5日目だよ プチ断食

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今何合目かなぁ

プチ断食5日目が終わろうとしております。

2日目の口寂しさのピーク。心身の冷えを経過した3日目4日目。そして、5日目の今日は安定を取り戻してきていて腸内デトックスがすすみ軽快になりつつあります。

プチ断食は胃腸を休ませて食べ過ぎによる疲労から臓器を開放して、消化にかかるエネルギーを免疫系にまわすためです。特に、胃腸が疲れる土用はプチ断食日和☆

朝は酵素ジュース。昼か夜、お腹がぐーぐーになったタイミングで野菜料理を腹八分目。昼に食べたら夜、夜に食べるなら昼に、人参ジュース1杯。

タンパク質やカルシウムは1日1杯の豆乳チャイと自家製のアーモンド小魚をぽりぽりすることで補っています。

あとは、ひたすらお水を甘く美味しく飲んでいます。

5日目で体重は40キロギリギリ、体温は少し下がり36.5℃。お通じは最高潮(笑)。精神的な谷もオハナのおかげで越えられました。

このまま2月3日までやれそうです♪(v^_^)v

折しも2月3日は第二回目のビーガンのトルコ料理教室。フィーバーしそうで怖いなあ(^^;;

あと3日のプチ断食。効果が楽しみです。

 

AlohaにAloha

1月の寒い季節のプチ断食のせいか、整体で言うところの春に向かう身体の左右差のせいか、怖い夢や不思議な見て目覚める今日この頃です。

わだばどれだけ想像力逞しいのじゃf^_^;とギョギョっとするほどの不思議ワールド全開の夢や、こんなことを自分は不安に思ってるんだなあとしみじみしてしまう夢など。

中でも今朝はあまりにリアルな悲しい夢に泣きながら目がさめて、布団の中でシクシクしばらく泣いてしまう朝でした。

いつも明るくて、安定したalohaを注いでくれるオハナに電話をして声を聞いてホッと一息。いつもいつもありがとう。

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いつかまた行きたい 大好きなレストランの側の夕暮れ

温かい三年番茶をゆっくり飲みながら、大好きなハワイアンミュージックを聴いて、YouTubeでハワイの大自然の画像をみて、ハワイに長期滞在していた頃の大好きな写真達を眺め、「ハワイアンリラックス」の本を手に取り、以前習っていたフラダンスを踊り…そして、アローーーーハーーーの深呼吸。

ふう……
alohaが戻ってきた。

心から安心します(*^^*)

alohaは私にとっての魔法の薬。

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ハワイとの最初の出会いは 大好きな従姉妹の素敵な結婚式でした♩

私が私らしくいるための大切な喜びの泉waioli。

いつでも、何度でも、どこにいても戻って来たい、大切な大切なセンターです。

今日は胸の奥にハワイの風を感じて、抱きしめて、自分を開放して過ごします。

alohaにaloha♩

今日もalohaに参ります☆

プチ断食、3日目

プチ断食、3日目です。

朝は酵素ジュース、昼は蒸し野菜、夜は人参ジュース。あとは、ちびちび水を飲んでいます。

土用だけにおなかは不思議と減らないのですが、口寂しくなり、また匂いに敏感になります。

美味しいものの匂いに、飛んで火に入る夏の虫…的に吸い寄せられそうになります(笑)。

2日目の昨日の夜は、美味しい野菜いっぱいの冷蔵庫から離れるべく、タリーズに行き豆乳チャイを飲んで書き仕事。

ところが時間帯が悪く、両隣も後ろの人も、それはそれは美味しそうな匂いのするパスタ、ピザ、スウィーツをぱくついているではありませんかf^_^;)とほほーー。

ここは、忍の一字。食べられないのではなく、食べないのだ!武士は食わねど高楊枝。この空腹時間が愛育てるのさ、いや、もとい、免疫を活発にするのさ。節分まで大いに休憩しておくれ、内臓たちよ。

週末は雪の予報。プチ断食日和なり。

 

 

 

 

