三木成夫先生 お久しぶりです。そして、はじめまして。

あの世に行ったら絶対に受けたい授業が3つあります。

それは、神話学者で知の巨人ジョゼフ=キャンベル先生の授業。魂の教育者 林竹二先生の授業。そして、解剖学者にして生命哲学者である 三木成夫先生の授業です。

私が彼らのしごとに打たれ、その深淵さを理解したいと彷徨い始めた20代前半には、残念ながら全員向こう側へ渡ってしまわれていましたが、私の人生を変えたこの3人の巨人の講義を、私もあちら側は行った暁きには100年くらい聴き惚れたいと宇宙にリクエストしています。

特にこのところは、三木成夫先生の生命論に再び打たれています。

歴史の教師を目指していた大学在学中にたまたま出会った三木成夫先生の著作。その生命観、先生が観て感じ取っていた宇宙の調べと律動に、すっかり打たれて酔っ払いになってしまった私は、その調べにただただついて行きたくて、進路を歴史の教師から乳児と触れ合える保育士へと迷いなく進路変更して、周囲を驚かせました。IMG_6524.JPG

乳児保育の世界にどっぷり浸かった10年間。その後ロミロミと言うボディワークを通して述べ2000人近い女性達、妊産婦さんの身体に触れて来た10年間。

途中で出産に立ち会い、その誕生まで付き添わせてもらう体験もしました。

そして、ここ数年は、乳がんを通して自分自身の身体と向き合い、私の身体と心に鳴り響く不協和音をどうしたら調和した調べに出来るかに、じっとフォーカスして来ました。

そして、今、再び 三木成夫先生のしごとに、本当の意味で出逢いました。

ああ、そうだったのか。そうなのか。

ページをめくっては、先生の言わんとしていること、先生の視線の先にあるもの、聴いているいのちの律動を、自分のイメージや体験に重ね、共鳴し、味わい、また読み返し…

ミヒャエル=エンデの名著「モモ」で、モモがマエストロ=ホラの導きで時間の殿堂に赴き、宇宙の調べを聴きながら、次々に咲き誇り散っていくいのちの花の美しさにため息をつくシーンのように、三木先生の指し示してくれる世界に、言葉もなく佇んでいます。

先生の一言一言がに細胞一つ一つが共鳴する感覚です。

同じ頃に乳がんと分かり、以来手に手を取り合って来て、昨年の夏、星に還っていったりんりん。

亡くなるひと月前に「ねー様、いのちのスイッチをオンにしたいのに、みつからないよ」とメールを貰い、返す言葉が見つからなかったのが昨日のようですが、野口整体にも親しみ、いのちのなんたるかを最後まで知りたがっていたりんりんは、きっともう向こうで一足早く三木先生の講義と生命の音を聴いているかもしれません。

これから先、ちょっと三木成夫先生の話が続くかとしもしれませんが、どうぞお付き合い下さいませ。

 

 

 

食べ物考 食べ方考

IMG_6506久しぶりの食べ物考 食べ方考です。

相変わらずの野菜中心生活ですが、少し変わったことがあります。

一つは、乳がんと分かってから頑なに守って来た毎日玄米生活から、雑穀米に変えたこと。

理由は、もうそろそろ腸もきれいになって来たなぁと感じたのと、玄米の消化疲れでどうしても体重が増えないことです。

元々、虚の体質の私は玄米を食べるといつも下痢をしてしまっていました。それでも炊き方などを色々工夫して玄米生活を続けて来ましたが、このところ「もういいよー」のサインを感じ取り、雑穀米にしています。

