料理愛づる女神

image女神達からいただいたインスピレーションをご縁のある方にシェアしたくて、時々不定期に女神の勉強会を開いています。

先日も、アーティストやデザイナー、ヒーリング、助産師、タイマッサージのセラピストなどなど素敵な仕事をしていて、かつ頼もしい母でもある5人の女神達と一緒に勉強する会を開きました。

個性も悩みも生き様もそれぞれの女神達ですが、ぼあぼあランチをみんなで食べながらのシェアリングタイムは、笑いあり真剣なシェアリングあり、またまた爆笑ありと華やかな時間になりました。

今回の女神勉強会?ぼあぼあランチ会?(こっちがメインな気がするf^_^;)の後、とても嬉しい報告がありました。お料理が苦手でどちらかと言うと作るのがしんどいと言っていた高校時代のからのオハナ、Mちゃんの変容です。

「今日の夕食は自分から「作りたい!」と感じて作りました、作らなきゃじゃなくて作りたいと思って作るのは、当たり前だけど全然違うね!」と言う喜びのメールで、食の感覚が研ぎ澄まされる喜びを感じたことを報告してくれました(*^^*)。
そして、出張のお料理教室のリクエストをいただきました♪

優秀なデザイナーで、誰もが認める女松岡修造(笑)情熱的なMちゃんは、本当に聡明で前向きで力強く公平で、女神アテーナーのエネルギーをまさに体現している素敵な女性です。

image今回は、そんな彼女の中のデーメテール(大地と穀物、いのちの女神)が活性化されたのと、料理をクリエイティブな活動として楽しみ、味わう、アプロディーテ(愛と美のミューズ)のエネルギーが花開いたのを感じる嬉しい報告でした♪

私たち女性の多くは、毎日当たり前のように台所に立って旦那さんや子どもが食べるものを作ります。そのことが女性の性で喜びであるかのようにいつの間にか思い込まされてきましたが、庶民の家に台所が登場し個々人宅まで行き渡ったのは実は現代に入ってからのこと。

女性だからって料理が好きなはず、というのはある種のイリュージョンとも言えます。

image

Mちゃんの敏感な感受性はきっとこれから料理をクリエイティブな作業として楽しむ時間に変えていって、それがまた彼女の活動や創造性にいいインスピレーションを与えて…と言う好循環を生むんだろうなあ思うと嬉しくなります♪

さて、出張お料理教室のメニューは、何にしようかなあ(o^^o)楽しみ楽しみ♪

女神達は今日も全ての女性の中で、ちょっぴり寝ぼけ眼で起こされるのを待っています。

 

キャベツ→白菜の煮物バージョン

imageキャベツのトマト煮、白菜でも作れますか、の声をいただいたので、白菜ならコレ!の煮込みバージョンです。もちろん楽々炊飯器調理シリーズで(o^^o)

 

【白菜と大豆の豆乳クリーム煮】

(材料 2〜3人分)

白菜 中半分

飴色玉葱 50g位

昆布 1切れ

ベジブロス(なければ水だけでも、または野菜コンソメを加えてもOK)

蒸し大豆 お好みの量

豆乳 70CC位 お好みで

塩胡椒

1.白菜は炊飯器に入る大きさにざくりと縦にきっておく。大豆は蒸し大豆にしておく(市販の水煮のものでもOK)。

image2.炊飯器に白菜、飴色玉葱(一度冷凍したものだと、低温調理になり味が染みるので尚旨旨です)、昆布をいれて、ベジブロスを白菜の頭が少し出るくらいまで入れてスイッチオン!!

3.炊き上がったら、白菜をトングなどでひっくり返して、豆乳、蒸し大豆、ほんのひとふりの塩胡椒をいれて、1時間位保温で出来上がり(o^^o)

*欲張って具や水分を入れすぎると吹き出しますので要注意!