Aloha e, aloha no

imageAloha e, aloha no
愛しくて
ただ 愛しくて

ケアリーレイシエルが、飛行機の中で聴いて感動した「涙そうそう」を元に作ったハワイアンソングの名曲カノホナピリカイ。そのサビのフレーズです。

愛しくて ただ愛しくて…

その言葉を、気持ちを、心から嚙みしめるのは愛犬メイ19歳といる時です。

獣医さんのところでお見合いをしたその瞬間に、私の腕に尻尾を振りながら飛び込んできた小さな小さな白い天使メイ。
前の愛犬チムニーとの早すぎるお別れに沈んでいた我が家にやってきたイタズラ天使は、母犬と離れたばかりで、手のひらに乗るほどの大きさでした。しばらくなかなか寝付けずにいたメイに、スポイトでミルクをあげて添い寝をして寝かせたのが昨日のようです。

やんちゃな女の子だった時、元気いっぱいの青年期、ちょっとおすましの壮年期。そして数えで今年20歳を迎えるメイは、人間だと100歳を超えています。けれど、ちょっとヨタヨタしながらも食べるのも排泄もお散歩もまだ自力で、気負わず、ゆったりと生きています。

そんなメイを赤ちゃんのように大切にそっと抱っこする時、温かい場所でこっくりこっくりうたた寝するのを観ている時、バランスをとりながら一生懸命ミルクを飲んでいる時、散歩の際に見えなくなった目で私には見えない何かを見つめて、風をくんくん嗅いでいる時…

愛しくて、ただ愛しくて…そんな言葉が浮かimageび、ポロポロ涙が溢れます。

日本の昔のことば、愛している、に相当する言葉が 愛しい と書いて「かなしい」だったのがよくわかります。

I love you の、私 が主語でそこに動詞が続く感覚ではなくて、形容詞の、湧き上がってくるような「状態」が、日本人がもつ愛の感受性だなあと思います。

シコリんのことがわかりいろいろなギフトを貰った中でも、特にギフトだなあと思うのは、私より先に還ろうとしている愛しいもののいのちを、落ち着いてalohaで見守れる心が育ったことです。

愛しくて ただ愛しくて…

うとうとしているメイを膝で日向ぼっこさせながら周りを見渡すと、澄んだ青空、木々のざわめき、お日様にポカポカ照らされた芝生の匂い、子どもの手を引く若いお母さん、噛みしめるようにお散歩を楽しむご年配の姿、毎年変わらずの営みで春の準備をしている木の芽…image

愛しさがメイから全てに広がり、涙がポロポロポロポロ…止まらない涙は芝生に吸い込まれていきます。

愛しさと、生きものの生死を含めた営みを心から慈しめる心を私に教え育ててくれたメイ。

今日も、明日も、ずっとずっと 大切な宝物だよ。

Aloha e, aloha no

 

体質改善の嬉しい兆候♪

image嬉しい手ごたえがありました。

それは、野菜90パーセント以上の食生活のまま、体重が42キロに戻り、それをキープし始めたことです\(^o^)/

食事療法を始める前に162センチ48キロだった体重は、数回のファスティングと、野菜中心の1日2食の生活で一気に落ちていき、特にこの数ヶ月はずっと39キロ前後をさまよっていました。夏の土用、秋の土用、季節の変わり目にはさらに体重が落ちて、38キロをぎりぎりキープできるかどうかという時期がありました。そんなときは肉や糖質の禁断症状で、ふらふらでした。

一般的にがんや病気を回復させる時は体力が勝負で、とにかく滋養をつけてというのが今までの常識でした。漢方の先生、温熱の先生をはじめ家族や友人たちも、痩せていく私を心配して食べるように、そして栄養をつけるように励ましてくれました。

けれど、私はファスティングの理論と野口整体の考え方が、私の身体には一番フィットしていると感じました。

消化はエネルギーの70%を消費すると言われており、もともと胃腸や腎が疲れやすい私にとって、栄養過多、誤った食べ方、肉や油・糖分を手っ取り早く栄養にする代謝システムが重荷であることは、暴飲暴食を繰り返しつつも(^^;;、薄々わかっていました。