消化疲れが劇的に減りました。そして、玄米をやめても相変わらず快適なお通じぶりです。玄米は、腸のクリーニングに必要な時に時々いただきます。

そして、もう一つの変化は腹八分目で満足できるようになったこと。

心の隙間を埋めるかのように、またストレスをここで解消とばかりに、若い頃から周りに驚かれるほどの大食漢でした。

野菜中心に変えてからも、やはりもりもりと野菜を食べ、腹ペコ青虫のようでした。

けれどこの数ヶ月は、1日1.5食から2食の腹八分目で充分満足できるようになってきています。

平日は午前11時前後にランチで、18時前後に夕食。

ランチで満足した日の夜は、果物や豆乳ミルクティーだけということもあります。それでも満たされます。

飲み物は血圧を調整してくれるラフマ茶と言うお茶が大のお気に入り。小田原のオハナのAさんに頂いてから、すっかりハマってしまい、食事の間はお白湯と交互に飲んでいます。

寝る前は胃の消化が大分落ち着き、軽く小腹が空いている状態で寝ます。すると朝がとても楽で、日中も身体がとても軽いのです^_^

以前のように疲れて顔が黒くなったり青くなったりすることも少なくなりました。

おやつが食べたいなぁと思う時は、ナッツやプルーンを少々、はみはみ。

週末はオハナと外食を楽しむときもありますが、基本は家ごはんの毎日です。

生物学的には、私たち動物の遠い遠い祖先は元々は一本の消化管が備わっているだけでそれがデフォルトだったのが、いつしか随所をぐにゃっと曲げて様々な「ため込む」場所=臓器を発達させてきました。

私の大尊敬する心の師匠、解剖学者の故三木茂夫先生の本には、その過程が生き生きとダイナミックに綴られています。(次回はこの話を詳しく(๑˃̵ᴗ˂̵))

溜める場所に、必要以上に「溜め込む」ことで様々な不具合や病気を生じると先生は言いますが、全く同感です。

そこには溜め込まずにいられない心理、気持ちが必ずあります。

IMG_6508.JPG自分の中のその心理と向き合い、内省し、手放してきたこの2年間でしたが、溜め込まずにいられる食べ方ができるようになったのは、その成果かなと感じています。

オーガニックの野菜中心、時々お魚(白身か青み。一物全体のジャコがメイン)をいただき、海藻やキノコを美味しく、雑穀で、自然食(化学調味料不使用)で、1日1.5から2食、軽い空腹感で眠る。

そんな毎日を過ごしています。

そして、とても 快調です♪

おかえり ただいま これからよろしくね

梅雨の時期に入りました。腎臓も肝臓も肺臓も大忙し!の中、心境も大きく変化していて、この2年数ヶ月の自分の心の変化の整理が進んでいます。

乳がんと分かって、医療に頼らず自分の体と心と向き合う道を選んで、最初に見えてきたのは深い人生への絶望感でした。
全身に染み付いてしまっていた深い諦め、哀しみ、希望を失っている心を脱ぎ捨てるのに、長い時間が必要でした。それでもOHANAのみんなの力も借りつつ、よいしょ、よいしょ、と唸りながら脱ぎ捨てました。

その次に見えてきたのは怒りでした。

子供の頃からなかったことにしてきたり、感じないようにしたりしてきて積もり積もっていた怒りを、時に爆発させたり解放したりしながら、それもよいしょ、よいしょ となんとか脱ぎ捨てて…

次に見えてきたのは、根深い根深いコンプレックスでした。

自分はこのままの自分で存在していてはいけないのだ、劣等生でこの世に生きる合格点に達していないのだ、というコンプレックスを埋めるための 「過度」な努力をせずにいられない心理と、その裏側にある「自分が特別であると思いたい」心理でした。

時に他者に過度に親切なのも、他者に過度に寛容なのも、趣味や料理やなにか閃いたものに周囲が驚くほど没頭しすぎるのも、過度に何でも我慢するクセも。

そして、もしかしたら乳がんと医療抜きで向き合い続けるぞ、自分で自分を癒すぞという過度で頑なな意気込みすらも、自分を特別視したい心理が働いているのではないか…。

ある友人の言葉と、ある本の一節がきっかけでそのことに気づいた時は本当に悲しくショックで、一晩膝をかかえました。

うめきながら、泣きながら、その心もよいしょ、よいしょ。

これを全て脱ぐには、きっともう少し時間が必要で、これは繰り返し繰り返し、定期的に脱いで行かなくてはいけない帷子なのだと思います。

けれど、その心、重い重い帷子を脱ぎかけた隙間から垣間見えてきたのは、とても意外で、でも心の片隅のどこかで知っていたもの、私の深いところに眠っていた普通の「望み」でした。

