豆が美味い!大豆入りカボチャパイ

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相変わらず豆生活にはまっています。と言うよりむしろ、♪豆太(あ、あなたか(笑))なしでは〜生きていけぬ〜の「六本木心中」ならぬ、「豆心中」状態です(T ^ T)。冷蔵庫にストックがないと、携帯の充電がない時と同じくらいドキドキして焦燥感に駆られます(笑)。

これだけ毎日豆生活だと、豆の煮方も、豆によってまた下ごしらえの時間によってバリエーションが出てきました。

基本は一晩以上浸水して(柔らかくする&消化阻害物質を外すため)、食べやすい硬さまでお鍋や土鍋でコトコト煮るのですが、それ以外の方法もTPOで使い分けしてます。

多少硬さを残したい黒豆は、一晩浸水した後、熱湯を入れた魔法瓶に3時間入れておく魔法瓶煮もオススメ。煮崩れなしの優れもの!煮上がってからフライパンで軽くお好みの甘味で数分煮るだけで味がしみていきます。

大豆は丸一日浸水した後、蒸し器で20分から30分蒸す蒸し大豆に。茹でたのとはまた違う、ぷりぷりの食感で感動ものです!image

ひよこ豆や煮崩れてホクホク感を味わいたい豆は、一晩浸水した後炊飯器で炊いてホクホクホク。餡子にする小豆は、お急ぎモードで二度炊飯して、フライパンに甘味料を煮立てたところに加えて数分煮込むと、完璧にツヤツヤの美味しい餡子になります。

レンズ豆は、軽く洗って、そのまま具材と煮込むと、食感が残ったまま美味しく食べられます。

豆嫌いだった私がなんでこんなことにーーーf^_^;とびっくりしますが、もう離れられません(笑)。

image煮豆のイメージが強い豆料理は、実は本当にバリエーションが豊かな素材で、そのままサラダに入れてよし、潰してハンバーグやコロッケにしてもよし、スパゲティに入れてよし、ピクルスにしてよし、餃子の具に、かき揚げに…豆さえあればお肉もお魚も要らないくらい満足度の高い素材です!

そんな豆のレシピの一つ、大豆入りカボチャパイのご紹介です。

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[大豆入りカボチャパイ]20センチのパイ型プラス試食用分

☆フィリング

◯カボチャ

飴色玉ねぎ

◯蒸し大豆

◯カボチャの種

◯オリーブオイル

◯お好みでシナモン、クミン、ナツメグ、コリアンダーパウダー、ホワイトペパー、天然塩など

☆パイ生地

◯大豆粉、そば粉、ひえ粉、ココナツフラワー、小麦粉全粒粉など、身体に合う粉をブレンドしてトータルで120g

◯好みの植物油 (私は香りがない製菓用ごま油) 大さじ3

◯水 大さじ5くらい (様子を見ながら足す)

◯天然塩 ほんの一つまみ

*小麦粉、大豆粉は膨らみやすい。大豆粉は少し香りが強いが熱を加えると気にならなくなる。ココナツフラワーも膨らみやすく、香りもいいけれど水分を吸う。そば粉やひえ粉は膨らまないけれど、しっとり感が出る。サクサク感を出したかったら、片栗粉を足す。

1.オーブンを180度に予熱しておく。

image2.カボチャは皮をむき一口大にして、竹串が通るくらいまで蒸すか煮て、マッシャーやハンディブレンダーでつぶす。お好みでシナモンやクミン、天然塩を加える。

3.飴色玉ねぎと蒸し大豆を少量のオリーブオイルで軽く炒め、お好みでスパイスや天然塩を少しで加えて粗熱をとる。ナツメグやコリアンダーパウダー、コショウを少量加える。

image4.☆パイ生地の材料を、フードプロセッサーで混ぜる。ぽろぽろだけど、ぎゅっと握ると形になるくらいの固さに水や油を足して調整する。

5.型にパイ生地を押し付けるようにして形を作る。指先やスプーンをうまく使って、粘土遊びの要領で。

image6.パイ生地の上に、3.を乗せ、2.のカボチャをさらに乗せてカバーする。お好みで種を飾る。

7.オーブンで25分から30分焼く。

カボチャのクリーミー感と大豆の歯応え、玉ねぎの甘みがたまらないおかずパイです。

お試しください(*^^*)

