執着する暇がないくらい 創造的に

執着してしまうのは

創造的でないから。

今 を生きていないから。

ありのままの自分自身を受け入れていないから。

依りすぎているから。

心の中に その種をせっせと撒き続けているから。

刈り取っていないから。

 

一度 心の庭を 綺麗に掃除して

執着する心が入る隙間がないくらい

自分が楽しいと思える時間にしていこう。

 

執着する暇がないくらい 今を生きよう。

 

今までの自分というものを忘れるくらい

新しい選択を楽しんでみよう。

 

あと何年生きるか 神様にしかわからないけれど

「ああ、色々あったけど楽しかった ありがとう」

だけを持って還れるように。

 

今日 気づいて良かった。

今日で良かった。

ありがとう。感謝します。

 

 

 

執着

そうか

全部

知らず知らずに

私の執着だったんだなと

ようやく気がついた。

 

良かった過去も悲しかった過去も、

持ち続けている感情も記憶も、

信念も思い込みも、

抱えている問題も、

踏み出すのをためらう理由も、

Noを言えない心も、

人間関係も仕事も、

癖も性格も、

体質も病気すらも、

夢も、想いも、

大切な人への祈りすらも…。

 

いつのまにか、

もしかしたら、そのスタートから。

 

妨げているのは、

苦しめているのは、

握りしめているのは、

放っているのは、

縛り付けているのは、

執着だったんだな。

 

 

「神よ

変えることの出来ない事柄については

それをそのまま受け入れる平静さを

変えることの出来る事柄については

それを変える勇気を
そして

この二つの違いを見定める叡智を

私にお与えください。」(ニーバーの祈りより)

 

でも、

もしかしたら、その祈りすらも執着なのかもしれない。

 

真の祈りは きっと

感謝だけなのかもしれません。

 

何度でも 腹をくくり直して

10年前くらいから成長して来たと思われる シコリんが、乳がんだとわかってから2年と十ヶ月になろうとしています。

シコリんは身体という叡智からのメッセージだと受け止めて、生活、くらし、食べ物、考え方などの舵を大きく切ってここまでやって来たことは、拙い文章でここまで綴って来ました。

両親始め、さまざまな人たちにサポートしてもらいながら、自然療法で身体の声に耳をすませながら、自分で整体をしながら、考え方や生き方を自分の生命力が元気になる方向を模索しながら、よちよちと歩いて来ました。

2018年1月現在は、まだ左胸に3ー5センチ大のシコリがあり、時々溜まったリンパや血液を排出しながらも(排出すると少し小さくなります)、おかげさまで転移がなく、共存できています。

昨年、手術をして取るという選択をしないことを決めてからは(詳しくはコチラ)、徐々に私の中で 乳がんをもった人 と言うセルフイメージがなくなり、乳がんを機に 人生を作り変えているチャレンジャーというイメージに変わりつつあります。

乳がんがあろうとなかろうと、今現在は進行してなくて、転移していないのであれば、生きることだけにフォーカスして、この先どうやって生きていくかを考えていく方にシフトしていかなくてはいけません。

ただ生き続けるのではなく、この2年半のメッセージを受け止めて、自分の本質を生かしながら、自分らしくいのちの花を咲かせ、実りになっていきたい。そうすることで、きっとこのシコリんも、メッセンジャーとしての役割とウォッチドッグとしての役割を全うできるはずです。

けれど現実は…
サラリーマン家庭で専業主婦の母に育てられ、理想主義で世間知らずのおっとりセラピスト、45歳バツイチ独身で一人暮らし。貯蓄なし、固定収入なし(・∀・)。幸せにしてあげたいバディはなちゃんもいます。

さてはて、この先どうやって暮らし、どうやって自活していこうかしらん。
しかも、また今までのように自己犠牲したりがむしゃらに生きるのではなく、自分の本質を生かしながら、いのちの花を咲かせながら…

そんなことを考え続けて来た数ヶ月、時には悶々とし、時には自分のこれまでの様々な選択を疑ったり、時にはこんなチャレンジは無理なのではないかしらんと絶望的になったり。

けれど、それでも、自分の乳がんのことに囚われ、そのことを常にどこか頭の隅で意識せずにいられなかったこの2年間に比べて、なんて幸せで恵まれた悩みだろうと思うのです♪

そして、この状況をまるごと全肯定して、一つ一つのことを mustやshouldではなくwillに変えて、自分の選択、自分の自由意志でこうしたのだと胸を張って言える人生を、自分でコツコツと作り上げていくしかないのだと腹をくくろう。

そう思うと、誰かや何かに期待する心やそれに伴う不安が静まって、しんとした心に自分の呼吸だけが聞こえて来る静かな時間が訪れます。

今の自分に、そして、自分として生きることに、何度でも腹をくくり直して、「うーむ、こんなはずではなかった気がする」という思考回路をその都度ブチブチと切りながら(笑)、時に落ち込む自分も抱擁しながら、一歩一歩歩いて生きたいと思うのです。

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「変わらない願い→実現済み」=「新しい願い→やっぱり実現♪」

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はなも つぼみと一緒に寝正月

晦日から元日にかけて、バタンと心身がダウンしていたため、あまり出かけず家にいました。

その間、この10年ほど前からの手帳やメモ、新年の抱負などを読み返していました。

驚いたのは、10年前から、文言や言い回しは進化しているものの、望みや願いが同じであること(笑)!

