ありがとう おやすみなさい また明日

IMG_7590いのちの不思議に触れる喜びを体験した1日。

たくさんの人たちの笑顔が見られた1日。

この道で良かったんだなと確認できるような 嬉しい出逢いと 対話。

 

1日の終わりには

イベントのお土産の美味しい野菜寿司とお味噌汁。

暖かいお風呂と心地よい部屋。

はなちゃんのスヤスヤの寝息。

綺麗な綺麗な三日月。

大好きなソフトジャズを流しながら

目を瞑って気持ち良く活元していたら

生きてるのが嬉しくて嬉しくて

笑いがこみ上げてきました。

私を生かしてくれる全てに
ありがとう。

私につながる全てに ありがとう。

おやすみなさい。

また明日。

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自由

IMG_7548自分を 人を 世の中を

出来るだけ 出来るだけ
まっさらに観られるように
そしてalohaな心で愛せるように

自分のストーリーからも
自分の掴んでいる信念からも
自分の恐怖や不安からも
まぼろしの「世間」から取り入れた価値観からも
神話、宗教、信条からも
どんな高いと言われるスピリチュアルな教えからも

過去と言うまぼろしからも
未来と言う幻想からも

自由でいたいと心から思いました。

大事なのは
今 この時 ありのままの自分 目の前の大切な人。

向かい合って微笑むおいのちさんとおいのちさん。

そこに柔らか焦点を当てている時だけ
alohaのエネルギーが流れ込ん
本当のことが分かるということが、ようやくわかりかけてきました。

もっともっと
alohaに ありのままに
自分と 目の前のおいのちさんを
愛せるといいなと心から思います。

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おいのちさん

「おいのちさん」は、昨年私の手にふわりと 降りてきた物語です。

乳がんとわかってからの私の旅は、おいのちさんと出会う道に繋がっていました。

シコリんこと乳がんと向き合うたびに聴こえてきたのは、優しく穏やかなおいのちさんの声。

そんな旅の物語が、同じ病気の方やそのご家族、ご友人、いのちのことに思いを巡らせている人たちの手元に、届きますように。

そして、お一人お一人が、おいのちさんに出会えますように。

たくさんの感謝を込めて。

2017年11月18日 つぼみ

 

字幕で英語版と中国語版が観られます。スマホ版からの設定はコチラをご参照ください。
https://sumahosupportline.com/youtube-subtitles-translation

初めて知った 感情との付き合い方

IMG_7541先日ご紹介した、末期ガンで臨死体験をして、その後奇跡の治癒を体験したアニータさんの2冊目の本を読み終わりました。

こんな特異な体験をして、しかも、人類の多くが到達しようと努力している領域に足を踏み入れたにもかかわらず、いえ、それだからこそ?、アニータさんはどこまでも謙虚で、とても普通に葛藤し、悩み、向こうでの経験とこの現実を生きることのギャップについての戸惑いを、とても正直にシェアしてくれています。

世界中の人の期待に応えなくては、と再び以前より巨大な葛藤を抱えることになった自分、再発の恐怖をささやかれ思わず漢方の権威に再び自分を委ねようとしてしまう自分、自分に正直であろうとした結果人を失望させてしまい落ち込む自分を、そのままシェアしてくれています。

ああ、なんて正直で、まっすぐで、美しい魂だろうと思わず一緒に泣き笑いしてしまうような本です。

 

私もアニータさんほどの強烈な体験ではないのですが、おいのちさん が私を生かしていることに気づくような体験をして、おいのちさん という物語も降りてきて、色々と見えて来たことがたくさんあるのに、日々葛藤し、七転八倒しては、その心のチリをよいしょ、と払い直しての繰り返しの毎日なので、自分ごとのように共感します。

全てが愛でしかない世界を体験して来たアニータさんだからこそ、一見ネガティブに思えるような全ての感情も、エゴも、大切に扱うことが大事だと言います。

全てが愛の光だとして、感情はその光を個々人というプリズムを通して生まれる7色の色のようなもので、どの色が欠けても光として不十分だというのです。

またエゴは自分と他者を分けて自分というものを味わうためにあるものだから、それも抑圧する必要は全くなくて、ただ、それを無批判に愛すればいいと言います。

私の中にも、できるだけ感情を抑え、エゴを抑えようとするプログラムが根強く根付いています。(それは一人でいる時でさえも発動します)
悲しいことがあってもなるべく理性的に対処して穏やかでいようとするところがあります。

平和主義だとよく言われますが、ただ、そのプログラミングが脳全体に巧みに行き渡っているのだと自分では感じています。

でも、最近の自分の状況とアニータさんのメッセージがシンクロして、悲しい時は泣いてもいいんだということを学びました。
IMG_7542ただ、ただ、泣いたらいいし、怒ったらいいし、しょげたらいいのだと分かりました。