 

 

 

笑いのギフト

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笑いたい!こどものようにお腹が痛くなるまで笑い転げたい!そう思いました。

最後になんの心配もなく、お腹の底から、屈託なく笑い転げたのはいつの頃だろう。

思い出そうとすると、ちょっと切ない宝物のようのな思い出、サカイダのおじさんの笑顔と大きな笑い声が胸に響いてきます。サカイダのおじさん、そう呼んでいた父の友人に可愛がってもらっていたのは、私たち一家がまだイギリス領だった香港に住んでいた35年も前のこと。

パンチパーマが特徴の、本当に人の良い陽気なおじさんは、父の大学時代の後輩で香港に根を下ろしている人でした。お子さんがいなかったこともあり、香港人の奥様と一緒に、私と姉をこどものように可愛がってくれました。

どの家庭にもそうした時期があるように、当時我が家は坂道をみんなで必死に登っている最中でした。多忙を極める父、海外での姉の進学・受験、そして初めての海外生活に慣れてきた反面、どこか疲れが出てきた頃でした。当時9歳の私は青色吐息の家族の雰囲気をなんとなく感じて、どうやったらみんなが笑ってくれるのか毎日「真剣に」考えていました。

そんな私の心境を知ってか知らずか、サカイダさんの家に遊びにいくと、大きな声で私の名前を呼びながら構ってくれたり肩車をしてくれ、また当時貴重だった日本語のコメディ番組を見せてくれ「なんでそんなに笑えるのかなあ、何がそんなに面白いんだろう」と言いながら一緒に笑い転げてくれたものでした。

当時の私にとってサカイダさんのおおらかな笑い声と、何も言わずに一緒にコメディを見て笑い転げてくれる天真爛漫さ、優しさは、滋養であり深呼吸できる居場所であり、本当に大好きなおじさんでした。あの笑いの時間が当時の私、そして私たち一家にとってどれだけ大切なものだったか、今思い出しても胸が温かく、そして鼻の奥がつんとします。

その後、ぼちぼち父と連絡を取り合っていた音信も途絶え、私はいつか香港に会いに行きたいと願いながらも叶わないまま、風の便りでサカイダのおじさんが亡くなってしまっていたことを知ったのは昨年末のことでした。もう会うことは叶わないけれど、今もサカイダのおじさんの大きな声は今でも胸に響いています。

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笑うこと、それは、がん患者だけではなく、すべての人の肝臓を緩ませ、深呼吸させ、生きる力がお腹の底から湧いてくる魔法のようなもの。世界中の難病患者を笑わせたい、無償診療の愛と笑いの病院を作りたいと、自らクラウンの格好をして世界中の人たちを笑わせてきたパッチアダムスは、その効果をいち早く感じ実践してきた素晴らしいお医者様であり、真のヒーラーです。

パッチほど有名ではなくても、今日も名も知れぬ市井のサカイダさん達が、子供達を励まし、人々を癒し、元気を与えているからこそ、今日も地球は回っているのだなと思います。

この年末年始は、サカイダのおじさんと腕を組んで、コメディ映画をたくさん観て、お腹がよじれるほど笑い転げようと思います。

サカイダのおじさんに心からのAlohaを

Aloha的成功とは♩

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シコリんとの付き合い方もわかってきて、シコリんの増殖もとまっていて、シコリんの硬さ・誕生の経緯(多分10年以上をかけて大きくなってきた)から短期決戦ではなくそこそこの長期戦になり共存しつつのスローグッバイなのだとわかってきたこともあり、最近は来年以降の、これからの生き方を考えられるようになってきました♩