食物繊維やビタミンを中心とした食生活に変えたら、間違いなく体質が変わる。本やネットで膨大な情報を自分なりに切り貼りして、深いところで納得して取り組み始めました。

問題は体質改善まで気力がもつかどうかでした。体重が落ちていく恐怖感に自分が勝てるかどうか、不安に飲まれないかどうか。シコリんや病気とではなく、自分を信じきれるかどうか、自分の中の不安との闘いです。

命綱の一つ目は、今までどんな局面でも音をあげずに(文句たらたらながらも(^^;;)乗り切ってきた自分の性格。よく言えば粘り強さ、悪く言うと諦めの悪さでした。二つ目はハワイや沖縄、千葉での畑作業でつるはしを使いこなし、畝立て大臣の異名をとるほどの、私の見た目からは想像できないであろう馬力(笑)。

そして、整体の師匠による体力と身体の定期的な観察が何よりの命綱でした。

バロメーターは体温が37度キープできているか。お通じが綺麗かどうか。そして、生理がきちんときているかどうか。ここが崩れたときは方針を見直そう、そう決めました。

取り組み始めてすぐ、頬と首周りが痩せていきました。お尻が見る見る間に小さくなり、座っていると床ずれができるほどになりました。お腹は急速に筋肉と脂肪が落ちたため皮があまり、つまむとその形をキープするくらい(ブルドックの余った首の皮のようなイメージ)ペタンコになりました。お胸は言うに及ばず、涙涙・・・(笑)。

二の腕を見た姪は、鶏がらのようで気持ち悪いよーと悲鳴をあげました。髪が抜けてきて、パサパサになりました。人参ジュースでカレー星人のように手も顔も黄色くなっていきました。体力が落ちてくると顔が浅黒くなりました。生理前はバッタリ貧血の眠り姫になっていました。

それを見守る周りはどれだけヤキモキしただろう…今それを想像すると涙が出てきます。

けれど、私の中には良い方向にいっているという確信がどこかにありました。

年が明けてからの大寒から節分にかけての土用が勝負だなと思っていました。例年体調を崩すこのタイミングに痩せなければいけるはず。絶対に体質が変わる。そう感じて、年末からは体重計に乗るのをやめました。

12月も野菜と大豆などの豆、ナッツ、海藻などを食べました。大晦日も元旦ももちろん野菜天国(笑)。できるだけ美味しく、うっとりゴージャスに♪

食欲過多の時は朝夕足湯をして、食べ過ぎ制御に努めました。食べ過ぎてしまった時は、私は今喜びを身体に取り込んでいます、我が人生に食い残しなし、罪悪感なしですー、と唱えながら寝ました(笑)。

そして、年明けのある日、あ!と思いました。明らかな変化を感じたのです。

体重計に乗ってみると・・・42キロになっていました!顔に艶があるね、と言われるようになりました。少しふっくらしたかな、元気そうだね、顔色がいいねの言葉がどんなに嬉しかったか(*^^*)

私にとってこの変化は、命ある野菜や豆をメインにしたエネルギーを、じっくり、ゆっくり、着実に吸収する身体に変化したことを意味します。image

そう言えば、肉を消化するのにとられる分のエネルギーを節約できるため、寝起きが劇的に良くなりました。

食べ過ぎによる末端の冷えがなくなってきて、冷え性も治ってきました。

血糖値の急激なアップダウンがないため、生理前後以外は心身とも穏やかに、頭もクリアに過ごせています。

もしかしたら…

食そのものよりも、確信を持って一つのやり方に取り組み続け、これが私の身体を生き生きしたピカピカの身体にしてくれる、と念じ続けたことが潜在意識や身体に働きかけたとも言えるかもしれない…そう思うこともあります。

例え49対51であっても51確信できるならやろう…その位の気持ちでも、まず初めに信じて、やり続けるから「信」が生まれるんだな、そんなことも実感します。

この体重なので安心してOhanaにいただいた手作り酵素で、節分まで1日一食のプチファスティングに入り、土用の疲れた臓器にお休みをあげます(*^^*)

身体に、身体を精巧に働かせている何かに、愛するOhanaに、今日もありがとう!

