桜さく

また、春が やってきました。桜がいつになく優しく咲いている気がします。

乳がんに限らず、病気のある人や一度病気を体験した人には、春の訪れは また格別な想いがめいめいにあるのではないかと思います。

私ももうすぐ乳がんの診断を受けてからまる三年になります。

おかげさまで先月の腫瘍マーカーはほとんど正常値になっていましたが、今年もやはり、感慨深いものがあります。

また一緒に桜を見たかったりんりん。

一緒に屋久島に行こうと約束していたMさん。

今年の桜を楽しみにしていたKさん。

桜が散った頃に還っていったTさん。

私の目を通して、みんなが春を愛でている気がします。

母の不調で実家に戻っている今年の春ですが、状況や置かれた場所が同じでも、こんなにも心が変化していることに、気づいてハッとします。

ものごとの捉え方。

人生に対する態度。

自分自身への接し方。

生死の受け入れ方。

中でも一番変化したと気づいたのは、生きてきた中で傷ついてきた心や、傷だと思ってきたものが 綺麗に癒され、幻のように消えてしまっていること。

長い長い成長の旅路は、傷ついたり傷つけたりしながら、いつかそれを癒し癒されながら、静かに、ひっそりと 散りゆく桜を眺めていられるような心もちになっていくことなのかな、そんな気がします。

実家の裏には武蔵国分寺公園と言う大きな公園があり、桜が咲き誇っています。

このために、実家に戻って来たのかしら…そんな気がするくらい、たくさん桜を愛でられそうな今年の春です。

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母と しばし 役割交代♪

IMG_8851先週から、母の介助のため、実家に はなを連れて里帰りしています。

考古学になる と宣言して大学に行き、相談もなくいきなり保育士になった娘。

理想の保育や子育てを追求して、転職を繰り返す娘。

自分に向いているのは保育園での保育ではなく、個人のサポートだといきなりマッサージの道に入った娘。

相変わらず相談もなく、離婚したのでごめんなさい、これからもよろしくと 或る日突然一人で決めて 出戻った娘。

ハワイ、沖縄、千葉と放浪する娘。

そして、三年前も、突然 乳がんと分かったから家を出て 一人で養生する と告げる娘。

そんな娘に目を白黒させながらも、常識の塊のような父を説得し、応援し続けてくれた母が、私の検査結果が分かって安心したかのように、起き上がれなくなりました。

診断名は、脊椎管狭窄症。

海外での子育て、弱視の子のためのこんを詰めたボランティア、暴れん坊の娘の気苦労…過労と疲労が祟り、電動ベットの上で痛みと挌闘しながら横になっています。

折しも血液検査の結果も良く、私とシコリんの旅が一段落しようと言う時の、母の不調。

私って、どこまでラッキーなんだろう!と思いました。

神様、仏様、宇宙は、ちゃんと 私に 感謝のエネルギーを母に返すチャンスをくれたんだなと思います。

脳や内臓は問題なし。

ならば、またあのハッスルおばさんの母が思うように動ける日まで、伴走つかまつりまする♪

歩けるようになったら、二人で久高島にお礼参りに行くんだからね。

合言葉は、ごめんね、ではなく、ありがとうに。

お互い、釈徹宗さんの提唱されている「お世話され上手」を目指そうと決めました。

もうしばらく母に伴走しながら、ゆっくり、ゆっくり春を迎えます。

Himself he cooksなるつぼみ キッチン

0763C225-4F39-4530-B8A0-75B3ED8BE3C4Himself he cooks.
それは2年以上前に観た、インドの黄金寺院の無料食堂の壮大なドキュメンタリー映画で出会った 言葉であり、世界観です。

検査結果がとても良かったことを受けてこれからの食事をどうするかを考える中で、また食のことを考えさせられる出来事が重なったので、改めて自分にとって食、料理、食べること、いただくことってなんだろうと考えています。

そして、冷蔵庫に2年前に貼ったHimself he cooks.という言葉と世界観を、改めて想っています。

日本名で《聖者たちの食卓》と題されたドキュメンタリー映画は、一日に何万人と訪れる人々にお腹いっぱい食べてもらうために、一日10万食を用意する無料食堂の一日を追ったもので、何百人のボランティアの人々、それを統括するマネージャーが一丸となって、運ぶ、刻む、丸める、焼く、煮る、盛る、清掃する、洗う、洗う、洗う…そして、訪れた人々は階級を越えて老若男女が隣り合い、食す、食す、食す。

それは、もう、ハリウッドのアクション映画などを軽く越えた、ど迫力のドキュメンタリーで、全ての概念を覆されるものでした(笑)。

その入り口にかけられている言葉が Himself he cooks.

神である植物を 神として料理し 神である人々に供する。そして、神としていただく。

なんて、アメージングな世界観とその実践!
衝撃的でした。

以来、ずっとその概念が頭を離れず、そうか、そうなのか、と呟きながら毎食毎食を 植物という神を、自分という神が 自分という神のために料理して、神としていただく…そんなイメージで2年間狭い台所で作り続けて来ました。373A52B3-31D6-4682-9F12-AC58EFE11909

だから、人に食べ物をお出しする時も、Himself he cooks.