私のこれからの生き方のすべての中心はAlohaであることだけは確信していて、あとは私の心身がAlohaでいられるやり方やペースをどう作るか、そしてAlohaの表現としての「しごと」をどんな新しい形、ワクワクしてAlohaが膨らんでいく形でしていくかを模索しています。

ロミロミ、食のこと、ohanaの笑顔、こどもの見守り、畑と大地、海、生き物、それらは私を元気にする欠かせない要素であり、私ができることの多いフィールドです。

あとはお金との付き合い方…(汗)。福祉の分野に就職し、こんなに好きなこどものしごとをしてお金までいただけるなんてなんて素晴らしい!と、月給15万の初任給で大喜びして、そのお給料で一人暮らしまで敢行していた人間なので、以後もビジネスという言葉とおよそ対極にいた22年間でした。

でも、最近やはりこれはこれでアンバランスなのだろうなあと感じることがあり、ビジネスの本、中でもなんとか私の魂にぎりぎり響くソーシャルビジネスやコミュニティビジネスの本を読んだりして勉強していますが、なかなか気合の入った修行僧ぶりの脳でして、特に情動を司る部分がスリープしております(笑)。お、起きて、私の脳、いびきまでかいてるぞ…(汗)。

そもそも方法論の前に「成功」ってなんだろう、何をもって、私は成功を「定義」してるのかしら、そこから始まってしまう上下型の脳なので、私にとっての成功を改めて考えてみました(最近このパターン多し)。

そして、やはり私のバイブル『ハワイアンリラックス』が、ここでも私の頭と心の整理を助けてくれます。

筆者のポール・ピアソールは、西洋の偉大な思想家ラルフ・ウォルド・エマーソンも奇しくもポリネシア的な成功論にたどり着いていたとして、その成功に関するエッセイを著作に引用しています。エマーソンの本の日本語訳が堅苦しいので、私もピアソール博士のエマーソンの引用を「そのまた引用」をさせていただいきます♩

……………………

アロハ的成功とは…

「しょっちゅう大笑いできること」FullSizeRender

知的な人間に尊敬され、子どもに好かれること」

「誠実な批判者に評価され、偽りの友人の裏切りに耐えられる」こと。

美しさを理解し、他人の長所を見つけること

健康な子ども、ささやかな庭、社会の秩序の回復など、世界をほんのすこしでも良いものにして世を去ること

あなたが生きてきたおかげで、ひとつでもゆったり呼吸ができる生命が存在したと知ること、それが成功したということだ

(『ハワイアンリラックス』ポール・ピアソール著 藤井留美訳 河出書房新書より)

……………………

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ふう・・・♩お腹のあたりや気持ちがとてもリラックスしてきて、できること、やるべきこと、そして、どんなペースでやればいいのかが見えてきます。

もちろん地球で生きるためには、お金という媒介を通してエネルギー交換して生きていくシステムが、あと100年くらいは続くのだろうなと感じます。なので、残念ながら私ももう少し、そのお金との付き合い方を学ぶ必要がありそうです。

けれど忘れずにいたいのは、到達したいのは…いえ、きっとすべての人が本当はすでに心の中に持っていて、いつもいつでも何度でも帰る場所・目指している中心は、このアロハ的成功かもしれません。

