♩新しい春が来た 希望の春だ(ラジオ体操風に)

IMG_0177この4月で、乳がんだと診断されてから丸2年になります。
化学治療なしで食事療法と生き方を改善することをメインに手探りで取り組んできた2年間でした。

その総括はまたそのうちやることにしまして(やはりやるんだ、という声がきこえてきそうですが(笑))、この春は、大きく何かが変わりつつあります。そして、次のステージへの大きな一歩を踏み出しつつあります♩

その頼もしいお供、三種の神器は、
1.シコリんこと乳がんの新しい名前「神経肥大」(笑)
2.内向型人間(HSPとほぼ同義)の私の取扱説明書「内向型を強みにする」(マーティ.o.レイニー 著 パンローリング株式会社)
3.絶対の信頼感と無条件の愛で結ばれたバディはなちゃん

です。

名前やレッテルの持つ力は本当に恐ろしいもので、昨日まで普通に過ごしていた人が「あなたは癌です」や「あなたは鬱病です」と言われた途端に、まるで昨日と別人になったかのような気がしてしまいます。
そして、そのお札はコールタールのようにべっとりと張り付き、片時も離れることはないことは同じような境遇を体験した人は誰もが実感していると思います。
私ももちろん例外ではなく、自分自身がガンであることに「こだわって囚われて」きた2年間でした。

そんな私を見兼ねてか、私の背骨や体の歪み、内臓の状態を観てくれているスーパートレーナーのBAL先生が言いました。
「つぼみさんの左胸のはね、言うなれば【神経肥大】自律神経の乱れのおばけになってしまったようなものなんだよ」。
IMG_0179♫キンコンカンコンキンコンカンコン

 

 

 

 

その言葉に、例のど自慢大会の鐘が高らかに鳴り響き、「先生、なんだかそれ微妙な名前(ㆀ˘・з・˘)」と言いながらも大笑い♩

その笑いとともに乳がんという「お札」がふわっと外れて、「神経肥大につき、自律神経修復中 」の札が新たにかかったのを感じたのでした。

それなら、やれること、やるべきことがたくさん見えてきます。どうやって自分のこの死後硬直のような緊張しきった心と身体を調整したらいいのかしらと、色々探していた矢先に天啓が(笑)!

アマゾン先生が、2.の「内向型を強みにする」の本を勧めてくれたのでした 。

人の何倍も刺激に対して感じやすいHighly Sensitive Person であることは20代後半から気づいていましたが、この本はベストタイミングで私の中に全てはいってきました。
IMG_6040この本は外からの刺激をエネルギーにして活動できる75%の外向型の人のことも、外からの刺激には疲弊してしまい内的思考や静けさや引きこもることからエネルギーを得る内向型の25%の人間のこともどちらも否定することなく、その違いを脳科学やホルモン代謝の観点も交えて説明している、言わば内向型人間がこの世の中で生きていくための「自分の取扱説明書」のような本です。

高校時代に、なるべき人がいなくてたまたま生徒会長になってしまった時は人生最大の試練でしたが、全校集会のスピーチの後は必ず胃痛や貧血で保健室で倒れていたことは保健の先生と私の秘密でしたので、多くの同級生は私のことを外向型だと思っていたことと思います。

卒業式の時に総代で、3カ年皆勤賞をもらう頃には、激ヤセして39キロを切り、生理も止まっていたことに気づいていたのは、もちろん私だけでした。

そんなことの連続が私の44年間の人生で、その結果がこの神経肥大だったのだと思うと…もういますぐそんなことはやめていいよ( ;  ; )、あったかい毛布で包んで、温かいハチミツレモンを作ってあげるから、いますぐ温かくして、心地よいパジャマを着て、お気に入りのぬいぐるみを一緒にお布団をかぶっておやすみなさい。

読み進めるにつれて、物分かりのいい賢人の大叔母さんにハグされて暖炉に当たっているような、なんとも言えない安心感と自己受容感を与えてくれたこの本は、これからは自分を外向型の人や社会に合わせるべく常に駆り立てることも、些細な刺激に疲労を感じずに物事に当たれない自分を責めることももう二度としなくていい、自分の感受性を守り育てることでこの世の中に貢献することはできるのだからと教えてくれ、私の人生に初めて本当の意味での希望を与えてくれました。

