自分 が 幻想だった話

前から薄々分かっていたことが確信に変わりつつあります。

自分が死と直結する病気を授かったことと、母の加齢と身体の変化の伴走のため実家に戻って介助していることなどなど…

ここ数年の内省の中で、確信に変わったことがあります。

それは

個としての わたくし と言うものは、実存していないこと。

実現すべき自己も
探求すべき自己も

表現すべきわたくしも
人との対立項としてのわたくしも
様々に思考したり

何かを証明しようとすべくわたくしも

何かを自己選択しているつもりのわたくしも

全て 幻想だということ。

 

私というエネルギーは

ただ周りの重なり合い、連なりあった糸と連動して紡ぎ合う絵の一部で

鳴り響く音楽に自然に呼応する旋律の一部で

自分の意思、自分の思考、自分の存在というものは 最初から 無い 全体の 流れ で 動き はたらき だったということ。

それはエゴにとって、抵抗すべきことなのだけれど、今の私には、今までの葛藤や苦しみからの驚くほどの開放感と解放感を伴った感覚で、視界や五感が全く新しくなった体験でした。

自分 が 幻想だったと分かってからの方が、全てが生き生き見えるのは何故かしら。

明日の風景も、なんだか、子どもの頃のように、ドキドキと楽しみです。

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