*豆乳は先に入れると分離するので、保温の前に加えます。

簡単なのにびっくりするほど美味しいのですー(o^^o)

ほんの少しガーリックパウダーをふったり、チリペパーやお好みで豆板醤を乗せてもまた抜群です。麺やパスタ、御飯をいれると立派な御飯になります♪

ベジタリアンのたんぱく源、大豆をたっぷり美味しく食べられる一品。お試しください。

やみつきアボカドデザート

またまたおもむろに(笑)

モロッコ料理教室で習ったものを、つぼみ流にアレンジしたものを先日のぼあぼあカフェでお出ししたところ、大好評(*^^*)。レシピのリクエストがあったので、こちらもレシピ入りです。

ビタミンたっぷりのアボカドに、食養生にも女性の美容にも欠かせないビタミンCのレモン、「1日一つのリンゴで病気知らず」のリンゴ、食物繊維と鉄分補給のプルーン…最強です!

image【アボカドとリンゴのデザート】

材料(2〜3人)

アボカド1

リンゴ1

レモン 半分

アガペシロップ(ハチミツでOK) 小さじ1

カルダモン ひとふり

クローブ ひとふり

塩 ほんのほんのひとつまみ

1.アボカド、リンゴを大きめの賽の目にカットして、プルーンは干しぶどうくらいの大きさに切り、ボウルに入れる。

image2.レモンを絞り入れ、カルダモン、クローブをひとふり、塩をほんのほんのほんのひとつまみ入れて、お好みの感じになるまでぐるぐるっとかき混ぜて出来上がり!

レモンが酸化を防いでくれるので、多めに作って冷蔵庫にいれておくと、鮮やかな緑のままの美味しいデザートに!

豆乳を少し混ぜるとサラダ風になり、葉野菜にも合います。

お試しください(*^^*)

 

ご馳走&常備食 キャベツのトマト煮

おもむろに(笑)うちの常備食の一つ、キャベツのトマト煮のレシピです。炊飯器調理で簡単過ぎるので、レシピ入りさせるのもなあとためらっていたのですが、レシピのリクエストをいただいたので載せさせていただきます(*^o^*) 。簡単で、美味くて、すみませんレシピです。

image

【キャベツのトマト煮】

材料(3〜4人分)

キャベツ 大 半分

トマト 中 2個(トマト缶でもOK)

飴色玉葱 50gくらい(なければ玉葱中2個)

ニンニク ひとかけ

ベジブロス(なければ水とローリエ)

コリアンダー 大さじ 2

塩コショウ 少々

お好みで レンズ豆

オリーブオイル

*お好みでセロリやパプリカを入れてもコクが出て美味しいです

1.キャベツは、ざく切りに三等分しておく。トマトはフードプロセッサーでジュース状にするか、細かめのざく切りに、ニンニクはスライスしておく。飴色玉葱がない場合は玉葱をスライスしておく。

 

2.飴色玉葱がない場合は、先に玉葱を炊飯器に入れて少しだけオリーブオイルを加えて早だきにして調理しておく。

3.飴色玉葱の上に、ジュース状にしたトマト(か、ざく切りトマト)、ニンニク、コリアンダー、オリーブオイル大さじ1、レンズ豆、キャベツの順に入れて、ベジブロス(なければ水とローリエ)をキャベツがかぶるかかぶらないか位注ぎ、塩をほんのひとつまみ入れて、普通の炊飯コースでスイッチオン!!image

4.炊き上がったら塩コショウで味を整えて、保温のまま一晩おくと、とろけるようなキャベツのうま煮の出来上がり☆

そのまま食べても超ウマウマ(o^^o)

私は多めに作って冷凍しておきます。少しリンゴ酢とアガペシロップを足してパスタソースにしたり、煮詰めてケークサレに入れたり、カレー粉を足して蒸した季節野菜の上にかければそのままベジタブルカレーにと、重宝この上ない代物です(*^^*)