ご本人も内向型の女性である著者の数々の具体的な提案は、ありのままの私を肯定しながら上手に世話をして、花を咲かせる方法がたくさん書かれていて、これならできそう!と思うものばかり。IMG_0178

人生が修行の場から、喜びの場へ、幸せを見つける場へ、変わるような予感でいっぱいです。

そんなつぼみの新しい、そして、本当の意味での自発的なチャレンジ…レシーバーではなく、人生に私なりにアタックする…に取り組むのを、毎日側で見守っていてくれるのは、お互いを無条件で信頼し合ったバディのはなちゃん♡

なんという、希望に満ちた春を迎えられたことでしょう♩

そんな私の成長を、いつも見守ってくれているOhana達に心から感謝しながらこの物心ついて初めての「希望」に満ちた春を、胸いっぱい、心いっぱい、身体いっぱいに味わいたいと思います。

迷惑をかけ合いながら 許され合いながら

IMG_0175私が言われてフリーズしてしまい、動けなくなってしまう言葉の一つが「迷惑をかけないように」です。

以前、大好きな沖縄で、生命力溢れる沖縄の薬草を使って癌のある人も、そうでない人も、元気で生き生きと生きられる食のプロジェクトを興したい…と沖縄の知人や友人を頼りに出かけていったことは、以前ブログに書きました。

現地ではトントン拍子に進んだかに見えたプロジェクト。それは今は止まっています。

数秘術的に時期が良くなかったとか、方位学的にその時期は沖縄が最悪だったからとか、私が癌の人に向けた活動をするのはまだ心身に負担だからとか、そもそもビジネスに向いていないからこれで良かったんだよ、と多方面から励ましやアドバイスをもらいました。

でも私を固まらせたのは、実は知人の方からいただいたメールの中の「ご紹介した人に迷惑をなるべくかけないでください」というたったの一文に囚われた私の心だったのです。

沖縄でビジネスを始めるに当たってビジネスの大先輩として檄を飛ばしてくれた内容に含まれた、たったの一文だったのですが、私はそこに文字どおり囚われて氷の女王に息を吹きかけられて万年雪に閉じ込められてしまったように動けなくなってしまったのでした。

「よそ様に迷惑をかけないように。」

「人の迷惑にならないように。」

日本人なら100万回は聴いて育つ言葉で、それに異論を唱えるのすら難しい、当たり前の黄金律として成り立っているこの言葉。

でも、その言葉はそれに真面目で誠実であろうとすればするほど見えない糸でがんじがらめに縛られ、「迷惑をかけないで生きる」ことが人生の優先事項になり、その反動で迷惑をかけていると思われる人やその予備軍を心の中で糾弾する心理状態を生み出させる言葉にもなる…だからこそネット炎上などが起きるのではないかしらと密かに思っていました。

そして、先日、ひろさちやさんが紹介しているインド古来の考え方を知りました。

ひろさんは、よくその著作の中で、日本では教育者が「迷惑をかけるな」と教えると言うと、インド人の方がとてもびっくりしたという話を紹介しています。彼らの言い分は、人間として集団で生きている以上迷惑をかけ合いながら生きているのは当たり前で、ならば「お互いに迷惑をかけ合って、許し合いながら生かされているのだ」と言うことがわかることこそ、それを教えるとことこそ、真の教育だと彼らは思っているからだと言うのです。IMG_0176

仏教国タイでも、滅多なことがないと謝らないと言います。きっと同じ考えに基づく行動なのだと思います。(大学の時のアダ名は「ごめんなさい」のつぼみ、今タンゴ教室の先生から出されている課題はステップを間違えても「ごめんなさい」を言わないこと(苦笑))

深いところで「ああ」と納得し、大きなものに許されたような気がして、身体中がホッと緩みました。

日本でも江戸時代は、道などでぶつかっても謝るのではなく「あいに、お互い」(お互い様よ)という言葉を使っていたと杉浦日向子さんも書いていましたっけ。

沖縄を訪れた12月には、まだ乳がんを持っている私が何かをやろうとすることにはやはりリスクを伴うこともあるだろうし、迷惑をかけることもあるのでは、と心のどこかで思っていたのだと思います。

