安心の中に生きています

おいのちさんワールド 仏さまワールド

引き続いております(*´︶`*)。

日常で焦ることが起きても、道元さんの見せてくれた世界…仏性の中に私達がぷかぷか浮いている世界…をイメージすると、なんだかとても気楽になり、全てが今迄の見方と違って見えます。

その世界の中には、生もなく死もなくて、生もあって死もあります。全部あって、全部ない、ないけどある、あるけどない(笑)…

うーん、なんだろう、この安心感。

生きていることも、死んで行くことも、仏性の中なのですから、こんなに安心なことはありません(*´︶`*)

ここで自問自答。

はてさて

であれば何故、身体をケアするのか、何故身体に良くて美味しいものを作り続けるのか。

そのまま、無為自然でいいのではないか、と。

(無為自然にアメリカドッグにかぶりつくとか、ニューヨークチーズケーキに顔をうずめるとか、揚州商人の刀削麺を食べるとか!ドキドキ(笑))

理由はただ一つ。

身体をケアしたり、身体にいいものを選び続けるのは、がんをなおしたり、長生きするためではなくて、私の身体も仏様だから(*´︶`*)。

大切なお方を、大切に扱わない人はいないし、道理はありません。

私の身体と言う仏を磨くために、身体をケアしたり、身体が喜ぶものを食べる。

生きている間はピカピカに生きられるように、死ぬときもピカピカに死んで行けるように、今日をピカピカに最大限生きられるように。

その為のケアで、その為の選択なんだなと分かりました。

私の身体という観念を離れて、自分の毎日を観じてみると、人にマッサージするのも、その人が仏(の子)だから。

料理するのは、仏(そのもの?)である野菜を、仏の子である私が調理し、仏として食べるため。

(と言うことは、やはり、インドの黄金寺院の無料食堂のドキュメンタリー「聖者の食卓」に戻り、He himself cooks にもどるんだなぁ(*´︶`*))

それをことさら神聖視するのでもなく、当たり前のこととして、愉快なこととして、コツコツと、ほっこりとやっていく…それだけなんだなと分かり、今日もほっこり幸せな1日でした。