今日も大笑いして、ささやかでも、周りの人に、生き物に、花や草にsay hello、say aloha で参ります♩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆♪メレカリキマカ♪☆

imageメレカリキマカ☆Merry Christmas ♪

クリスチャンではないけれど、クリスマスは自分の中にある静かで穏やかな源泉に触れる、素敵な機会だなと感じます。

今年のクリスマスは、特に感じるものが多いクリスマスです。そして、やはり私の根源、Alohaに戻る為の機会になっています。

シコリんが分かってから、私の気持ちや養生、人生の選択を受け入れ、応援してくれている大切なオハナ達に、私はちゃんとAlohaを注げているかしら。

みんなからのサポートや愛情、友情やAlohaに値する毎日を送れているかしら。

自分勝手に自分のことばかりにフォーカスしてAlohaを忘れていないかしら。

ロウソクの灯りを1人見つめながら、Aloha以外の気持ちを洗い流しいくイメージをします。

自分自身にも、大切なOhanaにも、愛するAinaにもAlohaをもって、大切に大切にすることを忘れずにいられますように。

忘れたらまた思い出せますように。

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砂糖とグルテンなしのシュトーレン

そんな2015年のクリスマスです。

Aloha nui loa.(心からのAlohaを)

 

 

 

 

 

「生きる」に向かわせるもの 野口整体と私3

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昨夜の晩御飯

よく質問されます。

食事の写真や盛り付けは撮影用なんですか。

普段は何を食べているんですか。

お恥ずかしながら…あれが毎食のデフォルトです(笑)

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今日のランチ

一人で食べるのに、何故ここまで集中して作るのか、自分のために何故そこまでシンプル&ゴージャスさを追求するのか……そもそも私は何をしているのか。

自分でも謎でした(笑)

……………
先日、整体の師匠の話をゆっくり聴く時間がありました。日常の馬鹿馬鹿しい話、食の話、世事、芸術や映画の話など、師匠の守備範囲は広いのですが、やはり中でも話が深まるのはいのちのこと、身体のこと、そして全生を生きることについての対話です。

もう何年も師匠の話を聴き、整体を学び、自分もシコリんを通して師匠にいのちのことを指導いただいているのに、師匠との対話の度に、ああ、まだ何も核心的なことは分かっていなかったのだなあと毎回思います。

いのちを見つめる師匠の眼差しの先にあるものや深みが見えていないことに愕然としつつ、一方で、まだまだ先や奥があることにワクワク嬉しくなります。

今回思わず膝を打ち、深いところに響いたのは、人が、いのちが、何によって生きているかについての師匠の話でした。

身体の中で毎日毎瞬繰り広げられる生と死の動的平衡が、何によって「生きる」勢いの方に保たれているのか、それはとても謎で、子どもの頃からずっと知りたいことでした。

生まれてから着実にエントロピーを増大させつつ死に向けて歩んでいくのが生命の宿命でことわりのはずなのに、今この瞬間も「生きる」方に向かわせるエネルギー、病気や不調、日々生まれては消えるがん細胞を始めとするエラーやバグの勢いを凌ぎ、身体を生かし続けるエネルギーは一体何か。

imageそれを師匠は、精子と卵子を受精に向かわせる「はじまりのエネルギーの勢いそのもの」だと言います。

そこに向かう求心力のようなもの、中心に向かうエネルギーや気の質量こそが、わたくしという生命をわたくしたらしめ生かすもの。つまり「集注する」力だと。

その求心力、わたくしをわたくしとしてまとめ、動かし、裡からの要求として、わたくしを突き動かす力の集注。その結果としての身体の働きが私達を生かす一方、それが弱まり、散漫になり、人に明け渡し、わたくしを生きるのを諦め、やめた時に、結果として身体が弱り死に向かうのだと。

そのエネルギー自体がそもそもどこから来るのかは、天文学者、物理学者、数学者の美しい謎解きを待つとしても、全細胞でそれがいのちの原理で、真実だと感じました。image

治る、治す、癒す、癒し、治療する…そんな言葉は、この原理の前には霞んでしまいました。

きっと
食をはじめ私が今やっていることは、そして、これからやっていくべきことはそういうこと…

わたくしを誕生に向かわせ、わたくしと言うものをまとめている力、生きる方向に向かわせる集注のエネルギーを、わたくしの中心に向かうベクトルに集めなおすこと、勢いを取り戻すこと。

Epiphany!!=「ああ…そうか 」!!