お試しくださいませ♪

チェ、タンゴ(ねえ、タンゴ)

imageタンゴを始めたきっかけは、友人から借りた小松亮太さんのCDでした。

タンゴ界の革命児アストラ・ピアソラの曲から、伝統的なタンゴ、モダンなタンゴを織り混ぜた魅力溢れるオモチャ箱のようなアルバム「ラ・トランペーラ(噓つき女)」にノックアウトされてしまい、以来タンゴに魅せられ続けています。

コンサートやライブにも度々足を運んでいるのですが、昨日催された江古田にあるライブハウスでの小松亮太さんとギターのレオナルドブラーボさん、コントラバスの田中伸司さん、近藤久美子さんのバイオリンによるコラボは、それぞれの演奏も、皆さんの息の合いっぷりも抜群に素晴らしく、すっかりハートを持っていかれてしまいました(笑)。

image
小松さんとブラーボさん

タンゴを聴いていると様々な情景がその時の情熱や想いと共に、鮮やかに切なく湧き上がってきます。

今までの人生の軌跡、出会った風景やたくさんの人々、様々な出来事、出会いと別れ、胸がうち震えるくらいの喜びも、身悶えするほどの苦しみや悲しみの日々も、目がくらむようなビビッドな色彩をもって走馬灯のように浮かんでは消えていきます。

そして、同時に胸の奥にしまってあるはずの何かが、ふつふつと再び動き出します。

もっと自分の中に眠る何かを解き放って、目指した世界・夢見た世界で激しく生きたはずの人生…

もっと色々なところや見知らぬ国に旅をして、様々な風景や人びとに胸を震わせていたはずの人生…

ここではないどこかで、誰にも縛られずに、もっと自由闊達に風のように生きているはずの人生…

もう一つのあの道を選んだ私
あの角を曲がった私は
今どこで何をしているんだろう。

 

甘く切なく、情熱的なバンドネオンの音色とタンゴ独特の旋律が、どこかでこぼれ落ちた願望や叶わなかった夢のかけらを呼び起こし、それらが胸を痛いくらい鷲掴みにします。

でも…
それでも…
今、この私で、ここにいるのは、この街が、人々の小さな毎日の営みが、大切な人々の悲喜こもごもが、どうしようもなく愛おしいからです。

人生の終わりといつもどこかで鬼ごっこ、かくれんぼ、にらめっこをしながら、人々とのしがらみの中で矛盾だらけの毎日を、この街の季節の中で生きることが愛おしいからです。

でも、チエ、タンゴ(ねえ、タンゴ)。
今はもう少しだけ、1秒でも長く、この甘く切なくほろ苦い夢のかけらとダンスをさせて欲しい。彼らが踊りながらどこかの、誰かの夢になって自分の前から消えてしまうまで。
でも、想い出やほんの少しの未練だけは残しておいて欲しい。また生まれてきた時にこの続きができるように。(チエタンゴの陽気な音色はコチラ)

そんな郷愁と哀愁を、どこか陽気に、そしてすまし顔で包み込んでしまうタンゴの音色にそれぞれの想いを抱えながら、会場は静かに、そして熱く盛り上がっていました。

ワインも飲んでないのにすっかり酔いが回ってしまう、幸せライブでした。

女神と私 女神修行2

つづき

一般的に女神と言うと、全てを兼ね揃えた完璧な女性であり、人々を愛で包み込む万能な母なる女性…などのイメージを持たれることが多いと思うのですが、聖母マリア以外の女神はむしろその逆が多く、そこに見えてくるのは生き生きした、生命力溢れる女性のアーカタイプ(原型)です。

特に心理学のユング派でよく取り上げられるギリシャ神話の女神達は、じつにパワフルで人間的!

image時に嫉妬に狂って相手の女性を呪い追い詰めたり(家庭と結婚の女神ヘーラー)、悲しみを感じると全ての家事を放棄することで困らせて要求を通したり(大地と母性の女神デメテル)、怒りに任せて相手を容赦なく断罪したり(独立と自然の女神アルテミス)、結婚後も実家の側で暮らし、実家とパートナーの狭間で苦しんだり(受容の女神ペルセポネー)、嫁に無理難題を突きつけて息子に相応しいかどうかをテストしたり(愛と美の女神アフロディーテ)、などなど。
みんな実はゴシップも大好きで、極めて主観的で、タッグを組むかと思うと次の瞬間には反目しあい、私情で男たちに戦争を起こさせてしまうほどパワフルです(笑)。

