母への応援歌

母が原因不明の体の痛みで起き上がれなくなり、介助のため実家に戻って一ヶ月が経ちました。

西洋医学的な診断名は、リューマチ性筋痛症。原因はよく分かっていない、高齢の女性に多い症状ですが、寝返りが打てず、朝は四肢の痛みがひどく、日常動作ができません。

ステロイドを投与すれば治ると言うデータもありますが、ステロイドは副作用ももちろんあり、父の知り合いの奥様は重度の副作用で入院して退院のめどが立たないまま弱っていらっしゃるとか。

自然派の母は葛藤しています。

私自身、乳がんと分ってから数々の医者からどんなに「このまま自然療法などしたら死ぬよ」と言われても、身体の声を聴いて自然療法でやって来ただけに、私の発言力や影響力は大きいため、なるべく、母の気持ちに寄り添うべく 声を小さく、小さく、を心がけています。

長引く夜中の介助や、自分のケアになかなか手が回らない状況に、周囲の心配はやはり私の身体のこと。

共倒れするのではないか、せっかく良くなった私の数値が上がるのではないか。

そんな周りの心配を受けて、私のためにステロイドを飲もうかと悩んでいる母を前に、様々に思いを巡らせて落ち着かない心持ちの日々でした。

そして、そんな私の心に すっと 静かに 寄り添ってくれる言葉が綴られた本に、久しぶりに再会し、再読しました。

篠田桃紅さんの「一〇三歳になってわかったこと」(幻冬社)。

103歳まで現代美術家として現役でしごとをして来られた篠田さんの文章は、以前読んでいた頃とは比較にならないほど、透明に、なんの違和感もなく、今の私の心に何よりも沁みました。

ふと目にとまったのは

「自由と言う熟語は、自らに由ると書きますが、私は自らに由って生きていると実感しています。

自らに由っていますから、孤独で寂しいということはありません。むしろ、気楽で自由です」

という言葉。

そうか、私は 母に 自らに由って生きて欲しいのか。

おきゃんで好奇心旺盛なひとでしたが、昭和10年代生まれの女性だけに、最終的な決断はほとんど父のため、子供たちのため、周りのためでした。

恐ろしいほどの努力と根性で、海外での子育て、孫育て、ボランティアと走り抜いて来た母。

そんな母だけに、自分の身体のこと、いのちのことについては、どうしても 自らに由って、自分だけのために決めて欲しいのです。

その力を、応援したいのです。

それがステロイドであっても、自然療法であっても、どちらでもいい。

自らに由る決断をしてくれれば、それでいい。

それをサポートする以上に大切なことは、今の私にはないのです。

それが、シコリんが教えてくれるalohaな生き方なのです。

そう分かったら、心が驚くほど落ち着いて、水を打ったように鎮りました。

2年前に天国に旅立ったりんりんにしてあげられなかったこと。
いのちのスイッチを自ら押すこと。

今、母に、その力の後押しができたらいいなと思っています。IMG_9009

繋がりました

IMG_7532親鸞聖人のこんな言葉があります。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなり」
(長い年月阿弥陀仏が考え抜かれ、立てられた本願をよく考えてみると、それが全く親鸞一人を救わんがための本願であった)

よく読むととってもオメデタイの極地で(笑)、これぞ南無(お任せします)の境地、さすが親鸞聖人だと唸らせられる言葉です。

大好きなミヒャエル=エンデの「モモ」にも、時間の殿堂に連れてこられたモモが、全ての惑星や星々が自分一人に語りかけてきているのに気づき、その壮大さに打たれるシーンがあります。

この出会いは、この言葉は、私に届けられるために宇宙にずっと前から用意されていたものなのだと思わせられることが、時たま起こりEpiphanyを感じることがあります。

この『喜びから人生を生きる』という本もその一つで、作者のアニータさんの個人の体験を通して、まるで宇宙が私個人に直接話しかけているような感覚に陥る本でした。

香港のインド人社会で育ったアニータさんは、イギリス人の通う学校に入学した為何年もいじめられ、かといってインド人社会の慣習にも馴染めず、自分を抑圧し制限して生きているうちに、リンパ癌にかかります。(私も香港で育ち、イギリスで思春期を迎えいじめにもあっているので余計に重なりました)

様々な代替医療を3年試すも、努力虚しく彼女は悪化の一途を辿り、ついに病院に運び込まれた彼女に医者が死亡診断書を書き始めます。アニータさんは戦いに疲れ果て、全てを手放し向こうの世界に移行しかけます。