全細胞レベルで腑に落ちる、大きな気づきでした。

師匠にご指導いただきながら、これからも全生を目指します!

大切なのは

image大切なオハナが辛そうな時
悩んでいる時
悲しそうな時

1人で悩んでいる時

何もできない自分に唇を噛んで
その人の顔をイメージすると
同じように胸が痛みます。

私は仏教徒でもクリスチャンでもないけれど、大きな意識、大いなる愛の計画のもとに私達がそれぞれに愛を学んでいると信じている人間なので、今の状況が、そのオハナに必要な悩みや迷いだとわかっています。

私の乳がんを含めた、様々な今までの体験が、今の私を作ってくれたように、それぞれがそれぞれの学びをしている…

でも
それでも
やはり 同じように苦しく、同じように悲しい気持ちが湧いてくるのは仕方ありません。オハナ同士は、すべての人は、alohaで、呼吸でつながっているから。

そんな無力感の時は、マザーテレサの言葉が浮かんできます。

…………

大切なのは、

どれだけ多くをほどこしたかではなく、

それをするのに、

どれだけ多くの愛をこめたかです。

大切なのは、

どれだけ多くを与えたかではなく、

それを与えることに、

どれだけ愛をこめたかです。

…………

私にとって、愛=alohaそのものです。image

小さくても、大切なオハナに、alohaを込めた何かができる自分で在れますように。

悩みの部屋から出てきて何かを頼んでくれたら、喜んで差し出せる小さな温かい何かを用意しておけますように。

今日もそんな自分でいるために、ぼあぼあキッチンで、オハナの笑顔をイメージして美味しいスープを作ります。

キッチンにて 彷徨いつ 創造せり

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タリーズのトイレにあった絵   「彷徨いつ 創造せり」と言うところ?

 

あるオハナの何気ない一言。

そこまで真剣にストイックに食のことをやらないと治らないの?

ハッとするほどいい問いかけでした。

ふーむ(´・Д・)

確かに
何のためにここまで真剣に、時にストイックに、そして、日夜食のことやレシピ研究に没頭してるのかしら。

疑問が沸いたら考えずにいられないのが、上下型人間_φ(・_・…(笑)

 

imageシコリんの必要ない身体を目指すため?

医食同源を信じ化学療法を受けないと決めた自己責任ゆえのストイックさ?

食べるのが大好きだから?

野菜の魅力に取り憑かれたから?

自分の心身が本当に食べたいもの、求めているものを作るプロセスそのものが、究極の治癒プロセスだから?

食や料理の文化人類学的な意味を考えるのが楽しいから?

現代の食文化や農の問題について、どう食べたら、どう料理したら、クリエイティヴな解決に向かうのか、キッチンと言う小宇宙で模索するため?

image食すること、いのちのこと、生きることの根源的な意味を知りたいから?

クリエイティヴィティが発揮され、かつ瞑想でもある料理時間そのものが、心身魂に心地よいから?

今までに旅をした異国や街の、風や風景を鮮やかに思い出しながら料理を作る時間が、時空をまたぐ空想旅行、極上時間だから?

子どもの頃から大好きだった、空想遊び、1人遊びの延長?(笑)

世界一美味しいと思う、六本木のキッチン5の絶品料理に0・1ミリでも近づきたいから?

image成功しても失敗しても結局はお腹に収まる、美味しい美味しい実験が、ワクワクして楽しいから?(人生もこんな風に考えられたら素敵!)

誰かのために、何かの役に立つとか考えなくていい、私のための、私による、マイワールドの聖なる遊びだから?

 

エトセトラ エトセトラ…

きっと

全部です(笑)!

