愛すること を 再び フロム先生に教わりました

保育士をしていた20代の頃に読んで、わかったような気持ちになっていた著名な心理学者に、エーリッヒ=フロムがいます。

フロイト、ユング、エリクソン、ウィニコット、マズロー…さまざまな心理学者の著作を自分なりに読んで、その時は、それぞれにそうかそうかと納得したり、開眼したつもりになっていたりしましたが、今回ご縁あって久しぶりに出会ったフロムさんにはカウンターパンチ、パラダイムシフト、オセロをひっくり返されたような驚きをもらいました。

フロムの名著『愛するということ』を解説している鈴木晶さんの解説に、こうありました。

「フロムは、愛を与えることは自分の生命を与えることだと述べています。

ここで言っている生命とは「命」のことではなく、「自分のなかに息づいているもの」のことです。

相手に対して「自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分の中に息づいているもののあらゆる表現を与える」ことが愛だとフロムは言うのです。」

愛すること 与えること は 物心ついた時から自分の中でずっとテーマでした。

 

幼少期の海外で、貧富の差や不平等、差別などを目の当たりにしたことも、その傾向に拍車をかけました。

その後の保育や子育て支援、体のケアの仕事を始め、家族、パートナーとの関係においても、そのテーマにはずっと向き合い続け、自分は偽善者なのか、マゾヒスティックな愛情なのか、たんなるナルシシズムなのか、犠牲者コンプレックスなのか、と何度も何度も、数え切れないくらい検証して、突き詰めた時代もありました。

夢中になってしまい、自分自身の心身の健康を後回しにしてしまう癖はもはや鍛え抜かれた筋肉反射のようなもので、シコリんを授かって人生を生き直しても、やり方を変えようとしても、どんなに理性でコントロールしようとしても、その部分を変えるのは不可能なことに最近気づいて、ションボリと膝を抱えて横になっていじけていました(笑)

 

けれど、この一文は、カウンターパンチでした。何度も何度も、スローモーションで観たいくらいの衝撃の瞬間でした。

そうだったのかー((エコー)かー、かー、かー…)

命やエネルギーを、文字通り 母の乳のように与えるのではなく

自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分の中に息づいているものあらゆる表現を 与えるのか。

なんたる衝撃。20年前に読んでいたのに(笑)!

何に対しても全力で、手抜きが出来ず、夢中になってやってしまう性分は変えられなくても

愛すること、与えることの 内容を「命」「生命エネルギー」から「息づいているもの」にシフトすることはできるかもしれない。

そうすれば、この絶え間ない全身疲労感、気虚、血虚、腎虚感もきっともう少し和らいで、爽やかで、バランスの取れた日がもう少し増えていくかもしれない(笑)。

希望が湧いてきました。

ありのまま 全くの自然でいることと 全力で愛し与えようとしてしまうところの 中間の、 いい按配 が見つかりそうな予感がしてきました。

110C7EEC-773B-4B98-A0D5-40F10536D852