女性時間に入れました

このところ、自分の中から湧き出てくるものを形にしたいともがき、混沌の中でジタバタしていることをお恥ずかしながら綴りました。

そして、その混沌から何かを産み出すには、直線時間、目的意識、結論、計画、ゴール、形作る…などの男時間(左脳時間、理性の時間とも言える時間)ではない、もう一つの時間=女時間(右脳時間、集合無意識とも言える時間)、いのち時間に入ることがヒントだと感じている言うことも。

その切り替えは、ある朝、あっけないくらい、台風一過でいきなり晴れ間が広がったように、観劇の幕開けでカーテンがさっと上がったように、突然起こりました。

夜寝る前、私が敬愛してやまない知の巨人、現代の最も優れた語り部、あの世に行ってその講義を受けるのを楽しみにしている、神話学者のジョゼフ=キャンベル先生の生前の動画を観てから眠ったためか、その明け方また不思議な夢を見ました。

キャンベル先生なのか、誰か知らない人なのかすら定かではないのですが、何か高い崇高な雰囲気の人と、時空のない空間で対話をしている夢でした。

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言葉を超えた対話の中で、この世の仕組みは私たちの頭の理解をはるかに超えた、精密で完璧でものあること。宇宙は広大であると同時に過去も未来も全ての次元も、密接に繋がった「一なるもの」であること。

私のしようとしている活動はもうその完璧な宇宙に響き渡っていること。それが実現して形になるかどうかは、私の呼ぶところの「女神達」にただもう預ければいいこと。そのことが「見えて」「わかる」…そんな夢でした。

img_4272目覚めると、この数カ月高速回転していた脳のある部分のスイッチが切れたように、大きな何かの中をゆったり揺蕩う女時間に入っていました。

世の中には、コントロールできることとできないことがあります。(出来ているつもりでも、本当はできないことの方が多いのかもしれません。)

女性は特に、その身体のリズムの特徴故に、コントロール不可能なことを体験しながら育ちます。

そのコントロール不可能なものに、ハンドルや手綱を持参してコントロールしようともがくと、荒くれた川に放り込まれたように振り回され、大きな渦潮の中でばらばらにされるような感覚になることは、多くの女性が体験的に分かっていることだと思います。

けれど、そのコントロールの手綱を手放して、自ら進んでそのコントロール不可能なものに運命を「預けて」行く=「能動的な受け身」の状態で入って行くと、その嵐は止み、荒波の渦潮だと思っていたものはエネルギーに満ちた緩やかな銀河のような渦に変わります。

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そして、無目的に、形作るのでもなく、ただ練り上げては崩し、また練り上げて…陶芸のろくろを回して遊んでいるような、集合離散のリズムを楽しむ感覚になります。

無理矢理「形作る」のでもなく、「形になってくる」のを鷹揚に待てる感覚です。

この時間、このモードが、全てと繋がり、全てを生かし、全てを癒すおいのちさんの時間なのかもしれないなぁと感じます。

ここでは、いのちに目的はないこと、生も死も過去も未来も全部同じエネルギーの海に属していることが、よく分かります。

このおいのちさん時間に身を委ねている時に、本当の癒しや、本当の創造が起こるのかもしれません。

脳科学で言うと、前頭葉の電気信号の波がいい塩梅に弱まり、シータ波の波に揺られて脳神経、脳細胞が休息している…そんなところでしょうか。

と、まあ、分析はここまでにして、しばらくは、ようやく入れたこの女時間、おいのちさん時間に、安心して、ゆったりと漂っていたいと思います。