そんなぼあぼあ料理に、ぼあぼあcaféにて今日も朝から空想の翼を羽ばたかせて1人旅してます。

茨城のり子さんの詩を汲む

image久しぶりに茨城のり子さんの詩集を読み返して、彼女の感性や、時にストイックに、でも総じて柔らかく、ロンリーではなくソリチュードで自立し続けた生き方に改めて共鳴しました。

20代で出会い、ずっと大好きな詩

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汲む ーY.Y.に         茨城のり子
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立ち居振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背伸びを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました
私はどきんとしそして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のようの感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと…..
わたくしもかってのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

………………………

何度もなんども繰り返し味わってきた詩ですが、今回老眼のためか(笑)、

「年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい」

の部分を

「年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ美しい」

と読み間違え、なかなかいい読み間違えだなと思いました^_−☆

それは本当に本当に難しいことで、全存在をかけた真剣なプロセスの連続だけど、それでも、震えるアンテナ、牡蠣のような、羽化したばかりの蝶のような感受性を大切にしながらも、外に向かって開いて咲いていきたい…年老いても。最後の日まで。

カナダ人の親友のいうところの、「(日本人の口ぐせ)  <難しい(difficult)>  ではなく  <挑戦し甲斐がある(challenging) >  に変えて」、挑戦し続けたい。

そんなことを思う今日この頃です。

 

 

 

 

作り置きシリーズ2 飴色玉葱

image作り置きシリーズ第二弾、これがなくては始まらない、飴色玉葱(*^o^*)

お料理好きならたまらない、でもその炒め時間や手間暇に躊躇する飴色玉葱は、コクと甘みを出すのに欠かせない黄金のピューレです。特に、食養をしていて人口調味料抜き、減塩で素材の味で美味しく、gorgeousに作るのには、なくてはならない相棒。

そんな飴色玉葱が実は炊飯器でできることを知ってからはそりゃあもう有頂天♪の毎日です。

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パイの中にも

 

 

スープのコクだし、手作りカレー、野菜シチュー、パイの中に入れたり、無水鍋料理にと、これまた万能選手です!

そうでなくても、下ごしらえや手間暇がかかる食養で、炊飯器INで簡単に本格的な飴色玉葱ができるのは本当に本当にありがたいことです(T ^ T)

というわけで、早速作り方です。といっても簡単過ぎてレシピとも言えないくらいですが(笑)(=^x^=)

材料

玉葱 4つ位まで

オリーブオイル 小さじ半分

image1.玉葱はお好みの形(薄切りでもみじん切りでも)に切る。

2.オリーブオイルを全体に薄く揉み込む。

3.そのまま炊飯器にいれて、普通炊きでスイッチオン♪

image4.炊き上がったら、時々かき混ぜながら1時間位保温。玉葱が飴色になり、油が出てきたら(ここがミソ)完了!

飴色玉葱の出来上がり(*^◯^*)

image冷まして冷蔵で3日位、冷凍て1カ月位持ちます。小分けにして冷凍しておけば、何かの時にパパッと本格的な料理ができて、本当に重宝です。

スープのコクにも
スープのコクにも

今はクリスマスシーズンで、お鍋のシーズン。様々な煮込み料理やパイなどに大活躍間違いなしです。

お試しください♪

 

 

 

目指すはsimple➕gorgeous・luxuryで

FullSizeRender-18シコリんが必要のない体をつくるために、という大義名分のもと、食事制限をしていても最高に美味しいものを食べたい一心で始めたぼあぼあ料理。

イベント出店に引き続き、デリの注文andランチの注文をいただきました♪

お客様は、北海道に住んでいる天才クリエーターのさくみ姫。日本中の美味しいものを食べていて、美味しいものを知っている舌を持っている姫には、どんなぼあぼあ料理がいいかしら。

2週間かけてにやにやしながらプランを練りました♪。中でも少し考え込んだのは、普段は普通に食べているという人たちの集まるパーティーに持参するというデリ。自然食やマクロビ、オーガニック料理の味と、普段食にそこまでの意識を向ける必要がなく、普通においしくなんでも食べている人たちの間には、最初は(なのか恒常的に、なのか)大きなギャップがあります。

