おかえり ただいま これからよろしくね

梅雨の時期に入りました。腎臓も肝臓も肺臓も大忙し!の中、心境も大きく変化していて、この2年数ヶ月の自分の心の変化の整理が進んでいます。

乳がんと分かって、医療に頼らず自分の体と心と向き合う道を選んで、最初に見えてきたのは深い人生への絶望感でした。
全身に染み付いてしまっていた深い諦め、哀しみ、希望を失っている心を脱ぎ捨てるのに、長い時間が必要でした。それでもOHANAのみんなの力も借りつつ、よいしょ、よいしょ、と唸りながら脱ぎ捨てました。

その次に見えてきたのは怒りでした。

子供の頃からなかったことにしてきたり、感じないようにしたりしてきて積もり積もっていた怒りを、時に爆発させたり解放したりしながら、それもよいしょ、よいしょ となんとか脱ぎ捨てて…

次に見えてきたのは、根深い根深いコンプレックスでした。

自分はこのままの自分で存在していてはいけないのだ、劣等生でこの世に生きる合格点に達していないのだ、というコンプレックスを埋めるための 「過度」な努力をせずにいられない心理と、その裏側にある「自分が特別であると思いたい」心理でした。

時に他者に過度に親切なのも、他者に過度に寛容なのも、趣味や料理やなにか閃いたものに周囲が驚くほど没頭しすぎるのも、過度に何でも我慢するクセも。

そして、もしかしたら乳がんと医療抜きで向き合い続けるぞ、自分で自分を癒すぞという過度で頑なな意気込みすらも、自分を特別視したい心理が働いているのではないか…。

ある友人の言葉と、ある本の一節がきっかけでそのことに気づいた時は本当に悲しくショックで、一晩膝をかかえました。

うめきながら、泣きながら、その心もよいしょ、よいしょ。

これを全て脱ぐには、きっともう少し時間が必要で、これは繰り返し繰り返し、定期的に脱いで行かなくてはいけない帷子なのだと思います。

けれど、その心、重い重い帷子を脱ぎかけた隙間から垣間見えてきたのは、とても意外で、でも心の片隅のどこかで知っていたもの、私の深いところに眠っていた普通の「望み」でした。

それは、あたたかい 普通の家庭 。

毎日そばにいてくれる温かい普通のパートナーがいて、些細なことで笑いあえて、時にけんかして、仲直りして。子どもがいて、毎日大忙しで、子供にはのび太のママのように怒ってばかりで、でも寝顔を見ると全部許せて。

雨の日も、風の日も、一緒にいる普通の家庭。ぶつかることはあっても、一緒にみんなでご飯を食べる毎日。犬や猫も仲間入りして、大賑わい。

普通のあたたかい家庭を、普通に築いて、普通に、自然に生きて、年老いていくこと。

小さな小さな私が、まだコンプレックスを生きる前に望んでいた 小さな、温かい夢でした。

走り抜いてきた40数年間は、過度に、なんでも必要以上に頑張ってきた人生でした。
女性たちや子供達のためにという救済者の衣をまるで自分の本当の肌のように密着させて生きてきた20代から30代。
この理不尽で子供たちが生きにくい社会を変える一助となりたい、そのためにもっと強くなりたい、と旅を続けた30代後半。
夢も潰えて、旅の途中で迷子になってしまって、自分自身と向き合うことになった40代。

42歳で乳がんと分かり、パラーダ(タンゴで言う「停止」)。

その闇雲な歩みが一度緩んだことで、おいのちさんと出逢うことができました。

そして、今、様々な衣を脱ぎ捨てて見えてきたのは

本当の望みと

幼子の時以来初めて逢う、ピュアで 自然体な 私自身。

びっくりするくらいの安堵と、もうその望みが叶わない年齢になっていることへの深い感慨と。でもそれに気づくができたことで、私自身に大きく一歩戻れた喜びと安堵があります。

乳がんは本物であれば分かってから大体14年の寿命、と言います。もちろん本当の初期か、よほど人生や暮らしを変えた時、それが無くなることはあり得ます。
私で言うと、32歳くらいの時に小さな良性のシコリが見つかり、それから今の46歳で14年。大きくなり始めたのは震災の後の2011年だったので、そこから数えるとすると、あと8年。

もしかしたら、なくなるかもしれないし、このまま共存できるかもしれません。でも、それは天にしかわかりません。望みは捨てずに、でもどこかで静かに覚悟を決めながら生きています。

そして、今本当の望みがなんだったのかを発掘できて思うのは、生きているうちに気づけて本当に良かったということ。

もし来世というものがあるのなら、ここからやり直せます。

その望みを「追いかけて」そこに「向かって」行くこと、「努力」することはもうしないけれど、また一つ要らない心を脱ぎ捨てて、身軽に、私のままで生きて選択してことが出来るような気がします。

おかえり、ただいま。そして、これからどうぞよろしくね。

初めて?久しぶりに?出会う自分に挨拶をしています。