まったく身近な、どこにでもいる女性の姿が数千年前の神話に見られることに、驚きと親近感がわきます。女神とはつまり、古今東西の女性がもつ普遍性に個性を与えたものであり、世紀を超えて生き生きと語り継がれ、女性が自分達の人生を外在化して見つめ直すための先人達の導き、道しるべとも言えそうです。

女神達は神として祈りに応えて恩恵を授けるだけでなく、同じ女性として私達に寄り添い、力を与える存在です。

特に私達女性が、自分達の悲しみや怒り、苦しみをくぐり抜ける過程において、自分の中に蠢く様々な闇のエネルギーを意識化し、それを昇華してメタモルフォーゼしていこうとする時…

親子、パートナー、自分を取り巻く誰かや状況の犠牲者であると言う意識のベールを自らの手で脱いで、ヨチヨチ歩きながらも自らの足で歩き始めた時…

心理的に自立しつつも、他者との関係性の中に生き生きと生きることを喜びにしようと志向し始めた時…

受け取るばかりでなく、逆に与えるばかりでもなく、自分以外の他者とエネルギーを交換することそのものの豊かさに目を向け始めた時…

私達の中の女神達が目覚め、私達の迷いや悩みに時に寄り添い、時に力強く導き、旅を共にしてくれます。

私の場合、乳がんという女性特有で科学でも解明できないある種のミステリーを左胸に抱えているため、彼女達のサポートを必要とし、彼女達の存在をとても身近に感じながら生きています。

image

生死を含めたライフサイクルについて考える時。女性としての今までの人生を振り返り、これからを見つめる時。女性をサポートをする仕事に携わる職業人としてのあり方を振り返る時など、おりに触れて女神達と対話します。

そして、女神たちは、私は乳がんと言う病気の犠牲者ではなく、それと戦う者でも悲しむ者でも、白旗を上げる者でもないと、私に教えてくれます。

そうした意識を脱ぎ捨てて、自分にとっての乳がんを自らの手で定義し、対話し、共に生き、黄金のリンゴ・実り豊かな果実を手にするための旅を続ける毅然としたヒロインであれと、彼女達が道を示してくれます。

私にとって乳がんは女神修行の一環で、大きな通過儀礼の一つ。

毎日の一歩一歩が、祈りとなり、力となり、うねりとなり、旋律となり、今日も私を更に先へと進ませます。

 

女神と私 女神修行1

私にとって乳がんと向き合うことは「女神修行」です。

image私が「女神」という概念に出逢ったのは、今から八年前でした。

当時の私は30代半ばで、私生活、仕事、夢など全てが、精一杯やっているにも関わらずどこか何か噛がみ合わず、暗中模索をしていました。

心の深いところに次から次にふつふつと浮かんでくる不満や不安。毎月の生理の周期で繰り返される、情緒不安定で闇の中にいるような時間。そして、何より女性としてのライフサイクルを俯瞰してみるための視点やツール、ビジョンをもてないまま航海を続けることに寄る辺のなさを感じていました。

当時はその原因をどこかで周りの人や状況に探して、そんな自分に落ち込み、本を貪るように読んだり、座禅をしたり、ワークショップに出たりして必死に浮き輪を探していました。一時的にわかったつもりになって、けれどすぐにまたいつもの不安や不満に戻って…その繰り返しに疲れ切っていました。

何が私をこんなに翻弄するのか、自分の人生の舵を自分で握りなおすためにはどうしたらいいのか、自分を一度きちんと見つめ直したい…そのためならなんでもします!そう願いました。
その願いに応えるかのように、宇宙は私に、ハワイにある美しいファームでリトリートや女性の女神修行を主催されている小田まゆみさんとのご縁を結んでくれました。

