ホッとする話

最近、乳がんになった要因を再びいろいろな角度から検証する機会がありました。

今のところ言われているのは、

○食生活の欧米化IMG_0197

○経口、経皮の添加物(農薬、抗生物質、ホルモン剤、保存料や着色料など)

○飲酒

○出産経験の有無や回数

○遺伝

○冷えや瘀血

○ストレスによる自律神経の乱れ

○肥満 または 痩せすぎ

○副腎疲労体質をはじめとする個体の体質

○ジオパシックストレス

などなどです。

出産経験に関しては、ある資料によると、戦前の女性の平均的な月経の回数は50回前後とも!初潮が来て少しするとお嫁入りして子供を産み、栄養状態の良くない中での授乳により、月経が再開するのは乳離れした2歳過ぎ。そして、再開したらまた次の妊娠と産み続けます。そこに平均寿命の短さが加わり、生涯50回程度の月経となり、エストロゲンホルモンによって受ける影響が今とは比べものにならなかったと考えられています。(ちなみに11歳から月経があり、出産経験がなく、毎月正確に来ていた私の場合は400回を超えています。。。ひょーーー、びっくり!)

IMG_0195また、アルコールに関しては、女性の方が肝臓が小さく、アルコールによる身体へのダメージは男性の2倍以上とも言われます。乳がんと飲酒の相関関係は「お酒に含まれているエタノールが分解されてできるアセトアルデヒドがもつ発がん性、アセトアルデヒドによるDNA合成・修復に必要とされている葉酸の破壊、また、アルコールによる乳がんリスク要因である女性ホルモンなどへ影響」が挙げられるとされています。(国立がんセンター調べ)http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/373.html

男女雇用機会均等法に象徴される女性の「社会進出」の過渡期に当たる私たちの世代は、女性も社会の中で男性と同じように昼夜のリズムや月のリズムも関係なく動き続け、仕事に趣味に旅行に勤しみ、お酒もグルメも欧米スタイルのファッションを謳歌してきたバブル世代を見て育ち、バブルが崩壊したその後もその生き方を無意識に踏襲して来た気がします。IMG_0193

私もその一人で、社会における自己実現を追いかけ、昼夜を問わずに働き、遊び、海外を飛び回り、ファッションを楽しみ、ダイビングに勤しみ、お酒を浴びるほど楽しみ、グルメが大好きな20代30代を送ってきました。

それが自分の中の自然に、どんな影響を与えているかも全く考えずに…

そして、こうして乳がんを授かって上記のリスクを冷静にまじまじと見つめていると、妙な安心感を覚えるのが不思議です。

以前整体の師匠が「こういう生き方をしていたらこうなるよね、という身体の働き(各種症状やゆがみ)に出逢うと、身体の裡には自然が残っているのだと思って安心する気持ちもどこかで生じる」と言っていましたが、私も同じことを今自分の乳がんに感じます。

男女が全く同じことをする権利を主張し、その地位を獲得するという快挙を体を張って成し遂げてくれた諸先輩たち。そして、その生き方を楽しみのレベルまで昇華してきたバブル世代の先輩たち。バブルが崩壊し、諸先輩たちの生き様に「?」を感じて育った私たちは、気づけば様々な心身の不調や病気に囲まれています。

生理不順、不妊症、乳ガン、子宮ガン、子宮筋腫、子宮内膜症、ホルモン異常による鬱などなど…特に婦人系は大きな悲鳴を挙げているように感じます。

全てを手に入れ、笑顔でニコニコ働いて、家庭でも綺麗でいて子どもともゆったり仲良し、週末は公園で遊び、空き時間にヨガをして、時に飲み会に行って、心も身体も元気いっぱい!

そんなイメージはマスコミの作ったプロパガンダだと気づき始めた女性たちも多いのではないでしょうか。

そんな矛盾の中に、これだけ婦人系の不調が蔓延しているところに、これから21世紀を生きていく後輩たちへのメッセージが隠されていると言えるのかもしれません。IMG_0196

ビバ♪ 私の「自然の理」がきちんと流れている身体。

その自然の理をその流れに戻すこと、そして、真に豊かな女性としての生き方を模索していくこと。

そんな宿題を改めてもらったような気がしている三年目です。

愛の保存庫は無限大

IMG_0191お互いになくてはならないバディとなった はなちゃん が来て、もう少しで3ヶ月です。

はなちゃんの フンフン(お散歩行きたいな♩)に目覚め、1日3回から4回のお散歩、サロンでの仕事の時はマッサージベッドの横でのお昼寝姿に癒され、はなちゃんのいびきと共に1日が終わります。至福の毎日です♪