それでも、やりたい!ぜひ実現したい!とビジネスや交渉が苦手な自分を駆り立てて沖縄に行き、全てがうまくいくように思えた時にいただいた「迷惑をかけないでください」の一言は、そんな私に一歩もでられない魔法陣のように作用し、料理そのものへの情熱もその時に凍ってしまったのでした。

迷惑をかけられるのは愉快なことでなく、巻き込まれ、平安を乱されます。時に自分の人間関係や利害関係も壊れる元となります。殺人や犯罪などは究極の迷惑で、それも許すのかという極端思考の声も聞こえてきそうです。

けれど、もう少し身の回りの日常のことに置き換えてみると、確かに自分が迷惑をかけられると困るけれど、自分もまた見えないところ、知らないところで必ず迷惑をかけていて、それを許されて生きているのだという事実を自覚するところから、本当の人としての生き方が始まるのではないかしら。そして、人を糾弾するのではなく、不完全な自分を許して生かしてくれていることへの自然な感謝が生まれるのではないかしら…IMG_0489

そんな風に思えて、身も心も軽くなりました。

沖縄での冒険も、チャレンジしようとしたこともいい思い出に変わり、また料理への情熱も蘇ってきそうな今日この頃です。

 

 

お手本は…

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幸せなり〜〜

幸せな午後に

生きることについて哲学するつぼみ

幸せな昼寝を100%満喫するハナちゃん

さて

どちらが幸せでしょうか⁉︎(笑)

言うまでもありませんね、ハナちゃん☆

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え、つぼみさん まだ考えてたの?

生を 柔らかく抱きしめて 生きてみよう

昨日アップしたアニメーションを、何度も何度も繰り返し観ています。

そして、気づいたことがあります。

5歳の時に人体図鑑を見ていて、いつか人は必ず死を迎えることを直感的に理解して以来、私の人生の大きな潜在的なテーマは、死を受け入れ、それを柔らかく抱きしめることでした。

感受性が強すぎる私には、音楽、看板、もの、人、光、全てが大きな刺激になるため、本当に生きているだけでも息切れをしていました。腎臓や免疫系も今ひとつ強くなかったことも相まって、気力と努力だけで生きている、そんな日々の繰り返しでした。そこに優等生気質も加わってどこかで自分に完璧を課すため、常に体が緊張していて、整体の師匠に身体を観てもらって言われた初めての言葉は「もう長いことずっと、眠れていないでしょう」でした。

ですので、乳がんと言われても多くの人が感じるよりはずっと楽に、いつか来る終わりを受け入れることができたことは何度か書いてきた通りです。

私にとって、死を受け入れ、柔らかく抱きしめること以上に難しかったのは、生を受け入れ、柔らかく抱きしめることだったんだ…IMG_0174.JPG

アニメーションの中の鹿の優しい、柔らかい、そして気高い眼差しを観て、深い気づきになりました。

タイトルも「The life of death」なので、死を受け入れることや抱きしめることに焦点があたっていますが、私には、鹿のその眼差しが死だけではなく、生きること、周りの全てに向けられていることが印象的で、ハッとさせられました。

死を受け入れ、抱きしめることができたのだから、それと同じ柔らかさで生きて、生を抱きしめて生きてみよう。

新しい春を迎えられそうな予感です。

素敵なギフト

オハナのNが、こんな素敵なアニメーションを教えてくれました。

こんな優しい眼差しで、生にも 死にも 微笑みかけて生きられたら…そう思わずにはいられないアニメーションです。

素敵なギフトを、ありがとう。

 

 

 

 

乳がんがなくなるのを 躊躇う心

乳がんなのに、がんがなくなるのを躊躇う心って??!と思われるかもしれませんが、実はつぼみの心の中や無意識の中には躊躇う心があることに気づかされた連休でした。

以前にも書きましたが、乳がんとわかった時、実はどこかでホッとした自分がいたのを覚えています。

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2年前の私は、人生に、生きることそのものにあまりにも疲れ切っていて、前の愛犬が少しずつ天国に近づいていくのを見守りながら、どうかこの仲良しと同じ時に天国に行けますように、この辛い人生を終えられますようにと心の底から願っていました。

