平湯温泉 de プチ哲学

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おかげ様で43歳の誕生日を迎えました♪今回の誕生日はシコリんの事もあり、様々に感慨深い誕生日でした。

平湯温泉にある、レトロでいい感じに鄙びた温泉の貸し切りの湯が本当に素晴らしく何度も入ってしまいましたが、湯船に浸かりながら5歳の誕生日前を思い出しました。

私は昔図鑑が大好きだったのですが、《人体》の図鑑を眺めていた時のこと。あれ?何故ここに脳が取り出してあって、何故ここに心臓の写真が…⁇ん⁇

と言うことは…

子ども独特の直観で、人間も生き物もいつか必ず死ぬ運命を生きていることが瞬時にわかったのです。

けれどその圧倒的な体験を言葉に出来ず、母の膝で泣きじゃくるだけでした。

以来、限りあるいのちを生きることや死ぬことについて、人よりほんの少し意識しながら生きてきた気がします。メメントモリ、死を意識して意識的に生きる…そんな哲学的な生き方ではありませんでしたが、いつもいつもそのことは頭にありました。

けれどシコリんとの二人三脚で、生きることを見つめ直し、生き直している中で考え方が変わっているのに気づきました。

それは《死や終わりを意識して日々を生きること》と、《有限の人生を祝福して享受して生きること》は似ているようで全く違うと言うこと。image1 (1)

例えば、前者は大切な人と美味しいものを食べている時に、ああこの時間も何時か終わるんだな、この時間は永遠の一瞬なんだなとしみじみすること。後者は、ああ、なんて全てが至福なんだろう、ううん、我が人生に悔い無し♪(笑 例えがいつも食べ物ですみません)

シコリんが教えてくれるAlohaを大切に生きる毎日は、私をいつの間にか、そして穏やかに、後者の生き方に運んでくれていました。

ありがとう、シコリん。そんな思いに耽りながら入っていた温泉で、身体も心もポカポカ…しまった…湯立った…

今日もピカピカ、いい天気です♪

aloha mahalo