第3の道で歩き始めています

母の介護、サロンでのワークショップ、愛犬はなちゃんの危篤騒動で、すっかりご無沙汰になってしまったこのブログですが、同病の皆さま、ちゃんとつぼみは生きておりますのでご安心くださいませ(^人^)

体調は相変わらず低空飛行のままながら、シコリんと共存してぼちぼち元気に過ごしています。

乳がんの各種マーカーがほぼ正常値に戻ってからすぐ始まった母の介護と、同時に始まった以前と同じ量の産後ケアやマッサージの仕事。そして、はなちゃんのケア(その他、私の癖である各種お節介商会の活動(笑))

息つく間のない日常が始まり、再び自分以外の人のためにエネルギーを使い始めた訳ですが、以前の「自分のことを後回しにしている自分」という意識や構造と違った新しい意識、構造の中で動き始めている自分に気づきます。

私さえ頑張ればという子供じみた自己犠牲感でもなく

自分の現状から目を背けたり、自分自身を他者に投影して活動に没頭するのでもない

もう一つの新しいありかた。

「自分(自我)にばかりに目を向けてしまう自分から離れて
目の前のこと、人に、無心に向き合うことができる時間を過ごせる幸せ」です。

この3年間の、ガンがあることにどこかいつも心がとらわれていた時間、40年以上溜め込むがままにしてきた諦めや哀しみや自己憐憫のエネルギー、そしてそれらを溜め込み癖と向き合う時間。

それは本当に苦しく、行き場のない、余剰エネルギーで自分自身を知らず知らずに自家中毒に追い込んで行くような時間でした。

おいのちさんと出会い、自分の力ではどうにもならないものでこの世の中が出来上がっている事実に降参し、執着や努力癖を一つずつ手放していく中で

ほんの少しずつ、少しずつ呼吸が楽になり、世の中が 変えるべきもので満ちた悲しい場所ではなく、可能性や喜びにも満ちている場所であることに気づき、自分の世界が再生していきました。

そして、シコリはまだ鎮座しているものの腫瘍マーカーがほぼ正常値に戻った途端に、いきなり愛の蹴りがどこぞから入り、尻を蹴り飛ばされるような形で始まった、ガンの物語の終焉。

そこには、同じことをしているのに、前と違った心持ちや構造ではたらいている自分がいました。

この心持ち、構造で、目の前に置かれたことに精一杯取り組みつつ、でも余分な意図や はからい や 余分な努力をせずに生きていった先には、もっともっと違う風景が見えてくのでしょうか。

今はまだヨチヨチ歩きですが、この感覚についていきたいと思います。

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