ある臨床の先生の研究で左乳がん患者の多くが、乳がんとわかった時にその疲労の原因に必ず思い当たり「ああ、これで休めると思った」と口にするという統計があるそうですが、私も同じでした。(インスタでつながっている多くの乳がん患者が保育士さんだったり、看護師さんだったり、介護職、家庭内でのケアテーカーとだったりするのは偶然ではないような気がします。)

強すぎる感受性や共感能力を、自分の手で守ることも、逆にいい方向に活かすこともできなかった2年前までの自分。

人の苦労話や愚痴に耳を傾けて励ましたり、受け止めたり、マッサージをしたり、保育をしたりすることは、私にとっては慣れ親しんだ自動操縦でできることだったので、いつしかケアテーカーとしてのアイデンティティーの中に安穏と生きるようになり、気づかないうちに内部から疲労していました。

「つぼみさんのことを悪く言う人が1人もいないんだよ、みんな口を揃えていい人だと言うんだよ、そんなの変だよ。少なくとも自然ではないよ」口の悪い整体の師匠の言葉が深く突き刺さったのは、きっとそのアンバランスさやそこに安穏としている生き方に思い当たるところがあったからだと思います。

感受性をそれ以外に活かす道を探るために出た5年に渡る旅にも、肉体労働にも疲れ果て、人の期待に無意識に応えてしまう性質そのものにも辟易し、そこここに溢れる騒々しすぎる刺激も、もっともっとと何かを求め続けて何かを達成するために生きるように鼓舞する風潮も、もうたくさん!もう今世はここまで十分頑張りました、どうかもう勘弁くださいと願っていました。

そんな独りよがりで子供だった私を、仏様は、宇宙は、それでも見捨てませんでした。

もう一度やり直すための、方向変換するためのチャンスをくれました。私はそのチャンスを活かすことを選び、人生の舵を大きく切ったのでした。

衣食住を変え、生活ペースを落とし、自分のことを大切にすることや心地よいと感じる感覚を尊重すること、嫌なことや不誠実な扱いにNOと言うこと、人の援助を受けることを少しずつ学び、自尊心を取り戻していきました。

手に入っていないものではなく、もうすでに目の前にある普通の幸せや喜びを見つけて味わう心の余裕のある生活を、少しずつ、少しずつ心と身体になじませていきました。

それでも、どこかにあったのです。IMG_0170

乳がんがなくなるのを躊躇う心が。

深い深い無意識層に、タールのようにこびりついているそのエネルギーが、私の生きる力を、気力を、希望のエネルギーを堰き止めています。

天災や病気をはじめ、自分の生活を根本から揺るがす大きな変化などに見舞われると、元の生活に戻ろう、元に戻そうとする心が人には備わっているように思います。変化に対応するために心身がアラートを発信し続けると、大脳辺縁系がフル活動して元の慣れ親しんだ安定した状態に戻そうととするためで、それが生き物としての生存本能だからです。

乳がんがなくなったら、また元の私に戻ってしまうのではないか。

乳がんがあるからこそ、人の期待に応え続ける人生にNOと言えて、完璧主義を降ろすことを自分に許せて、優等生的で道徳的な価値観を脱ぎ去ることができているけれど、もしもこれがなくなったら、私はまた自分をあの独りよがりで不自然な習慣の中に戻してしまうのではないか。

そんな恐れがあることに、そして、あれだけうんざりしていた前の自分や習慣に、それでも戻ろうとする心の力学があることに、自分でもびっくりでした。

IMG_0171人も万物も変化し続けているのが自然。

この2年間で身につけたもの、逆に削ぎ落としたものがこれだけあるのだから元に戻ることはありえないんだから大丈夫。

もう図書館に乳がんをお返ししても、メッセージは心に刻まれたから大丈夫。

その先には、新しい私しかいないし、それ以外はありえないんだから、大丈夫。

ノートに書いて、何度も読み上げます。

古い心の習慣や元に戻ろうとする力学に逆らって、それらのエネルギーをヒョイっと躱して、タールのようにこびりついたものを洗い流して、花咲き乱れる春を迎えたいと思います。

 

 

返却期限

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両親が本好きだったのと5歳違いの姉がいたため、生まれた時からたくさん本があった影響か、本が大好きな子でした。

幼稚園から中学校まで海外にいたので本屋さんが近くになかったので、教科書を新年度に貰うと、あ、新しい読み物が来た!とその日のうちに読んでしまうのが恒例なくらいでした。