そんな はなちゃんと、実家の前にある武蔵国分寺公園の新緑の中を散歩しました。昨年の3月3日に旅立った仲良しメイちゃんが亡くなった日から、辛すぎで足を踏み入れられなかった公園です。

私の大好きな木漏れ日を穏やかに眺めながら はなちゃんとお散歩していると、メイと同じパピヨンが向こうから歩いて来ました。一瞬メイと歩いている私が幻のように浮かび、消えて行きました。あ、メイ!気づくと後から後から涙が溢れて来ます。

そして、そんな私を優しく見ている はなちゃんを見つめ返しながら、一度心の中に愛するもののために作った心の部屋は、永遠にそこにあることに気付きます。

メイの部屋、先先代のチムニーの部屋、初めて愛したチャッピーの部屋。犬だけではなくもちろん人も、その人と過ごした時間や思い出、大切に思う気持ちはずっとずっと、その部屋、その場所にあります。そしてその場所は私の中に永久不滅に存在していて、いつでも鮮やかに五感で味わうことが出来る、魔法の保存庫。私が旅立つ日が来ても、この部屋に保存された愛のエネルギーはどこかの宇宙に漂っているのでしょうか。IMG_0190

データのように圧縮されることもなく、メモリーがパンクすることもなく、色鮮やかなまま、光だけを増してそこにずっとあり、容量は無制限。いつでもアクセス可能で再生可能です。

時々、この感受性の強さが辛いこともあるけれど、これは私の宝物なんだなと思える今日この頃です。

 

パラレルワールドの 私を癒す旅

IMG_0189柏葉幸子さんという子ども向けの作家がいます。千と千尋、の原案にもなった「霧の向こうの不思議な町」という話には、子ども時代に夢中になり、空で暗記できるのではないかと思うほど繰り返し読みました。

その柏葉さんが書いている、パラレルワールドを題材にした「地下室からの不思議な旅」というお話があります。あの時、あそこを曲がっていたら、あの選択ではないもう一つの選択をしていたら…そんなもう一つの世界に主人公のカスミが変わり者のチイおばさんと入り込んでいく話です。

以来パラレルワールドは私の中に概念としてこびりつき、大人になってから世界的に著名な天才科学者のリサ=ランドール博士はじめ多くの学者が、パラレルワールドについての科学的に証明に励んでいると知った時は、飛び上がって喜んだものです。

そして、そんな私のパラレルワールドを癒す旅を、いま心の中で続けています。

あの時あの道を曲がらなかったら、あの道を選んでいたら、あの選択をしなかったら…自分はどんな風な人生を送っていただろう。人は誰しも、どこかにそんな思いを抱きながら生きていることと思います。

意外と波乱万丈な人生を200%のエネルギーで無骨なほど真剣に生きていた私は、その一つ一つの選択に際して、身体を壊したり心を病んだりするまで、とことん悩みながら、涙が枯れるまで泣きながら、もう一つの道を行く自分と手を振って今の道を歩んできました。

ですから、もう一つの、選ばなかった道を選べなかった自分を責め、そしてそちらを選んだ自分をどこかで深く羨んでいるところがあったことに、先日ある神職をされている方と話していて気づきました。

そんな私のうじうじして執念深い(笑)性格は、きっとパラレルワールドにいる私にも同じように残っていて、あの選択をしてしまった私は、あの時あちらに曲がった私は、と同じように今の私を羨んでいるような気がしたのです。

「あの時、あの選択をした私と、あの選択をせずにあのまま行った私の、どちらも認めます。そして、お互いに送りあっているプラスではない想いを癒し、代わりに温かい励ましを送ります」と言葉にして、あちらにいる私に「こっちもほら、こんな風にやってるよ。そっちの私のことも、応援してるよ」そんな風に笑顔で手を振るイメージをすると、身体の深い深いところにある滞ったところが解れて、軽く、暖かくなるのを感じます。

そして、その時の分岐点に立っている私に「どちらの選択も、 また 佳し なんだよ。大丈夫、そんなに泣かないで大丈夫よ」と言ってあげると、涙でぐちゃぐちゃな顔をしている私も、ほっとした顔で涙を拭くのが見えるような気がするのです。IMG_0096