 

 

 

念願のモロッコ料理教室

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最初にスパイスたっぷりの中東料理の世界にハマったのは、カナダ人の友人の作ってくれた中東風スープとサラダがきっかけでした。

モロッコに滞在していたことのある友人は、NHK学園で料理教室をしていた腕前で本場の味です。その衝撃的で美味しい出会いをきっかけに少しずつ中東の料理にハマっていき、ある日超グルマンの整体の師匠に教えてもらった西麻布のキッチン5でノックアウト!

私の舌のパラダイムシフトが起きてしまったのでした(笑)(≧∇≦)。

こんな料理が作りたい!習いたい、キッチン5に弟子入りしたいくらいだーーと騒いでいた矢先にシコリんの事がわかって、食をガラッと変えることとなり、中東料理を習おう計画は一時挫折していました。

しかし超減塩、砂糖抜きの野菜豆中心の食となると、スパイスをうまく使うことが、飽きずに美味しく食べるコツになることに段々気づいていき、再び中東料理に大接近!!
スパイスをボソボソ集め始め、本を読み、研究をしてきて、気づけば台所はスパイス天国に(笑)。

そこでもう少しスパイスの使い方やタジン鍋の使い方、クスクスの炊き方などをきちんと勉強してみたい!と思い、この度念願のモロッコ料理教室に行って参りました♪

image赤身以外のお魚はOKだけど、基本はベジタリアンメニューで、かつ、全粒粉持ち込み、甘味料はアガペで…と言うリクエストを聞いてくださったのは、用賀にある素敵なモロッコ料理カフェシュクランキッチンさん。
講師をしてくださるのは、初めてモロッコ料理を食べてから、その美味しさ、器の可愛さ、ヘルシーさにハマり、以来モロッコ料理を日本で広めるべく料理教室を開催し、本を出され、カフェまでオープンされたと言う美人講師の原田先生。同じく食養に興味のあるohana達二人と学んで参りました。

通していただいた窓の広い綺麗でモダンなキッチンスペースと、素敵な器達にモチベーションが上がります(*^^*)

imageまずビックリしたのは、使うスパイスの量!私が使っていた量の倍以上ふんだんにスパイスを使って下味をつけたタラの全粒粉フライは、悶絶の美味しさでした。スパイスの香りだけでも癒され、お腹がぐーぐー動きます。

imageして、持参した全粒粉を使っていただいての、先生オリジナルの簡単&美味しいパン焼きタイム。

フープロとHIと鍋だけを使い、あっと言う間にパンが焼けるのを見て、大興奮のパン好きのSちゃん。一次発酵だけなのに、ふっくら、そして全粒粉の香り豊かなパンになりました。

image初めてのクスクスの炊き方も思ったより簡単で、しかも、炊き上がって盛り付けも終わったクスクスに、さらに適宜スープをかけたしながらいただくという、2度3度美味しい食べ方に、一堂「おお!!」と感動でした。栄養価も高く、またGIも低いクスクスは前から堪能したかったものの一つ。これからどんな風に調理するか、わくわくします。

あまり手間暇をかけて敷居を高くするより身近に美味しくがいいのよー♪と言うリラックスされた先生のスタンスと、実際の手軽さ美味しさに、これなら私もできる〜と大喜びのSちゃん♪

夜ごはんは抜けばいいよね、夜ごはんは抜けばいいよね(汗と、みんなで自分を甘やかしつつ美味しくたらふくいただいたのに、帰りには夜のメニューを考え始めてしまうほど消化が良くてビックリです(笑)。モロッコ料理がヘルシーなことを実感する帰り道でした♪

imageシュクランキッチンさんの雑貨コーナーでスペシャルなクスクスと、欲しかったモロッコ風の黄色い可愛いお皿もゲット☆夜もご機嫌にニンジンのモロッコ風サラダを作ってみました。

これからサラダを作るのがますます楽しみになりました!image

次回は、モロッコ風の春巻きを習ってきます♪

近いうちにぼあぼあカフェに遊びに来られる方は、もれなく&否応なく(笑)モロッコ料理です。お楽しみに試食にいらしてください(o^^o)

