ちっちに出逢えた!ちっちが笑った(๑˃̵ᴗ˂̵)

ちっち は、私の中にいる、自由闊達でちょっとだけ風変わりで、でも、そんな自分の感受性に正直に生きたがっていた小さな女の子です。

以前も書きましたが、そんなちっちを、世間や社会の物差しで計り、扉の向こうに閉じ込めて優等生のふりをして大人になった私は、シコリんこと乳がんを通してようやくそのちっちと再会できました。

ちっちの名前の由来は、オハナのYさんの長女の ちっち から来ています。

3人の子供の素敵な素敵お母さんであり、暖かく聡明な女性であるYさんの長女 ちっちは、やはりちょっと風変わりで自由な感受性を持ち、それに正直に生きている愛らしい女の子です。

そのちっちがまだ幼かった頃、Yさんからその行動をどう見守っていいのか、相談を受けたことがありました。

プールの列で先生の話を聞いていられず一人で潜っていたり、出て来たかと思うと口いっぱいに溜めたお水を魚のようにピューっと得意げに吐き出したり。
集中する時は驚くほどの集中を見せるのに、散漫な時は(もしくは過集中している時は)全く周りが目に入っていない行動を取り周りの度肝を抜くことも、明日の時間割など全く気にせず、今日、今を生きていることも。手わすらも、落ち着きのなさも、聞けばきくほどそっくり!

注意されても、本人は、きょとん。こんなに一生懸命自分を生きているのになんで?と涙をためて見つめ返してくるところも…。

ちっちを可愛がりつつも、その個性をどう見守っていいか戸惑うYさんに、私自身の子ども時代の数々の武勇伝を伝えたのを覚えています。

Yさんは私とちっちの共通点にゲラゲラ笑い、良かった、このままのちっちをしばらく見守ってみるね、と笑顔で帰られたのが昨日のことのように思い出されます。

その後自分の少女時代と再会した時、その時のことを思い出し、私はその子にちっちと名前をつけました。

そして昨日、そのYさんが久しぶりにサロンに訪ねて来てくれました♪

相変わらずの柔らかい笑顔のYさんに再会できて、五年生になったちっちの近況と写真を拝見して、わぁい!と私の中のちっちが喜びの声をあげました。

私のイメージした、ちっちがちっちのまま大きくなった五年生のちっちがそこにいました☆

そして、こんなメールをいただきました。

…………
旅行に行っても、釣り堀で釣りがしたいと一人で釣り。
クリスマスプレゼントは、さんざん悩んだあげく、レゴ。
そして、毎日、組み替える。
ずいぶん、お姉さんになったけれど、根本は変わってなくて(笑)、でも、そんなちっちが私は、大好きです。
ちっちを丸ごと受けとめられるようになったのは、つぼみさんのおかげだと、今でも思っています😊
ありがとう💖

………

私自身は自分の子どもにはご縁がなかったけれど、私が生きてきたことで小さな小さな綿毛が飛んで、ちっちと言う素敵な女の子と、その素敵なお母さんに届いて、そのちっちがきっとまたお母さんになって…それだけで、生まれて来て良かったな、と本当に嬉しくなりました(๑˃̵ᴗ˂̵)

私の中のちっちも、おいのちさんもニコニコ。天からのプレゼントを受け取れた1日でした。

ちっち、Yさん、そのまんまのお二人に、そのまんま、ありがとう!

新人類?的 人生観?

img_5571今の時代は、新しい人類の時代を迎えていると言えるそうです。

自然の摂理の中では生まれることがなかった命が、遺伝子工学や様々な科学の力でこの世に生まれることができる…それは、生物の長い歴史の中でおそらく初めてで、私達が考えている以上にもの凄いことなのだといいます。

遺伝子工学ほどの大きなことではないけれど、私も、なんども辛い流産を繰り返して、それでももう1人産みたいと願ってくれた母に、お医者さんが流産止めとして処方した黄体ホルモンのおかげで(世界では多くが使用禁止になっているけれど、日本では当時はそれが最先端でした)、ようやくこの世に生を受けました。

そのことを昨年母に聞いて、心がとても落ち着きました。母はそのせいで私が病弱で乳がんになるきっかけにつながってしまったのではないかと思い患っていたようですが、私の反応は「なかったはずの生、なかったはずの人生を体験してるってことだな、これはすごいことかも(o^^o)。私も謂わば、新しい人類なんだ」でした(笑)。

と、同時に「スーパー原点」に立てた気がしました。

多くの人は、もの心ついたらいつの間にか生まれていて、その生を自分のものとして、当然の権利のように感じて生きているのがデフォルトだと思います。

だからこそ、病気になったりするとその当然の権利が奪われたように感じて怒りや悲しみが湧いて来たりします。また、自分自身や人生に、生きていること以上の大いなる期待をかけては失望してを繰り返し、常に常に走り続けることになるのかもしれません。

でも、科学の力を借りて、生まれるはずがなかったところを生まれてきて、この世を体験しに来てる…と思ったら、それ以上の期待がなくなり本当に気楽になります。

そのまんまの私で世の中を面白がって体験出来る私でさえあれば、おいのちさんも大満足!