それは、あたたかい 普通の家庭 。

毎日そばにいてくれる温かい普通のパートナーがいて、些細なことで笑いあえて、時にけんかして、仲直りして。子どもがいて、毎日大忙しで、子供にはのび太のママのように怒ってばかりで、でも寝顔を見ると全部許せて。

雨の日も、風の日も、一緒にいる普通の家庭。ぶつかることはあっても、一緒にみんなでご飯を食べる毎日。犬や猫も仲間入りして、大賑わい。

普通のあたたかい家庭を、普通に築いて、普通に、自然に生きて、年老いていくこと。

小さな小さな私が、まだコンプレックスを生きる前に望んでいた 小さな、温かい夢でした。

走り抜いてきた40数年間は、過度に、なんでも必要以上に頑張ってきた人生でした。
女性たちや子供達のためにという救済者の衣をまるで自分の本当の肌のように密着させて生きてきた20代から30代。
この理不尽で子供たちが生きにくい社会を変える一助となりたい、そのためにもっと強くなりたい、と旅を続けた30代後半。
夢も潰えて、旅の途中で迷子になってしまって、自分自身と向き合うことになった40代。

42歳で乳がんと分かり、パラーダ(タンゴで言う「停止」)。

その闇雲な歩みが一度緩んだことで、おいのちさんと出逢うことができました。

そして、今、様々な衣を脱ぎ捨てて見えてきたのは

本当の望みと

幼子の時以来初めて逢う、ピュアで 自然体な 私自身。

びっくりするくらいの安堵と、もうその望みが叶わない年齢になっていることへの深い感慨と。でもそれに気づくができたことで、私自身に大きく一歩戻れた喜びと安堵があります。

乳がんは本物であれば分かってから大体14年の寿命、と言います。もちろん本当の初期か、よほど人生や暮らしを変えた時、それが無くなることはあり得ます。
私で言うと、32歳くらいの時に小さな良性のシコリが見つかり、それから今の46歳で14年。大きくなり始めたのは震災の後の2011年だったので、そこから数えるとすると、あと8年。

もしかしたら、なくなるかもしれないし、このまま共存できるかもしれません。でも、それは天にしかわかりません。望みは捨てずに、でもどこかで静かに覚悟を決めながら生きています。

そして、今本当の望みがなんだったのかを発掘できて思うのは、生きているうちに気づけて本当に良かったということ。

もし来世というものがあるのなら、ここからやり直せます。

その望みを「追いかけて」そこに「向かって」行くこと、「努力」することはもうしないけれど、また一つ要らない心を脱ぎ捨てて、身軽に、私のままで生きて選択してことが出来るような気がします。

おかえり、ただいま。そして、これからどうぞよろしくね。

初めて?久しぶりに?出会う自分に挨拶をしています。

 

 

落語&スパイス

IMG_6460仲良しの友人と、自由が丘にある素敵な甘味処古桑庵での落語会に行ってきました。

 

緑が丁寧に手入れされた素敵な場所での落語。タイムスリップしたようです。IMG_6461

落語は、子供の頃から大好き!
どうしても、きちんきちんと生きてしまいがちな私の人生に、ゆとりと鷹揚さと、イキを教えてくれるスパイスです。

おまいさん、そんなになんでも生真面目にやっちゃあいけないよ。そりゃあ無粋ってもんだよ、なぁ。IMG_6462

文菊師匠の声を通して、江戸時代の祖先様からそう言われているような気がします(笑)

帰り道はスパイスつながりで、自由が丘にあるスパイス専門店で、ドライエシャロットをゲット!いつもの、小松菜とネギのココナッツドライカレーに入れたら、まろやかで甘みが増して美味しいー!