体が喜ぶ、美容にいいという言葉は、女性には耳触りよく響くキーワードですが、多くの自然食やオーガニックのお店が次々に開店しては数年で閉店するのを見るとわかる通り、素材そのものの味を引き出しつつ味覚的に満足させる工夫の難しさやコスパの問題に加え、その付加価値や良さを頭で理解してもなかなかそのギャップを埋めがたいのが人間の舌の性でございます。

さらに食に関することは、ライフスタイルそのもの、つまり日々何をチョイスするかといったその人の選択に繋がるデリケートな分野だけに、今までと違う形の食の提案は、使う言葉も、味そのものも、慎重に考えてalohaのこもった受け取りやすいものにすることが、多くの人に門戸を開くためには必要だと日々感じます。

FullSizeRender-14そんな中で考えたメニューは下記の通り♪

ランチ

⚪︎季節の温野菜 モロッコ風

⚪︎大豆ミートのタジン鍋 イチジク・デーツ風味

FullSizeRender-15⚪︎ぼあぼあパン

⚪︎アボカドのシャーベット ヒエカスタード添え

持ち帰りデリ

⚪︎クルミ入りのマクロビガトーショコラFullSizeRender-13

⚪︎飴色玉葱とイチジクのパンプキンパイ(パイ生地はそば粉と全粒粉)

さくみ姫のお腹と舌は、とても満足してくれたようでした(^^)!最善を尽くしたので、デリの皆さんの反応は皆さんにお任せ♪

目の前で抱腹、悶絶しながらこれ何が入っているの?!と聞いてくれると、オタク魂に火がついてしまい、あのね!あのね!聞きたいですか??むふむふ・・・と止まりません(笑)

FullSizeRender-17.jpg一番嬉しかったのは、「味に層ができてる!音楽みたい!」といって、黙って何度も何度も味を確かめながら食べてくれたこと。こんなに嬉しいことってありません(≧▽≦)!

自然食やオーガニック料理は、素材そのものが美味しいものを選んでいることが多いので、味付けがシンプルでもおいしく「素のまま」の味を楽しむのが基本だと多くの人は考えます。そして、その味を美味しく味わえる舌が、繊細でニュートラルで良いとよく言われます。

でも、でも…なのです。

ここからは全くの私個人の好みの話なのですが、私が料理に仕事に、そして人生に、それを加えることでもっと味わいを深くするためのスパイスは、ほんの少しだけれども欠かせないスパイス・・・luxury感とgorgeous感=色気なのです。

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全き白が、清浄で美しく、ピュアであることに誰も異存はなく、そこは楽園で天国のエネルギーなのかもしれないのだけれど、私は地球に肉体をもって五感を楽しむために生まれてきた気がします。

自分の個性が全く別の個性と出会い、時に違和感を覚えながらも、融合し合いエネルギーを交歓するからこそ、そこに生まれるまか不思議な面白さや新しさを、白も黒もまぜこぜにしたマーブル感を、濃厚さを増した豊かな奥行きを、しっかり皿まで味わいたいと思うのです(*^^*)。

遊びとユーモア、ちょいワル感(笑)、ちょっとズレた、ファジーさが生む、微量な毒気も含んだ、驚きと発見…クセになるなにか。

そこに、luxury感やgorgeous感が生まれる気がするのです。

そのところを追求したいからこそ、病気があっても(病気があるからこそ?!かも。なにせ一食一食が一期一会でがんす(。-_-。))こんなに日夜ぼあぼあ料理研究に励んでいることを知ってかしらずか、さくみ姫が言い当ててくれたのでした。

ここからしばらく、ぼあぼあ料理を食べに来てくれる人たちが続きます。またメニュー開発に明け暮れる美味しい毎日(=^x^=)。

simple&gorgeousが、つぼみとシコリんが目指すぼあぼあ料理&ライフスタイルです。