その代わり、そこに余計なものが混じって来た時には、NONと言うことが必要なのだと学びました。

それは、

自己批判や他者批判、出来事への批判や否定。
過去の掘り返しや、未来への杞憂。
各種妄想、幻想。

これらが入って来た時だけは、それは私には必要ないんだ、今はただ泣きたいので放っておいてね、と入室をきっぱり拒否する。

それができれば、涙が出る時はそのままその感情が通り過ぎるまで泣いてOKなんだということ、そして、それが自分の心身魂を癒すということが、初めて体験的に分かりました。

そんなことをまた一つ学びながら、自分を、そして自分に繋がる他者を、無条件に愛するための今日を、自分に正直に、感情に正直に生きたいと思います。

おやすみなさい

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と言うわけで

今日も

ようやく

左脳のおしゃべりも

分析も

気づきも

一人ジタバタも

し尽くして

いい按配に

精魂尽き果てて

力尽きてきたので

ここから実践タイム…

心閑かに 委ねて

揺りかごを

誰かに揺らしてもらっている

幼子のように

眠りにつきたいと思います。

今日はいい夢を見られますように。

みなさま

おやすみなさいませ。

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繋がりました

IMG_7532親鸞聖人のこんな言葉があります。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなり」
(長い年月阿弥陀仏が考え抜かれ、立てられた本願をよく考えてみると、それが全く親鸞一人を救わんがための本願であった)

よく読むととってもオメデタイの極地で(笑)、これぞ南無(お任せします)の境地、さすが親鸞聖人だと唸らせられる言葉です。

大好きなミヒャエル=エンデの「モモ」にも、時間の殿堂に連れてこられたモモが、全ての惑星や星々が自分一人に語りかけてきているのに気づき、その壮大さに打たれるシーンがあります。

この出会いは、この言葉は、私に届けられるために宇宙にずっと前から用意されていたものなのだと思わせられることが、時たま起こりEpiphanyを感じることがあります。

この『喜びから人生を生きる』という本もその一つで、作者のアニータさんの個人の体験を通して、まるで宇宙が私個人に直接話しかけているような感覚に陥る本でした。

香港のインド人社会で育ったアニータさんは、イギリス人の通う学校に入学した為何年もいじめられ、かといってインド人社会の慣習にも馴染めず、自分を抑圧し制限して生きているうちに、リンパ癌にかかります。(私も香港で育ち、イギリスで思春期を迎えいじめにもあっているので余計に重なりました)

様々な代替医療を3年試すも、努力虚しく彼女は悪化の一途を辿り、ついに病院に運び込まれた彼女に医者が死亡診断書を書き始めます。アニータさんは戦いに疲れ果て、全てを手放し向こうの世界に移行しかけます。

彼女が踏み入れた世界は、愛しか存在しない世界でした。そこで彼女は、全ての真実を瞬時に理解します。

そして、こんな言葉が彼女の中にうかんできます。

「自分の歩んできた道のりを見てみなさい。
どうして自分にあんなに厳しかったんだろう?
どうして自分を責めてばかりいたのだろう?
なぜ自分を見捨ててしまったの?
どうして自分のために立ち上がって、自分の魂の美しさをみんなに示そうとしなかったんだろう。」

「どうしてありのままの自分でいる許可をいつも他人に求めていたんだろう?
なぜ自分の美しい心に従って、自分の真実を語ろうとしなかったんだろうか?」

そして、彼女は「私が抱いた多くの恐れや私の持つ偉大な力が、この病気となって現れてきた」ことに気づくのです。

IMG_7531そこで体験した圧倒的な愛の世界やワンネスの体験を、この地球でもう一度体現する為に、彼女はもう一度ぼろぼろの肉体に戻ることを決意します。
そして、意識が戻ってからほぼ3日で、奇跡の回復をとげて全ての癌が残らず消えてしまい医者たちを驚愕させるのです。

現在アニータさんはこの体験をどう現実社会に生かして生きて行くのかを模索しながら日々を生き、その葛藤や気づきを世界中の人々とシェアしています。

彼女の本に綴られた言葉は本当にニュートラルな言葉ばかりで、どれも宇宙から私に向けた音楽のように聴こえて心の響くのですが、特に下記の言葉は何度読み返しても新鮮で、ハッとさせられます。