世界的に有名な画家であり、平和活動家であるまゆみさんの元で女神修行を受けて、自分を見つめる時間をもつことができたのです。

image早朝ヨガと瞑想、般若心経を唱えてから1日が始まる自給自足の生活を送り、まゆみさんから自我を見つめるためのきっかけをいただき、自分と向き合い続けた3カ月の女神修行。言葉にできないほど意味深い時間で、とても今世では返せないご恩をいただきました。ご恩としか言いようのない、まゆみさんの深い湖のような愛情と導きを思い出すと涙が出ます。

彼女自身が女神である小田まゆみさんを通じて女神という概念に出逢ったことを、本当に有り難く、また幸運に思います。

続く

野菜だけで幸せミートソース

小さい頃からミートソースが大好き!日光に行こうが、イタリアンレストランに行こうが、注文するのは、ミートソース\(^o^)/の子供でした。
母のミートソースが絶品なこともあり、ラザニアにしてよし、パンに乗せてよしのミートソースは人生のお供。食事療法をしていても譲れません!(笑)

試行錯誤の末、大満足なベジのためのミートソースを作り常備しています。

image

 

【野菜だけで幸せミートソース】

材料(10食分)
A
玉ねぎ 中2個
人参 大1本
セロリ 中2本
トマト 中2個(トマト缶でもOK)
ニンニク ひとかけ
生姜 ひとかけ

B
乾燥シイタケ 大6個
乾燥シメジまたはマイタケ 50g
乾燥大豆ミートミンチ 100g

*大豆ミートの代わりにレンコンや高野豆腐のミンチでも歯応えが出ます

C
ローリエ 1枚
赤ワイン 大さじ 3杯
ナツメグ 大さじ4
黒酢 小さじ1
塩 ひとつまみ
コショウ お好み
アガペシロップ 大さじ3
(お好みの甘味料でOK)

ベジブロス 2カップ
オリーブオイル 大さじ3

(下ごしらえ)
1.Aを全てみじん切りにします。トマトはフードプロセッサーまたはミキサーでペーストにします(ペーストにすると皮ごと優しくいただけます)。

image2.Bの乾燥キノコ類とベジミートは、かぶるくらいのお湯で一緒に戻し、フードプロセッサーなどでみじん切りしておきます。戻した汁は出汁になるのでとっておきます。

(作り方)
image1.大きなフライパンやお鍋にベジブロスを50g位入れて、Aを上から順番に炒め煮していきます。それぞれ透き通ってきたら次を入れる感じで。

 

2.1.にトマトペースト、ニンニク、ショウガを入れたら、ベジブロスの残りとオリーブオイル、ローリエを加えて、蓋をして弱火で煮込みます。

image3.全体的に柔らかくなったら、刻んだBと戻した汁を加え、蓋をしてさらに弱火で煮込みます。

 

 

image4.全体的にとろみが出てきて茶色っぽくなってきたらCを加えて、さらに少し煮込みます。途中煮詰まってきたらベジブロスを足します。

 

5.(ひと工夫&コツ♪)炊飯器に移して保温スイッチをぽん!一晩(8時間位)保温します。炊飯器に保温をお願いすると、一定の温度を保ち続けてくれるので、AGEのもと焦げを気にせず調理でき、驚くほど旨味が引き出されます。

私は全粒粉のパスタにかけて、ウマウマいただくのがお気に入り。

imageパスタにはもちろん、玄米タコライスにしたり、チリを足してナチョス風にしたり、蒸し野菜にかけて豆乳クリームを乗せてラザニア風にしたり。

小分け冷凍しておくと、いつでも手軽に美味しく使えます。

お試しください(o^^o)

満ちてきたなあ

image

毎日自分に食べたいものを聴いて
毎日身体が喜ぶ野菜と調理法を研究して
毎日下ごしらえして
毎日真心と遊び心を込めて
ひたすら作り続けた8カ月でした。
ずっと大の苦手だった野菜や豆類、果物、玄米たち!
それをどうやって、このお腹を空かせた、私の中の小さな女の子偏食のちっちに食べさせるか。