作っている時も、みんなが食べいる姿を観ている時も、自分が命の循環のパイプになっているような、とても妙なる気持ちになります。

そして、それは、食べ物だけにとどまらない概念なんだなと思います。

例えば、わたしの仕事である ハーブを使った産後ケアのユーファイ。

タイの山奥のオーガニックの畑で作られたハーブ(神)を 神として 神である産後のお母さんを マッサージします。そして、お母さんも神としてゆったりとそれを享受しています。その横で、生まれたてピカピカの神である赤ちゃんが寝息をたてています…そんなしあわせな 時空を越えた空間が出来上がっているのです。

生活の全てがそんな循環であることを意識できれば、それはとてもスピリチュアルな生き方なのかもしれませんが、そこまでは聖人ではないのでなかなかできません。

7B292E38-7E8D-44CA-8B09-07B465E3B516でも、してあげる人としてもらう人、差し出す人と受け取る人 という二項を超えた概念で 食事を作り、仕事をすることは、わたしの心身をとても健康に保ち、高めてくれることは確かです。

Himself he cooks. で今日もユーファイに向かいます。

 

腫瘍マーカー正常値に戻りました

昨日、半年ぶりに受けた血液検査での腫瘍マーカーの結果が出ました。

私の場合、治療をしないという選択をしているので、どこのお医者さんからも定期的な血液検査を断られます。治療を前提にしないなら検査も必要ないでしょうと5件に断られました(T ^ T)。(私の友人も同じらしいので、これは医療制度やお医者さんたちの意識がまだ予防医学に向いていないことに因るのだと思います)

CEA(胃がん、大腸ガン、乳がん、卵巣がん、子宮頚がん)、CA19ー9(消化器系がん)、CA125(卵巣がん、子宮体がん、子宮内膜症)、CA15ー3(乳がん)を、一回で検査できる自宅キットはなく、キットでの自己採血に加えて健康診断センターでの健康診断のオプション検査で定期観測してきました。

今回は、銀座にできた血液検査ラボというところの検査キットだと全部が網羅されているので(保険対象外)とても便利!ということで、先日受けてきました。

そして、届いた結果は

CEAが若干高いものの、それ以外の数値は驚くほど低く、正常値でした☆

とくに定期観測してきたCA15ー3は今回は初の10台で17.5。
CEAも一時期は80近くあったのですが、異常値ではあるものの12.0で落ち着いています。

これまでの推移は
◎CEA(5以下が基準値)
2016.3:21.9
2016.5:46.8
2016.7:79.1
2017.1 :46
2017.7 :3.5
2018.3: 12

◎CA15-3 (23.5以下が基準値)
2016.5 : 25.6
2017.1 : 60.1
2018.3:17.5

(それ以外のマーカーは今までずっと正常値です)

6センチ大だったシコリんは、少しずつ縮小してきていて、3センチ強(というのも、つぼみのしこりんは凸凹で横長なのです)、横を向くとバセットハウンドの鼻面のようなお胸だったのが、今はぶつけた後のコブ状になっています。半年前のCTでは、転移なし。

これって(๑˃̵ᴗ˂̵)ワイン一杯くらい飲んでお祝いしてもいいのかしらん♪

と喜ぶ私に、家族はこれこれ、ここからですがな、ここが粘りどき!と慎重ですが(笑)、今朝の目覚めはとても爽やかでした。

これからも食事による身体ケアと温熱は続けて行きますが、それはその方法が私の体調にいいいから。

それに加えてこれからはもう少し、身体を強くして行く方法を取り入れて行きたいなと思っています。

そして、何よりこの3年間にシコリンが私に教えてくれたALOHAな生き方を忘れずに、いのちの源 おいのちさんと繋がりながら、身軽に、大切に、こだわらずに生きていきたいなと思います。

それを教えるためにつぼみのところに舞い降りたメッセンジャー、シコリんに感謝です。

おいのちさんが生かすと決めたこのいのちを、自分自身に、そして社会に投げ出していく生き方を模索して行きます。

3年前抗がん剤と化学療法を一切しないという選択をし、以来一人で黙々と食事療法と自宅での温熱を続ける娘、半年前チャンスだから全摘してリンパもとりましょうというお医者さんの提案を頑として受け入れなかった娘を、内心はらはらしながら見守ってくれてきた両親の忍耐力と寛容さと信頼には本当に感謝しかありません。

歴代のお医者さまに、このままじゃ死ぬよ、自然療法をしたら死ぬよ、今切らないと死ぬよ、手遅れになって死ぬ前に戻って来ないでね、と何度も何度も呪文のように言われてきたにもかかわらず自分の道を貫く娘の選択を、どんな気持ちで見守ってきたのでしょう。

私が親だったらこんな風にサポートして見守れたかなと思うと、本当に両親に感謝です。

本当にありがとう。

私に愛をたくさん注いでくれるOhana達に、心からの愛と感謝を。

私より一足先に旅立ち、むこうから私を見守ってくれているりんりん、まちさん、kさん、ありがとう。

いつもご心配いただいたり、お祈りや励ましをいただいている皆さん、本当にありがとうございます。

これからも、ぼちぼちと、歩いていきたいと思っています。

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