伝記、童話、動物記、歴史、図鑑ものなどの家にある本を繰り返し繰り返し読んでついに飽きた頃、図書館という存在に気付きました。宝物の館をみつけた気持ちでした。

けれど、図書館とは仲良くお付き合いできませんでした。

なぜなら、返却期間中に返却するのが私にはとてもとても難しかったからです。何度も何度も読み返したい。もう少し長く、あそこをもう少し深く…気づくと必ず期限の2週間を過ぎていて、図書室から電話がかかって来たり、担任の先生から怒られたり。そうこうしている間に、怖い司書のお姉さんのブラックリストに載ってしまい、貸してもらえないようになってしまった苦い過去があります。(何故か期間を延長するという作業も必ず忘れてしまうのでした)

そんなつぼみの過去を知って知らずか、オハナのoさんが先日言いました。

「図書館で借りた本は、返さなきゃいけないでしょ。だから、乳がん、やはり治さなきゃだめですよ」

子供の頃からどこか厭世的で、感受性が過敏のHSPの傾向が強いため生きることそのものがとても疲れる私は、気をぬくと「このままシコリんと共生して、おいのちさんが決めた分だけ生きればいいや」と達観とも前のめり感ゼロとも言える境地に、ほっこり&まったりと座ってしまうところがあります。

そんな私ともとても似たところがある(私以上かも!)物静かなOさんに「お預かりした本(乳がん)からのメッセージ、もうもらったでしょ。だったら、返さないとね」と言われるとなんだか妙な説得力があり、また図書館の例えも苦い過去と合間って、しっくり来ました。

もうおさげの小学生ではないので、シコリんこと乳がんからのメッセージを読み終わったらきちんと返却期間までにお返ししなくてはいけませんね。IMG_0168

いのちは自分のものではなく、仏様からお預かりしているもの。そして、そこに乳がんというメッセンジャーまで特別オプションでお預かりした今回の人生です。

そのメッセージには、おいのちさんに生かされている人生を、「ただ安楽椅子に座って全うする」だけではなく、おいのちさんに纏っている私という個性や感受性のアンテナをしっかり立てて、人生をALOHAの花で満たして生きるように、小さな喜びをフルに見つけて生きていくようにと、書いてある気がします。

そして、きっと小学校の時の図書館司書のお姉さんよりも厳しい宇宙の図書館司書様から催促が来ないうちにお返ししよう。

そんな風に思うことができた、もうすく乳がん3年目の春です。

 

春分の日まで もうちょっともうちょっと

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春は自律神経が乱れる季節。

寒暖の差の一番大きな季節で、1月くらいから頭部肩部と開いてきた身体が、いよいよ骨盤部を緩めていいのかな、と季節とせめぎあっている季節です。

そんな乱気流が、骨盤も鉄板のように固く、腎がもともと弱い私にはなかなか厳しい季節です。
めまい、吐き気、動悸息切れ、低血圧に、体温調整不能、不眠に悪夢、疲労感に絶望感!(笑)

春分の日の毎年の感想は「はあ、なんとか生き延びられた」(笑)。そのくらい心身ともに影響を受ける季節です。

昨年のこの時期に受けた免疫検査は、愛犬メイを看取ったばかりだったこともあり、60代くらいの免疫しかなく、とてもがっかりしたのを覚えています。今年もきっと低いんだろうなぁと感じます。

シコリんと一緒に生きていく人生を、女独り身でこの先も自立して生きていくことの限界を感じる日もあるし、仕事のこと、将来のこと、やり残している夢、行ってみたかった場所、落としてきてしまった何か…過去や未来を考え始めると、心拍数はいよいよ乱気流!(笑)

ネガティブなことを考え始めた時は、ふううううーーーっと大きな息を吐いて思考をストップ☆

自律神経を整えるツボを押しお灸をして、骨盤に焼き塩を乗せたり…
サウナで汗をかいて、ストレッチをしているようには見えないと定評のあるストレッチ(身体が硬すぎて)をしたり…
腹式呼吸を心がけたり、活元をしたり…
青竹踏みをしながら「100分で名著」をみたり…
ハーブティーに、暖かいスープ 小田原のOhanaのAさんがくれた指輪を身につけたり…
何よりはなちゃんとのスキンシップ♩
そして、メタ認知を働かせるべくこんな風にブログで吐き出させていただいたりもして(笑)。