彼女が踏み入れた世界は、愛しか存在しない世界でした。そこで彼女は、全ての真実を瞬時に理解します。

そして、こんな言葉が彼女の中にうかんできます。

「自分の歩んできた道のりを見てみなさい。
どうして自分にあんなに厳しかったんだろう?
どうして自分を責めてばかりいたのだろう?
なぜ自分を見捨ててしまったの?
どうして自分のために立ち上がって、自分の魂の美しさをみんなに示そうとしなかったんだろう。」

「どうしてありのままの自分でいる許可をいつも他人に求めていたんだろう?
なぜ自分の美しい心に従って、自分の真実を語ろうとしなかったんだろうか?」

そして、彼女は「私が抱いた多くの恐れや私の持つ偉大な力が、この病気となって現れてきた」ことに気づくのです。

IMG_7531そこで体験した圧倒的な愛の世界やワンネスの体験を、この地球でもう一度体現する為に、彼女はもう一度ぼろぼろの肉体に戻ることを決意します。
そして、意識が戻ってからほぼ3日で、奇跡の回復をとげて全ての癌が残らず消えてしまい医者たちを驚愕させるのです。

現在アニータさんはこの体験をどう現実社会に生かして生きて行くのかを模索しながら日々を生き、その葛藤や気づきを世界中の人々とシェアしています。

彼女の本に綴られた言葉は本当にニュートラルな言葉ばかりで、どれも宇宙から私に向けた音楽のように聴こえて心の響くのですが、特に下記の言葉は何度読み返しても新鮮で、ハッとさせられます。

「これまで持っていた教えや信条は完全に消えていました。この状態が、私の身体の“修復”を許したのです。言い換えれば、私の癒しに必要なのは、信念を捨てることでした」

「自分の生命が望むような人間になることを許した時、私たちは最も強力です。ですから、私の意識的な行動が完全にストップし、生命力が支配した時、ヒーリングが起こりました。言い換えれば、生命に対抗せず、生命と協力している時、一番強力になれるのです」

宗派は違いますが、禅宗の道元禅師のこんな言葉が浮かびます。

「この生死は、すなはち 仏の御いのちなり…ただ我が身をも心をも はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもていくとき、ちからもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる」
(アニータさんの言葉風に訳すと、「私たちは愛の一部です。自分をそのエネルギーにゆだねきって、努力したり、意識的な行動をやめた時、生死を恐れて生きる心を離れて強力な力をもった愛の存在になるのです」)

おいのちさん 親鸞聖人、道元禅師、モモ、アニータさん

全てが私ににっこり微笑みながら、おなじ方向を指さしています。そして
私の全てにまるごとOKを出してくれています。

私がすることは、全幅の信頼を持って、宇宙=愛=仏の家=おいのちさんのふるさと に自分を投げ入れて、私と言う個性を、自然に生きるだけ。
自分の魂の美しさ、ありのままの私を認め、育み、大切に育てるだけ。

IMG_7502全てがつながっているので、私がその世界に身をゆだね切った時、私のいのちの持つ偉大な力と繋がり、それが私を流れるのを許した時…
私の愛する全てのOHANAも癒され、その本来の美しさを生きることができる…そう思うと、自分のためだけよりも、愛する人たちのことを想うと俄然やる気が出て来るつぼみ的には(笑)、よーし!と力がこんこんと湧き上がって来るのを感じます。

ちょっぴり辛口の、大好きなOHANAもこの本はGOOD!と絶賛?していた『喜びから人生を生きる』(アニータ=ムアジャーニ ナチュラルスピリット社)。

ピンときたら手にとってみてください。

 

 

「死は大事な仕事」

imageこのところ、ひろさちや さん の言葉や人生観が妙に胸に沁みます。

昨日は「大往生したいなら医療に関わるな」「どうせ死ぬならがんがいい」の著者で、医師の中村仁一先生との対談「死は大事な仕事 しっかり死ぬということ」を読みました。

日本の医療の現状、患者側の思考放棄の現状から、お話は延命について、脳死について、いのちは誰のものか、老化とどう向き合うのかなどに広がり、誰も言いたがらないこと、避けて通りたいことを、ストレート直球で誤魔化さずに語られている対談で、静かに、心の隅々に染み渡りました。