Himself He cooks

またまた「食べもの考」シリーズです(笑)。

最近頭の中に繰り返し出てくる映像があります。
imageそれは昨年夏に単館シアターのリバイバルで観た「聖者たちの食卓」と言うインドのドキュメンタリー映画。

世界観がまるで異なるインド映画には、仰天させられたり、ハラハラさせられたり、唖然呆然とさせられることが多いのですが(笑)、この映画「聖者たちの食卓」は群を抜いて圧巻でした。

インドのシク教の総本山のアシュラム黄金寺院で毎日繰り広げられる食の祝祭、いのちの饗宴を描いた淡々としたドキュメンタリーなのですが、とにかく度肝を抜かれます。

宗教、人種、階級に関係なく、ここに来た老若男女は、無償で、いつでも、お腹いっぱい食べることができます。

毎日10万人!!がやってくるこの寺院のキッチンと舞台裏を支えるのは1日三百人のボランティア、2300キロの小麦粉、830キロの豆、644キロの米、322リットルの牛乳、5000本の薪 などなど、想像を絶する数字です。全てが古来の農法、製法で作られたものです。

一度に寺院にて食する人の数は5000人×20回転!5000人が広間にて規則正しく、礼儀正しく、ある一定の秩序に従い出された食べ物を淡々とインド人独特の気高い態度で口にしていきます。好きなだけお代わりできて、誰一人お腹いっぱいにならない人はいません。

image充分な食を供するために、人間5人がゆうに入れそうな大釜を1日中かき回し続ける人、果てしなく終わりなく放り込まれる食器を洗い続ける人、調味料を刻み続ける人々、パンを捏ね続ける人々、それを焼き続ける人、ひたすら運ぶ人、汚れた床を掃除し磨き続ける人々…

その人数と、人数を生かしたとてつもなく人力の(笑)、精巧な分担システムの映像に口がぽかんと開いたきり塞がりません(笑)。これぞインド!と唸りたくなるくらい大雑把なのに、なぜかバランスがとれている絶妙な秩序はどこから来るのだーっと叫びたくなるほど(笑)。

食べる、いただく、会食する…日本人のもつ概念が見事に、小気味いいほどに打ち砕かれます。

あまりのカルチャーショックでblogにアップするまで半年以上かかりましたが(笑)、あれから半年、野菜や食べること、作ることと向き合って見えてきたことがあります。

それは

ここに訪れて饗する人々は神その人として食べ物を口にしていると言うこと。

その神に出される食べ物も、同様に神として扱われていること。

そして、それを供する人々も、やはり神その人であること。

もちろん、ここにお布施をする世界中のシク教徒も、神として、神に、お布施を供するのです。

入り口に書かれている、

Himself He cooks.

と言う言葉が、そのとてつもない、突き抜けた宇宙観を象徴しています。

 

神である私自身が、神として神を料理して、神として饗する。

わお、凄い!!目が眩みそうなワンネスの世界観、0の宇宙観、リーラです。

そして、それはきっと一昔前の日本や他の自然と暮らしてきた土着の文化・祭りの中にも垣間見られた世界観、価値観でもあった気がします。

いのちの根源的で本質的な在り方で、もしかしたら、未来的でもあるのかもしれません。

この真理にくらくら、ドキドキしつつ今日も台所に立つつぼみです。

私の小宇宙 台所

imageシコリんがいると分かってから、悲喜こもごも含め全てが生き生きと幸せですが、中でも台所に立っている時は今の私にとっては至福の時です。

ゆったり深呼吸できて元気になり、ときめいて、ワクワクして、テキパキキビキビ、時にはうっとり恍惚になる時間です(笑)。

何故だろう?なんでこんなに元気になり幸せなんだろう。

ある日はたと気づきました。

imageそれは、biosの世界、野菜や果物、豆…生き生きと生きているエネルギーに囲まれているからだと。

そう言えば、お正月や長期で家を開ける前に、冷蔵庫も貯蔵の箱も空にした時は文字通り火が消えたようで、同じ風景なのに寒々しいコンクリートの箱に見えました。

そして、また野菜や豆、果物に溢れて来て、このピカピカの宝物をどう料理していただこうか♪の日々が始まると、台所は温かく、元気に満ちた場所になり、いるだけでエネルギーが満ちる場所になりました。

