狂気と癒し

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オハナの誘いで森美術館で開催されている村上隆展に行ってきました。

正直、それまでは村上隆と言えばアバンギャルドで風変わりなアーティストと言うイメージしかなく、特に大きな期待もなく行ったのですが…

最初の部屋に入って絵の前に立った瞬間にドカーーーんとやられました(笑)。全く想定外に引き込まれました。

アバンギャルドでふざけているような漫画タッチとエゴ剥き出しの噴き出すようなエネルギー。
逃れられず捕まえることもできない自我と言うものとヘドロをはきながら格闘し続けた先に見えた漆黒の光。
狂気と遊び、創造性の純度を高めて濃縮して濃縮して、その先に重力からすら自由になった者、芸術家の神ミシャグチ神に愛された者だけが垣間見られる多次元世界。

時空も歪めるようなエネルギーの渦が最初の部屋に出来上がっていて、そのエネルギーがダイレクトに私の身体に、私のエネルギー場に流れ込み、身体中に生命力が補充され、漲るのが分かりました。

昔習っていたBUTOHの師匠の踊りが切り取る空間、整体の師匠の物理的法則から完全に自由になった手の動きが作るのと同じ、狂気を孕んだ命のエネルギー場です。

それと同時に、村上隆と言う人の持つある種のエネルギー…私に欠けている、もしくは封印されている、男性的で、エゴに悶え苦しみつつも、気を練って遊ぶ仙人さながらエゴをどこかで遊びながら、究極の漆黒に向かって転がり登っていくエネルギー…が、洪水のように流れ込んだのだと思います。image
遊べ、もがけ、喰らえ、泥にまみえろ、そんな己を笑え、生きろ。そしてその先にある「無と呵笑」に、這いつくばり、もがき、脱皮を繰り返し、飛翔して、いつかたどり着け。たどり着いた先にあるかもしれない天上界も、地獄も、紙一重で同じこと。所詮全てが宇宙の聖なる遊びでリーラなのだから…

そんな、言葉を越えた言葉が頭の中に流れ込んできます。

一風変わった建築家であり思想家のアレグザンダーは、都市と言うシステムにはカーニバルが必要だと言います。

人の深いところに内在する、ある種の狂気でしか癒せないものを解放するためには、それを遊び狂いながら解放するシステムが必要であると(同時に墓場も都市の真ん中に作れと彼は言っていますが)。

恐らくそれがアートであり、真の癒しをもたらすのかもしれません。

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の狂気の映画「エル・トポ」や、「ホーリーマウンテン」のような、ある種の研ぎ澄まされた狂気がもたらす、強烈な浄化作用と生命力がどくどくと湧き上がる感覚。image

私には今、こんな癒しや許し、生命力が必要なのだと思います。

この冬はアート三昧の冬になりそうです。