化学治療を受けないなら検査も引き受けませんと断られ続けて来た謎や、日本人独特の医療お任せパック好きの謎、いのちのことは別次元の活動をしている今の医療従事者と本来の医者の役割とのギャップの謎。

溜飲が下ると共に、とてもホッとしました。

そして、それぞれに活動されているご老体に、目を開けて生きろー、しっかりいのちの本来の姿を生きろーと揺り起こされた感じでした。

タイトルは死ぬという事で、語っているのは死についてなのですが、私には「生きるという仕事」の話に読めました^_^

いのちは仏様からのお預かりもの、病気は連れ添うもの、がんなどの完治の難しい病気と分かったら、それはしっかり死ぬ日(までしっかり生きる)ことを始めるための合図、とひろさん。

今の日本の医者は技術者集団だから、いのちのことは自分で考えて、医者はうまく利用するもの。変にいじらなければ痛みなくちゃんと死ねるようにできているから、と自らも腫瘍を持ちながらあっけらかんと語る中村先生。

なんだか、肩の荷がおりました。

久高島でお目にかかったナビィさんの、しっかり生きてない人はしっかり死ぬこともできないから、しっかり死ぬためにしっかり生きないとね、という言葉と笑顔を思い出しました。

このおいのちさん、仏様からの預かりものである私のいのちを、同じく仏様から預かりものであるシコリんと一緒に歩む。

(ひろさんは、病気を、悪妻のおかげで哲学者になれたソクラテスになぞらえて、悪妻だと思って連れ添うように勧めています(笑))

目を開いていのちの本質から目を背けず、笑って生きられたらいいなと、清々しい、ホッとした気持ちでいっぱいになった本でした。

私とイナンナの冥界下り

image人と人とが真から分かり合うのはなかなか難しく、どんなに親しい人でも共通の理解や共通の言語を持って語り合えているのかと言うと、しばしば疑問だったりします。

けれど時々「人生って面白い!」「わお!なんですか?この出会いは!」「こんなところでこんな繋がりが?!」と言うエキサイティングな事が起こります。

最近のわお!は、ある女神を通じての不思議な見えないご縁でした。

ハワイのジンジャーヒルにて世界的な女神の版画家である小田まゆみさんが主催する女神塾で、様々な女神にであった事は以前blogに書きました

その中でも、私の心の奥深くに響き、私が激しく共感し、怖いほどの繋がりを感じたのは、世界最古の女神の神話「イナンナの冥界下り」です。

……イナンナの冥界下り……
シュメールの古い古い時代の女神であり、その後の聖母マリアやデメテールなどの女神やキリストの復活の原型であるともされるイナンナは、地上の世界を統治する偉大な女神で、全ての力を与えられた、気高く、自由奔放で、恐れを知らぬ女神です。

そのイナンナは、ある日冥界を統べるエレシュキガルと言う姉の元に会いに行くことにします。姉の喪に立ち会うためとも、ただ行きたい衝動に駆られたちめとも、内なる呼びかけに応えてとも伝えられます。

冥界では地上の世界での掟やルールは一切通じません。気高き女王は、門番に次々と身につけていた装飾品や衣服を始め、その力やペルソナを取り上げられていきます。地上界でのルールは冥界では一切通用しません。最後には裸になったイナンナは、更に嘆きの最中にある姉のエレシュキガルに「死の眼差し」を向けられ殺されてしまいます。image

三日三晩そのむくろは木に吊るされ腐敗します。3日たっても戻らぬ女主人からの言いつけを忠実に守って、忠実なるしもべニンシュブルは父エンリルと父なるナンナに助けを求めますが、彼らは応じません(夫のドゥムジはこの間イナンナの不在にも悲しみにも気づかず王座で楽しみに饗じていたため、後に恐ろしい報いを受けます)。

最後には知恵の神であり水の神エンキが、爪から精霊を作り「生命の植物」と「生命の水」を持たせ、エレシュキガルの怒りを治める知恵を授けて冥界に行かせ、精霊のエレシュキガルへの慰め(エレシュキガルは無意識層に眠るもう1人の自分とも言われます)と生命の水と植物によりイナンナは復活します。

そして、地上に戻ったイナンナは自らも手に入れた「死の眼差し」で、自分の危機に気付きもしなかった夫を見つめ、冥界が求める身代わりに夫とその姉を差し出し、地上の世界の女王として全ての命を統べるのです。