そんなイメージをしながら、一つ、また一つと、自分を癒し、生命力を堰き止めているものを取り除く作業をしている私を、はなちゃんが隣で睫毛の奥の優しい瞳で見守ってくれています。

 

 

これも また 佳し

このところ、私の身体も心も柔らかく穏やかにしてくれ、風通しを良くしている口癖があります。

「これも また 佳し」

こだわりが強く、完璧主義なところや潔癖な傾向があり、30代以降はそれを人に見せたくない気持ちも潔癖に強くなったため(笑)、水面下で文字通り必死に漕ぎ続ける瀕死の白鳥のようなところがありました。

そんな私の心と身体を、ふわーっと、ホワホワとゆるめてくれるのが、この口癖。

朝から体調やテンションが上がらなくても、「これも また 佳し」。IMG_6158

思いがけない予定変更も「これも また 佳し」。

自分の思い描いた結果にならなくても「これも また 佳し」。

自分と違う価値観を持つ人の話も「それも また 佳し」。

すると、全身の力みが抜けていきます。呼吸が楽になり、お腹の緊張が取れていきます。

すると、閉まりかけた扉がまた開いて、すーっと風が通るだけでなく、他にもたくさんの扉が開けられるのを待っている風景が見えてくるから不思議です。

乳がんにならなければ、出会えなかった柔らかい心、爽やかな風が通る自分、新しい風景。

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これも また 佳き哉。

この先の人生の、佳きお供になってくれそうな口癖のおかげで、今日も心身ともゆったり、ふわっと軽い一日です。

育て 育て 希望の芽

IMG_0187この春は、3月11日を境に、未だかつてない心身のデトックスが続いていました。

腎臓が動かなくなってしまったり、自律神経が乱れに乱れて自分でないような感覚に襲われたり、急に感情が爆発して自滅したり。

3日で終わるはずのイナンナの冥界下りが、長引いてしまったような時間でした。

そんな大嵐もようやく凪いできて、新芽の季節の訪れと共に小さな小さな芽がちょこんと顔を出しています。

その芽の名前は

「live with 一緒に 生きていこう☆」

です。IMG_0185

物心ついた4歳くらいの時から、人の力になりたい、助けたい、癒したい、と言う気持ちがなぜかいつも、どこかにありました。

誕生数秘も名前数秘も9のためか、蟹座の性質ドストライクのためか、慣れない海外生活で家族が絶えず緊張していたためか、海外の日本人学校という閉鎖された場所で、年頃の女子達から2回も仲間はずれやシカトのゲームの標的になった経験からか、はたまた過去からのカルマなのか…

「癒したい、助けになりたい、力になりたい」は私の人生のメインテーマになり、保育士や環境系のNPO法人の仕事、母子の心身のケアの仕事をしてきた20年近くの間に、いつしかその想いと私自身が一体化して、過大に育っていきました。

そして、この春、そんな私にべったりこびりついたアイデンティティが剥がれ落ちていこうとしています。まるで、「千と千尋の神隠し」の白竜が自分の本当の名前を取り戻したときの鱗が剥がれ落ちて行くシーンのように、パラパラと音を立てて消えていきます。

その代わりに芽を出しはじめたのは、小さな、可愛い、そして生命力にあふれた芽、「一緒に 生きていこう」の芽でした。

いいことばかりではない世の中でも

思い描いたものとも理想ともかけ離れた現実でも

時に深い深いため息をつきたくなる煩雑な毎日でも

朝からご機嫌な一日でなくても

一緒に 生きていこう。

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その中に隠れている些細な幸せや楽しい時間を見つけて、味わっていこう。

目立たなくてもそここにキラキラと溢れる人間のグッドネス、仏性を見る目を育てて、いい話が聴こえてくる聞き耳頭巾を被って、今日1日を過ごしていこう。

今日が終わったら、1日、また1日。

そんな新しい意識をもって生きていく毎日や活動は、今までとやることは同じでも、似て非なるもの、全く新しいものになるような気がして、芽吹いたこの芽を大切に育てていこうと思います。