image実際、食べ物を選ぶ基準は、撒くと芽がでるもの、菌が生きているもの、呼吸しているものなので、今台所は、小さくても立派なbiosの世界なのです。

野菜や豆、果物は、単なる物や素材ではなく、息遣いに満ちたエネルギーそのものだと感じます。

そして、私にとって料理の時間は、調理や実験ではなく、彼等との、時にうっとりするような、時にエキサイティングなランデブーの時間なのです♪

それらをいただく時は…
大げさかもしれないけれど、お互いのエネルギーが溶け合う、エネルギーの合一そのもののイメージです。

image昔の映画で「コクーン」と言う、宇宙人と人間の出逢いと友情を描いた映画があります。そこに、地球人と文明の進んだ宇宙人との逢瀬のシーンがあり、宇宙人のガイドに従ってお互いのエネルギーを交換し合い愛を確かめ合うシーンが出てくるのですが、ちょうどあんなイメージです。

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だからこそ、彼等を扱う時は、丁寧な、綺麗な仕草の手になります。
呼吸も深くなります。
顔も優しくなります。
ウキウキ、ワクワクします。
そして真剣になります。

image彼等をうまく扱ってあげられなかったり、いい形でお互いが出会うチャンスをふいにしてしまった時は、口惜しくて、悲しくて涙が出ます。

そんな、私と彼等とのaloha時間が、今日も台所で繰り広げられているのであります(*^^*)

台所は私の小宇宙

野菜達 に心からAloha nui loa♪

野口整体と私と「待つ」

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小田まゆみさんの描く観音様はいつも嫋やか

今また向き合っている、そしてきっとこれからずっと深めていくテーマは、やはり「待つ」です。お正月からこちら、ずっと「待つ」とにらめっこをしているだるまさん状態です(笑)。

私が今ご指導を受けて習っている野口整体は、背骨や体癖の観察と愉気、そして活元が指導の柱になります。

観察する、観る、観ずる…言うは易し、実際に踏み出してみるとその難しさといったらありません。誰かを、何かを本気で観察しようとしてみたことがある人であれば、その難しさに唸りしきりの体験をしたことがあるのではないかと思います。

まず、心を静かにすることの難しさの壁に当たります。ただでさえ前頭葉の絶え間ないおしゃべり、批判、雑念が止まないのが現代人。それを静かにさせることが第一の壁です。

その壁をなんとか越えたところに待っているのは、先入観や不安の壁。

せっかちでスッキリ欲の強い脳は、何か少しでも情報がやってくると自分が知っている既知の情報に結びつけ、結論に飛びつきたがります。驚くほど容易に、笑ってしまうくらい短絡的に。

特に、ものや事象ではなく人を対象に観察する時には、自分の心にある漠とした不安が最大の障壁になります。

相手の行動へのジャッジに始まり、自分の感覚や感じ方は正しいのか、自分の中にあるものの投影ではないか、独りよがりなストーリーを作っていないか、今相手はどう感じているだろう…普段心の中にある不安が、そっくりそのまま、デフォルメされた形で浮き上がって、容赦なく迫ってきます。

