この寂しさを 君は微笑む

CIMG0523.JPG映画を観た帰りにふらっと立ち寄った本屋で、103歳で現役の美術家篠田桃紅さんのエッセイ「103歳になってわかったこと」を手に取りました。

「この歳になると誰とも対立することはありませんし、誰も私と対立したくない。百歳はこの世の治外法権です」

「年相応という言葉がありますが、百歳を過ぎた私には何をすることが年相応なのかよくわかりません」

世界の美術館にも、皇室にも飾られる書家であり美術家である篠田さんのエッセイは、金さん銀さんのようなほっこり丸く歳をとるというイメージとは違う、孤高の飄々とした生き方が淡いユーモアと共に綴られていて、40万部を越すベストセラーとなったのでご存知の方も多いと思います。

その中に、心にとても響く和歌が二つ紹介されていました。

一つは歌人の會津八一さんが、法隆寺夢殿の久世観音に寄せた歌で

「天地に われ一人いて立つごとき この寂しさを君は微笑む」

(私は一人で天と地の間に立っている。この寂しさを観音さまは微笑む(篠田桃紅氏訳))

もう一つは、歌人与謝野晶子さんの

「人の世を楽しむことに我が力少し足らずと嘆かるるかな」

(自分の人生を楽しむのに、少し自分の力が足りていない(篠田桃紅氏訳))

ちゅら海1 (2).jpg最初の會津さんの歌「その寂しさを君は微笑む」…OhanaとAlohaでつながっていても、すべてのいのちは助け合って生きていても、この世に生まれてから還るその日まで、自分の人生を歩いていくのは自分。道なき道を歩む、その歩みの道程はやはり自分一人で、それを肩代わりできる人は誰もいない…それは生きとし生けるものの宿命です。その道程を、その孤高を、こんなに優しい眼差しで包み、歌い上げた歌を私は初めて知りました。

そして、もう一つ、あれほど人生を走り抜き、多方面で活躍した与謝野晶子さんの「え?もっとですかf^_^;)?」と苦笑いするほどの(笑)バイタリティ溢れる歌を紹介しながら「人生を楽しむためには、人間的な力量が要ります」と篠田さん。103歳まで生きてこられた方に、シンプルにポロっとそう締めくくられては、参りました!と言うしかありません(笑)。そうか、人の世を楽しめる力量を、感受性を、スペースを、育てていくのは自分なのか。スコーンと小気味よく、杮落とされた感じでした(笑)。

篠田さんの半分も生きていない私がこんな風に感じるのはおこがましいかもしれませんが、シコリんを胸に抱えつつ淡々と歩む毎日に、これほど寄り添ってくれる本はなく、心がどこか見えない踊り場に着いて安堵のため息をつけたような感じのエッセイでした。

一息ついて、二つの歌を旅の道連れに、また今年も一歩一歩、えっちらおっちら参ります☆