Himself He cooks

またまた「食べもの考」シリーズです(笑)。

最近頭の中に繰り返し出てくる映像があります。
imageそれは昨年夏に単館シアターのリバイバルで観た「聖者たちの食卓」と言うインドのドキュメンタリー映画。

世界観がまるで異なるインド映画には、仰天させられたり、ハラハラさせられたり、唖然呆然とさせられることが多いのですが(笑)、この映画「聖者たちの食卓」は群を抜いて圧巻でした。

インドのシク教の総本山のアシュラム黄金寺院で毎日繰り広げられる食の祝祭、いのちの饗宴を描いた淡々としたドキュメンタリーなのですが、とにかく度肝を抜かれます。

宗教、人種、階級に関係なく、ここに来た老若男女は、無償で、いつでも、お腹いっぱい食べることができます。

毎日10万人!!がやってくるこの寺院のキッチンと舞台裏を支えるのは1日三百人のボランティア、2300キロの小麦粉、830キロの豆、644キロの米、322リットルの牛乳、5000本の薪 などなど、想像を絶する数字です。全てが古来の農法、製法で作られたものです。

一度に寺院にて食する人の数は5000人×20回転!5000人が広間にて規則正しく、礼儀正しく、ある一定の秩序に従い出された食べ物を淡々とインド人独特の気高い態度で口にしていきます。好きなだけお代わりできて、誰一人お腹いっぱいにならない人はいません。

image充分な食を供するために、人間5人がゆうに入れそうな大釜を1日中かき回し続ける人、果てしなく終わりなく放り込まれる食器を洗い続ける人、調味料を刻み続ける人々、パンを捏ね続ける人々、それを焼き続ける人、ひたすら運ぶ人、汚れた床を掃除し磨き続ける人々…

その人数と、人数を生かしたとてつもなく人力の(笑)、精巧な分担システムの映像に口がぽかんと開いたきり塞がりません(笑)。これぞインド!と唸りたくなるくらい大雑把なのに、なぜかバランスがとれている絶妙な秩序はどこから来るのだーっと叫びたくなるほど(笑)。

食べる、いただく、会食する…日本人のもつ概念が見事に、小気味いいほどに打ち砕かれます。

あまりのカルチャーショックでblogにアップするまで半年以上かかりましたが(笑)、あれから半年、野菜や食べること、作ることと向き合って見えてきたことがあります。

それは

ここに訪れて饗する人々は神その人として食べ物を口にしていると言うこと。

その神に出される食べ物も、同様に神として扱われていること。

そして、それを供する人々も、やはり神その人であること。

もちろん、ここにお布施をする世界中のシク教徒も、神として、神に、お布施を供するのです。

入り口に書かれている、

Himself He cooks.

と言う言葉が、そのとてつもない、突き抜けた宇宙観を象徴しています。

 

神である私自身が、神として神を料理して、神として饗する。

わお、凄い!!目が眩みそうなワンネスの世界観、0の宇宙観、リーラです。

そして、それはきっと一昔前の日本や他の自然と暮らしてきた土着の文化・祭りの中にも垣間見られた世界観、価値観でもあった気がします。

いのちの根源的で本質的な在り方で、もしかしたら、未来的でもあるのかもしれません。

この真理にくらくら、ドキドキしつつ今日も台所に立つつぼみです。