冥界での死の体験を経て得た死の眼差し、死さえも司る力をもって。
………

そんなイナンナの神話に深く打たれたのが36の時、今から8年前でした。

以来、毎月の生理、新月に訪れる闇の時間(生理も新月も三日三晩)を迎える度に、また人生の新しい局面を迎えて今までの自分のペルソナが一度死を迎える場面に遭遇した時に、私に寄り添い、背中を押し、そして、時に厳しく前に進むように命じてきた気高き女神がイナンナとなりました。

そして、今回の乳がんを知った時にも、真っ先に思い浮かんだのが、イナンナだったのです。

ああ、私は乳がんを通して女神修行をするように、無意識レベルでセットしてきたのだな、直感でそう思いました。
乳がんを通して、死と再生のプロセスをたどる旅。その旅は地上(意識の世界)を統べる力(コントロール)、冥界(死)を知らぬ幼き認識、父なる神々から与えられた力(男性原理、社会的ペルソナ)を、全て一度冥界(無意識)の門番に剥ぎ取られ、丸裸になり、姉の(無意識レベルにいる、怖れ怒れるもう1人のペルソナ)の死の眼差しにすくい取られ、心理的な死を体験して、骸になるプロセスそのものなのだと感じます。

女神イナンナよ、それはどんなに恐ろしかったでしょう、今あなたの苦しみが初めてわかります、そのプロセスのもつ意味も、そしてその道の険しさも…そう感じながら一年を過ごしてきました。

知恵の神が遣わした2人の慰め人の精霊による無条件の共感・慰めと、生命の水と生命の植物で蘇るのか。死の認識とその認識がもたらす女神の力を手に入れて、地上に戻れるのか。それともこのまま腐った骸になっていくのか。

それは、これからの私の勇気と生き方次第。

そんな私の冥界下りですが、なんと!同じことを、国立がん研究センターでがん患者の精神ケアをしていらした精神科医の大島淑夫先生が精神科医として女性のがんを同じ捉え方をしていらっしゃったのです(*^^*)

昨年「イナンナの冥界下り」の能の上演をされ、著作も出されている安田登さんとの対談は、とても端的にお二人の捉え方が書かれているのでご興味がある方は覗いてみてください。

http://www.mishimaga.com/special01/097.html

ユングは、集合無意識で全ては繋がっていて、全てが必然であると捉えていましたが、今回は本当に驚き、また人生の不思議、面白さに、わお!でした。image

私の冥界下りに、見えないけれど繋がっている命綱、そして、この旅の方向でいいのだと伝えてくれる篝火を見つけたような気分でした。

私の冥界下りの旅はこれからが正念場、イナンナに力を借りながらの女神修行が続きます。

この寂しさを 君は微笑む

CIMG0523.JPG映画を観た帰りにふらっと立ち寄った本屋で、103歳で現役の美術家篠田桃紅さんのエッセイ「103歳になってわかったこと」を手に取りました。

「この歳になると誰とも対立することはありませんし、誰も私と対立したくない。百歳はこの世の治外法権です」

「年相応という言葉がありますが、百歳を過ぎた私には何をすることが年相応なのかよくわかりません」

世界の美術館にも、皇室にも飾られる書家であり美術家である篠田さんのエッセイは、金さん銀さんのようなほっこり丸く歳をとるというイメージとは違う、孤高の飄々とした生き方が淡いユーモアと共に綴られていて、40万部を越すベストセラーとなったのでご存知の方も多いと思います。

その中に、心にとても響く和歌が二つ紹介されていました。

一つは歌人の會津八一さんが、法隆寺夢殿の久世観音に寄せた歌で

「天地に われ一人いて立つごとき この寂しさを君は微笑む」

(私は一人で天と地の間に立っている。この寂しさを観音さまは微笑む(篠田桃紅氏訳))

もう一つは、歌人与謝野晶子さんの

「人の世を楽しむことに我が力少し足らずと嘆かるるかな」

(自分の人生を楽しむのに、少し自分の力が足りていない(篠田桃紅氏訳))

ちゅら海1 (2).jpg最初の會津さんの歌「その寂しさを君は微笑む」…OhanaとAlohaでつながっていても、すべてのいのちは助け合って生きていても、この世に生まれてから還るその日まで、自分の人生を歩いていくのは自分。道なき道を歩む、その歩みの道程はやはり自分一人で、それを肩代わりできる人は誰もいない…それは生きとし生けるものの宿命です。その道程を、その孤高を、こんなに優しい眼差しで包み、歌い上げた歌を私は初めて知りました。

