年齢になってきています。特に乳がんとわかってからのこの1年半は、そのアンビバレンスをうまく抱えきれずにいました。

「一人で生きられない」という言葉には、自分の脆弱さを弱々しく肯定するニュアンスやどこかに共依存的な色合いがどうしても含まれてしまう気がします。でもそれは生きとし生けるものの当たり前の真実でもありそれも重々わかっているのだけど・・・でも、でも、ごにょごにょ・・・(笑)。

そこにあえて、「一人で生きられない」に「幸せ」をつけたことで、そのアンビバレンスを包み込む魔法のような言葉と概念になっていて、これだ!!と思わず膝を打ちました(^^)。

ハワイのロミロミのクム(先生)の「カウンセリングとロミロミ(マッサージ)だけは自分にはできないんだよ。でもそれは恩恵なんだよ、さもないと、人は一人で生きられると思ってしまうからね」という言葉を思い出しました。

一人で生きられると思うと、ある種の自由さと同時に様々な困難に出会います。

一人で生きられないと思うと、つながりの中に生きる安堵感と同時に人に合わせようとする不自由な心に出会います。

でも、一人で生きられないことを「幸せ」と捉え、「恩恵」と受け取ることができれば、自分自身でありながら人と一緒に生きることに新しい息吹と意味が生まれてくる気がします。image

大好きなEPOの歌の一節 「一緒に暮らす心地よさと あまりに近い煩わしさを 受け止めながら 愛を育てる」を口ずさみながら、今日は新しい気持ちで街に出かけようと思います。

そして、そんな私をおいのちさんがにこにこみつめています。

「知命」

imageシコリん仲間であり、親友であり、同志であり、ohanaのりんりんの新盆。りんりんのご実家にお邪魔してきました。

初めてお会いするご家族とお話させていただき、初めて知るりんりんの想い。そして、みんなのりんりんへの想い。

ぽっかり空いた穴の大きさと、りんりんを支えたいと言う想いに支えられていた私を思い知りました。

茨木のり子さんの「知命」と言う詩が心に浮かびました。

………………………

「知命 」茨木のり子

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏(はさみ)で切れいと進言するが
肯(がえん)じない
仕方なく手伝う もそもそと
生きているよしみに
こういうのが生きているってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が 添えられたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気がつかせぬほどのさりげなさで

…………………………

たくさんのおいのちさんと繋がり、たくさんのやさしい手を添えられて生きてきたこと、生きていることをじわじわと、かみしめています。