保育士をしていた時に養った保育士魂をフルに活用して、ちっちの要求に根気強く耳を傾け、食べたい形や味に工夫して、美味しく楽しく、一緒に美味しいね!美味しいね!と歓びながら育て直した8カ月だった気がします。

シコリんのことがわかってからしばらくは、誰かが私だけのために、私の身体を考えたスペシャルメニューでalohaを込めて御飯を作ってくれたらどんなにいいだろう…とシクシク泣いた日もありました。

それでも、誰かに頼まなかったのは、それだと何かが違うとどこかで思っていたからかも知れません。

涙を拭いてよっこいしょとまた起き上がり、毎日キッチンに立って作り続けて…

そして最近、変化を感じます。

満ちてきたなぁ…
そう全身で感じるようになりました。image

内側から、裡から、深いところから、潮が満潮になるように、泉が湧き出てくるように、何かの穴がふさがり綺麗に盛り上がってくるように、満ち満ちてきたのを感じます。

これは、ヒーリング、ワーク、評判のレストラン、旅行など、何かを満たそうとして体験してみた時には味わえなかった感覚です。

自分でいることに満ちている感覚です。

もちろん喜怒哀楽もアップダウンもあるけれど、根本的な深い深いところで水が湧き続けているのがわかります。

シコリんがくれたギフトの一つ、この「自分でいること満ちている」感覚を出発点にしてこれからどんな活動をしていこう。もっともっと豊かなalohaで人や生きものに触れていける私になれるかな。

不安や渇望から何かを外に求めて活動していた時とは、全く違う風景が語りかけてきてくれる気がします。

何より新しい私に出会えそうな予感にドキドキする今日この頃です。

左胸のタイラー・ダーデン

映画「ファイトクラブ」を知らない人には、なんのこっちゃ?のタイトルだと思いますが、いつも左胸にいる進行性の乳がん シコリんは私にとってのメッセンジャーであり、ファイトクラブのもう一人の主人公タイラーのような存在です。

あまりのバイオレントさとアナーキーさに、当時は子どもに一番見せたくない映画No.1に輝き、一方で世界的に熱烈な支持を受けたこの映画に込められたメッセージはただ一つ  「今日が最後の日だと思って生きろ、死ぬ気で生きろ、自分を生きることにファイトしろ」です。

普通に、でもどこか諦めた日常を送っているコンビニの店員レイモンドに銃を突きつけて、お前は何をしたかったんだ、今なんでこんなことをしてるんだ、今すぐ小さい頃からの夢だった獣医学校に入学しろ、しなかったら殺すぞ!とタイラーが生々しく迫るシーンは暴力的だけれどもどこかユーモラスで、愛さえ感じてしまいます。

今日が最後の日だとして何がしたい?のタイラーの問に即答できない主人公「僕」は、その後死の絶叫ドライブを体験する羽目になります(笑)。

バイオレンスやホラーが超苦手な私ですが、この映画は何故か全てがハマってしまい、セリフ一つ一つが強烈なメッセージに感じられ、何度も食い入るように観てしまいました。

それでも、シコリんが薄々がんだとわかっていたのに放置していた時や全てをどこか受け身に先送りしていた時には「ファイトクラブ」はどこか重く煙たくのしかかってきましたが、今は毎朝一人爽やかファイトクラブです(笑)。(映画は爽やかさとは対極だけど)

朝目覚めた時、今日が最後の日だと思って生きろと言うシコリんことタイラーのメッセージを左胸から受け取り、死はいつか必ず誰にも訪れるギフトと言う自明の理に深い安堵のため息をついて、alohaな深呼吸をして(私の中ではなぜかファイトクラブと仏教観とalohaは矛盾なく存在してるのです)、やりたいことをリストアップして、布団から一気に起き上がって、今日も自分を生きる、自分を超えることにalohaファイトクラブするつぼみです(`_´)ゞ☆