育て、育て、新しい芽。希望の芽。

そしていつか大きな木に育つように。

私の、44年目の、新芽の季節です。

おいのちさんの 物語

昨年のある夏の日に、私の手にふわりと降りて来た物語。私と、シコリんと、いのちの物語です。

同じ病気の人やそのご家族、娘さんのいるお父さんやお母さん、いのちの現場にいる人の心に、おいのちさんの優しい声が届きますように…(^人^)

………………

おいのちさん

おいのちさんはお母さんのお腹の中にいる時から、もしかしたら、そのきっとずっと前から 女の子と一緒にいました。

おいのちさんは 女の子のお乳に吸い付く力 寝返りする力、はいはいする力 立つ力を助け ひとつひとつ真っ赤な顔をして
がんばる女の子をニコニコ見ていました。

ある日女の子は「わたし」にであいました。

いたずらをして怒られたり、手に取りたいものを見つけたり、だれかのよろこぶ顔や 悲しむ顔を見るたびに「わたし」はどんどん成長していきました。

「わたし」は冒険好きでちょっぴり欲張り。
時々臆病で、うまくいかないとすぐにしょげたり泣いたり。
でもうまくいくと手を叩いて大喜び。そんな「わたし」の成長をおいのちさんはいつもニコニコみていました。

ある日「わたし」は、とてもとても大きくふくらみました。

だれかにぴかぴかのバッチをもらったり、バッテン印をもらったりするたびに、お友達や他のひとと比べるたびに、新しい世界や人々にであうたびに、カエルのお腹のように、ぐんぐん大きくなっていきました。
もう少し大きくなり、少し女の子らしくおすましになってくる頃には、「わたし」のいきおいは絶好調!冒険や失敗、男の子たちとのけんかや女の子との遊びを通して、「わたし」は世界に船出していきました。

そして
「わたし」は恋をしました。ふくらむ一方、大きくなる一方だった「わたし」は、時にしぼんだり、硬くなったり、ふんわか柔らかくなったり、生き物のように形や色を変えました。
そんな「わたし」を おいのちさんは目を細めながら 満足そうにニコニコとみつめていました。

そんな「わたし」にも、人生はさまざまな波を用意していました。大小の波に翻弄され、時に傷つき、苦しみの中で ある日「わたし」はふとしたことから「あきらめ」という花の種を手に入れました。

この種は、悲しみやさみしさ、「わたし」の思いとおりにならないことにであうたびに、「わたし」と「おいのちさん」の間に、静かにひたひたと広がり、気づかぬうちに一面に花を咲かせていきました。

とうとう、おいのちさんと「わたし」はすっかり覆いつくされてしまいました。

おいのちさんは「わたし」に一生懸命呼びかけました。

「ここですよ」「ここにいますよ」

けれど「あきらめ」の花にうもれてしまった「わたし」の耳に、その静かで穏やかな声はとどきません。

「わたし」が口を開こうとしても花が口に中に入ってきて、声がでません。
最後の力をふりしぼって女の子は叫びました。「おいのちさん、たすけて」。

おいのちさんは考えました。

生まれる前からずっとずっと見守ってきた女の子。愛くるしい赤ちゃんの時からずっと一緒にいた女の子と手をつなぐにはどうしたらいいのでしょう。
おいのちさんは ののさまにお願いしました。

すると、ある晩、おいのちさんの願いにこたえて、ののさまは「わたし」のハートの上に おいのちさんの声の入ったしゃぼんだまの粒をそっとおさめました。

「わたし」がその粒に気づいて触れるたびに、しゃぼんだまがはじけておいのちさんの声がきこえる ののさま特製のしゃぼんだまです。

「わたし」が一つ一つ、しゃぼんだまに優しく触れると「ここですよ」「ここですよ」とおいのちさんの声が聞こえました。その声を一生懸命辿って「わたし」が歩みを進めていくと、不思議なことに次々に花たちが消えていきました。
まるで誰かが優しい手でふれているかのように、静かに、一つ、また一つ、花たちは消えていったのです。

ついに、おいのちさんと「わたし」は広い野原で であうことができました。

「おいのちさん はじめまして。ようやく出会えました」

ぽろぽろ涙をながす「わたし」を、おいのちさんも心からほっとした笑顔でにこにこみつめています。

ふたりが手をとりあって 周りを見渡すと たくさんのおいのちさんたちが
まるで銀河の天の川ように そこここに あちこちに 光り輝いているのが見えました。

これからも、おいのちさんと「わたし」はずっといっしょ。
今までより もっと寄り添って 次も その次も 星のかなたまで旅をしながら・・・。

やはり 総括(笑)3年目の朝です

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2年前の今日、乳がんの検査を受けました。空が真っ青な、そして入道雲まで出ていた暖かい日でした。