ひとりきり努力した後は
やはりこれですね。

南無そのまんま
そのまんま

南無そのまんま
そのまんま

おいのちさんの力にお委ねして、力を抜いて

季節の変わり目に翻弄されてしまう私もまるごとOK。
じたばた努力してしまう私もまるごとOK。
顔色の悪いさえない、ぱっとしない私もまるごとOK。

免疫が低い時だってあるし高い時もある。
元気なときもあるし、思い切り低迷しているときもあるのがいのち。それも女性の魅力(?と思いたい)

仏様からお預かりした おいのちを 全うするために、ぼちぼち、ぼちぼち、なんとか、なんとか、あと10日、春分の日まで!(笑)

はなちゃんと 「サピエンス全史」を読みながら(はなは暢気に足元でいびきをかいているけど)花咲く季節を待ちたいと思います。

励ましのお便り、優しさ、労わり、エンパワー、大歓迎です(笑)

みなさまも、春分の日まで、どうぞご自愛くださいませ。

私の 「がん考」

乳がんであることをオープンにしているため、友人の友人の、または友人の家族のがんの相談に乗ることがよくあります。

ご本人の場合は、化学療法を受けるのか受けないのか、手術をするのかしないのか、温存するのかしないのか、自然療法とどうバランスをとるのか、といった具体的な話がメインです。

ご家族の場合は、本人の意思をどう見守り、どこまで介入していいのか、今やっていること以外にどんな選択肢があるのか、そして、それを勧めるべきなのかといった、見守る方のメンタル面でのご相談が多い気がします。

私自身はご存知のように、5センチ以上の、進行性だけれども進行が比較的遅い乳がんが左胸にあります。

痩せ型でアレルギー体質で排毒が苦手な体質なのと、子供の頃から膀胱炎や腎盂腎炎をくりかえす度に飲んできた大量の抗生物質、アレルギー鼻炎と喘息のための強めの吸入などをしてきたので、これ以上身体に薬をいれたくないと感じて、食事療法と温熱療法、そして野口整体による体質改善、生き方改善をして行く道を自然に選びました。

よく言われるのは、「自然療法と一本という選択肢をよく選べましたね」「不安ではなかったのですか」「切除するだけ切除するという選択肢はなかったのですか」「どうしてそんなにストイックにできるのですか」。

2年前の春に、「乳がんです、抗がん剤全クールやって小さくなってから全摘しないとだめです。自然療法なんてやったら、あなた死にますよ」とお医者様に言われた日は、本当によく晴れた日でした。

帰りがけに野口整体の先生に相談して深呼吸。その後は一人で考えようと横浜のホテルをとりました。

チェックインして一寝入りして、目覚めてシャワーを浴びた時には、自然療法一本で行くこと、生き方をもっと自然なものに戻していくこと、その中で治るものなら治るし、治らなかったとしても生きているうちにいのちのことを学ぼう、と心には迷いはありませんでした。

「正しいことが誰一人分からない」のが、現在のガン事情です。

誰にも分からない正解のないことに、自分の力で一つ一つ自分に合うかどうかを確認しながら選択し、それに自分を賭けていくしかありません。私たちの遠い祖先がそうやってサバンナや様々な過酷な環境下で生き延びてきたように。

私と同じ頃に乳がんが見つかり、同じように自然療法一本で 乳がんと向き合っていたりんりんは、昨年7月に天国に帰って行きました。三朝温泉で知り合い、以来電話やメールで励ましあって来たTさんは、化学療法とありとあらゆる自然療法を駆使して闘病して6年目の、昨年5月に天国に帰って行きました。

私も、今は免疫力がじわじわ上がり、体温を三十七度にキープして左胸のシコリんと共存していますが、それが正解かどうかは誰にもわかりません。

なので、化学療法を肯定も否定もしていないし、食事療法などの自然療法が万人に効果を発揮するかも分かりません。

アドバイスというものはないし、出来ないと言った方が正しいのだと思います。

私が今生かされているのは、自然療法のおかげではなく、おいのちさん、と私が呼んでいる大きないのちの流れ(もののけ姫にでてくるシシガミ様のようなもの)が、私を生かすと決めているからかもしれません。