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ポルチーニ茸のドライハーブも買ったので、テンション上がってます(笑)

夏野菜の季節、料理に深みが出そうでウレシイなぁ。

落語と言うスパイスを加えて、人生も、もう少しまろやかに、なぁ、ともちきさんよ。

弱虫毛虫

ああ、弱虫だな、私。

ガンと言う状態を

そこから発生する諸々の出来事を

そこから貰った気づきを

ガンだから貰える優しさや休息の時間を

既得権益のように

振りかざして

振り回して

大事に抱えて。

そんな弱虫な自分を 持て余して

悔し涙が出てくる夜です。

こんな自分を超えていきたい。

こんな自分を脱ぎ捨てて

篩い落として

今を自由に泳ぎまわり

もう一度 夢を生きたい。

バスタブで 一人弱虫と向き合いながら

夜がふけていきます。

 

はなちゃんの瞳はaloha色

IMG_0146元 保護犬のはなちゃんが来てくれて、昨日で4カ月♪

昨日まで一週間ほどお腹を下してしまっていたはなちゃんですが(その間も食欲だけはすごくて 、絶食させるのが大変でした(T ^ T))、今日から元気になり、本日の投稿になりました。

今はもうなくてはならないバディで、私の天使で、サロンのお客様の癒し犬として、不動の地位を獲得したはなちゃん。

まだ鳴き声を聞いたことはなく、とにかく穏やかで、優しい優しい子なのです。

保健所のあの辛い場所にいたとは思われないくらい、穏やかで優しい瞳に、瞬きもせずにじーっと見つめられると、どうやっても私もalohaで優しい優しい気持ちになってしまいます(๑˃̵ᴗ˂̵)

はなちゃんの弱点は、どの保護犬もそうであるように、食への執着。コンクリートの汚物いっぱいの部屋で、他の処分を待つ犬たちと死なない程度にしか食事を与えられない経験をしたことで、多くの保護犬は食への執着がすごいと聞きます。

優しくて、穏やかで、でも食への渇望があるはなちゃんは、人間なら、悪い人にすぐに利用されたり、つけ入られたりしてしまうタイプの女の子です。

そんな はなちゃんに思うのは、この優しい瞳の、この我慢強い、穏やかな 人間を信頼することしか知らない はなちゃんには、嘘をついたり、後回しにしたり、支配してはいけないこと、そして心からのalohaと、はなちゃんと同じくらいの誠実な穏やかさで、レイの花のように包んであげたいということです。

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至福のガジガジ

このところ、飼い主と飼い犬、ごはんをあげる保護者と保護してもらった犬、と言う関係を越えた、alohaで結ばれた信頼関係、絆ができて来ている気がします。

苦手だった抱っこも、以前は足を突っ張っていたのが、今はグニャグニャ(笑)。
お腹を見せるのも前は必死に抵抗していましたが、赤ちゃん抱っこしながら腹痛のお腹をマッサージしてあげていたらいびきをかいて寝てしまうほど(笑)。

もっともっと安心して、私の姿が見えなくても大いびきをかいて寝られるくらいになってほしい、誰の許可がなくても、生きていていいと、伸び伸びして欲しい。
心から願います。

alohaなはなちゃんとの alohaな日々。
これからも抱きしめて生きます(๑˃̵ᴗ˂̵)

はなちゃんを迎えるのにサポートしてくれた両親、オハナ、そして、はなちゃんを受け入れて愛を注いでくれるサロンのお客様たちに心からのmahaloを♪

バランス感→脱力→リラックスマイル♡

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みんなと同じで みんないい 

わたくしというものが

他の全ての人以下でも それ以上でもないこと。

他の全ての人と同じくらい

特別なものでもなく

同時に びっくるするくらい稀有な存在だということ。

その 絶妙なバランス感の上にいると

こんなに大きな 安心感と安定感を 生きられるんだなあ。

身体の深いところから どんどん脱力して

寒い冬に温かいお風呂に入って

暖かいミルクティーを飲んだ時のように

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ほっ

ほわーっと、はあーーっとリラックス。

とても簡単なことなのに

本当の意味で気づくのに

45年もかかってしまった。

でも

気づけたことで

もっとシンプルに

もっと日常をゴージャスに味わいながら

生きられそうです。

ありがとう、シコリん。今日も、mahalo♡

 

 

喜びの朝

嗚呼!ついに、ついに、憧れのこの日が来た。この新しい門の前に立つことが出来た(๑˃̵ᴗ˂̵)

そんな喜びでいっぱいの朝です。

それは、更年期が始まったと身体が教えてくれたこと(笑)
嗚呼、嬉しい!
嗚呼、なんて素敵!