シコリんこと乳がんも、仏様からお預かりして生まれた体験学習プログラムの一つ。それがベストタイミングで始動しただけ…そう思っています。

生命倫理、科学の力を借りて生まれるいのちの行く先やその賛否を論じることは私には到底できないけれど、少なくとも私は、その当時のお医者さんの処方も科学の力も、その中で私が生まれたこともまた、仏様の大きな計らいの一つだなと感じています。

その生の中で、何を為すか、ではなくて、逆に気負わず、力まず、計らわずどれだけ大きな安心の中で生きるか。そして、ほんの少しの欲(私の大好きなオハナの口癖で、達観気味の私への素敵な提案です)を楽しみながら生きたら、大合格、な気がします。

今日も、そんな1日が始まりました^_^

 

 

 

出雲国にて

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昨年から今年の頭にかけて「期待をしないと言う贈り物」があることを知りました。「ありのままをそのまま愛する」と言う無条件の愛と、それの持つ力を体験することができました。

すると、今まで私がこの人のあり方はいいな、一緒にいると力が湧くな、と密かに思っていた人たちは、そんな愛情の示し方を知っている人だと気づきました。(今回出雲国にご招待してくれたohanaのまきさんは、まさにそんな素敵な人^ ^)

そして、このさりげない、けれど、宇宙で最もパワフルな愛情をそっと差し出している慎ましやかな人たちが、あちこちにいることに気づくようになりました。

誰かの期待に応えなくては…

役に立つ人間にならなくては…

前に進まなくては…

何かを生み出さなくては…

そんな自分自身への期待からも自由になることができました。

すると、子どもの頃から絶えず感じていた焦燥感や急き立てられる感覚から解放されて、心が静かになり、ぽかんと空いていると思っていた心の穴が幻だったことに気づきました。

「代償」と呼ばれる、その穴を埋めるための様々な計らいから自由になって周りを眺めて見ると、そこには、ぽかんと晴れた空(くう)しかありませんでした。

ぽかんと晴れた空には、いのちの泉が湧いていました。

いのちの泉に身を置けるようになった毎日は、喜びも悲しみも、全てがキラキラ形を変える万華鏡のようです。img_5522

44年かかったけれど、こんな風景に出会えて良かったなぁ…(๑˃̵ᴗ˂̵)

シコリんを含めた全てのご縁に、ありがとうございました、そして、こんな万華鏡の眼鏡を持って、これから出会う全てのご縁を喜びながら生きていけますように…昨日からご縁あって訪れている出雲国の、出雲大社様に手を合わせて来ました。

 

懐かしい 永遠の 満月

今日の満月は、また格別に満ちていて優しい感じです。

私の星座、蟹座の満月だからでしょうか、とても身近に、懐かしく感じます。

私のこれからの人生には、大きな目標や目指すべきゴール、あるべき姿になろうとすることも、コントロールしようとすることも、頑張ることも…もう必要ないことが、深いところで腑に落ちてから迎えた初めての満月。

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今日おいでになった お地蔵さん

力まず、計らわず、そのまんまの私で、シコリんのことも、あるがまま。仏性の中に生きていることに安心して、目の前に置かれたご縁に、精一杯のalohaで向き合うことだけでいい。

満月を見ているとそのことが、細胞ひとつひとつまで、エネルギーの一粒一粒にまで浸透していって、とても満ちた感覚です。

もちろん、月と同じサイクルを繰り返す女性でありまして、これからも満ち欠けを繰り返すのですが、今日の、この日の、この満月の夜は、永遠にどこかの記憶に残る気がします。

お月さま えらいな

櫛のようになったり

鏡のようになったり

はるなつあきふゆ

日本中を照らす

昔、たくさんの子供達に歌って寝かせた子守唄を歌いながら、しばし、静かに月を眺めています。

無条件の愛情のチカラ

無条件の愛情。

それがどんなに大切なもので、誰もが、どんなにそれを切望しているか…。

みんな頭では分かっていても、なかなか体験することのできないもので、憧れで、そして実際には絵に描いた餅だと思っている方も多いのではではないでしょうか。

先代の、愛する愛する仲良しメイを19歳と10ヶ月で看取るときに「メイが旅立った後、私家族を探しているお仲間達を、たくさん幸せに可愛がるからね。どうか向こうで見ててね」と交わした約束通り、咲ちゃんこと、新名 はな ちゃんという愛らしい天使をお迎えできることになりました!