そんな私が、同じ病気の方にたった一つだけエールを送れるとしたらimg_0159

「たくさんの、あり溢れるほどの情報の中で、自分がいいと思うものを見つけて、身体のOKを感じて選択したなら、あとはできるだけ疑わず、できるだけリラックスしてそれをありがたく受けること。3ヶ月単位で続けてみて身体と相談して進めること」

ということだけです。

21世紀のこれだけ科学が進んでいる中で、アトピーやがん、難病のシステムや療法が解明できないことはとても不思議です。

でも、私には、これは「命というものの仕組みは、紋切り型の見方や数値やデータでは理解できない」ことを伝えている、遺伝子からの人類へのメッセージのような気がしてなりません。

紋切り型の見方や理解では太刀打ちできず、可哀想な動物たちの身体や細胞を切り刻んで実験しても見えて来ない、いのちの世界の深淵な仕組みがあるならば、今の時点では、私たちが知性と感覚を総動員して、自分がYESと思えるものを選択するしかないこと、そして、その力が私たちに備わっていることを、遺伝子が教えてくれている気がします。

お一人お一人が、ご自分にとって一番いいと思える選択ができますように。

そして、その選択を信じて、いのちの力が湧いてくるようなイメージをしてがんと向き合っていけますように。心から願っています。

 

 

 

ほんのちょっとだけ

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カメラに魂を取られると信じているはな嬢

「ちょっとずつ」

「ほんのちょっとだけ」

尊敬する大好きなOhanaがくれた魔法の言葉です。

ともすると、一途でストイック、といえば聞こえはよく、生真面目、「融通」という文字ゼロで突き進む傾向のある私に、「「ほんのちょっと」でいいんだよ」「「少しずつ」ね」と顔の前に1センチくらいに開いた指先を持って行っていつも微笑んでくれます。

はなちゃんが来て早くも3週間。あまりの愛らしいはなちゃんに、オキシトシンと母性本能全開になり(我が家の系統は母性本能の洪水で世界を洗い流す傾向あり)、はなちゃんの一挙一動にアンテナが立ち、はなちゃんに唯一覚えて欲しい室内でのトイレトレーニング(外にお散歩に行くまで我慢に我慢を重ねてしまうため)に教育ママの意気込みで集中し、うまく教えてあげられない自分に落ち込んで…と、新米ママのような日々の中でも、その言葉はいつも響いています。

忙しい時間の中でも、ちょっとだけ手を休めてはなちゃんに100%(120%?)集中する時間をつくったり。

ちょっとだけ女性の時間を取り戻してくるね♩、とお留守番を頼んでカフェやタンゴレッスンに出かけたり。

トイレトレーニングが失敗を繰り返しても、ちょっとずつ覚えていけばいいからねと、はなちゃんにも言い聞かせて、にっこり微笑んでやり直し。

バランスをとることは、人生にはとてもとても大切なことです。img_0158

でも、時に人はバランスをとることそのものに躍起になったり、バランスをとろうと力んでしまったり、バランスの悪い自分に落ち込んだり(こうやって書くとなんて無意味な落ち込み(笑)!)することがある気がします。そしてそれは、逆効果になることもしばしば。

シコリんこと乳がんと向き合ってきた2年近くの時間の中で、このOhanaのスタンスや「ほんのちょっとだけ でいいんだよ」に、気づかないうちに力んでいたことに気づき、一度深呼吸して緩んで、また改めて取り組む力をどれだけもらったかが改めてわかります。

力まず、ジタバタせず、計らわず。

でも、いいと思ったことをほんのちょっとだけ 取り組んでみる。

やりすぎたら ほんのちょっと休憩。

成果がなかなかみえなくても、きっと少しずつ何かが育っていることをイメージして、またちょっとだけやってみる力にする。

乳がんと分かってからもう直ぐ丸2年。

昨年3月に亡くなった愛犬メイちゃんの命日でおひな祭りの今日は

はなちゃんとおひな祭りをお祝いしながら、乳がん3年目はもう少しだけ、ほんのちょっとの努力でできることを続けながら、少しずつ成果の花が芽吹いてくることをイメージして、alohaに過ごしたいと思います。

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メイが見守ってくれている気がします