「これまで持っていた教えや信条は完全に消えていました。この状態が、私の身体の“修復”を許したのです。言い換えれば、私の癒しに必要なのは、信念を捨てることでした」

「自分の生命が望むような人間になることを許した時、私たちは最も強力です。ですから、私の意識的な行動が完全にストップし、生命力が支配した時、ヒーリングが起こりました。言い換えれば、生命に対抗せず、生命と協力している時、一番強力になれるのです」

宗派は違いますが、禅宗の道元禅師のこんな言葉が浮かびます。

「この生死は、すなはち 仏の御いのちなり…ただ我が身をも心をも はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもていくとき、ちからもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる」
(アニータさんの言葉風に訳すと、「私たちは愛の一部です。自分をそのエネルギーにゆだねきって、努力したり、意識的な行動をやめた時、生死を恐れて生きる心を離れて強力な力をもった愛の存在になるのです」)

おいのちさん 親鸞聖人、道元禅師、モモ、アニータさん

全てが私ににっこり微笑みながら、おなじ方向を指さしています。そして
私の全てにまるごとOKを出してくれています。

私がすることは、全幅の信頼を持って、宇宙=愛=仏の家=おいのちさんのふるさと に自分を投げ入れて、私と言う個性を、自然に生きるだけ。
自分の魂の美しさ、ありのままの私を認め、育み、大切に育てるだけ。

IMG_7502全てがつながっているので、私がその世界に身をゆだね切った時、私のいのちの持つ偉大な力と繋がり、それが私を流れるのを許した時…
私の愛する全てのOHANAも癒され、その本来の美しさを生きることができる…そう思うと、自分のためだけよりも、愛する人たちのことを想うと俄然やる気が出て来るつぼみ的には(笑)、よーし!と力がこんこんと湧き上がって来るのを感じます。

ちょっぴり辛口の、大好きなOHANAもこの本はGOOD!と絶賛?していた『喜びから人生を生きる』(アニータ=ムアジャーニ ナチュラルスピリット社)。

ピンときたら手にとってみてください。

 

 

環になって

IMG_7451この世界はいのちのダンスパーティーなんだなと感覚的にリアルに感じることがあります。

とくに最近は、それが1日のうちに何回も感覚としてやってきます。

全てが大きな大きな環になって
目の前のダンスパートナーと
壮大なロンドにのって
その時々の精一杯のダンスを踊っています。

踊り終わったら
次の人とまた違うダンスを踊る番。

新しく、でも、少しずつ上手に、自分らしいステップを身につけながら
繰り返し 繰り返し 踊ります。

そんないのちの饗宴、ダンスパーティーに参加しているような感覚です。

この人、このご縁、この関係も
いつか必ず時が来れば
終わってしまうことが
分かっているからこそ

最後のひとステップまで
愛おしく 優雅に 胸を張って
自分らしいステップで
踊り切りたい。

最後の余韻まで味わいながら、大切に、大切に。でも、出来れば軽やかに。

それは人と人の関係だけではなく
動物も、植物も、関係性も、場も
同じです。

一瞬一瞬を
愛おしんで慈しんで
でも 執着する心を手放して
ダンスが終わったら手を振りながら
また会う日までご機嫌よう。

そんな感覚を感じながら目を閉じると
時間が止まったような感覚になり
そこにあるのは
ロンドの音楽だけになっていきます。

不思議な浮遊感
愉快な夢を生きている感覚に襲われます。

映画「死ぬまでにしたい10のこと」で、余命を宣告された主人公がスーパーに入ると、普通に買い物している人たちがダンスをしているように見える素敵なシーンがありますが、そのペアダンス版、という感じでしょうか。

今日も、そんなダンスを踊るために、大きく深呼吸して大きく伸びをして、カーテンを開けて1日を始めます。

 

病気も個性

先日、友人と話していた中でふと口をついてでて来てた言葉。

「病気も、1つの個性だから」

自分の口をついてでた言葉なのに、ハッとしました(笑)。

そうか、病気というものも 個性の一つなんだ。

たとえそれが、ガンというものだったとしても。

例えば私の場合で言えば

DNA、もともとの体質、乳がんができるに至るまでの暮らし方、食べ物や食べ方、考え方、ストレスの対処の仕方…

全てが私の個性であり、その発露としての病気と捉えると病気も個性と言えます。

乳がん単体を受容して愛を送るのではなくて

乳がんを生み出した個性を持っている私そのものを、ありのまま全受容し、愛する、愛しく思えばいいんだ。

そんな自分の人生の今までも、今も、これからも、全受容すればいいんだ。

そう決めたら、身体の芯から余分な力がまた一つ抜けた気がします。

乳がんになった生き方を分析し、そこから改善点を見つけようとしてきたこの2年半から、まったく違うステージにふわりと舞い上がった気がして、嬉しい今日この頃です。IMG_7439