待つ

FullSizeRender-6「待つ」が最近テーマです。

誰かを、何かを、具体的なことを待つこと以外にも、

時期を待つ、潮が変わるのを待つ、生まれてくるのを待つ、雨が上がるのを待つ、雨が降るのを待つ、開花を待つ、実りを待つ、熟するのを待つ…

心が静かになるのを待つ、見えない大切なものが見えてくるのを待つ、聴こえない声が聴こえるまで待つ…様々なレベルの、とても難しい「待つ」もたくさんあります。

そして、身体の力を信じて、余計なことをせず、ジタバタしないで、閑かに待つ。クリック1つ、スイッチ1つで様々なことをスピーディに、待たずにこなす事に慣れている私たちに、これほど難しいことはないのかもしれません。

がんという形でサインをくれた身体を、身体の声に耳を傾けながら、その力が発動されるのを助けながら、ただ、ただ待つ。待てないことを待つことが待つこと。

長年保育士やセラピストをしてきて、野口整体的な生き方を学び、身体の声を聴く訓練をして来ているつもりでも、自分の心身に対して待つことがまだまだできていないことに時々ハッと気づきます。自分に対する忍耐強さ、ハワイ語のアホヌイが必要です。

熱が出ればはらはらして下げようとする、咳が出れば止めようとする、痛みがあればさすって楽にしてあげようとするような心の働きを仮に母性的と呼ぶならば、時にじっと、歩みを止めて身体の向かう方向や大きな流れの今どこにあるのかを見極める父性的な、そして時には冷徹にも見える眼が、必要な時があります。

それがいのちのことなら、なおさら…FullSizeRender-7

そんなことをなんとなく感じていたら、先日何気ない話に整体のお師匠さんの一言「つぼみさんに今必要なのは待つ ことだよ。まだ本当の「待つ」がわかってないでしょう。じたばたせずにただ待つんだよ」。

参りました(笑)m(__)m

今夜は寝待ち月。「待つ」ことについて考えを巡らせるぴったりの夜です。