国分寺のレディースクリニックで見てくれた先生がいますぐにここに行きなさいと紹介状書いてくれ、ブレストクリニックでその場で乳がんだという診断を受けてました。5センチで進行性、血管もできていて立派な癌です、と言われました。そして、痩せ型なこと、小さい頃から排毒が苦手だったことから、一晩一人で考えて自然療法で体質改善していくことを、直感で迷いなく選んだことは、繰り返し書いてきた通りです。

そして、今、2年前よりも身体全体が元気になってきている私がいます。10年くらいかけて徐々に育ってきたシコリんだったので進行が遅く、免疫を上げる時間をもらえたことが幸いしたのだと思っています。

肌のしみはとても薄くなり、あれほど辛かった朝起きるのが嘘のように楽です。身長は162センチの44キロ。歩いていて疲れない、そして、駅の階段を上り下りするのに息が切れないちょうどいい体重です。血液検査の結果は肝臓の数値も、腎臓の数値も以前よりよく、また免疫もかなり上がってきていました。

シコリ自体は、生理の周期に合わせて膨れたり小さくなったり。でも総じて大きくはなっておらず、シコリの部分の色があざの治りかけのような紫茶色に変わってきています。

このまま上手に共存しながら、心身の免疫を高めて幸せに生きているうちに、シコリんという天からのお預かりものをお返しできるかもしれないな、と感じ始めています。

漢方、ゲルソン療法、星野式、鍼灸、温熱療法、温泉療法(主に炭酸泉)、野口整体、プチ断食、三宿夢鍼灸院(半年通いました)、むらたガン療術院(半年通いました)…この2年間様々に試しましたが、効果を実感できたもの、自分に合っていると感じて続けてこられたことは下記です。

IMG_6035○玄米菜食中心の、オーガニックで化学調味料不使用の手作りの食事を1日1から2食。低GI、抗酸化作用のある食べ方、そしてドクダミ茶やびわ茶などの排毒のお茶を飲みます。夕飯から13時間くらい胃腸を休ませたいので、朝は豆乳ミルクティーとお腹が空いたらリンゴをかじります。(先日みつけたこの本の作者の辿り着いた食事とほぼ同じでした!万人に合う食事療法はないけれど、ベースの黄金律はありそうです)

そして、週に一度ちょっとだけ気を抜いてOhanaと同じものを食べる日を作ります。ちょっとくらい下痢をしても、そこは潔く出て言って良かった、と笑い流します。

○朝起きてすぐのお白湯

○週三回のタンゴ教室で身体も頭も気持ち良く動かし、仲間と笑う

○43度くらいのお風呂に15分、一汗かいたら出てバスローブでもう一汗。そして、寝る時は湯たんぽをお腹から前腿、後ろ腿、お尻、腎臓と温めて眠り、体温は出来る限り37度前後をキープ。

○一日に数回、強めの爪もみと、顎と鼻の下のツボ刺激(自律神経の調整)

IMG_0181○自己受容して、自分にストレスをあたえる思い込みや癖を手放す作業を進める

○自分の中の邪気を払うための祈りと瞑想

○最近始めた下半身のチューブ体操と腹式呼吸

○パーソナルトレーナーの先生による歪み直しのトレーニングとエネルギー調整(終わった後立位体前屈がマイナス30から0になります(笑))

○毎週の炭酸泉

○嫌なことや苦手なことには、アロハを込めつつもちゃんとNOを言う練習をして、自然にやりたいと思うことを優先する

○ベストバディはなちゃんと幸せなまったり時間を過ごす

です。

これじゃあ、健康にならない訳はありません(笑)。

今は、自分の内向型の性格をそのまんま受け入れて、上手にマネジメントしながら、仕事をしていけるように準備中です。こんなに穏やかで健やかで、爽やかな3年目の朝を迎えられるとは思っていませんでした。

IMG_0182経済面を始め様々にサポートしてくれている両親はじめ、私の決断を受け入れて、ずっとサポートしていくれている大切なOhanaに心からの感謝をしながら、今日1日を過ごしたいと思います。

心から ありがとう。