そこをこらえてこらえて、流して、諦観して、手放して、(滅多にここにはたどり着けないけれどたまに)ようやく自分が「感覚そのもの」、感覚と一体になりかけたなと感じた時、巨大な難関が津波のように押し寄せてきます。

imageそれは、その人の前に、絶え間なく動き続けるいのちの勢いの前に、「動かない何か」で在れるか。

「待つ」そのものとして、その人や対象物の前に「在る」ことができるかという、とてつもなく大きな壁と共にものすごい孤独感が迫ってきます。

積極的に、能動的に、探しにいく、見つけにいくのでもなく。

漫然と、無為に、消極的にじっとしているのでもなく。

意識と感覚の、物凄い 集注をもって

「停止」ではなく、「静止する」という「動」でありながら

相手や対象物の 真に訴えてくるもの、要求、勢いを 観る。そこに専心する。

……ご指導いただいていること、自分が挑戦すると宇宙に宣言してしまったことの大きさに、ため息をついてしまいます(笑)。

どうせ師匠みたいな特殊な人にしかできないことなのさ、とギブアップしたくなります。所詮絵に描いた餅かもしれない、「イワシの頭も信心から」の世界なのかもしれないし、酸っぱいブドウだったで終わるかもしれない…などなどとぶつぶつ逃げを打ちたくなることも(笑)。

でも、それでも生きている限り挑戦し続けたいのです。

その感覚を掴めた時。その感覚で、自分に、人に、対象に向き合えた時。きっと何かががらりと変わることだけはわかるからです。

新しいビビッドな感覚でいのちの息遣いを感じ、その存在を歓べること。人と本当に在り逢うことができること。子供たちやいのちを見守ることができる大人になれること。それはとてつもなく、わくわくする、未知の領域です。

だるまさん だるまさん にらめっこしましょう

笑うと負けよ あっぷっぷ…………

今日も順調に負け越し(笑)。

でも、自分にAhonui(忍耐強さ)をもって、何度でもチャレンジしてまいります。(私たちの声も早く本当に聞けるようになっておくれな、とシコリん&ちっち。待っていておくれ(涙)byつぼみ)

魔法の パン作りタイム

パンを作ります。

自分ではどうにも出来ないことに出会った時。

とてもびっくりしたり、動揺したりして、目の前のこと、今ここに集中できない時。
考えすぎて 何もまとまらなくなってしまった時。

頭も心も 何かで満杯になってしまった時。

人のことより自分のことばかり考えてしまう時。

はらはら ひやひや ドキドキ 身体が落ち着かない時。

どこに立っていて どこに向かっているのか わからない時。

alohaのボウルがチリやホコリでいっぱいになって曇ってしまった時。

元気なわたしを思い出せない時。パンを作ります。

まず材料をはかり、こねます。

全粒粉 水 アーモンドミルク イースト菌 プルーン アガペシロップ、焼き塩…

image全く違う素材が、こねている間に手の中で少しずつ混ざり合って、溶け合って、反応して、やがて一つの塊にまとまっていくプロセスに引き込まれていきます。

手の温度、室温、湿度が同じ時はないので、感触に集中して、これこれ!と言う感覚にたどり着くまで手の感覚を澄ませます。

その間に、気づけば頭が真っ白ですっかり空になり、凝り固まり、からまっていた意識や集中が一度空中分解して再びパンの感触一点に再集中していきます。

あ!いい感じ。ピカピカの、ワンネスにまとまりましたよ!ここがタイミング。

あとは、化学反応がパンの中でじわじわ起きて、膨らむのを待つ、待つ、待つ。6等分して、再び温度や湿度をみてあげながら、彼らのペースで倍に膨らむのをひたすら待つ。

imageすると
わお!気づけばこんなにつやつやでふっくら、美しくおなりになって♪見惚れてしまうではありませんか。しかもイーストのいい匂い!

最後はオーブンに委ねてお任せ。時々焼き色やふくらみ具合を見ながら20分。

チン!ふっくら熱々、もちもちの、全粒粉100%の有難い、美味しい、幸せなパンの出来上りに

image泣いたカラスの目尻も下がり、口は大きな大きなニッコリ口に、ほんの一切れの味見で気分は天国に♪

はるか昔から伝わってきた美味しい瞑想、美味なるセルフセラピー、元気になる魔法のレシピ。

今夜もパンを焼いて、大きな深呼吸をして、すっかり人心地、つぼみ心地になりました。

家中が焼きたてパンの匂いだから、きっと今夜はパンの夢だろうなあ。

Ohanaみんなも美味しいパンの夢を見るように、密かにおまじないをかけながら寝ます。

おやすみなさい  いい夢を☆