思えば、私の自己内省の旅、自分の女性エネルギーとしての女神のエネルギーと向き合う旅のきっかけは、12歳の時から毎月毎月やってきた月経の波でした。

保育士をしていた20代半ばに、その波にとても意識的になりました。
昨日は「いいよ、いいよ、こぼしても。先生がちゃんと拭いてあげるからね」なんて、菩薩のような保育士だったかと思うと「なんでこんなにこぼして食べているんですか!!」と歯ぎしりしてしまう私とが交錯する月末…これは一体どういうこと??

母親としてではなく、プロの保育士として自らを客観視して子供たちの育ちの見守りをするとコミットしていた私には、当時それはとても興味を引くテーマで、もともと今は亡き三木成夫先生の生命論に深く共鳴していただけに、自分の月経そのものが私を自分自身へと、そして「命とはなんなのか」という私の中の終生のテーマへと導く定期水先案内人となりました。

IMG_0207現代の言葉で言うとPMS、ネイティブアメリカンで言うところのムーンサイクル、イナンナの冥界下り、そして、野口整体の創始者の野口晴哉のいうところの 「おんなである時期」の性の高低の波は、私の心身を翻弄し、乗りこなすのは至難の技!

時にハワイのビッグウェーブのような波は、腰が引けていたら命取りですらありました。

落とされるのではなく降りていくのだ、そう決めるまでは、毎月やってくるその闇は恐怖でもありました。
また、自分の中の闇に降りていく作業は、常に光を求めて生きて生きたい傾向の強い私には本当にしんどいものでした。

けれど、小田まゆみさんをはじめとする素晴しい女性たちとの出会いによって、女神のコンセプトやネイティブアメリカンのムーンサイクルの考えに比較的早くに導いてもらっていたため、この作業は女性の持つ真のいのちの力や賢さ、智慧に近づくための、避けては通れない通過儀礼だと自分に言い聞かせて、15年近く向き合ってくることとなったのでした。

そこへ、シコリんこと乳がんの降臨。

ますます、内なる女神との対話は、生命とはなんなのかという根源的な問いに向かって深く深く降りていくこととなりました。

時に打ちひしがれ、時に光のステージに躍り出て…の七転八倒のダンスの模様は、このblogにお恥ずかしながら綴ってきた通りです。

そして、この春、あれだけ毎月正確にやってきた月経の乱れと小停止、動機や息切れ、さらには先日から始まったホットフラッシュをもって、私の身体はムーンサイクルの最後の相に入ったよというウィンクを送ってくれました。

幸いなことに2年前から食事や生活の仕方、考え方、暮らし方を女性の身体にとっての「快」の方向に大きくベクトルを変えてきていたこともあってか、精神的な波はむしろ以前より穏やかで凪いでいます。

そして、女性ホルモンの波に翻弄される前の少女の時期にように、受信は私の感受性のアンテナのみ限定され、その精度は増してきています。IMG_0208

これからは、自分の月のサイクルを精神的に内包したまま、次世代の女性のサイクルを厳然と見守ることのできる「聖なる老女」の域に向かう扉の前に立つことができた気がして、嬉しくて小躍りしています(笑)。

達成感、安堵感、解放感、開放感…そして、次なる旅がはじまる静かな興奮でいっぱいです。

ありがとう、私のムーンサイクルと、その最後のステージの到来。
心から、喜びを持って、熱烈歓迎!です♪

閉経という、ムーンサイクルの最後の相をここから楽しんでいきたいと思います。