その、はなちゃんの預かりさん杏組さんのお宅にお見合いに伺った時のこと。

私たちを先頭きって迎えてくれたのは、はなちゃんをはじめとした保護犬さん達の中でも、銀次郎君という白銀の美しく愛らしい犬でした。

尻尾ブリブリ大歓迎してくれ、信頼しきった目で遊ぼう遊ぼうとボールをくわえて来たり、お腹を見せて撫でられるとウットリの銀次郎君。

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乳児を見守る銀さん

お話をうかがってびっくりしたのは、銀次郎君は、保護された時は完全に野良犬状態で、人に指一本触らせず、自分以外誰も信用せず、専門家からはもう処分した方がみんなのためだとまで言われた犬だったのだそうです。

その銀次郎君を預かりさんの杏組のお母さんと娘さんは諦めませんでした。

生きていてさえくれればいい。

そして、毎日変わらずごはんをあげ続け、何も強要せず、温かい雰囲気の家で一緒に暮らす中で、銀次郎君の心は少しずつ、少しずつ解け、人を受け入れ、仲間を受け入れ、いつしか後から来た保護犬に遊び方を教えるお兄さん犬に変わっていった…
目の前の愛らしい銀次郎君の姿と世の中を信頼しきった目と様子からは、そのお話をにわかには信じられないほどでした。

家に帰り杏組さんの銀次郎君に関するblogを改めて読み、涙が止まりませんでした。

http://aumehanamg.exblog.jp/25988548/

14年に渡り数えきれない保護犬を受け入れ、里親と幸せに暮らせるように心身ともに回復させてこられた杏組さんのお母さん。太陽のように明るい肝っ玉母さんです。

そしてその素敵な娘さんと天真爛漫なお孫さんがまた素敵なハーモニーを奏でていて、たくさんの犬たちが今日も無条件の愛情を注がれています。

銀次郎君の奇跡に、そして、その奇跡を生んだ預かりさん達の無条件の愛情に、私の中の何かが、変わり始めている今日この頃です。

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はなちゃんです♪

はなちゃんは、来月からうちの看板セラピー娘になります(๑>◡<๑)

皆さまも、ぜひ天使のはなちゃんに会いにいらしてくださいね!

南無そのまんま そのまんま

img_5279南無そのまんま そのまんま。

南無そのまんま そのまんま。

南無そのまんま そのまんま。

このところずっと唱えているお守りです。

ひろさちや さんの本に書かれていた、ひろさん流の南無阿弥陀仏〜なのですが、私の心と身体に、とてもしっくりハマりました!

年末に心の大掃除をして、心の大量のススが払われたら、そのまんまの私をそのまんまに受け入れて、そのまんまでそのまんまを生きる…そのコツが見えてきた気がします。

クヨクヨする私でも そのまんま

優柔不断な私でも そのまんま

生真面目な私でも そのまんま

優等生気質の私でも そのまんま

シャカリキの私でも そのまんま

お金儲けが下手な私でも そのまんま

運動嫌いな私でも そのまんま

夢見る夢子でも そのまんま

人間より動物が好きな私でも そのまんま

乳がんがあっても そのまんま。

そのまんまの私を、そのまんまで、

そのまんまに安心して生きる。

南無そのまんま そのまんま。

仏様(や、何か大きな存在)は「仏様から預かっている私」の欠点を治したり、どこかを変えたり、何か大きなことを成し遂げたり、成功したり…をこれっぽっちも望まれてないことが、ようやく分かりました。

私の今生の宿題があるとしたら、そのまんまの私でいいことに気づくこと。そのための今迄の人生で、そのための乳がんだったのだなぁと感じます。

そうは言っても、デフォルトが生真面目で努力家なので、すぐ元の考えに戻そうとする脳が働き始めるので、その時に無心にぽかんと繰り返し唱えるのが「南無そのまんま、そのまんま」。

優等生、生真面目一家の中で無菌培養され(笑)、常に心のどこかで今の自分はダメで、まだまだ合格点に達していないから頑張らなくては!と力んできた私でしたが、ここに来てようやく、仏様に、おいのちさんに、そのまんまの私がノージャッジに暖かく包まれていると確信し始めています。

この身体も、個性も、体質も、乳がんも、仏様から預かったもの。

それをそのまんまいただいて、そのまんま生きよう。

そんな風な心境にようやくなりつつあります。

このblogも、あと少しで最終回。

この先私のシコリんこと乳がんが治るか治らないかは、仏様の前では取るに足らないことだと気付いたからです。

南無そのまんま、そのまんまで、ただおいのちさんが喜ぶことだけしていけば、生きていくことも、死んでいくことも、同じ環の中にあります。

そんな風に思い、安心して生きている私を、この先皆さんの中で想像していただけば、それで全てOKな気がするからです。

最終回まで、あと、もう少しだけ、おつきあいくださいませ(╹◡╹)♡

 