そして、もう一つ、あれほど人生を走り抜き、多方面で活躍した与謝野晶子さんの「え?もっとですかf^_^;)?」と苦笑いするほどの(笑)バイタリティ溢れる歌を紹介しながら「人生を楽しむためには、人間的な力量が要ります」と篠田さん。103歳まで生きてこられた方に、シンプルにポロっとそう締めくくられては、参りました!と言うしかありません(笑)。そうか、人の世を楽しめる力量を、感受性を、スペースを、育てていくのは自分なのか。スコーンと小気味よく、杮落とされた感じでした(笑)。

篠田さんの半分も生きていない私がこんな風に感じるのはおこがましいかもしれませんが、シコリんを胸に抱えつつ淡々と歩む毎日に、これほど寄り添ってくれる本はなく、心がどこか見えない踊り場に着いて安堵のため息をつけたような感じのエッセイでした。

一息ついて、二つの歌を旅の道連れに、また今年も一歩一歩、えっちらおっちら参ります☆

 

がんが自然に治る生き方・・・していたみたい♪

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がんが劇的に寛解に向かった人たちがしたこと、取り組んだことにはいくつかの共通の特徴があるといいます。

それは下記の9つだといいます。

 

 

・抜本的に食事を変える

・治療法は自分で決める

・直感に従う

・ハーブとサプリメントの力を借りる

・抑圧された感情を解き放つ

・より前向きに生きる

・周囲の人の支えを受け入れる

・自分の魂と深くつながる

・「どうしても生きたい理由」を持つ

 

これを記しているのは、世界的に大ベストセラーになったアメリカの研究者ケリー・ターナー博士です。

「がんが自然に治る生き方」は、実はアマゾンのオススメ本に何度も出てきていましたし目には入っていたのですが、なぜか手にとったのはつい最近のこと。

博士の、データを客観的に取り扱いつつ劇的寛解に向かった人々へのリスペクトに溢れた姿勢に、とても好感の持てる本です。そして書いてある内容は、とても嬉しい驚きの連続でした。

というのもここに紹介されている人たちのほとんどが私と同じプロセス、迷いや悩み、そして道順を辿っていたからです。わあ!私だけじゃなかったんだ!そして寛解に向かう道筋を歩いているんだ!嬉しい興奮で、胸がどきどきしました(単純な人間??)。

ここに紹介されている人たちと同じように、私もお医者さんに言われたのは「なんFullSizeRender-10でこんなに大きくなるまでほっておいたの?」という冷たい氷のような、刺すような一言と「代替医療なんかやったら、あんた死ぬよ。死にたいの?」でした。

そのあまりにも人間の温かみを欠いた機械的な対応に、この人とつながる何らかの治療を受けても治る気がしないと直感で思ったこと、そして、そこから、恐ろしいほどの情報の渦をもがきながら泳ぎ抜け、がんビジネスと呼ばれるような商法の間をかいくぐり、自分の直感と体の声だけを頼りにやってきた半年でした。

時には周りとの軋轢を生じつつ、時には頑なに自分を守りつつ、仏様と閻魔大王と両手で腕を組みながらやってきたこのプロセスは、なかなか筆舌に尽くしがたいものがあります。

そのプロセスを、こんなにたくさんの世界中の人たちが共有していて、そして寛解しているなんて!これほど勇気付けられた本はありませんでした。

博士は西洋医学を否定も肯定もしていません。ただ、自分を信じると決めて(そこまでの選択を迫られて)、自分の声や直感に従って生きる決意をした人たちが見せる強さ、自分自身の心身魂とつながり直すことがもたらす内的な力の圧倒的なパワー、食事以外にはほとんどが心理面・精神面・エネルギー面のプロセスであったことへの、率直な驚きと畏敬の念が科学者の視点で綴られています。

 

IMG_1719頑固者で、やったことしか信じない意固地なところがある私は、もしも初期にこの本に出会ってもきっとこんなに入らなかったことと思いますし、なによりも、そのプロセスを、這いつくばって、命がけで、自分の直感でよちよち歩きをすることこそが、治癒へのプロセスだったと今はわかります。このタイミングで読めたことが、とても力強いマイルストーンになりました。

がんがある人も、ご家族にがんがある方も、健康な人もとても読みやすく、自分自身に内包される力の神秘に感動する本です。生きることの意味と素晴らしさがふつふつと湧いてきます♪