そのほとんどが、内面の成長や世界平和、自然と人間の共存について何かできる人間になれるように願ったり、誓いを立てたりしているもので、思い返すと、小学生の頃から全く変わっていないことを実感。IMG_8344

良いのか悪いのか…(^_^;)。うーむ。

そして、もう一つ驚いたのは、世界や社会の動きは別としても、個人的なことに関してはほとんどが叶って達成されていること!

中には20代後半に書いていたこんな文言や…

「いのちの神秘を体験し、一人いのち研究所/ラボを立ち上げる」

(確かに、この2年と9カ月は、いのちの1人ラボだった…(・・;))

 

また、乳がんとわかる10年以上前に書いた、こんな文言も。
これには、心底びっくりしました。

↓↓↓

「もしもわたしが、家族や多くの人が怯え恐れているガンになったら、上手に向き合って、ガンが怖くないことを家族や友人に伝える」

いやはや…

本当に、全てが、自分が心底願った通りになることを実感し、驚いた新年でした。
(それにしても、ここまで身体を張って実現せんでも…と、自分の泥臭さに驚き呆れます(^_^;))

世の中ではこれを「引き寄せの法則」と呼んだりするのでしょうが、いずれにしても、自分が心の奥底で願ったことは、忘れた頃にきちんと、100%実現するということを身をもって実感しました。

 

最後に一つ驚いたのは、自分自身の経済的な安定や社会での成功などが全く書かれていないこと!(笑)(@_@)

清貧こそ美しいと信じ込んでいた少女時代のままの私に愕然(笑)。

理想100%の、もののけ姫のようなエネルギーで書き綴られたメモ達に、愛しさと苦笑が込み上げてきて、そんなアルテミスような自分をぎゅーっと抱きしめました。

幼くも、純粋で、一直線で、愚直だった今迄の人生。その人生に、優しく幕を下ろして、次のステージに向かう時を迎えています。

ガンになってわかったことの1つは、いのちのことだけではなく、多くの人にとって、病気をした時の悩みの一つは経済面です。

わたしは治療しない選択をしたので、治療費の代わりに食事療法や仕事を減らしての養生に入りました。
その間、独身バツイチでセラピストのわたしを、経済的に支えてくれたのは70を過ぎてもなおボランティアや仕事を続けている精力的な、幾つになっても大木のような父。

ありがたくて、涙が出ます。

そんな父の脛をかじり倒さないためにも、転移がなく、乳がんとの共存の仕方を覚えたからには、今年そのメモ達に書き加えるのは、理想だけではなく、もう一つの大切な車輪、経済的な自立です。

理想がないと死んでしまう人間なので、世界の子供達の教育、自然と人間の共生、人間による自然破壊や殺処分を減らす活動など、支援したい活動は多数。

となると、自立プラスαで経済的なゆとりや、豊かさも、この先の私の人生にはmustです♪

かと言って、生れつき体力がなく、丁寧に暮らさないとシコリンがまた張り切り出す体で、かつ元々ガツガツできない、ビジネスライクになれない人間であることも確か。

ここは、知恵を使いながら、宇宙の智慧と流れに身を委ねきってやっていくしかなさそうです。

そんなわたしには、過去10年間のメモに書いてあったことがほとんど叶ってきたことは、何よりの励ましになりました!

お金をしっかり稼いで、それから精神的ゆとりや豊かさを…という普通の、世間的な流れとは真逆の流れを生きている私ですが(笑)、2018年からは大きく変化していけそうな予感がしています。

2018年も、引き続き、シコリんとつぼみ(と はな)の旅におつきあいくださいませ。

よろしくお願いいたします。

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What a wonderful world !

 

2018年もよろしくお願いいたします

2018年が始まり、はや7日。

七草がゆの日を迎えています。

おかげさまで、今年も元気に迎えることができ、ありがたく七草がゆを啜っています。

昔はこのシンプルな美味しさ、奥深さが分からない 味覚をしていたなぁとしみじみ思います。

お塩と出汁で作ったシンプルな七草がゆを、昆布と椎茸の煮しめをお供に、今日は白米でいただきます。

年末は心身ともに深海に沈んでいましたが、年が明けてからの心身の穏やかさ、静けさ、そして、静かなのにどこか賑やかで華やいでいる感じを味わっています。

乳がんとわかってからセーブしていたロミロミや整体を解禁にしまして、12月はおかげさまで満員御礼の毎日だったので、食べるものや食べ方がぞんざいになってしまいました(・・;)

それが30、31日に深海(というよりもう、海溝!)に沈んだ原因だなと反省しています。

相変わらずオンかオフしかないところ、そして全力、全開以外のやり方がわからない人間なのだということを改めて実感。

(もう少しスマートにできたらなぁと、ないものねだり(笑)。でも、そんな自分も受け入れないとですね)

自分のために手をかけたマクロビ御節と、七草がゆで、身体がみずみずしく生き返っていくのを実感した年の初めでした^ ^

今年もいのちあるもの・めぐみを、丁寧に、感謝して作り、味わっていただいていこうと思います(๑˃̵ᴗ˂̵)

そして、オン オフしかないのなら、オフの日をきちんと作りながら、バランスをとっていい一年にしていきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします(๑˃̵ᴗ˂̵)

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