 

 

 

新年やめまして おめでとう

新年あけましておめでとうございます。
みなさま素敵な年末年始をお過ごしでしょうか。

私は新年早々やめました(๑˃̵ᴗ˂̵)!
いきなり新年早々、「やめました」宣言から始まりまして失礼します(笑)。

何をやめるかと言えば、(まあ、色々あるのですが、ブツブツ)12月頭から続けて来た炭水化物オフの食生活です。

心の底から一度決めたら、頑固にやり通す性格の私ですが…今回は 再び方向変換、実験中止、ギブアップ、言い方はなんでもいいのですが 、とにかく新年をもちまして炭水化物をやめるのをやめました(笑)。

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主食はアボカド

炭水化物オフ、ケトン食は、主食となる炭水化物を極力抜いて、タンパク質や良質な脂質や低糖質の野菜を摂ることで、余分な脂肪を燃焼する、免疫力をあげる、ガンへの糖質の供給を断つ、内臓疲労をとる、血糖値の上下を穏やかにする、など様々な効能があると言われていて、注目されている食事です。

私は免疫力が元々弱いのと、腎臓や副腎が弱いので、それを高めるために始めてみました。

私の場合はほぼベジタリアンの身体になっていてお肉はもう必要ないので(食べたいとあまり思わないし消化できない)、葉野菜と豆メインで魚を少しいただく数週間でした。

確かに…
炭水化物抜きでも食欲は満たされることが分かりました♪
あまりお腹も空かなくなり、どんどん胃が慎ましくなりました♪
血糖値が上がらないため、精神的アップダウンの高低差が一時期驚くほど穏やかになりました♪
シコリんも、少しだけ小さくなりました♪

これ以上減る脂肪はどこにもないので(笑)、43キロのままキープされ、逆に背筋が強化されました♪

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ケトン食も美味しく

でも…
なんたる喜び薄き、感動薄き日々だったことよ〜!!( ;∀;)

そして、お通じがヤギのようになっていきました( ;∀;)(←これが一番こたえました!)

体温も下がり、挙げ句年末は何かに逆切れ…( ;∀;)お皿が犠牲になりました。

一般的に、炭水化物を抜いていくと、セロトニンをはじめとする脳内ホルモンの分泌に影響するため、穏やかになる反面喜びホルモンが出にくいと言われていましたが、本当にそうなるとは思わなんだ(笑)。ヒデキ感激ならぬヒデキびっくり!(分かるあなたは同年代)

残念ながら私には向いていなかったと言うことなのだと思います。
野口整体で言うところの、上下一種型の私は、大の空想好き、頭脳作業大好き、理想主義、感動するために生きてます!人間で、それが私の個性なのですが、炭水化物オフの結果、空想の翼は折れ、頭脳作業は進まず、なんと私の人生のエンジンである「感動」まで薄くなり…

これじゃあ、私じゃないではありませんか!(ロボトミー状態だよ、ホトトギス(泣))

よしんば、この生活を何年も続けて、シコリんこと乳がんが小さくなる可能性があるとして、その時まで私は私として幸せに過ごせるのかしら。

誰が何年生きられるかなど、誰にも分からないこの世で、明日もしかしたら目覚めないかもしれないのに、私でいられないままの毎日の中である日ポックリ死んだら、後悔しない?…わけないじゃありませんか!

空想の翼も折れたまま、頭脳作業も中止、感動も薄いままで生きることは、私にとってはもちろんのこと、私のおいのちさんの本意ではないなぁとしみじみ実感しました。
(これを、まさに上下一種型と呼ぶのでしよう)

と言うことで☆

下手に免疫力をあげようだの、元気はつらつになろうだの、体質を改善しようだの、結果シコリんがなくなればいいだの…そんな欲とは、さようなら!することにしました\(^o^)/

img_5266つぼみがつぼみらしい個性と感受性のまま生きて、いただいた天寿を全うすること。

それだけを目指せばいいのだと、改めて気づかせて貰いました。

それに気づかせてくれた炭水化物オフダイエットよ、ありがとう。

と言うことで再び
○基本は以前の玄米菜食1日2食(炭水化物はそのうちの一食)に戻して
○今とても興味がある二十四節気に合わせた食材と料理法を取り入れて
○相変わらず好きなアーユルヴェーダの料理やスパイス料理研究を楽しみながら
○再び体の声だけを聞いて
○時には羽目も外して人生を謳歌しながら

ビバ!私に合ったオリジナルのつぼみ食堂!(笑)でやって参ります。

本年もよろしくお願いいたします☆

みなさまに
たくさんの素敵な出来事とご縁がある一年になりますように…